04
ただいまテスト開始10秒前。
もう机の上には最低限な物しか置かれていない状況で、教室内も静かだった。
が、こちらのお腹は大暴れを継続しており、冷や汗がたらぁと背中を伝っていく。
そう、このタイミングでお腹が痛くなってしまったのだ!
なんて力強く実況している場合ではない、どうすればいい、どうすれば最後まで頑張れる?
問題用紙と答案用紙が分けられ実際にテストが始まった。
私はその腹痛には意識を割かず、ただただ問題を解いていく。
大丈夫、今日までしっかり復習してきた場所だ、わからないなんてことはない。
手はどんどんと次へ次へと解いていく中、お腹の状態はと意識を向けたのが不味かった。
ギュルルと悪い意味で音がなる、その瞬間に果てしなく痛くなる私のお腹。
まだ半分ぐらいを解けたぐらいだ、離席するにしてもこれでは万が一の場合を考えたら無理。
精神を休ませるために最後の方から今度は解いていくことにした。
私はできると何度も言い聞かせ、片手でぎゅっと胸のところを掴みながらしっかりやって。
「先生!」
もうね、尊厳とか一切なかったよ。
先生に話しかけている間なんかお腹とお尻を抑えていたからね。
でも、頑張ったおかげでなんとか間に合ったのだ。
座って大丈夫となった瞬間に急激なのがきて、汚い話だけど全部出した。
背中は冬だというのに冷や汗でビショビショで気持ちが悪い。
それでも漏らして学生として死ぬことよりかはマシだ。
赤点の可能性も絶対ない、あれだけ過酷な状況でよく頑張れたと思う。
普通なら頭が真っ白になっていてもおかしくはない状況だ、私って強いのでは?
テストの時間が終わってから教室に戻ったらツクシちゃんに笑われた。
そんなにトイレに行きたかったの? そう聞いてきた時のツクシちゃんの笑顔は苛ついたけど、なんとか大人の対応力を見せておいた。
こめかみグリグリして黙らせたとも言えるけど。
幸い、それ以降は一切問題もなく、私は自分がやってきたことを全て出した。
「トイレに行って出すもの出しただけに?」
「ツクシちゃん、もしかしてまたやられたいのかな?」
「ひぃ!? 冗談です冗談です! 友達のところに行ってきます!」
ツクシちゃんの舐め腐った態度はともかくとして、同じような感じで3日間を乗り越えた。
もうテストが終われば残りはなにもないと言っても過言ではない時間を過ごすだけ。
冬休みになればあっという間に今年も終わって、新年を迎えることだろう。
とりあえず私のしたいことと言えば、
「いらっしゃい、なんか久しぶりな感じがするね」
「こんにちは」
そう、お店を利用することだ。
今日は半日で終わったからお店を利用しても時間がたくさんある。
惜しいのは萩内さんや久辺さんとは間違いなく会えないことだろうか。
「タキちゃん、テストはどうだったんだい?」
「大丈夫でした」
「そうか、なら今日はただにしてあげよう」
「え、申し訳ないですからいいですよ。はい、今日もよろしくお願いします」
ああ、1週間ぶりのオレンジジュースがよくしみる。
暖かい店内で冷たい飲み物を飲むというのもまた乙なものだった。
窓の外を見つめると、今日はお昼だからか綺麗な光景が広がっている気が。
そうかと気づく、いつもは夕方からの利用だったのであまり綺麗に見えなかったのだと。
が、そのままぼけーっと眺めていたら有りえない人が通りかかって、そのまま入店してきた。
「あそこでいいですか?」
「ああ、構わないよ。いつものでいいんだろう?」
「はい、よろしくお願いします」
それは久辺さんだった。
それよりもうん、私も今度からいつものでと頼んでみよう。
「こ、こんにちは」
「こんにちは……あの、今日は早いですね」
「はい……今日は半休を貰いましたから」
「え、もしかして体調が悪かったり……しますか?」
「いえ、その……今日は大木さんのテスト終了日だってカズミちゃんから聞いていましたので」
え、それって私のためにってこと?
あまり嬉しくはなかった、だって返せなくなるでしょう?
