第二十四話 月夜の告白
その夜の夕食を頂いた後、僕は独りで小屋を出て蒼白い月明かりに照らされた、ミーナさんの畑をぼんやりと眺めていた。
この場所にはもう、作物は何も残っていない。
ここ数日の話し合いでミリアさんたちはこの家を去ることを決め、その準備として後片付けをはじめているからだ。
元々、ミーナさんの身体のことを考えてこの小屋で隠棲していたけど、幸いミーナさんの身体は快癒したし、このあいだの狼の件もあり、近くにあるブキシトンという街に戻ることにしたのだ。僕もその街までご一緒させてもらうことになっている。
「僕は…… 流されているだけだ……」
結局はそういうことなのだ。
自分が嫌になる。
痴漢冤罪の時も毅然と立ち向かうことも逃げることすらもできなくてただオロオロしていたら死んでしまった。
あの人に会ったときも、流されるままに力を貰ってこの世界に来た。
ミリアさんたちを救えたのは僕の意思ではあるけれど、それだってお膳立てされたチュートリアルだ。
貰った力が、思ったより凄くてそれが嬉しくて調子に乗って、喜んで貰えたのを良いことに欲望のままにミリアさんに触りまくって……
大きな力を貰っただけの優柔不断なただの子供、それが僕だ。
そんなヤツが世界を見て回ろうなんて、元々のこの世界の人にしてみれば、迷惑なだけなんじゃないのか。
混乱させて、余計な諍いを引き起こして、色んな人を傷つける……
そうなるくらいなら、僕は此処に残るのが正解なんじゃないだろうか。
「ここに居たのか」
「ミリアさん……」
「このあたりに人を襲うような夜行性の魔物はいないが、それでも日が落ちてからの外出はあまり良くないな」
「すみません」
「隣に座っても?」
「…… どうぞ」
ミリアさんは僕の隣に座って、何もなくなったミーナさんの畑を見つめている。
クルクルと表情が変わる可愛らしい人だけど、こうやって静かに佇んでいると切れ長の瞳がとても綺麗で冷たさにも似た美しさがある。
その横顔を気づかれないようにそっと見つめ、その視線を追って畑を眺め、最後に月を見上げる。
「ナオ君が私たちに、いや私に、だな。例のアレをやってくれた後から何か思い詰めているのは感じていた」
沈黙が続く中、ミリアさんが視線は畑に向けたままそう呟いた。
「私が、ああなるのは分かった上で、キミに無理を強いてしまった。美しくなれる、という魅力に抗えなかった。キミの言葉にそのまま甘えてしまった。そしてミーナの恩人であるキミを傷つけてしまったのだろう。どれだけ謝ればいいのかもわからないよ……」
「ミリアさんは悪くありません。悪いのは、僕なんです」
「ナオ君が悪いことなど、それこそ何もない。全ては私が君の優しさにつけ込んで、甘えて断れないような状況でおかしな事を頼んでしまったからだ。キミは悪くないよ」
「綺麗になっていくお二人を見るのは僕も楽しかったんです。喜んで頂けているのも嬉しかった。僕が自分で判断してやったことです。だから、僕が……」
「正直に言えば、私はキミが何にそんなに悩んでいるのか、何を思い詰めているのか分からないんだ。ただ、あの時の私がキミを傷つけたのだということは分かるつもりだ。教えてくれないか、何をそんなに思い詰めているんだい? 私は何をしてしまったの?」
ミリアさんの視線がこちらを向く。綺麗な瞳だ、夜の暗がりの中でも月の光を受けて潤んでいるのがわかる悲しげな眼だ。
そんな眼で僕を見ないで欲しい。
そんな綺麗な瞳で見られるなんて耐えられない。
だって、僕は。僕の力はこんなに薄汚れているのに。
「僕は楽しんでいたんです。綺麗になるお二人が嬉しかった。ミーナさんがポカポカとはしゃいでくれるのが嬉しかった。それでも、一番楽しんでいたのは」
目を逸らし、自分の足下を見る。顔を見ながらなんてとても耐えられない。出来ることならこの場から消えてしまいたい。
ああ、ああ、僕はこんなことをしたかったわけじゃないんだ。
本当か?
本当に望んでいなかったのか?
本当に全く望んでいなかった力が授かるか?
「ミリアさんの…… 身体に触れて…… か、感じさせている、ということが…… た、愉しくて……」
最低の告白だ。
「欲情、していたんです。貴女に」
最低過ぎる告白だ。
「…… そうか。以前も言ったが、その気があるというのならば私は喜んでキミに従うよ。…… こんな言い方は卑怯なのかも知れないが」
「ミリアさんは僕を、あ、愛していますか?」
「……」
「愛しては、いないでしょう。それは感謝とかお礼とか、そういう感情であって、愛ではない。当たり前ですよね」
「ナオ君……」
「僕も、なんです。ミリアさんのことは好きです。綺麗なお顔されているのに、可愛らしいところもあって、優しいお母さんの顔もされて、とても素敵な女性だと思っています」
「でも愛じゃ、ない。愛してはいない。『好意』と『愛』は、きっと違うものなのに。ミリアさんへの『好き』とミーナさんへの『好き』の区別が僕にはない。同じものだから、なんです。なのにミリアさんへの力とミーナさんへの力は明確に違って、それは僕の心の汚さが原因で」
「愛してはいない。愛されてもいない。なのに欲情だけはして、その衝動に負けそうになっている。僕自身の力で得たものは何もないのに」
「流されてここに来ただけ、何もしていない。努力して得たわけでもない力をふりかざして、好意につけ込んで、人を傷つけようとしている。僕は…… 屑だ」




