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第十五話 変な中毒性とかないよね?

ミリアさんの良い匂いしかしない寝台に包まれていると色んなことが頭を駆け巡っていく。

異世界に来て一人で落ち着いて考える時間が今まで無かったから、暗闇の中で頭だけが冴えていく。



一番の心残りはやっぱり家族のことだ。

父さん。

母さんに先立たれて、お祖父ちゃんも僕が中学に上がるのを見届けるように逝ってしまった。

それなのに僕まで父さんを残してあんな馬鹿なことに巻き込まれて死んでしまうなんて。

なんて親不孝者なんだ、僕は。

あんなに愛してもらっていたのにもうありがとうも言えない。ごめんねも伝えられない。

せめて僕のことは忘れて幸せになって。叔父さん、父さんをお願いします。

叔父さんもどうか幸せになってください。

幸せになって、それからたまにで良いから僕を思い出して。

僕を忘れないで。僕を忘れて。

僕にはもう二人にできることは何も無いけれど。

せめて二人の幸せを祈らせてください。



涙が堪えきれずに溢れてくる。

今夜だけだ。今夜だけ泣いて、明日からこの世界で生きていこう。

普通だったらこんな風に泣くことすら出来ないんだ。泣ける分だけ、後悔できる分だけ僕は恵まれているんだ。その時間をあの上位存在さんがくれたんだ。

この世界で僕が出来ることをしよう。僕がやりたいことをしよう。

父さんたちがいるところからはきっと空さえも繋がっていないくらい遠く離れてしまったけれど、ここで幸せになろう。






気がつけばいつの間にか朝日が昇りはじめ、空が薄らと明るくなっていた。


「今、何時なんだろう」


つい、元の世界の感覚に引っ張られてそんなことを考えてしまう。

この世界ではミリアさんたちのように日の出、日の入りを基準に生活をするのが普通で大きな街なんかでも日の出の鐘、正午の鐘、日の入りの鐘が一日に三回鳴らされてそれを基準にするらしい。


「あ、そういえば!」


この世界に来たときに何故か持っていた通学カバン。あの中には高校入学祝いで買ってもらったばかりのスマホが入っていたはずだ。昨日の今日ならまだ充電も残っているだろうし、時計代わりに時間の確認くらいは出来るだろう。

昨日はまだそこまで頭が回っていなかったけど、あのカバンは僕がこの世界で持っている唯一の私物ともいえるものだから中身もちゃんと確認しておかなきゃ。


僕は良い匂いのする寝台から身を起こすとまだ薄暗い部屋の中で傍においてあったカバンの中身をゴソゴソと漁ってみる。


「うーん、容量無限大の収納ボックス! みたいになってないかと思ったけどそんな都合の良いことはないらしい」


お約束だよね、収納ボックス。期待した僕は悪くない筈だ。

まぁ現実はそんなことは無く、普通のカバンのままだったけど。


入学式に出るだけの予定だったから簡単な筆記用具と財布、明るい高校生活に向けて準備したまだ殆ど白紙のままのスケジュール帳、ハンドタオルと件のスマホ、あと甘い物が大好物な僕のおやつとしてチョコレートが入っていた。板チョコじゃなくて一口大に個別に金色の紙で包装されているやつ。存在を忘れていただけにこれは嬉しい。ミーナさん、喜ぶかな?


中身はこれだけだった。あとは身につけていたブレザータイプの制服にポケットティッシュとハンカチ。

財布の中身がこの世界で使えるはずもないのでこれらが今の僕が持つ全財産ってわけだな。

うーん、まずは何から始めればいいんだろう? お金、仕事、家、着替え、食事。生きていくには足りない物ばかりだな。


「おはよう、ナオ君。難しい顔をして何を考え込んでいるんだい?」

「あ、おはようございます、ミリアさん。ちょっとした持ち物の確認とこれからの生活について色々と考えていました」


いつの間にか起きてきていたミリアさんに声を掛けられたので挨拶を返す。ミーナさんももう起きて朝食の準備に掛かっているようだ。僕だけ何もして無くない? なにかお手伝いをすべきか?


「ナオ君、キミは恩人で客人なんだから何か手伝おうなんて考えなくていいんだぞ」

「え!? なんで分かったんですか?」

「キミは意外と考えていることが顔に出るタイプだからな。性格も踏まえて想像すれば今何を考えていたかくらいはわかるさ」


そういってミリアさんは眉を八の字にしたいつもの困ったような笑顔を僕に向ける。これ以上可愛いをアピールするのはやめて下さい。惚れてしまいます。

話を逸らそう。


「あ、えっとまぁ、この世界で生きていくに当たってどうすれば良いのかを考えていました」

「ふむ、キミの力があればお金ならいくらでも手に入るだろうが、ナオ君には何かしたいこととかはあるのかい?」


僕のしたいこと…… それは勿論


「僕の力で多くの人を癒してあげたいです。それで色んな人を幸せにして、僕自身も幸せになれたらいいなって思っています」

「ナオ君らしい言葉だな。だけどキミの力は人々にとって、特に王侯貴族をはじめとする権力者には魅力的すぎる。なにしろキミさえいれば病に掛かることは無いし、大怪我を負っても即座に復帰できるんだ。利用価値は計り知れないものがある。大金を出してでも、あるいは無理矢理にでもキミを手元に置きたがるだろう」

