テルマという少女
テルマと彼の出会いは偶然でしかなかった。
そもそも孤児院で育ち、16で働きに出たしがないお針子であったテルマが世界の賢者としてあがめられている希少な竜人と出会うことなど普通ではありえないことだ。
テルマには家族はいなかったがもしもいたとしたら、きっと大騒ぎになっていただろうと思い返しながら彼女は思った。
実際に彼女の友人たちに彼との恋を話した時には友人たちも言葉を失っていた。
この世界には人と竜人がいた。
そして神話によると太古の昔、この世には人と竜がいたらしい。
人と竜は互いに血と血を争う戦いを行い、1組の番の手によってその争いは終わった。
人と竜。2つの種族が結ばれ、争いは終わった。
竜は人と番った。
竜はこの世で最も強い生き物であったが、子をなせなかったのだ。
伝説でいう竜は長き時の中に消えていき、残ったのは「人の子」と「竜と人の子」である竜人。
それはこの世界で3歳の子供でも知っている話だ。
現実どうやって竜人ができたのかなどはテルマにはさっぱりわからなかったが、事実この世には竜人と呼ばれる一族がいる。
もちろん平民街で見ることはない。
竜人族は貴族とはまた違うが神の血を引く一族としてあがめられていた。
さらにこの現代では人数も少なく希少な存在であり、テルマは見たことがなかった。
ただただ、見た瞬間恋に落ちそうなくらい美しい、それなのに人の騎士なんて羽虫のように扱えるほど強い、そして魔法という古の力を使えるというもはや伝説レベルの噂話を知っているだけだった。
孤児であったテルマは孤児院で生きるための技術として刺繍を学んだ。
そして、その努力によって培われた高い技術がかわれて16で孤児院を出て町のドレスショップのお針子の仕事に就いた。オーダーのドレスを作るドレスショップで様々な貴婦人たちのドレスに刺繍をして2年。静かにその技術力が注目されるようになったタイミングで王宮のお針子の刺繍担当としてスカウトをされた。
その時からすでに2年、年齢こそ周りのお針子より若いものの、技術力と勤勉な性格が評価されて孤児であった頃からは想像のつかない満ち足りた生活が送れている。
テルマは仕事だからという以上に刺繍が好きだった。布に針を通せばまるで絵のように広がる創造的な世界。自分の服にも刺繍をすることはあったが、仕事では最上級の素材が与えられる。そして、自分の刺繍を施したドレスが王妃様や王子様を彩るのだ。
実際にそれが見ることができたのは王太子様が婚約した際のパレードの時くらいだったが、その時には泣きそうなほど感動したのを覚えている。
いや、実際に泣いた。横で一緒にパレードを見ていた同僚も感動ですすり泣いており、お互いの肩をたたき合ったのを覚えている。
そんなわけで、毎日の仕事にはなにも文句はない。
しいて言うならば、お針子室は夜になると暗く、切羽詰まった作業の時に細かいものが見えないのが困るくらいであった。