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その翌日から家に仕える者たちを使って彼女の身辺を調べることにした。
どうしてこんなに自分でも異常と思うほど、彼女が気になるのか分からなくて、調べればなにか分かるのかと思っての行動だった。
そして、その事実はパーティから数日後、彼女の情報を調べれるだけ調べた際に気付かされた。
「あいつは彼女の婚約者...なのか...」
彼女には婚約者が居た。あの彼女を小間使いのように扱っていたあの男が相手だ。
力が抜け報告書を落としてまったが、ばら撒かれた書類を近くに控えていた従者が何も言わずに拾い上げる。
「彼女、調べてみるとあることで有名な方でした」
「話せ」
書類を受け取りながら、自分で読む気力がなかったためそのまま従者の話に耳を傾ける。
「彼女、捨てられ婚約者と噂されていました」
「捨て...彼女の婚約は破棄されているのか?」
「いえ、ダードルド子爵家令息とその母親である子爵家夫人がともに過去2回ほど記録院に婚約破棄書を持ち込んでいるそうですが、うち1件は件のご令嬢が婚約者に縋って頼み込み破棄を解消されたそうです」
多くの人が働く記録院の中で、彼女は頭を必死に低くし破棄しないで欲しい、とお願いし続けていたそうだ。
想像するだけで胸が苦しくなる。彼女は何を思い破棄をしたいと主張する婚約者を思い止めさせたのだろう。
「あと調べれたこととしては彼女の母方が隣国の出身でした。そのためあまり見ない琥珀色の瞳をされており、見た目もそちらに影響されたのか美しくあられます」
「隣国…もしかすると王家に準じるものだろうか?あの気品ある振る舞いに輝くような琥珀色の瞳。王家の特徴にピッタリではないか」
「いま立太している王族関係者ではございませんでしたのでもし調べるなら少々お時間がかかりますがいかがいたしますか?」
そこについてはいらないと首を振る。今はそれより彼女自身のことが知りたい。
そしてさらに言葉を続ける従者の言葉に耳を傾ける。
「その身なりを持ちながら10年来の婚約者に一途だと。ダードルド子爵家令息は彼女を使用人のように扱っているが、嫌な顔せず命令に背いたことは無いそうです」
確かにパーティ会場でもそうだったな。
だが、俺の目には陰りと憂いの評判を浮かべた彼女がいた。
そこまで話終わると従者は先程まで少し伏せて喋っていた顔を上げこちらを見つめ、恐れながらも、と言葉を紡いだ。
「アイシャ様、相手は既に将来を決めた者がいます。公爵家の者として、他に目を向けてください」
「...そんなこと、言われなくてもわかっている」
私は公爵家の第一後継者だ。もちろん立場上世継ぎが必須で更に公爵家を一緒に支えてくれるような配偶者が必要だ。
彼女のことは忘れよう。
私は一刻も早く公爵家に相応しい女性を探さなければ。
それから直ぐに有力貴族のご令嬢達と何度も見合いをした。評判の良いもの、見目麗しいもの、異国の姫君とも見合いをした。
しかし、どんな女性と顔を合わせても考えるのはあの少し憂いた表情をした彼女だった。
彼女は別の男のものだ。そんなこと理解している。だが、どうしても手に入れたい。私と、一緒に生きて欲しい。その願いが胸から消えることが一切ない。
朝になっても夜になっても、季節がいくつ巡っても、私の中から彼女は居なくならなく、むしろ大きくなっていく。
お見合いの回数が2桁の後半に入った頃、ついに観念し両親を呼び出した。
「アイシャ、お前からの呼び出しとは珍しいな」
公爵家の応接室にて向かい合うのは宰相として多忙を極める父と、その父の傍らにいて支え続ける母が並んで座っている。
見慣れた光景だが、今の自分には辛い物がある。思わず視線を逸らしてしまう。
「アイシャ?どうしてしまったの?ここの所食欲もなく、あまり夜も寝れていないと報告が上がっているわ。なにか、困ったことがあるなら相談してちょうだい」
いつものように優しい言葉をかけてくれるが随分心配かけたようだ。この歳になって親に心配をかけるなんて、と輪にかけて落ち込みそうになる。
「お前は何でも1人でそつなくこなしてしまうからな。困った時ぐらい親を頼りなさい」
心強い父親の発言な重くなった口を開き事情を説明する。
そこでついに、彼女を愛してしまったことを告げた。
初めて言葉にした途端、この気持ちがさらに大きくなった。
一言も話したことも、目を合わせたことすらない。ただ一目見ただけで。
「...貴方が心から愛している女性が出来たことは理解しましたが、それでなぜ独身を貫くという結論になったの?」
「彼女には婚約者がいます」
「なんと…」
「彼女を愛していると自覚しても私は公爵家の人間です。彼女ではなく、別の公爵家に相応しい別の女性を探そうとしました」
「あぁ、だからこの所お見合いをよく行っていたのか。それで?彼女以上の女性が見つからなかったのか?」
そんなことはない。事実、家柄人間性、器量の良さなど公爵家に相応しい女性は何人かいた。
だけども、彼女の存在が大きすぎて将来を描けなかった。
「彼女以外と家族になる、ましては愛せるかと考えると答えは決まっています」
不安そうにふたつの眼差しがこちらを見つめている。これ以上心配をかけないように笑みを作ってから頭を下げる。
「公爵家としての義務が果たせず申し訳ございません。跡継ぎを辞退させて頂きたく存じます」
「…お前のことだ。必死に考えた結果なんだろう?私からは何も言わない」
「あなた!…ねぇアイシャ、その女性とはどうしても無理なの?貴方が頑張っていたことを知っているもの。わたしは諦めきれないわ」
幼い頃から公爵家の跡取りとして厳しく教育されてきた。それでも父のようになりたいと歯を食いしばり頑張ってきた。そんな頃の話をしているのだろう。
「数回、婚約破棄になりかけたとは情報を持っていますが、かの令嬢から破棄しないで欲しいと婚約者に願い出たということです。そのため、彼女はその婚約者のことを…」
「ごめんなさい、もういいわ。そんなに辛い顔をしないで」
母親に抱きしめられたのは何年ぶりだろう?こんな自分勝手な私なのに、父も母も優しく受け止めてくれた。
彼女のことは諦めることは出来ないが、幸せの邪魔をしたい訳では無い。
彼女がこれからも先、自分ではない男と暮らし自分の知らない顔を見せるのかと考えた瞬間、たまらずその婚約者を消し、彼女を手に入れようとしたが、思いとどまった。
愛している彼女が生きていて、幸せに暮らしているならそれでいいでは無いか。
突然の申し出だったのにも関わらず父は戸惑いも見せず後継者を弟に変えようとしてくれた。
だが弟が納得してくれなかった。
幾度となくなぜ兄では無いのかと問われた。しかし上手く答えることも出来ず、そっと屋敷を後にした。そのため弟は仮として後継者に収まらざるをえなかった。
そして俺は本来弟が継ぐはずだった、公爵家の裏。表は娼館だが内情は影で国を支える役目。諜報部としての役割をこれもまた仮として勤めることになった。
同時に慣れない弟の手伝いとして公爵家の仕事をこなしながら、夜光華亭の経営も行う。
忙しい毎日だったが彼女は頭の片隅に必ずいて、彼女もきっと頑張っているんだなと調査報告を聞きながら己を鼓舞した。
そして随分その生活にも慣れた頃、皮肉にもそんなタイミングで、あの彼女はロゼリア・リーガル穣は俺がいるこの夜光華亭のドアを力いっぱい叩き、そして俺の目の前に現れたのだ。