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竜と娘の100年の子守歌  作者: 赤座クロ
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秘密の友人

従者の人に導かれて連れて行かれたその庭園は王族や貴人たちの使う、とてもお針子室のお針子が利用できるような場所ではなかった。そんな場所にあるテーブルセットに布の塊であるかの人とテルマを導いた後、美しい礼をして従者の方は去っていった。

おそらくお茶の準備をしてくるのだろう。


美しい青々とした初夏の庭がきれいに見えるテーブルセットにテルマとその人は座った。庭園がよく見えるように斜めに隣り合った席だった。


「あの、こんな場所で。」

「気に入らなかった?」

「いえ、素敵ですが、私はお針子なので。」

「でも、僕の恩人だから。」


にこりと笑ったのだろう、微笑んだ気配が瞳から伝わる。

そして、ああと小さくつぶやいてその布を解いていく。真珠色の美しい布を頭から解き、顔が見えるようにするとあの時に見たぞっとするほど美しい顔が現れる。


「普段はあまり顔を出さないように言われているんだ。」

「そうなんですね。」

「本当はちょっと息苦しくて。ここならば誰かに見られても大丈夫だから。できればここでお話できると嬉しいんだけど。」


にこり。その美しい顔でほほ笑む。布越しでは伝わらなかった暴力的な美しさにテルマは人形のようにうなずく。


「よかった。改めて、あの日はありがとう。僕に雨に濡れるからと気を使ってくれた人なんて初めてだったから面白かったよ。」


どういう意味かはわからない。けれども彼はとても面白そうに笑いながら、あの日渡した布を差し出す。


「これ、君の布だよね。絵柄が雨で流れてしまって。もったいないから再現してみたんだけどどうかな?」


そう言って渡された布を確認するために広げる。場違いなほど粗末な布がテーブルに広がる。そこには水で落ちるはずのチャコペンで書いた図柄がきれいにくっきりと描かれていた。あの日せっせと書いた図案が。


「これは。」

「テルマの書いたままに再現したつもりだから問題ないといいんだけど。」

「問題というか・・書き直してくれたんですか?」


驚いて聞けば、彼はうっすらほほ笑む。


「そうだね。」

「すごい。絶対に消えたと思ったんですよ。勢いで書いたからスケッチブックに全部残ってなかったんで。ありがとうございます!」

大好きな刺繍の事におもわず興奮して少し大きな声になってしまった。すぐさま自分のふるまいが恥ずかしくなったテルマは布をたたみながら席に座る。

それをくすくすと面白そうに彼は見ている。


「そう言えば、あの、お名前を。」


こういった時に高貴な人にどう聞いたらよいかわからないテルマはおそるおそる最初から聞きたかったことを口にする。その言葉に彼は少し考えるそぶりを見せる。


「ああ。そう言えば名乗ってなかったね。僕ったら不審者だ、これじゃ。」

「いえ。」

「でもごめん、いろいろ面倒になるから名前を伝えることはできなくて。その代わり僕のことはミュットと呼んで。」

「ミュットさん。」


名前を口にすればまた彼はまたにこにこする。高貴な人にはいろいろと事情があるのだろう。庶民そのものの生き方をしてきたテルマにはよくわからないが、そう思い彼女は納得した。

どう考えても彼がただの一般人ではないのは確かだからだ。


改めてよくみると彼は金のきらめく瞳と銀に近いオーロラ色の髪を持っていた。腰まで延ばされたその髪は出会った時は銀色だと思ったが、日差しを受けてきらきらと色を変える不思議な髪だ。

