05
さて、冬休みがやってきたわけですが。
「暇だ」
出された課題は昨日の内にやってしまったからもうやることがない。
部屋の掃除やお手伝いだってもうしたし、これからどうすればいいんだろうかと頭を悩ませる。
遊びに誘えるような友達はツクシちゃんだけだ、ただ、誘ったところで久辺さんたちの話ばかりしかしなさそうなので少し躊躇ってしまっているというのが現状だ。
「お母さん、なにかやってほしいことってない?」
「最後の冬休みなんだから休んでおけばいいじゃない」
「いや、それが暇で……もう片付けも終わらせちゃったし」
後からバタバタ状態になるのが嫌なためなんでも先にやる主義だ。
課題を急速モードで終わらせたのもそういうこと、余裕があれば人間は基本的にミスらない。
「だったらお店にでも行ってきたらどう?」
「うーん、知り合いの人が来るのは18時ぐらいだから」
「そうなのね。でも、特にやってもらいたいことはないわ、寧ろあなたにばかり任せてしまって申し訳ないと感じているぐらいだもの」
「え、そういうのはいいよ、私が元気良く生きられているのはお母さんとかお父さんのおかげなんだからさ」
それでも結局頼んでもらえなかったから外に出てみることにする。
クリスマス前だからと言っても特に変化というものはない。
多少、それ関連の飾り付けやのぼりを見つけたりできるぐらいだろうか。
ただ、歩いている時に見かけるカップルさんたちはハイテンションだった。
クリスマスアンチというわけではないけど、そこまではしゃげるのはすごいと思う。
終わってしまったらわかる、ただ普通の時間が過ぎただけにすぎないのに。
「あ、タキちゃん」
「お、ツクシちゃん」
やたらと大きなバッグを持っているツクシちゃんと遭遇。
「実は今日からミフユさんの家に泊まらせてもらうんだ」
「そうなんだ、それって萩内さんも?」
「うん、クリスマスまでだけどね。――ん? いちいちカズミさんの名前を出すということは気になっているのかなー? 素直にならないと駄目だよ?」
「そういうつもりはないよ、ただそうだろうなって思っただけかな」
なぜだか一緒に途中まで行くことになりました。
その間もツクシちゃんは楽しそうで飽きなかった。
静かなところで騒いだりしなければ一緒にいて楽しいから嫌ではない。
「タキちゃん、本当にクリスマス来ないの?」
「うん、そういうことになるね」
「……残念だな、高校最後のクリスマスをタキちゃんとも楽しみたかったのに」
うぐ……ま、まあ、行けないこともないんだけど。
「私が行くって言っても歓迎してくれるの?」
「当たり前だよ! だって私たちは高校1年生の頃からずっと一緒にいたんだから!」
そういうことなら参加させてもらうのも悪くないかもしれない。
もちろん、発案者の久辺さんに聞いてからではあることだ。
彼女の目的地は久辺さんの家だから一緒に付いて行かせてもらうことにした。
「――え、来てくれるんですか?」
後回しにしてもしょうがないから単刀直入にぶつける。
久辺さんさえ良ければということを何度も言っておいた。
この人に許可を貰えたら萩内さんにも聞いてみるつもりだ。
「ぜひ来てくださいっ」
「は、はい、行かせていただきます」
やはり眼力が強い。
あと、クリスマスを楽しもうとしているみたいで微笑ましかった。
楽しもうとしている人を邪魔したいとは思わないので、最大限楽しんでほしいと思う。
「あの、大木さんも泊まりに来ませんか?」
「え、と、泊まりに?」
「カズミちゃんも来てくれますから大丈夫ですよね?」
「ああ、え? いや、私と萩内さんはそういう関係ではないですが」
仮に萩内さんがいてくれなくたって空気を悪くしないように頑張るつもりだ。
どちらにしてもやることがなかったのだから、誘ってくれたのは大変嬉しい。
「でも、最近はよく大木さんの話をしていますよ?」
「そうなんですか?」
いきなり手を握ってきたりよくわからない人だ。
嫌ではないから構わないものの、はっきりしてもらいたいものである。
その気がないならやめてほしい、フラットな状態のままでもいいから。
「それなら荷物を持ってきますね」
「あ、私も手伝いますよ」
