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ソファーに深く腰掛け先程までロゼリアが座っていた場所をぼんやりと見つめる。
「...本当にロゼリア穣だった...」
だらしなく座るが今は力が入らない。意識があるだけまだマシだろう。
「支配人からお話に聞いていただけですが本当に綺麗なお嬢様でしたね。性格も、大変可愛らしかったですわ」
カチャカチャと小さく音を立てながら使ったカップを片付けていたシャーレが相槌をうつ。
全くその通り。いや、想像していた以上だ。
「山か…。そんなもので彼女と一緒にいられるならうちにある山を2、3プレゼントしたい…」
「まぁそれはいいお考えでは?ロゼリアはお父様への孝行のためしたくもない相手と結婚しようとしているみたいですもの。でしたら坊っちゃまでも問題なくて?」
「いや、だがそれでも彼女が俺と一緒にいてくれるかは別じゃないか?」
山を送られて嬉しそうに微笑む彼女を想像しながらぼんやりと受け答えしていたが、突如強いプレッシャーを感じ慌てて顔を上げると、シャーレがキレかけていた。
「愛してもくれない嫌いな男と結婚するより愛してくれる人と結婚した方が女は確実に幸せになります!それに!坊っちゃまが愛されるよう努力すればいいだけでしょうに!」
「あ、愛される…?」
「ロゼリアにとって坊っちゃまはまだ出会ってもいない未知の男性です。ここから好感度を上げていけばいいだけでしょう?相思相愛ですよ?」
なりたくないんですか?と問われれば反射的になりたいと答えた。
しかし諦めた恋だと思っていたのに突然のことすぎて何をどうしていいのか分からない。
「それで、坊っちゃま。せっかくのチャンスというのに何をウジウジなさっていますの?」
ずるりと髪の毛を掴み長い銀色の髪を外す。目の前に見慣れた金色の髪が落ちてきたが気にせず横にかき分けておく。
毎晩色んなお客を見てきて目が超えているシャーレから見てもいつ見ても美丈夫という言葉がピッタリな主だ。
「坊っちゃま言うな。あの、ロゼリア嬢が目の前に居たんだ!これまで一度も話したことなかったのに今日だけで何度も言葉を交わしたか...!」
しかも話しただけでは無い。し、視線まであったのだ!
見たか?あの艶やかな髪色を!あの子リスのようなものクリっとした瞳を!何度あの瞳でこちらを見つめられ、我を忘れそうになったことか!くちびるもふっくらしていて触れなくとも柔らかさが分かるようだ。
「興奮するのは後にしてくださいまし」
ピシャリと咎められ我に返る。コホンと咳払いをし背筋を伸ばす。
「シャーレ、悪いがダードルドについて少し調べておいて貰えないか?以前とは違い子爵家関連を徹底的に頼む」
「かしこまりましたわ。恐らく事情を知ればリゥが張り切ってくれると思います」
「あぁ、だがあくまで危険のない程度で構わない」
以前婚約者がいると知った時は絶望を感じ、生きている意味すら感じられなくなったが、彼女がこの世に生きてくれていればそれでいいじゃないかと思い直し、日陰に彼女を見つめていた。
だが、その婚約者はあろうことかロゼリア嬢を蔑ろにしている。
彼女を馬鹿にする人間がいるだけで腸が煮えくり返る所だがさらにそれが婚約者だという。
「それで?アイシャ様。これからどうなされるおつもりですか」
私が何を考えているのか分かっていながらからかうように尋ねてこられる。
だが今は大変気分がいい。調子を合わせて笑みを浮かべて答える。
「そうだな。ダードルド殿がロゼリア嬢でなくても問題ないということであれば俺がその席を頂こうと思っている。俺ほど、彼女を愛している人間は居ないだろう?」
カッコつけてもそのドレス姿じゃ締まりませんわね、とシャーレの呆れた声が聞こえた。
■■■
確か12歳の頃だったと思う。
