第一話 人生最大のピンチ
僕、上条七桜15歳は今、人生最大のピンチを迎えている。
小さい頃から身体があまり丈夫ではなかった僕は将来はお医者さんになりたいと思っていた。
そのために頑張って勉強して県内でも有数の進学校にこの春合格して、生まれて初めての満員電車に乗って入学式に向かう途中だったんだけど……
「おい、聞いてんのかよ。ボーッとしてんじゃねぇぞ?」
金髪・ピアス・着崩した制服、いかにも不良ですといった格好をした男が僕の顔を覗き込むように凄んでくる。
「ビビって口もきけなくなちゃったんですかぁ~? もしもぉ~し?」
その隣で最早絶滅危惧種かと思われるガングロギャルが可笑しそうに笑いながら更に煽ってくる。
ここは僕の目的地だった学校最寄り駅の一つ手前、小さいけれど朝のラッシュの時間帯と言うこともあって多くの人が行き交う駅のホームの端っこだ。
なぜこんなところでこんな風に絡まれているかというと、さっきまで乗っていた満員電車の中でなんと僕は痴漢に間違われてしまったのだ。
ガングロギャルのお尻を撫で回していた僕を金髪ピアス氏が発見し、電車から引きづり降ろして「どう責任を~」とか「イシャリョー払え~」とかなんとか詰め寄られているという状況。正に人生最大のピンチだ。
誓って言うけど、僕は痴漢なんてしていないし、なんなら人生で女性に触れたことすら記憶に無い。
母さんは僕を産んだ時に亡くなってしまったし、身体が丈夫では無い僕は学校では教室の隅で本を読んでいるか勉強しているかの所謂陰キャだった。男友達は少しはいたけど女の子なんてクラスメイトとすら話した事も殆ど無い。そんな僕が電車で痴漢なんて大それたまね、出来るはずが無いのだ。
「だからぁ、イシャリョーだよ、イシャリョー。お前その制服、あそこの進学校のだろ?痴漢なんかして問題起こしたら不味いんじゃねぇの? イシャリョー払うんならここは穏便に済ませてやろうっつってんの。わかるぅ?」
「アハハ、リョーちゃんやっさしー。惚れ直しちゃう」
これ、噂に聞く痴漢冤罪ってやつだと思う。濡れ衣着せて示談金をせしめるみたいな話、ネットなんかでは良く聞くけど、まさか自分が当事者になるとは思ってなかった。
僕の通う進学校はそれなりに裕福な家庭の子が多いっていうし、気が弱そうで身体も貧弱な僕なら逆らえないだろうと思ってカモに選ばれたんだろう。
チクショウ、大正解だよ。
現実逃避して頭の中では色々と考えてるけど、現実の僕はもうパニックを起こしてアワアワしてるだけだ。視線をあたりに投げてみてもみんな遠巻きに観ているか足早に歩き去って行くだけ。助けは期待できない。
このままもめ続けていれば駅員さんがきて警察に連絡とかになっちゃうのかな。痴漢冤罪の無実の証明って難しいらしいしな。そうなったらせっかく受かった学校も退学とか、男手一つで僕を育ててくれた父さんにも迷惑がかかっちゃう。どうしよう、どうしよう。
「おい、聞いてんのかよ。返事ぐらいしろっての」
ドンッ
オドオドして何も答えられない僕に苛立ったのか金髪ピアス氏が僕の肩を強く押した。
ただでさえ細っちょろくて想定外の事態に足がガクガクしていた僕は簡単にそして金髪ピアス氏の想定以上に突き飛ばされた。
ホームの端っこで突き飛ばされた僕が最後に見たのは駅に入ってくる急行列車とビックリしたような顔で固まっている金髪ピアス氏、ガングロギャル、そして宙に舞う買ったばかりの通学カバンだった。