「そうですか? あ、でもツクシちゃんの相手をお願いします、頬を膨らませてこちらを見てきていますからね」
「……わ、わかりました、お気をつけてくださいね」
そうと決まれば早速行動開始。
なにも緊張する必要はない、ただ知り合いと一緒にクリスマスまで過ごすだけだ。
相手が成人している人というのがなんとも意外だけど、同性だし怖くないことは知っている。
「ただいま」
家に着いたらリビングでゆったりとしていた母に事情を説明して許可を貰った。
こうしておかないと久辺さんに迷惑をかけてしまうし、単なる常識からというのもある。
荷物は着替えをなるべくかばんに入れて持っていくことに、やるからわからないけれどもトランプなんかも突っ込んでおいた。
充電器とか最低限必要な物も忘れずに。
「あれ、大木ちゃんじゃん」
「あ、萩内さん」
結局クリスマスは一緒に過ごす旨を伝えたら喜んでくれた――ように見えた。
まあ、実際はそうじゃなくても構わない、なるべく空気を悪くしないように生活するつもりだ。
荷物を持ってくれようとしたから遠慮して持ってもらわなかった。
「ミフユ、大木ちゃんを連れてきたよ」
「うん、ありがとう」
おぉ、久辺さんも自然な笑顔を見せてくれるようになって嬉しい。
私だけでできたことではないものの、いちいちそこに引っかかっておかなくていいだろう。
そこからは荷物を部屋に置かせてもらったり、お昼ご飯作りを手伝ったりもした。
不思議だったのはあれだけ暇だと感じていたのに全然暇ではなくなったことだ。
すぐに夜はやってきたし、お喋りしているだけで寝る時間もきてしまう。
「ミフユ? あ、寝ちゃってるな」
「布団かけておきますね」
「うん、そうしてあげて」
ちなみにその久辺さんに抱きつくようにしてツクシちゃんも既に夢の中だった。
計算されたわけではないとしてもこれで擬似ふたりきり状態になる。
「ちょっと外に行こうか」
「え、どこに行くんですか?」
「コンビニかな」
「いいですよ、うるさくはできないですからね」
こうして夜遅くに出かけるということはあまりしないからワクワクしていた。
「大木ちゃん」
「なんですか?」
が、出たすぐのところで萩内さんは足を止めてしまう。
さすがに長時間寒い空間で立っているのは辛いぞと考えてしまった。
こちらを見たまま先を言い出さない萩内さん。
「どうして急に意見が変わったの?」
「あ、クリスマスの件ですか? ツクシちゃんが一緒に過ごしたかったって言ってくれたんです、そこまで言ってもらっておいて断るのは違うかなと」
特に予定もなかったのも大きかった。
それに課題で困っているようなら教えることだってできるから。
なんだかんだ言ってツクシちゃんにはお世話になってきた、孤独を感じずに済んだのもメンタルを強くできたのも全て彼女のおかげだ。
私は萩内さんに返そうとするよりも先にツクシちゃんに返すべきなのかもしれない。
「ミフユに誘われたからじゃなくて?」
「誘われたのもありますけどね」
そのため、久辺さんとなるべくふたりきりでいさせてあげようと決めた。
せめてもの恩返しみたいなものだ、本人に余計なことをするなと言われるまでは続けるつもり。
もし萩内さんがそれを止めるようなことをしてきた場合は、柔軟に対応したいと考えている。
「まあいいか、大木ちゃんはなにか欲しい物ってある?」
「特にありませんね」
「無欲な子なのかな?」
「いえ、欲はありますよ? あのお店が続いてほしいとか、萩内さんや久辺さんといつまでも関わっていたいとか、早く働いて両親をもっと楽にさせてあげたいなとか、ドロドロの欲まみれです」
私が心がけているのはなるべく迷惑をかけないことだ。
相手が仮に親であったとしても、なるべくお金などを貰ったり物を買ってもらったりしない。
それが当たり前になってしまうことが怖いからだ、相手だって負担が減っていいことだろう。
ただ、なんでもかんでも全て否定するわけではなく、しっかり考えて行動しているというだけ。
謙虚すぎればいいわけじゃない、それに高校生だからやっぱりお小遣いとかもほしいしね。
もうすぐで社会人になるからそれもなくなるわけだし、今度は私が渡していくつもりだ。
お小遣いというわけではないけども、母や父なら上手く活用してくれるはず。