その視線に気づいたのか、彼は髪の毛をちょんと摘まむ。


「ああ、珍しい髪の色をしているでしょ?これのせいで目立つから普段は布を巻くようにしているんだ。」

「綺麗ですね。」

「ああ、欲しい?欲しいならこないだのお礼に上げるけど。」


そう言って、髪を束ねて切るようなそぶりを始めた彼を慌てて止める。


「いえいえいえいえ!!!いや、いくらきれいでも髪の毛が欲しいなんて私は変態じゃないです!!」

「そう。別に髪が欲しいなら全然あげるけど。」

「いや、そんなに簡単に髪をあげちゃだめですよ!!」

「そういうもの?」

「そういうものです!!」


いくら美人とはいえ、そして不思議な髪とはいえそんなものを欲しがるようなやつ絶対に変態だ。どうやらこの美人、だいぶ浮世離れしているようだ。

妙に心配になったテルマが慌てているところ従者が戻り、紅茶を注いでくれる。

ついでに見た目にも美しい茶菓子もテーブルの中央に置かれた。


「ありがとう。」


テルマに話すよりも少し硬い声でミュットがそう言えば従者は静かにテーブルから離れたところに向かい、目は届くものの話が聞こえるかどうか程度の距離に直立で立っている。


またしても二人きりになったテーブルに乗せられたおいしそうなお菓子。

しかしどのタイミングでどう手をつけていいかお手上げのテルマはそっと自分の紅茶に口をつける。


「どうぞ。召し上がれ。」


そんなテルマの心の内を読んだかのようにミュットは朗らかな笑みでそう言う。


「あ、じゃあいただきます。」


口にいれた瞬間ほろほろと崩れるクッキーに彼女は感激した。もはや知りたくなかったと言いたいくらい、おいしいクッキーだった。


「え、あ、おいしい。」

「おいしい?」

「はい!口の中でほろほろと崩れていく、こんなおいしいクッキー食べたことありませんでした!」


またしても、興奮して大きな声が出るが彼はそれすらも面白そうに声を上げて笑う。


「そう。よかった。こっちのお菓子も食べてごらん。」

「これは・・。」


カラフルな色の丸いお菓子。食べたこともない見た目からかわいらしいそれを彼は勧める。

「マカロン、というらしい。」

「マカロン!いただきます。」


こちらもしっとりサクサクする生地にサンドされたクリームが味わい深い。人生で食べたことのない味わいにテルマは感激した。そもそもテルマはお菓子というものをほとんど食べたことがない。生活に必要のないものを摂取する習慣はなかったし、せいぜいクッキーやビスケットであれば貰い物でたまに食べる程度。甘いものを食べる習慣はなく、ほとんど未知の食物だった。


「みんながこぞって菓子屋にいろいろ買いに行くのがわかりました・・。」


興味がなかったため一緒に行くことはなかったが、これを食べたあとはぜひ同伴を申し出たい。そう思った気持ちを素直に口にすると鈴が鳴るように笑う彼がいた。


「あはは、テルマは面白いね。」

「そ。そうですか?」


高貴な人の前ではしゃぎすぎたことは否めない。急に恥ずかしくなった彼女がスカートをぎゅっとつかみ座りなおすと慌てたように彼は言葉を続ける。


「ああ、別に恥ずかしがらなくていいよ。そもそも僕は、多分ちょっと特殊な環境で育ったから「普通」がわからないから、君みたいな子、新鮮なんだ。」


美しい金色の瞳は曇りなく彼女を見つめて柔らかい感情を伝える。少し羨ましそうなその瞳にどこか寂しさを感じる。

この人は良くわからないが、普通ではない。


そういうテルマも別にこの環境では普通だとは思わないが浮世離れした彼ほどではないだろう。


「ねえ、テルマ。せっかく知り合ったのだから、僕と友達になってくれない?」

「え。」

「たまに話をしてくれるだけでいいから。お昼の時間にあの場所に行ってもいいし、たまにはこういう場所でお茶をしてもいい。」

「でも。」

「僕とお茶をすればこのお菓子食べ放題だよ?」


いたずらげにほほ笑んだ顔はそれでも少しさびしさを感じる。軽口を叩いているようでもにじみ出る縋るような色を感じてテルマは悩んだ。


友達。それは対等な身分だから成立すると思っているテルマにはこの美しい人の友達になる、ということが少し重荷に感じた。

それでも、金の瞳に感じる陰りをみると自分にできることがあるならしてあげたいと思ってしまった。


「その、職場に来たりしないなら。」

「ああ、今日はごめんね、突然行って。君がお針子だとわかったから早く会いたくて。」

「別にいいんですけど、ミュットさん目立つから。」

「そうだね。僕は目立つから。僕も目立ちたくはないから、こっそり会おう。」


またしてもいたずらに目を細める。


「私は、雨が降ってない日はあそこで毎日お昼を取る予定です。もし暇なときは。」

「うん、行く。僕はそんなに忙しくないから。まあ、王宮にいつもいるわけじゃないんだけどね。」

「そうなんですか?」


どんな仕事をしているのか、誰なのか、聞きたい気持ちもあるが秘密の友人の素性を知ったらもう私は友達になれないかもしれない。そう思ったテルマは続きの質問を止めた。


「うん、王宮に来たときは昼に行くよ。ありがとう。」


にこりとまた笑う。神様みたいに美しい顔をしているのに彼はころころと子供の様に無邪気に笑うんだな。

そう思いながら、テルマも笑顔を受けて笑う。



この日から秘密の友人との逢瀬が始まったのだった。


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