通り雨と出会い
昼休憩。
息抜きがてらお針子室の裏にある小さな裏庭で彼女はサンドイッチを広げていた。片手には大きな布。これは自分の私物だ。
それにピンクのペンで絵柄をザクザクと書いていく。
これは新しい図案だ。先日異国の王子が手土産として持ってきた布を見せてもらった際に覚えた図柄を頭の中から引っ張り出して描く。
高級な布に刺繍をする前に自分の手で一度サンプルを作りたいと思っていたのだ。
わくわくする気持ちをぶつけるように一心不乱に手をうごかして、布地の端に下絵の模様を描いているとぽつりと嫌な気配を感じる。
元々曇っていた空からついに雨が零れだしたのだろうか。布地から目を上げれば裏庭で最も大きな木の下に人がいることに気付いた。
その人は長いまつげを伏せていて、まつげは美しい銀糸の様だった。一瞬見惚れてしまい、そして意識を取り戻す。
ぽたり、ぽたりと強くなりだした雨に急いで広げていた荷物を仕舞う。
そして、今一度見ればその人はまだ眠っている。ちょっと鈍すぎるんじゃないだろうか。そう思って、彼女は彼に声をかけた。
「あの。」
肩に触れて揺すろうとした手が触れる前にその瞳は開いた。長いまつげからのぞいた瞳はまるで宝石のような金の瞳だった。
「ん?」
「雨、雨が降ってきています!!濡れちゃいますよ?」
彼女の大きくて慌てた声に彼はゆったりと手のひらを突き出して雨粒を確認するような動きをする。
「ああ、雨か。」
「これは結構本降りになりそうです!!」
と言っている最中からざーざーと音を立てて本降りになる。いくら大きな木の下とだとしても、これではさすがに濡れてしまうだろう。
テルマは手元にあった試作用の布をばさりと開く。どこか浮世離れしたその人と自分の頭の上に。
「この布に入って、建物まで向かいましょう!!!」
テルマの強い言葉に戸惑った瞳をした彼の腕を掴んで半ば強引に走る。降り出した雨の中を二人で駆ければそんなに距離もなく屋根のある通路の下まで到着した。
「あーちょっと濡れてしまいましたね、でもまぁこれくらいで済んだなら。」
そう言いながら隣に立つ人を見れば面白そうに笑っている。しかしその姿を見て彼女はぎょっとした。
元々身に着けていた布地が薄手だったのか、その布は雨に濡れて体に張り付き惜しみなくかの人の美しい体に張り付いていた。
おそらく男の人だというのに壮絶な色気だ。その色気に当てられないように、彼女は雨から守るために持っていた布を彼の体に巻き付ける。
「いいですか、結構すごい状態なので、こんな粗末な布で申し訳ないですがこちらを巻いてお戻りになったほうがいいと思います。本当に。」
おそらく王宮にいるこのような美人だ、自分なんかより高貴な存在だと思ったが、ついついおせっかいにもそう言ったテルマにその人は一瞬きょとんとして笑った。
「ありがとう。」
初めてしっかりと聞いた声は透き通ったよく通る声だった。大きくはないのにまるで頭に響くかのような美しい声。
それに合わせて美しい顔でほほ笑むから、テルマの胸の鼓動は急に早くなる。
「風邪ひかないようにしてください。その布は捨てて大丈夫ですから。それでは!」
昼休憩も終わる時間だろう、とんだ目にあったが、今日のこの後はきれいな薔薇の刺繍をする作業が待っている。最上級と名高い隣国産の金糸も与えられているから仕事とは言え楽しみでしかない。
テルマはその美しい人に最上級の礼をしたあと、速足でお針子室へ向かった。
すさまじい美人を見た後だったので頭の中には新しい図案がいくつも浮かんでは消えていた。今日の夜はその図案を紙に起こそう。そう思いながら。