わざわざ仕事を休んでくれなくたって私はここを変わらず利用するのだから。
「……ちょっと寂しかったんです、いつも大木さんは利用していましたから」
「ああ……さすがに金銭的な問題もありましたからね」
言い訳みたいになるけどうちの学校はバイトが禁止だ。
だからどうしたって親に頼らなければならないわけで、それにしたって限度はあるわけだ。
別にそういうつもりではないとしてもお手伝いとかもちゃんとして大体月に5000円ぐらいか。
まだまだ大金を手にしたことのない自分としては十分それが大金ではあるものの、たかだか300円とはいえ毎日利用していたらあっという間に尽きてしまう。
「あ、いきなり話しかけてごめんなさい……」
「いえ、それは気にしないでください」
過去の私からすれば理想の時間というものを送れているのになんでだ?
嬉しいと感じる自分がいてくれない、なんでだよ……。
「とりあえず、お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
こうして普通に会話をするというのが目標だったはずなのに。
久辺さんが浮かべる笑みを近くで見るのが目標だったはずなのに。
「やー……外は寒いですねー」
「いらっしゃい」
なぜか萩内さんが来てくれることの方が嬉しいと感じてしまう。
あまりにも遠い存在すぎたのかな、いやでもそれって勝手に壁を作っているだけだよね?
入店してきた萩内さんは久辺さんの横によっこいしょと口にして座った。
久辺さんが挨拶をし、萩内さんもそれに気さくに挨拶を返して突っ伏す。
耳が赤いのは外が寒かったからだろう、一緒にお出かけをした日もそうだったから。
それかもしくは久辺さんと会えて照れているのかもしれない。
尊い! とか私も考えていたから仮にそうならその気持ちはよくわかる。
「大木さん」
「なんですか?」
「今日は自由に注文してください、私が払いますから」
「うぇ? も、申し訳ないですよ」
「たまには大人を頼ってください」
おぅ、なんと力強い目なんだ、断ったらあからさまにがっかりしそう。
そういうことならとはならなかったけど、ご褒美としてパンケーキを頼むことにした。
オレンジジュース以外を頼んだのは初入店した時以来だ、店長さんも少しは喜んでくれるはず!
「いただきま――」
「タキちゃん!」
「ぶふぅ!?」
ゴホゴホとむせて苦しさに涙がにじむ。
まったくもう……ツクシちゃんは相変わらず声が大きいんだから。
「大丈夫ー?」
「あなたのせいだからね? それよりどうしたの?」
「久辺さんや萩内さんと一緒にいられてずるい!」
ずるいって1週間ぶりなんだけど。
それにテスト期間中もお店を利用して会っていたって自分が言っていたのに。
「じゃあここに座ったら? 私は端で食べるから」
「いや別にわざわざどいてもらうほどのことでは……」
「ならここに座ってください、私がカズミちゃんの横に移動しますから」
「え、ありがとうございます!」
どいてもらってるじゃん……申し訳ないから私がどいた。
なんだかうるさそうだから店内の中央の方へ移動する。
せっかくご褒美として頼んで食べようとしているのだから静かなところがいい。
ツクシちゃんはいい子だけど声が大きいところは苦手だった。
「大木ちゃん……」
「お疲れですか?」
「うん……最近少しね……隣、いい?」
「いいですよ」
って、萩内さんが来たら当然ツクシちゃんだって来てしまうわけで。
結局、私の横に萩内さん、前に久辺さんとツクシちゃんという構図になった。
でも、そこまでは声が大きくないから別にいいかと考えて食べることに集中する。
うーむ、美味しいけどオレンジジュースだけの方が何度も利用できていいなというのが感想。
ここで繋がっているようなものだから大切にしたいのだ。
「萩内さんはどうしたんですか?」
「カズミちゃんは最近忙しいようでね、疲れているからそっとしてあげてね」
当たり前な話だけど、関われている時間が全然違うからかツクシちゃんには普通だった。
まあ別に敬語のままでもいまはいいんだけどね、仲良くなれているとは言えないし。
「久辺さんは大丈夫なんですか?」
「うん、私は大丈夫だよ。あと、名前でいいよ、カズミちゃんも大丈夫だと思う」
「それならミフユさんと呼ばせてもらいます」
「うん、よろしくね」
おぉ、今日はよく喋る久辺さんだ。
レアな光景だからじっと見つめていたらこちらに気づいた久辺さんがどうしたのと聞いてきた。
なんでもないと答えて残りを食べ終える、もう完全に執着心はないようだ。
さて、これからどうしようか。
「大木ちゃん……」
「はい――」
なぜか隠すような形で手を握ってくる萩内さん。
ああ、だけどこの人に関してはなんてことはない行為だから勘違いするようなことはしない。
さすがにチョロい人間でもね、現実ぐらいちゃんと把握できているんですよ。
「パンケーキ、美味しかった?」
「はい、でもお金の問題で次頼むことは多分ないと思います」
1回に大きい額の利用と毎日少量でも利用してくれる客。
私的には何度も利用してくれる人の方がありがたいことだろうと考えているけど、店長さん的にはやはり1回の利用額が多い人の方がいいんだろうか? 後に途切れることを考えたらそちらの方がメリットが大きいかな?
