07
私の名前を呼んで至近距離で見つめてくる彼女。
別にそんな何度も名前を呼んでくれなくたって聞こえている。
不安そうな顔をしているわけじゃない、普通に真顔、それどころか怒っているようにも見える?
「なんで急にやめたの」
「実は――」
全てを説明する。
理解を得られるわけではないだろう、が、なにも言わずに隠し続けるよりはまだマシだと思うから。
これでそういう人なんだと判断してくれれば結構だし、仮にそうじゃなくてもどっちでもいい。
「なるほど、だからミフユとも一緒にいようとしていなかったんだね」
「うん」
頑張っている自分が好きなだけだったんだろう。
カズミといることに関しては努力したことはないけれど。
「そういうつもりではないだろうけどさ、だから一緒にいるのはやめたらどうかな? 私としては一緒にいたいけどその……どうしたってこういう風になっちゃうから」
それとも随時目標を更新していけばいいのかな。
普通に喋れたから次はプレゼントとか、あ、でも返すつもりで動いていたのにこれだからな。
つまり恋愛的な要素が出てこなければ普通でいられるということだよなと、自分の中からゴチャゴチャを一旦片付ける。
「やっぱりいいや、普通でいてくれれば私は大丈夫だから」
「普通って?」
「手を握ったり、それっぽいことを言ってきたりしなければ大丈夫ってこと」
こうして押し倒したりとかされなければ差があろうと耐えられる。
そこはさすがに母から産まれた人間だから似たようなものが備わっているのだ。
「ごめん、それは無理かな」
「え、そこまでなの?」
「今朝言ったこと、ただのその場だけのものだと思った?」
「うん、私と違って付き合ったりとかもしていそうだからさ」
ということはカズミのことを軽い人間だと思っているということかも。
それはなんとも申し訳ないな、こうして優しくしてくれているのにな。
「昔、ミフユと付き合っていたことあるよ」
「えっ!? あの久辺さんとっ? なんで別れたの?」
「……あの子がいつも申し訳ないって感じの顔をしていたから」
「えぇ、それで捨てるとか最悪じゃん」
「違う、ミフユの方が別れたいって言ってきたの、やっぱり普通の友達なのが良かったんだって」
なら逆にいまの久辺さんの中はどうなっているんだろう。
カズミのことを好きだという気持ちもありそうだけど、時間が経てばその大切さに気づけるだろうし。
「それってさ、久辺さんとは無理だから私とってこと?」
「違う、そのことについてはもう割り切れてるよ。なんでかな……なんか興味を持っちゃったんだよね」
「私、カズミにしてもらってばっかりだけど?」
なにも返せていなくてどんどんと増えていく。
その点に関してはこうして来てくれたことをありがたいと思う。
「でも、肝心なところで甘えてくれないでしょ?」
「それは常識だよ、依存してはならないからね」
始まりがあればいつかは終わりがくる。
そうなった時に大ダメージにならないよう対策をしているのだ――と言うよりも、母みたいな格好いい人になりたくて努力しているのだ。これは一生かかっても叶わないことだろうから燃え尽きなくて済んでいるというわけ。
「甘えて?」
「どうやって?」
「まずこうして私が寝転びます、その腕をガバリと抱きます」
「うん、こうやってだよね?」
胸がないからなんのクッション性もない。
ただの硬い骨の存在に気づけるだけだろうから意味もないだろうけど。
「そのまま密着します」
「えっと、こう?」
腕だけじゃなくて体を掴んでしてみた。
む……服の上から見ただけではわかりづらいがこうしてみると確かに存在するそれにイライラが。
「うーん、違うね」
「だよね、私もそう思った」
こういうのは指示されてやることではない。
自然とパッとしたくなってしまうからこそ甘えることになるのだ。
抱きつくのをやめてベッドから下りる。
「んー! はぁ……私、冷めやすいけどいいの?」