そもそも母が無駄な出費というのを抑える人だから大丈夫だ。
「へえ、ミフユとだけじゃないんだ?」
「はい、もう知ってしまいましたからね、あなたのことを」
優しくないとか言っておきながら優しいところしか見せてくれない人だけど。
1度ガツンと叱ってくれたりしたら嫌える可能性もあるけど、いまのところは難しいと言える。
「私のことを知ってるって言うけど、どういう風に知っているの?」
「まずは謙虚なところですね、あとは単純に見た目が格好いいとか、なんか甘えてきてくれる時があって可愛いとか、まあ色々な感じです」
「甘える? 私が大木ちゃんに?」
「違いましたか? 違うのなら私はとんだ恥ずかしい女ですね」
なんかあっさり萩内さんのことを気に入ってしまえている時点であれだ。
なんでだろうね、あれだけ久辺さんの隣にいたいと考えて頑張っていたのに。
間違いなく高校生活なんかよりも優先していた、中途半端では絶対になかった。
それがどうだ? なぜかその友達である萩内さんと積極的にいようとしているのだから面白い話だ。
なにがあるかわからないから楽しいと人は言うけど、逆にこうして変わりすぎてもそれはそれで困ってしまうということを知ってもらいたい。
「まあそれはいいじゃないですか、早くコンビニに行きましょう? ちょっと寒いので」
自分がどんなに痛くて恥ずかしい女だろうがいまは重要ではない。
目的はコンビニに行ってなにかを買うことだろう、いま持ち出すことではなかった。
それに否定をするのならぜひクリスマスが終わってからにしてほしいと思う。
これから楽しく過ごそうという時に暗い気分でいたら完全に水を差すことになるからね。
萩内さんの同意はどうでも良くて、ひとりでもいいからと歩き出す。
「待って」
「歩きながらでいいですよね?」
「うん、それでいいからさ……えっと、なんでも券を使いたいんだけど」
「はい、なにが望みですか?」
さて、どういう用途で使うのか。
「……あの時のことは謝るよ、面白い光景が見られるから近づいたって言ったこと」
「ああ、別に構いませんよ?」
「……いまは大木ちゃんに興味がある」
「私と一緒でチョロいんですか?」
「そう……チョロいのかも」
興味があると言われてもなにもしてあげられないのが苦しいところだ。
でも、一緒にいてほしいとかそういうことなら私も考えていることなので歓迎だった。
実際はどうかわからないけどね? そういうことならいいかなって。
「券使うからさ、名前で呼んでよ」
「え、もったいないですよ、普通に呼びますよ?」
「いいの?」
「はい、カズミさんって呼べばいいんですよね?」
「呼び捨てで」
年上を呼び捨てって偉そうな感じがするけど望みなら仕方がない。
「カズミって呼べばいいんですよね?」
「あと、敬語も……」
「……その場合はふたりきりの時など限定にしてもらわないと」
「うん、それでいいからさ」
「わかり――わかった」
毎回毎回さん付けで呼ぶのは結構大変だったから助かる話だ。
なにも実害がないのもいい、これで満足してくれるなら少しずつ返せていける感じがするから。
なるほど、人から興味を持たれるってこんな感じなんだな。
私みたいな過激な行為をする人から抱かれたら怖いけど、相手がカズミであれば怖くはない。
それどころか嬉しい? ……久辺さんの時には感じられなかった感情があるのがわかった。
もしかして話し始める前にカズミと会っちゃったから? それを上回ってしまうぐらいの衝撃を実は受けいていたとかそういうこともあるのかもしれない。
とにかく、いつだって嫌な気はしないのが証拠のような気がする。
「そういえばなにを買いにきたの?」
「おでんかな、大根が食べたくなって」
「あれは美味しいよね、おでんなんて1年に1回ぐらいしかないから数十円払えば食べられるというのは大きいよね」
なんか急に友達ができたみたい。
その話題のことについてお互い笑顔で話し合って、あれがいいとかこれがいいとか言い合うのも楽しいと思う。
それでちょっとした喧嘩みたいになってしまっても、土台がしっかりしているから絶縁に陥ってしまうことは決してないと。
意外と妄想力が豊かなのだということにも気づけたそんな1日になったのだった。