第二十五話 世界は変わっても人は変わらない
夜の森が風に揺られている音だけが聞こえる。
最低の屑の告白に、ミリアさんは何を思ったのだろう。
嫌われてしまっただろうか。それがとても怖い。
この期に及んで、自分が傷つくことが怖い。
「私はね、此処で死ぬつもりだったんだ」
沈黙を破るように、不意に、ミリアさんがそう言った。
「自由に憧れて、故郷を家出同然に飛び出して、ミーナの父親と出逢い、恋をして、ミーナを授かった」
「だけどあの人はミーナが産れる前に逝ってしまった。命をかけて護ると誓ったミーナも、恐らくあと1,2年で逝ってしまう筈だった」
「あの娘を見送ったら、私もその隣で眠るつもりだった」
それで、たった二人でこんな森の中に。
「だけど、その未来はキミが完全に消し去ってしまった。ミーナを見送るどころか狼に食い殺されそうになった私を救い、誰にも治せなかったミーナをあんなに元気にしてくれた」
「同じ事を何度も言わせないでくれ。その奇跡を何もしていないなんて言わないで。誇ってくれ、恩に着せてくれ、もっと傲慢になってくれていいんだ」
切れ長の瞳が僕を捕えて放さない。
僕はその眼から目を逸らすことが出来ない。
「キミは、真面目で、人を思いやる心が強くて、だから人を傷つけることや自分が傷つくことがとても苦手で。そして、なにより……」
そこでミリアさんは眉尻を下げて困ったような穏やかな笑顔を僕に向けてくれた。
「女心が全く分かっていない。あんな女殺しの極みのような奇跡を気軽に乱発するくせに、だ。キミ、そんなんじゃ全然モテないぞ」
え? ここで再度そのダメ出しが来るんですか。
そんな穏やかな顔で剛速球投げないで下さい。
扉を見つけてしまいそうです。
「女にだって性欲もあるし、か、身体が火照るようなこともあるんだ」
あ、頬を染めた照れ顔も頂きました。ご馳走様です。
でも、ミリアさんみたいな綺麗な女性に性欲なんて無いでしょ。嘘ついてまで慰めようとしないで下さい、余計に惨めになってしまいます。
「食欲、睡眠欲、性欲というのが生き物の基本的な欲求だという話がある」
そういうところは世界が変わっても同じなんですね。
「キミは女だったらお腹はすかないし眠くもならないとでも思っているのか」
いくらなんでもそれはないですよ。
え、でもソレとコレとは話が違いますよ……
「キミは女性に縁が無かった、と言っていたね。縁がなさ過ぎて女性を特別視しすぎている。女だってキミと同じ生き物なんだよ」
「私は最初は感謝の気持ちからキミに抱かれても良いと思った。そして君に触れられて快感を覚えて、抱いて欲しい、とも思った。それをキミは…… 最低だと軽蔑するかい?」
み、ミリアさんが僕に抱いて欲しいと思っただって!? 嘘でしょ、そんな。まさか……
「キミは女を知らなすぎて、特別な何かだと思っているんだろう。男女の関係について理想が高すぎて、その理想にそぐわない男が許せないくて、女が認められないんだろう」
…… そう、かな。そうなのかも知れないな。
僕は女性のことを何も知らない。
だって僕の回りには15年間、本当に、全く、神様がお墨付きを与えるくらい、女の人がいなかったのだから。
「キミみたいな男をね。この世界ではこういうんだ」
ゴクリ……
ミリアさんの僕への理解度が凄い。僕がモヤモヤと悩んでいたことを明確に言葉にして指摘してくる。
そう思っていたら、どうやら僕のような男を表現する言葉があるくらいにはこの世界には存在するタイプだったらしい。
「童貞をこじらせているってね」
……
…… ……
…… …… ……
それ、僕も聞いたことあります。
「キミみたいに真面目で貞操観念が強くて、世間しらず、女知らずな男にあんな力を授けるなんて。いや、だからこそか。イイ性格をしているものだ、やはり神なんてものは碌なものではないな」