「そうですね…… 想像は出来ます」

「脅すつもりは無いがもしキミのことが権力者たちの耳に入れば彼らはなんとしてでもキミを手に入れようとするだろう。そしてもし絶対に手に入らないと思えば、次はキミを殺そうとしてくるだろう。キミが自分の敵側についたときのことを考えれば必ずそうなる」

「それじゃあ僕はどうすればいいんでしょう。力を隠して誰も癒さずに生きればいいんでしょうか」

「それは私にもわからない。目立たない程度に力を隠し『腕のいい治癒術士』として生きていくのもいいだろう。或いは王族のような絶大な後ろ盾を得てその保護下で遊んで暮らすようなこともキミなら可能だろう。ナオ君がどういった立場で誰を癒したいのか、それによって取るべき行動はかわってくると思う。私には大きな力は無いがナオ君がどうすればいいのかを一緒に考えることは出来るしそのための協力は惜しまないよ」

「ミリアさん、ありがとうございます。僕ももっとしっかりと自分のやりたいことを考えてみます」


いつでも相談に乗るよ、と笑ってくれるミリアさんにもう一度お礼を言って僕はゆっくりと思考に耽る。



僕がしたいことはミーナさんのような病や怪我で苦しんでいる人たちを治してあげること。それと自分が生きていける程度のお金が稼げて、いつか素敵な女性と出会って家族を持てたら最高だ。

そのためには何が必要なんだろう。どこかの町に家を見つけて、ミリアさんが言っていたように『町の頼れるお医者さん』になるのも悪くない。というか全然アリだとは思う。

だけど、正直に言えば僕はこの異世界をもっと楽しみたいと思ってしまっている。元の世界ではファンタジーの空想の中にしか無かった素敵な何かが溢れているんじゃないかって思うとそれを見てみたい気持ちが抑えきれない。旅をする、行く先々で素敵なものを捜して、困っている人がいたら助けてあげて、前世では得られなかった親友や恋人と出会って絆を深めて、なんて子供の妄想だろうか。




僕が思考(妄想)に耽っているとミーナさんに優しく声を掛けられた。

「ナオさん、おはようございます。朝ご飯ができたから食べよ」

「おはようございます、ミーナさん。ありがとう、いただきますね」


メニューは夕食と同じ固いパンとスープ。相変わらず空腹感はないけれどありがたく頂く。

朝の食事が済むとまずはミーナさんの体調確認だ。


「ミーナさん、また僕と手を繋いでくれますか?」

「あ、またポカポカしてくれるの? やったぁ!」


僕と手を繋ぐことをこんなに喜んでくれるなんて…… 天使かな? 別に僕自身への好感度が高いと言うわけじゃないことは分かっているけど、それでも嬉しい気分にはなる。


「ナオさんのポカポカはすごいねぇ、気持ちいいねぇ」


エヘヘと笑う天使。この笑顔、どうにかテイクアウトできないだろうか。


いや、余計な事考えている場合じゃないな。真面目に診断しよう。

繋いだ手から力をミーナさんの身体に送り込む。

うん、大丈夫。ミーナさんの身体に異常は無い。健康体だ。


「どうだろう、ナオ君。ミーナの身体は……」


横で見ていたミリアさんが少し心配そうに訊ねてくる。


「問題ありません。全く異常なしです。まだ二日目なので完全に大丈夫と判断するのは早いかも知れませんが、この様子だと心配はないと思えます」

「そうか、それは嬉しいな。ナオ君の力がそう感じると言うことは大丈夫なのだろうと思えるよ。なにしろ人智を越えた神の御業がそう判断しているということなのだろうからね」


ミリアさんから見れば僕自身(人間)が鍛えて身につけた力じゃなくて創造神様(上位存在さん)から貰った力を使っているのだからこそ、その力が下した判定は信頼できる、と言うことなんだろうな。

ただ、その力を使っている僕自身があまりにもあっさり治せすぎて逆に不安になっている状態だ。


「ナオさん、脱いだよー」


え? ミリアさんとの会話でちょっと目を離していた隙にミーナさんが何故か服を脱いでいる。

あ、昨日の流れで次は肺の辺りを触ると思って準備してくれたのか。

今回はそこまで必要ないと伝えておかなかった僕のミスだな。


「ミーナさん、今日は服は脱がなくても大丈夫なんだよ。先に言っておかなくてごめんね」

「えー、ポカポカしてくれないの? ミーナ、ナオさんのポカポカ好きなのに-」

「ミーナ、わがままを言っては駄目よ。ナオさんを困らせないの」

「いえ、大丈夫ですよ。じゃあミーナさん、ポカポカしよう」


僕の言葉にわーい、と無邪気に喜んでくれるミーナさん。天使だな、間違いない。

多分、ミーナさんは昨夜僕に触られた後、間違いなく人生で初めて『身体が万全の状態』になれたからその時の感覚が『ポカポカ』として印象強く残っているのだろう。


そうだよね? これ変な中毒性とかないよね? 


まぁ、治療する対象(病・怪我)は無くても体力の回復や不足気味な栄養・エネルギーの補充はできるからそれを行っておこう。あとは元凶は断ったとはいえ激しい運動なんかはまだ難しいだろうミーナさんが早く他の子供たちと同じように元気に走り回れるくらいになるように祈っておこう。


「ふわぁー、ナオさんのポカポカ、本当に気持ちいいよ。お母さんもお願いしてやってもらえばいいのに」


ミーナさんが無邪気な笑顔で爆弾を落としてくる。やめて下さい,死んでしまいます。

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