第十九話 覚醒した我が真の力をお見せしよう
前話の最後を修正しました。
あぁ、今、僕は眠っているんだ。
眠りながら子供の頃の夢を見ている。小学校に入る前くらいの頃かな。
「僕、お祖父ちゃんと同じお医者さんになる。それでお祖父ちゃんが僕にしてくれたみたいに僕も病気で苦しんでいる人を治してあげるんだ」
僕はお祖父ちゃんの優しくて大きな手で頭をクシャクシャに撫でられるのがくすぐったくて恥ずかしくて、でも大好きだった。この大きな手がしてきたように僕も色んな人を治して上げられるお医者さんになりたかった。
「お父さん。お母さんってどんな人だったの? ……ううん、寂しくはないよ。僕にはお父さんもお祖父ちゃんも叔父さんもいてくれるんだから」
嘘だ。本当は寂しかった。みんなにはお母さんがいるのに、僕にだけいないのは何でだろうってずっと思ってた。僕にだけお母さんがいないのは非道い、と思ってた。みんなにはお母さんがいるのはズルい、と思ってた。だけどそれを言えばお父さんが傷つくのも知ってたんだ。だからずっと嘘をついていた。ああ、僕はなんて嫌な子供だったんだろう。
「叔父さんは昔『風来坊』だったんでしょ? ……冒険家? 風来坊じゃない? どう違うの? どんなことする人なの?」
若い頃、世界中を旅して回ったという叔父さんの体験談や思い出話はいつだって僕をワクワクさせてくれた。子供の僕と一緒になって遊んで笑ってくれる叔父さんはもう一人のお父さんみたいで、兄さんみたいで、親友みたいだった。身体が丈夫じゃない僕は同じ冒険家にはなれないと思ってた。いつかお祖父ちゃんとお父さんと叔父さんと僕で叔父さんが言う『世界一綺麗な景色』を見に行きたかった。
どのくらい眠っていたんだろう。目を覚ますと僕はミリアさんの寝台の上に横になっていた。
「あ、ナオさん起きた! お母さん、ナオさんが起きたよ!」
身体を起こすと横についてくれていたミーナさんが声をあげてミリアさんを呼びに走っていく。
心配をかけてしまったようだ。僕は寝台から抜け出すとミーナさんの後を追い、寝室を出た。
「ナオ君、身体はもういいのかい」
「ミリアさん、すみません。ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
寝室を出たすぐのところで、ミーナさんに呼ばれてきたミリアさんと鉢合わせる。
やっぱりとても心配をかけてしまっていた。ミリアさんは顔色まで悪くなっているようにみえる。
ひたすらに心配するミリアさんとミーナさんに大丈夫だと何度も繰り返し、実際に普通に歩いている僕をみて少し安心してもらってから僕が眠った後のことを聞いた。
最後の質問の途中、僕の身体はうっすら光り出して、最終的には目が眩むほど輝いたかと思えば、光は嘘のように消え、あとには倒れた僕がいたこと。
眠っているだけにも見えたが下手に手出しは出来ないと思い、しばらく様子を見ようと思っていたこと。
今はまだお昼前でそれほど時間は経っていないこと。
ミリアさんの顔はまだ強ばったままで、ミーナさんも不安そうにミリアさんに寄り添っている。
それでもやはり話すべきことは話しておかないといけない。
「それでさっきのは、どういうことだったんだろうか。色々と衝撃的なことが多すぎて混乱しているんだ」
「僕をこの世界に送って下さった方からの補足説明、のようなものだったみたいです。お聞きになったと思いますが、あの狼についてとか」
「あぁ、私だけではなくミーナも、更には街の3/4が犠牲になるなど…… 恐ろしい。ナオ君がいうように口調こそ軽かったがあの神聖な光、魔力、まさに神託と呼ぶべきものだった。ナオ君が来てくれていなければ、あの存在が介入しなければ本当にそうなっていたんだろうな」
