3 シロとの出会い
夏期講習からの帰り道だった。
「みゃう」
か細い鳴き声が聞こえたような気がして、足を止めた。
川のすぐ近くで、周辺には緑が茂っていた。辺りを見回してみたが、誰もいないし、誰かいる気配もない。
ふたたび歩き出そうとした時。
「みゃう」
――もしかして、猫?
あまり大きくない猫なのかもしれない。私は緑をかき分けて、猫の姿を探した。
猫はすぐに見つかった。
「あ、かわいい」
白くて小さな猫だった。もともと飼い猫だったのか、赤い首輪をした小さな子猫。少し痩せすぎてしまっているが、愛嬌のある猫だ。
つぶらな瞳でこちらを見上げて「みゃう」ともう一度鳴く。
「うーん、困ったな」
私の家では拾えない。父の会社の社宅は、ペット禁止なのだ。
だからといって、拾ってくれる充てがあるわけでもないし。
「せめて夏休みじゃなかったらなあ」
クラスメイトの連絡先すら知らない私には、誰かと連絡をとるすべがない。まさか転校前の友達にお願いするわけにもいかないし。
考えあぐねていると、猫が小さく鳴きながら、小さいからだを一生懸命使って段ボールから出てきた。私の足元にやって来る。
「え、ちょっと」
戸惑っていると、猫は私の足に頭を擦り付けて甘えるように鳴いた。痩せたからだが痛々しい。段ボールには餌用のボールこそあったが、すでに中身はなくなっていた。
「少し待っててね」
私は声をかけて、猫の餌を買いに行った。その場しのぎであることはわかっていたが、放っておけなかった。
それから、私は毎日猫に会いに行った。猫には、シロというあだ名をつけた。
「シロ!」
声をかけると、シロはいつも嬉しそうに鳴いて出迎えてくれる。餌をやった後、猫じゃらしやボールで一緒に遊ぶのが日課だった。手で猫じゃらしをぺちぺちと叩いたり、ボールを追いかけたりするシロは、すごくかわいくて癒された。
一方、シロの飼い主探しは難航した。
学校の先生に声をかけてみたが、飼い主になってくれる人は現れなかった。村の人にも声をかけてくれると言っていたが、それでも現れない。よく行くようになった肉屋や八百屋の店員さんにも聞いてみたけど、やっぱりダメだった。
――これから、どうしよう。
打てる手は、すべて打ったつもりだった。それなのに、時間ばかりが過ぎていく。
シロは家猫なのだ。今から野良猫として生きていけ、というのは無茶な話だ。
その電話がかかってきたのは、お盆のちょっと前だった。
「……もしもし。あすかちゃん、いますか?」
恐る恐るといった口調で電話をかけてきたのは、クラスメイトの蒼井桃花だった。
数えるほどしか話したことはなかったけれど、桃花は穏やかで、優しい印象がある。他のクラスメイトみたいに私を疎外してくるようなそぶりもなく、彼女に対しては比較的良いイメージがあった。
「えっと、私があすかですけど」
「あ、ごめんなさい! 高橋さん、えっと」
「別にあすかちゃんで良いよ」
私は笑って言った。
「でも蒼井さん、どうして電話番号を?」
「桃花で良いよ、蒼井さんじゃなくて。電話番号は先生から聞いたの」
「先生から?」
「うん、あすかちゃんが猫ちゃんの飼い主さん探してるって聞いてね。もう飼い主さん決まっちゃった?」
「ううん、まだ」
「じゃあ、会わせてもらえないかな。引き取れたらな、と思ってたの」
「もちろんだよ!」
ぱっと視界が明るくなった。
「ああ、良かった。シロの飼い主、全然見つからなかったから」
「シロちゃんって名前なんだね」
「私がつけたあだ名なんだけどね。今から会いに行ける?」
「今日はちょっと難しいの」
桃花は申し訳なさそうに言った。
「明後日なら都合が良いんだけど。そのままお迎えできると思う」
「わかった、明後日ね」
「川の脇にいるんだっけ? 上流?」
「ううん、どちらかと言えば下流のほう。向かい側にテニスコートが見える」
「あ、わかった! じゃあ、その辺りに行くよ」
桃花は明るい声で言った。
電話を切った後、私はガッツポーズをした。あわよくば桃花と仲良くなって、たまにシロと会わせてもらいたい。
この村に来て初めて、私は温かな気持ちになった。
シロとあすかのこと、どうか応援してください!
よろしくお願いします。