伝える思い、伝えぬ想い
柔らかな日が差し、爽やかな風が吹く。
昼寝をするには最適な昼下がりの屋上。
これ以上はないと言えるほどの好条件。
後は――――――
「センパイ!見てくださいよ!あれ!!ヅラが飛んでますよ!!!」
後はここに、騒がしい後輩さえいなければ。
「…なぁ」
「はい!なんですか、センパイ?
あ、ちなみにあのヅラは数学の吉田のやつですよ!!
最近生徒の間で流行ってるんです、ヅラ飛ばし」
「いや、吉田可哀想過ぎるだろ。
…じゃなくて、なんでいんだよお前、今授業中だろ?」
俺の問いに後輩は一瞬キョトンとして、からからと笑い始めた。
「センパイだって授業サボってるじゃないですかぁ」
「俺今停学中だから。生徒指導に定期報告だけしに来ただけだから自由なの
お前出席ギリギリって言ってなかったか?本当に進級できなくなるぞ?」
「えぇ!?そうなんですか!?」
当たり前の事に後輩は、さも初めて知ったかのようなリアクションを取る。
「ほら、悪い事は言わねぇからさっさと戻りな」
「うーん、そうですねぇ……」
後輩はしばらく考えた後、俺の隣で寝ころんだ。
「…なぁ?」
「はい!なんですか、センパイ?」
「なんでそんな自然に隣来てんだよ!?授業戻れって言ったよな!?」
「いやー、ははは。まぁ、しょうがないじゃないですかぁ」
「しょうがないってお前……、何がしょうがないんだよ」
後輩は満面の笑みで口を開いた。
「だって、こんなに気持ちいい日差しなんですから。
大好きなセンパイと一緒に居ないと損じゃないですか」
嘘偽り一切ないと言わんばかりの真っ直ぐな目で、後輩はそんな歯の浮くような台詞を言ってのけた。
思わず顔が熱くなる。
「……?どうしたんですか、センパイ。顔赤いですよ?」
「なっ、何でもねぇよ!!もう勝手にしやがれ!!!」
後輩に背を向け、昼寝を始める。
こいつと話しているとどうにも調子が狂う。
にしても、どうしてこいつは俺に話しかけてくるのだろう。
停学になる前には、一度もあったこともなかったはずなのに。
◇
センパイは恥ずかしそうに顔を背けると、そのまま寝入ってしまった。
ホントに可愛い。普段つんけんした態度をしてるけど、実は誰よりも優しいって事を私は知ってる。
今停学になってるのも人の為、私の為だったって事を私は知ってる。
◇
騒がしい。
家の外は多くのマスコミが私が出てくるのを待ってる。
『ご家族を亡くされた今の気持ちをお聞かせください!』
『加害者について何か一言!』
ママのお葬式に押し寄せてきた大人達は口々にそんな事を聞いてきた。
外にいる奴らもどうせ私の事をごシップのネタとしてしか見ていない。
人の不幸を面白がる、彼らの目が怖くてたまらなくて、私はあの日から外に出られなくなった。
カーテンの閉め切られたリビングでは、パパが切り忘れたテレビから朝のニュース番組が流れていた。
映っているのは私の通っている高校。
『ここが被害者の○○さんの娘さんが通われている学校です。
事件のストレスからか、ここ数日は登校していないようです』
プライバシーの欠片もない報道の後、会った事もないような生徒達に話を聞いていく男性キャスター。
誰もが薄っぺらい言葉で知りもしない私の事を語っている。
気持ち悪い。そう思いテレビを切ろうとした時、彼は拳を振るっていた。
『家族が死んだ時どう思うかなんて、そんなの小学生が道徳の授業で習うような事聞いてんじゃねえよ!
そんなのなぁ!!悲しいに決まってんだろうがッ!!
その程度も分からねぇ奴らが報道なんてやってんじゃねぇ!!!』
◇
その後、センパイは教師達に捕らえられ停学となった。
退学処分にまでならなかったのは、彼の言葉に大人達もはっとさせられたからだとかなんだとか。
ちなみに暴行で停学となった彼と同じように、私も精神的安静が必要との事で停学中という事になっている。
だからこうして学校に来ているのは、ただただセンパイとお話がしたいからってだけなのだ。
私の為に怒ってくれたセンパイを、ただただ大好きになってしまったから。
もちろんセンパイは私の事なんて知らない。
彼にとっては私なんて見知らぬ誰か程度の認識でしかないだろう。
でも、それでいい。
ただ私が好きで付きまとってるだけなんだから。
彼の近くて笑っていたい。特別な関係になんてならなくていい。
少なくても、今は。
だから、
「だーいすきです、センパイ」
誰に言うでもなく呟いた言葉は、包みこむように流れる柔風にかき消された。
「さて、次はどんなお話をしようかな」
センパイが起きた時を楽しみにしながら、私は目を閉じた。