「うん、冷めさせないようにするから」
「現在の数値は110として、1秒毎に1ずつ下がってるんだけど?」
「え、どうすれば回復するの?」
「普通に会話、物理的接触はなしで、それっぽいことを言ったらマイナス100かな」
嫌と嫌じゃないが混ざって不快だ。
そういうゴチャゴチャを捨てるために寝ようとしたのに結局できなかった。
自分が考えようとしてしまったのもあるし、彼女がここに来てしまったのも大きい。
もしかしたらひとりで行動することができていたあの頃が愛しくなったのかもしれない。
よく考えてみれば滅茶苦茶生き生きと生きられていたから勘違いではないだろう。
「大晦日まで放っておいてくれない?」
「無理ー」
「あはは、言うと思った」
「また来るからね? 明日も明後日も」
「明日と明後日はどっちもクリスマスだけど?」
というか、普通に仕事がまだあるはずだ。
父も29日から休みとなっているため、まだまだ年内は働くしかない。
「深夜にでも来るよ」
「サンタさんかな?」
「うん、そうだよ」
ならせめてクリスマスが終わってからにしてくれと頼んでおく。
ひとりで過ごしていれば考え方が変わるかもしれないからだ。
が、当たり前のように彼女は納得してくれなかった。
それどころかこれからずっと来ると言って、部屋及び家から出ていった。
「お母さん、カズミって怖い」
「ふふ、似たようなことをしたから懐かしいわ」
「訂正、お母さんとカズミが怖い」
よくそこまで情熱的になれるものだ。
仮にこちらが振り向いたら振り向いたで冷めそうだけど。
ま、結局後悔することになるのはカズミだからと片付けて寝てやった。
「メリークリスマース」
「もう大晦日だけどね」
本を読むのをやめて唐突に部屋に訪れたカズミを睨む。
一応理由を聞いてみたらあの同僚さんに毎日絡まれていたらしい。
私と一緒でひとりでクリスマスを過ごしたから幸せ者のカズミが憎かったんだと。
世間一般的に見れば確かに楽しそうなクリスマスを過ごせたのだからしょうがないな、うん。
「久しぶり」
「うん、久しぶり」
クッションとかはないからベッドに座ってもらう。
こちらは飲み物を下から持ってきて本人に手渡した。
「いまポイントは?」
「110」
「あれ? 私はてっきりマイナスかと思った」
いや、一緒にいられなかったことで来てくれて嬉しいと感じてしまったのだ。
つまりちょっと前みたいに戻れたということになる、なにがきっかけになるかわからないから怖い。
「ちなみに何点中?」
「200」
「え、意外と高くない?」
「そりゃそうだよ、カズミのこと嫌いじゃないからね」
寧ろどうやったら嫌えると言うのだろうか。
いてほしくない時にもいようとする彼女だけど、決して自分勝手というわけではない。
こっちのことをちゃんと考えてくれていることがわかるから。
「カズミってなんの食べ物が好きなの?」
「コロッケとかかな」
「じゃあ今日家に行って作ってあげるよ」
どうせこの後は新年を迎えるまで暇だ。
こういう暇を作るために課題も掃除も最初ら辺にした。
ほら、先にやっていればこういうことができるでしょう?
「あはは、なんだかんだ言って大木ちゃんも私といたいんじゃん」
「悪い?」
「悪くない!」
彼女の家に行く前にスーパーに寄ってお買い物。
夜は戻って年越しそばを食べる予定だから余計な物まで買わなくて済む。
彼女の家に着いたらすぐに調理を始めて、大体1時間後ぐらいには完成した。
「いただきます」
「どうぞ」
調理に使った道具を洗って片付けながらぼんやりと考える。
もう少しで今年が終わるんだなって、カズミや久辺さんと出会ってのが昔みたいに感じるって。
それはこうして彼女の家で彼女みたいなことをしているからだろう。
普通は出会ってすぐにご飯を作ったりはしないと思う、踏み込む速度が尋常じゃないからできることだ。
それって私もなんだかんだ言って踏み込もうとしているということなのだろうか?