ミリアさんが更に何か言ってるけど、その前の衝撃が強すぎて、頭に入ってこない。
そっか、僕、14歳の病は治ったつもりだったけど、別のものをこじらせていたのか。
たった、それだけの、ことだったのか。
チートなんて関係ない、ただ、僕が普通に面倒くさい男だっただけの話だったのか。
僕のこの悩みは、モヤモヤは、普通のことだったのか。
「僕は、いつの間にか自分が特別だと思っていたんです。特別な力を持った特別な存在だと。だからこの気持ちも悩みも特別な僕だけのものだと。でもそうじゃなかったんですね」
「そうだね。きっとそうだ」
「触るだけで傷を癒やせて、撫でるだけで女性に惚れられて、色んな女性と…… なんて想像してしまって」
「それは許されないことだと思う自分と、自分は特別なんだからそれぐらい良いじゃないかと囁く自分がいて」
「このままじゃ何か取り返しのつかない過ちを犯してしまうんじゃないかって。そうなるくらいならいっそ誰とも関わらないで居た方がいいんじゃないかなって」
「それがキミがやりたいことなのかい」
「…… 違います。僕はもっと沢山のミーナさんのような人を笑顔にしたい。この世界にある綺麗なもの素晴らしいものを捜して旅をしたい。旅には素敵な仲間がいて欲しい。中には可愛い女の子もいたりして。いつかは恋もして、幸せになりたい」
「キミならその全てを叶えることが出来る筈だろう。悩むことなんて、無いじゃないか」
「そうですよね。思えば最初から何も変わっていないんですよね。癒したいと思う人は癒せば良い。綺麗になって欲しい人は綺麗にしてあげればいい。そして、僕が…… 抱きたいと思えば、相手が許してくれるんであれば、抱いていいんだ」
「健全な男の子の発想だな。いいじゃないか。キミがキミらしく生きることをあの存在も望んでいたようだしね」
うん、なんだか吹っ切れた気がする。悩んで立ち止まって優柔不断はもうやめようって思っていたのに、またいつの間にかグダグダと悩んでしまっていたけど。
今度こそ、もうやめよう。
とても凄い力を授かっただけ、むっつりスケベで女の子へ興味津々で、ちょっとしたことでムラムラしちゃう癖に手を出す勇気も無い、普通の高校一年生の上条七桜で良いんだ。
「ミリアさん、ありがとうございます。少しすっきりした気分です。もう悩むのはやめておきます!」
女の子の頭を撫でるだけで好感度があがる、なんて単純な話じゃないんだ。
単純じゃないからこそ今ここで悩んでいても仕方ない。
傷つけることも傷つくこともあるかもしれないけど、僕はそれでもこの世界で幸せになりたいんだから。
前を向いて、真っ直ぐにいきるしかないじゃないか!
「吹っ切れたのならなによりだよ。キミはまだ若いんだし、この世界のこともまだまだ何も知らないんだ。キミは今でも充分に素敵な男の子だが、色んな経験を積んでいつか女心も理解出来る魅力的な男の人になって欲しい」
ふわり、と今までとは全く違う気がする魅力的な笑顔をみせてくれるミリアさん。
いや、違うのは、変わったのは、ミリアさんの笑顔ではなく僕の心の有り様、かな。
「さてと、それじゃあナオ君が魅力的な男性になるための経験の、最初の一歩は私でいいのかい?」
あ、頂かれてしまう。
ここでプロローグが終了となります。
書きたいことが多すぎて話がなかなか進まず、ウジウジ悩む主人公にイライラしてしまった方もいらっしゃるかと思います。
それでもここまで拙作を読んで頂いてありがとうございました。
いよいよ森から出て、登場人物も増えてくる予定です。
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