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「ロゼリアと申します。本日からご指導賜りに参りました」
教えてもらった裏玄関のドアを昨夜とは違いノッカーを利用して慣らし人を呼ぶ。
ドアを開けたのは昨日の長身美女支配人様でした。
慌ててお世話になりますと頭を下げ、目線を戻すと頬を赤らめにっこりほほえむ支配人様。
「では今日からよろしく」
「は、はい。本日からよろしくお願いします」
眼福ですわ。麗しいですわ。興奮してしまいますわ。
部屋へと誘導してくれる後ろ姿を確認しそっと息をはく。こんな調子で1日過ごしていては熱を出して倒れそう。
よし、あまり興奮しすぎないようにしなくてはと気を引きしめる。
が、後ろ姿から香る柑橘系の香りにまたグラッとしそうになる。
こ、こんなお姉様系儚美人なのに、爽やかな香水?!有りです!全然ありですわ!
太陽に照らされてもその太陽に負けないぐらい輝いてますね。さすがです。素敵です。美しいです。でも私の解釈は月の女神なのです!
ここまで本の1、2秒。でも挨拶直後に出来たなんとも言えない間に我に返った。
いたたまれない気持ちで女神を伺いみると、クスクスと微笑んでいらっしゃった。
「表情忙しそうね。さぁ、中に入って。今ほとんどのものが寝ているから出来れば静かに、ね」
「は、はい」
そうでした。夜の華と呼ばれる女性たちが働く娼館でした。少し上がっていたテンションを下げるため深呼吸をする。
「ここが執務室。今度から直接ここに来てもらえれば良いから…どうかした?」
「?!」
目の前に広がるご尊顔に思わず後ろに1歩下がる。
ダメだわ!気を引きしめると言ったそばからぼんやりしてしまった。
心配そうに見つめる眼差しに申し訳なさでいっぱいになるが、緑柱石のような瞳に見惚れながらも何とか心配いらないことを伝え、部屋へと入らせてもらう。
少し広めの部屋の奥は少し大きめな窓。執務室の名に相応しく壁1面に整理された本棚。重厚な机には高価そうな羽根ペンや燭台の他に所狭しと丸められた書類や本が積まれていた。そしてその横に少し小ぶりの机が置いてある。
「君にはここで私の補佐をお願いしたい」
トンっと手で示された場所はその小ぶりな机だった。近づくと既に仕事が始められるようにか、同じく羽根ペンやインク、数冊の本が置いてあった。
それはこの部屋のレイアウト的に急いで配置されたようで、きっと昨晩から今までの間でご用意頂いたものだと理解する。
「ありがとうございます。わたくし頑張りますね。あ、他の方はまだいらしてないのですか?」
「あぁ、私は普段1人で雑務をこなしているためこの部屋には人はいないな」
なんと。こんな立派な館の経営を1人で賄っているだなんて。そんな凄い方のお手伝いなんて、私に務まるのかしら?
「…不安になることは無いよ。貴女の能力であれば軽くこなせる業務内容だ」
「まぁ、お気遣いありがとうございます」
ここに入ってから笑顔を崩していないのだけど、不安な気持ちが態度に出てしまったかしら?再度表情を引き締めなければ。
でもお優しいわ。昨日会ったばかりの私の能力だなんてご存知ないはずなのに、気を使って下さっているわ。
これはそのお気持ちに答えるべくお仕事しなくて!ぜひおまかせください!
気合を入れて自分よりも随分と上にある新緑の瞳を見つめる。
「こ、こちらに貴女の仕事は用意してあるからお願いします。もし分からないことがあればなんでも聞いてくれて構わないから」
じっと見つめても飽きない緑の虹彩の煌めきを見ていたが直ぐに視線は離され、席に着くように促される。
綺麗なものも見れましたし、自分の役目頑張りますか!