「大木ちゃん……」
「あ、水だよね、ごめんごめん」
口の横にご飯粒をつけたまま放置はあれなので代わりに取っておいた。
こういうところは可愛くていいと思う、そのまま外に出たりしそうなのが怖いところだけど。
「大木ちゃんは食べなくていいの?」
戻るとそんなことを聞いてきたから大丈夫と答えておいた。
実は少食派なので既にお昼ご飯を食べた後に食べるのは無理なのだ。
いやまあ無理やり詰め込めば無理ではないけど、食材たちに申し訳ない。
「じゃ、また来年に会おうね」
「え、帰っちゃうの?」
「うん、家で過ごす予定だし」
初詣とかそういうのには行かないタイプだから三が日はとにかくのんびり過ごすつもりでいる。
お客さんが訪れたら対応するつもりではいるものの、自分から動くことはないだろうと予想していた。
単純に寒いし、お店にも行かないだろうから――って、
「ああ! 店長さんに挨拶してこないと!」
ずっとずっとお世話になっているわけだし最低限の礼儀として忘れてはならない。
「帰らないで」
「え、だけど年越し蕎麦食べたい」
母が作ってくれたおつゆじゃないと満足できない。
初詣に行かないくせに年越し蕎麦は食べなければならないと考えている以上、変わることはない。
第一、私は基本的に彼女の願いを叶えているつもりだ。
一緒に行こうと言われて断ったことはない、クリスマスの案を捨てたのもカズミだし。
奢ってもらったりも一切していないから線引きをしっかりしているつもりなんだけどな。
「付き合ってあげるから朝まで一緒に過ごしてよ」
「ちょ、そんな顔……」
「顔……はわからないけどなんか違和感しかなくてさ」
「真似しないでよ」
「お願い!」
蕎麦を食べてもいいならということで了承する。
駄目だね、ここまで必死にお願いされたら断られないよ。
表情まで使って納得させようとしてくるとか卑怯じゃん。
「真面目な話、久辺さんにはもう興味ないの?」
「そっちこそもうないの?」
「説明したけど、私は頑張っている自分が好きだっただけなんだよ」
これから仮に好きだと信じて行動するにしても久辺さんにとっては負担でしかないわけで、そもそもあるのかすらわかっていない感情をいまさら追うことはできないわけだ。
「いま私の話はいいからさ」
「それなら私の話だっていいでしょ、仮にミフユへの想いがあったらどうするの?」
「その時は応援するよ」
「できるの?」
「自惚れてくれるじゃん、カズミがいないと私は駄目になると思ってるの?」
そこまで依存してはいないぞ私は。
来てくれたら普通に嬉しいと思えるけど、本命が別にいても別に構わない。
求められたらご飯を作ることだって出かけることだってしてあげよう。
寧ろそっちの方がただの友達として割り切れることも多いわけだ。
だが、いまのこのなんとも言えない距離感の方が微妙な時もあるわけで。
「で、ないの?」
「大体、前にも言ったと思うけど、もう終わったって、しかもそういう意味で大木ちゃんに変えたわけじゃないともさ」
「なら信じていいの? そういうつもりでいてくれてるって」
「うん、嘘だとわかった日には目の前から消えたっていいよ」
ならそれ相応の振る舞いをしなければならない。
冷めたとか言っている場合ではないだろう、いまからするのはただただ足していく行為だ。
「行こ? 店長さんに挨拶がしたいから」
「わかった」
変わらぬクオリティのオレンジジュースを提供してくれたことに感謝を。
まあ、オレンジジュースだったらそんなに味の変化はないだろうけれどもね。
そこそこ久しぶりの店内は変わらず美しく落ち着く空間であった。
「なんか久しぶりな感じ」
「カズミも利用していなかったの?」
「うん、クリスマスまではミフユの家で盛り上がっていたからね、そこからは仕事三昧……うぇ……思い出しただけでコロッケが逆流しそう」
逆流してしまっては困るので注文したジュースを飲ませておいた。
「店長さん、今年もお世話になりました!」
「いやいや、今年も利用してくれてありがとうございました」
「来年も利用させていただきます!」
「よろしくお願いします」
「なんか店長さんが敬語なのは調子が狂います!」
もっとね、ニヤニヤしてくれても構わないんだよ?
このお店があったおかげでカズミや久辺さんと出会えたんだから。
店長さんにそういうつもりはもちろんないけどさ。
「はははっ、タキちゃんに利用してもらわないと困るからね」
「安心してください、大人になっても利用します! なので店長さんも頑張ってください!」
「そう言ってもらえたからには頑張らないとね」
「偉そうに言ってすみません、でも本当に大切な場所ですから」
「気にしなくていいよ、嬉しいからね」
よし、年内にしなければならないことはもうほとんど終わった。
あとは年越し蕎麦を食べたり久辺さんやツクシちゃんに挨拶をしてカズミと過ごせばいい。
「カズミ、元気になってよ」
「んー……手を繋いでくれたら治る」
「いいよ、はい」
「治った、完全完璧100パーセントモードになったよ」
んな馬鹿な、まあ元気でいてくれればそれで良かった。