真珠色の尋ね人
次の日は雨だった。
昨日の昼から続く雨におとなしくお針子室の傍にある休憩室でランチを食べた。そしてその翌日、からりと晴れた初夏の昼。
テルマはまたしてもお気に入りの裏庭に今度はスケッチブックを持って向かった。今日は新しい図案をスケッチブックに書きながらランチをとろうとうきうきしていた。
期待していたわけではないが、ひときわ大きな木の下を見れば、今日は誰もいない。すこしがっかりしながらもまたしてもサンドイッチを片手にスケッチブックに一心不乱で図案を書き綴った。
あの日であったかの人のおかげで浮かんだ図案を。
午後になり、同僚たちが退勤を始める時間、テルマはお針子室の上司である室長に名前を呼ばれた。
「テルマさん。」
「はい。」
呼ばれるがままに室長のもとに行けば、戸惑い気味に聞かれる。
「あなた宛てにお客様がきているのだけど。ちょっと、案内していいか悩んでいて。あなた変な人に付け回されたりしていないわよね?」
不思議な質問だ。首を傾げつついいえと答えれば困ったように彼女は続ける。
「いえ、王宮に入れるような身分の方ですもの、不審者ではないとおもうのだけども。なんていうか、ちょっと奇怪な身なりをされていて。あと名前を名乗ってくれなくて。」
「私宛のお客様で、ですか?」
そもそもテルマ宛てに人が訪ねてくることなんてほとんどない。それを知っての彼女の困惑だろう。
「ちょっと覗いてもいいですか?」
「ええ、今はまだ入り口で待っていただいているのだけど、高貴そうなことは確かで・・。」
首を傾げつつ二人で入口へ向かう。
そっと入口から見えない位置からのぞけばそこにいたのは布の塊だった。
「え、あの人ですか?」
「そうよ。目元以外見えないから私もどうしたらいいかわからなくて。ただ、従者の方もいらっしゃるし、高貴な方であるのは確かだからむげにもできなくて・・・。」
そう言われながらふと思う。あの布の塊に心当たりはないが、まさかと思いその手を見れば綺麗にたたまれたやや粗末な布地。見覚えがある、私があの雨の日に広げた布だ。
「あああ!!!わかりました。大丈夫です、室長知り合いですから!」
「そう、よかったわ。今日の作業の進捗はどう?」
「一応一区切りは付いています。」
「でしたら、片付けはしておきます。もしよければこのまま上がってもかまわないわ。」
「ありがとうございます。なんの用かわからないですが、聞いてきます。」
そう言って入口に向かう。
布の塊に見えたその人は近づけば目元だけが見えるように布をまとっていた。もちろん粗末な布ではない。白は白でもつややかな美しい真珠のような布だ。
その布から見える瞳は金色。先日見たあのきれいな瞳だ。
瞳は彼女の姿をとらえるとまるで宝石のように色合いが変わりにきらめく。ただの金の瞳ではない、不思議な瞳だとテルマは見惚れる。
「テルマ。」
「あの、こんにちは。」
なぜ名前を知っているのか、そもそもあの日偶然話しただけで用件もわからない。そんな相手にどう話してはいいかわからず、戸惑い気味に挨拶をする。
「先日はありがとう。」
多分笑っているのだろう。金の瞳がまたしても瞬く。
「お礼をしに来たんだけど。」
明らかに高貴なその人はまるで子供の様なおっとりとしたしゃべり方でそう言った。またしても頭に響くかのような美しい声にうっとりしそうになる。
「あの、ここだと目立つので・・。」
退勤をしていく同僚たちが不思議そうにじろじろと彼女とその人を見ていく。その目線に気がそぞろになった彼女がそう言うと、彼は後ろに控えていた従者らしき男性に目線を送る。
「どこか、ゆっくりと話せる場所はないか?」
「はっ、近くに庭園がございます。そちらはいかがでしょうか。」
まるで命令することに慣れているかのようにその人がこくりとうなずくと従者の方はこちらでございますと手のひらで丁寧に示す。
「テルマ、ついてきて。」
真珠色の布の塊は歩き出す。まだ名前を知らないその人に導かれるまま、テルマは庭園へと足を向けた。