隣と比べると小ぶりだがホワイトウッドの滑らかな質感が素敵な机に付き、早速書類を1枚取り眺める。
『 ろ、ロゼリアがお、俺と二人っきりで、俺の執務室にいる!!!』
そんな様子を少し後ろから内心大騒ぎで見つめる長身美女こと支配人アイシャ。
後頭部すら可愛い。書類を見つめて羽根ペンを取ろうとする全ての仕草すら愛しい。
あぁ、俺はこんなに彼女のことを愛しているんだ、と改めて実感する。
感情のようなものに浸っていると書類を見つめていた魅了してやまない琥珀色の光がこちらを見つめた。
「ふふ、見張っていただかなくてもしっかりお仕事致しますよ」
「い、いや、そういう訳ではないのだが」
「あら、ではどうぞお座りになって。あと少しこちらの件教えて頂けませんか?」
慌てたものの、仕事の話を出されれば平常心に戻り、自分で用意した彼女の席の自席に腰掛ける。
すると少しこちら側により、こちらなんですがと書類を見せようと近づいてくる。
ドキリと鼓動が早くなったが仕事だ。気づかれないよう深呼吸をしてそっと書類に視線を落とす。
「ああ、その件はこの資料を参照してもらいたい」
「はい、…この数字ですね。了解致しました」
こちらは?これは…。これもよろしくお願いしたい。了解ですと段々と仕事モードに入ってしまえばお互い黙々と目の前に集中する。
分からないことを聞き、補佐が必要な所は口出しをし、あっという間に用意してあった業務は終了した。
「さすがリーガル令嬢。お仕事が早い」
片付いた書類を分類分けしながら机の上を整理しておく。
さすがロゼリアと感心する思いともう二人きりの時間が終わってしまったと寂しい思いがあい混ぜになるが決して声に表すことはしない。
今ロゼリアは執務室に備えてある小型コンロでお湯を沸かしお茶を入れてくれている。
「少しでもお役に立てたら良かったんですが、質問ばかりでお邪魔になりませんでしたか?」
お茶の香りと共にロゼリアが近づいてくる。
果実のような爽やかな甘い香り。これは茶葉ではなくロゼリアの香りだろうかと思わず意識してしまう。
「いや、分からないまま進められるより聞いてもらった方がありがたい」
「よかったです。普段1人でしか書類仕事をしていないので少し勝手がわからなくて…」
「領地経営、おひとりで?」
お茶を置いたあと相向かいのソファに腰掛けながらにこりと肯定の微笑みを浮かべる。
「また、わたくし語りで申し訳ないんですが、父は学者の分類なのですがめっぽう書類仕事が苦手な様でして…それに以前は母が代行していたと聞いて是非自分でやりたかったんです」
「そう、それは立派なことだ」
ロゼリアの母は幼い頃に鬼門に入ったと聞いている。だから、人から聞いた母なのだろう。
そしてきっと素晴らしい母だったと聞いているのだろう。語っているロゼリアの瞳が憧れな眼差しでキラキラと輝いていて眩しい程だ。
「そんなに立派じゃないですよ。母が父のことを尊重していたのであれば、娘のわたくしが代わりを務めなければなりませんもの」
「いいや、幼い子供が遊ぶことよりも優先して勉強して、代理できるように努力したのだろう?」
確かに文字を読めるように、領地のこと、税収のこと、それに合わせ数字管理と全てを犠牲にして学んだ。
それを身内ではなく他人に褒められる経験はなく、思わず顔が赤くなる。
それを誤魔化すようお茶をゆっくり口に含む。
「お茶、美味しいです。どこの茶葉でしょうか?」
「これは、クイールッツ領地だな」
目の前でくるくると表情を変えるロゼリアに、可愛いっ!!!死ぬ!可愛すぎて視覚から死ぬ!と身悶えしながらサラリと会話を続ける。
「まぁ、クイールッツ公爵領地ですか?でしたらルーッコット産地でしょうか?素晴らしい名品をこのような休憩のお茶で使ってしまってよろしのでしょうか?」
もちろんだ。ロゼリアに美味しいものを口にして欲しくて用意したのは我が領地の1級品だ。
しかも気兼ねなく飲んで貰いたくて、バレないようにとブランドロゴの入っている缶からただのキャニスターに移しておいた。
「リーガル令嬢が入れてくれたおかげでさらに美味しく感じる」
「そう言って貰えてお世辞でも嬉しいです」
世辞ではなく事実なのだが。
彼女が手ずから入れたとなればきっとただの水でも美味しく感じるとは思う。
都合で今後の更新ですが17:00から20:00に移動させていただきますのでよろしくお願いします。
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