毎回王家で開催されるパーティに私は半ば公爵家の義務として参加をしていた。
「相変わらずつまらなさそうにしているな」
そう話しかけてきたのは幼なじみでもあり、この国の第4王子のマリウスだった。
「まぁ、何度参加しても同じような感じだなとは思っているが」
色とりどりのドレスを見ながらうんざりと呟いた
「あぁ、お前が早く婚約者を決めないからだろう?」
「決めないのではない。決めれないんだ」
はっきりいって今日声かけられた令嬢や、今まで親を通して話をしてきた令嬢たちに一欠片の魅力を感じなかった。
「そこは割りきって探さないと。ある程度知識と礼儀があればいいんじゃないか?」
「そういうお前はそんな理由で決めたのか?」
思わずじろりと睨み、その後隣りで微笑む彼女に視線を送る。
「まさか!ククル程私が心から愛している女性はいないよ!それにククルは知識も礼儀も美しさも、可愛さまで持ち合わせているんだ」
「で、殿下、恥ずかしいですわ...」
「みろ!この可愛さだ!愛しているよ、ククル」
「わたくしも…愛しております、殿下」
話しかけておきながら2人の世界を作り俺は置いてけぼりだ。まぁ仲間に入れて欲しいなんて気持ちは一切ない。勝手にやっててくれ、と本当に気まぐれにエントランスホールに視線を向けた。
その時の自分の行動に今でも感謝したい。
黒い艶めいた髪に数粒パールをあしらい、少しだけ遅れた髪が細く白い項をなぞる。
瞳はまるで月の光を落としたかのような豊かな金色に印象的な虹彩が煌めく。
ゆっくりと進む歩みに深海色のドレスの裾が揺れ、まるで神話に出てくる海の女神のようだ。
そしてどういうことか彼女の周りだけベールのような白い光に包まれている。
「...か、彼女は...?」
掠れた声だったが拾ってくれたマリウスが私の様子に訝しみながらも私の視線の先を追う。
「...恐らく子爵家以下のご令嬢だとは思うが、私も全ての者を覚えている訳では無いので名前などは分からぬ。ククル、貴女は分かるか?」
「えぇあの方でしたら、レーガン男爵ご令嬢ではございませんか?」
レーガン男爵のご令嬢。男爵領と言えば一面に広がる農地を思い浮かべる。小麦畑は雄大で、人も穏やかだ。最近は加工品も有名になってきて王室に献上するほどのワインなども作られている。
脳内はいつもと変わらず相手の情報を引っ張り出すが、もう一方今までと違う思考が混ざり込む。
名前はなんというのだろう?知りたい。
どのような声で話すのだろう?聞いてみたい。
あの美しい眼差しで、こちらを見て欲しい。
ぽんぽんと浮かぶ思考に身体がついていけず、硬直状態で、表情もきっと抜け落ちていることだろう。
訝しげにこちらの様子を伺っていたマリウスがなにかに気づき声を掛ける。
「...アイシャ...もしかしてお前...」
「殿下、それは野暮ですわ」
だが、私の耳には聞こえない。
2人は気を使ってか、そっとダンスホールへと消えていったようだが、彼女に夢中な私はそんなことにも気づかなかった。
ずっと彼女に視線を送る。一時でも彼女から視線を離すのは惜しい。
だが、観察していて気づく。彼女は同じ年頃の男の世話を甲斐甲斐しく焼いていた。
テーブルから料理を運び、空いた皿を受け取り片付け、飲み物を取ってきたりと忙しない。しかも相手の男はそれが当然のようにしており、自分は友人らしきもの達と会話をし続けていた。
あいつ、彼女のなんだ?
しばらく見ていたが、忙しく動き回る彼女は自分自身は食事に一切口を付けず、誰とも喋らず、用事のないときは静かに壁のそばで花となるのみだった。
思わず心に黒い靄が立ち込めてくる。なんの権利があって彼女を我が物顔で扱っているんだ?同じ男として情けない。
その時は彼女に夢中になるあまり、よく見れば2人同じ色合いのドレスとスーツを着用していたことに気づかなかった。