その状況を想像してしまったのだろう、ブルリと震えながらミリアさんが言う。
「ナオ君は本当に私たちの、そしてブキシトンの街の恩人だった。改めてお礼を言わせて欲しい」
そう言って深々と僕に向かって頭を下げるミリアさん。お礼は昨日も何度も言って頂いてるし、そんなに畏まられると困ってしまう。
「いえ、僕はそんな大した事したわけじゃ……」
ないので、頭を上げて下さい。そう言おうとしたらミリアさんに途中で止められる。
「ナオ君、その言葉は『私とミーナの命など』『近くの街が崩壊することなど』たいしたことじゃない、という意味になってしまう。自分の行いをことさらに大きく喧伝する者は愚かだが、ことさらに過小に評価しすぎることもまた愚かなことだと知ってくれ」
「……そうですね。失言、でした。すみませんでした」
「私こそ説教じみたことを言うようですまない。だが、自分の行動の結果を正しく評価する、ということは自分の行動に責任を取ると言う意味でもとても大切な事だと私は思う。そのことは覚えておいてくれると嬉しい」
そう言ってふわり、と笑うミリアさん。美人の穏やかな微笑みにお姉様の包容力を感じる。好き。
「しかし、まさか神託なんてものを間近で眼にするとは思わなかったよ。私は自慢ではないが信仰心はかなり薄い方だと自覚しているからね」
「僕もまさかスマホに神託が掛かってくる(?)とは思いませんでしたよ……」
「神器はすまほ、というのか。遠くの人と会話する概念の結晶、とも言われていたな。希少なものなのだろうな」
「あ、いえ。これは僕の故郷では一人一つ持ってるのがほぼ当たり前、くらいのものです。まぁよっぽど小さい子なんかは除きますけど、僕くらいの年齢なら持ってない人の方が少ないくらいですね」
ついこのあいだまで僕は持ってなかったけどね。
「なんと。キミの故郷も計り知れんな……」
「僕はこのスマホを『持っていればどんなに遠く離れていてもいつでも声が聞ける道具』だと思っていました。その僕の認識がそういうふうに働いたんだと思います」
「最後のナオ君の発光は、あれは何だったんだ。神聖な光だと思えたから悪いものではないとは思ったが、直後にキミが倒れてしまって、正直途方に暮れたよ」
「ご心配をおかけしました。スマホが神器として覚醒したのと同じようなものだと思ってください。僕が『与えられしもの』としての力の詳細を受け止めた反動、みたいな感じです」
そう力の詳細がわかってしまった。
僕に何が起きていて何が出来るのか、なんとなく分かっていた今までとは違う。完全に理解出来てしまったのだ。
これが出来るなら最初からしておいてくれればチュートリアルとかいらなかったんじゃ、という気もしなくもないが、その場合ミリアさんたちはあの狼のお腹の中に収まっていた筈なのだから僕には何の不満もない。
「なるほど。いや、実際のところよくわかってはいないのだが、ナオ君が理解していて身体に異常がないというのであればいいんだ」
「ナオさん、もう大丈夫なの? 寝てなくて平気?」
僕とミリアさんの話が一区切りついたタイミングでミリアさんに寄り添っていたミーナさんが僕のそばにきて心配そうに話しかけてくる。
「もう全然大丈夫だよ。心配掛けてごめんね」
不安げに僕を見つめているミーナさん。美少女の心配そうな声と若干潤んだ瞳での上目遣い。ご飯3杯はいけますね。
……
そうだ、ミリアさんには無理だけど、ミーナさんにならイケる。
ふっふっふ、覚醒した力の一端、お魅せしてしまおうか。
ミーナさんにそっと手を伸ば
「ナオ君、キミ今良からぬ事を考えている顔をしているが、ミーナに何をするつもりだい?」
ミリアさんがスッと僕とミーナさんの間に入り、ミーナさんを体の後ろに隠してしまった。
僕、そんなにわかりやすいですか。