「出してあげるよ」
「いいです、これは自分へのご褒美ですから」
自分へのご褒美なのに他の誰かに出してもらうのは違うだろう。
それにそうでなくても返せていないままだからこれ以上増やされてしまうと困ってしまう。
「ところで、ツクシさんはちゃんとできたんですか?」
「ま、まあ、タキちゃんと一緒に頑張りましたからねー」
「そうですか、偉いですね」
「うぐっ――ま、まあ、もう3年生とはいっても勉強するのが学生の仕事ですからね!」
苦しい、結局あの後も彼女とやったのに全然集中できていなかったからね。
やれ久辺さんが○○だとか、萩内さんがどうのこうのだとか、別で忙しそうだった。
だけどこちらは違う、そんな雑音にも流されず真面目にやることができた。
寧ろ感謝しなければならない、彼女のおかげでメンタルを強くできたから。
一昨日必死に腹痛を我慢できたのも彼女のおかげと言える。
「そうだ、大木さんはクリスマスに予定とかありますか?」
「クリスマスですか? 特にないですよ、ひとりで過ごす予定です」
「それなら来ませんか? ツクシさんとカズミちゃんの3人で集まる予定なんです」
「すみません……あまり賑やかなのも得意ではなくて」
「そうですか、それなら仕方がありませんね」
ひとりでいることも多人数でいることも嫌いじゃない。
ある程度の声量であれば側で盛り上がってくれたって構わない。
寧ろクリスマスにしーんとしていたらそちらの方が嫌だから。
でもあれだ、多分行っても空気を悪くするだけだと思う。
喋られるようになってからまだ1週間も経過しないんだ。
それに3人は昔から一緒にいて同じような話題で盛り上がりたいだろうから空気を読んだ。
気になるのはこの未だに握られている手のこと。
萩内さんは片腕をクッションにして再度突っ伏していた。
その間もしっかり握ってきているものだから、甘えたいのかなってちょっと愛おしくなる。
普段は格好いい系の人なのにギャップがあるというか、こういう変化に弱い人もいるだろう。
急にトイレに行きたくなってその旨を話したらあっさり離してどいてくれた。
別に私たちは恋仲というわけではないのだから寂しさを感じたりはしない。
ただちょっと冷えるなあぐらいで。
「ふぅ……」
なにをしていても、していなくても、着実に前へと進んでいるんだなと鏡を見ながら考えた。
そして確実に大して進んでもいない関係の終わる時間が近づいてきているわけだ。
いつまでもお店がある、あのふたりがお店を利用するという保証もない。
ああいや……寂しさがないとか強がりだったな。
「タキちゃん」
「あ、ツクシちゃん」
「さっきさ、カズミさんと手を繋いでたでしょー?」
彼女は鏡を見ながら自分の髪をいじりつつなんてことはないといった感じでぶつけてきた。
別に自分からしたわけではないから慌てたりはしないけど、わざわざ指摘してくるということは快く思っていないということなのか?
ま、仮にこれで嫌われたとしても卒業したらどうせ関わりはなくなる、気にする必要はないなとまで考えて、薄情なもんだなと苦笑した。
「やめろって言いたいわけ?」
「え? 違うよ、カズミさんがするのは珍しいなって」
「え、久辺さんにはしてたよ?」
「あ、ちょっと言い方が悪かったね、出会ってすぐなんでしょ? そういうことをする人じゃないからさ」
へえ、それはまたなんとも予想とは違うけど。
とにかく、誰としていようが萩内さんの自由だから気になりはしない。
私としてくれたということなら素直にそれを感謝しておけばいいだろう。
手を握ってもらって感謝をする、というのはちょっとおかしい気がするけどね。
あまり長くいてもあれだからと席に戻ったら久辺さんの横に移動していた。
ツクシちゃんはぶーぶー文句を言っていたのに全く意に介せずといった感じ。
騒いでても変わらないと判断したツクシちゃんは黙って私の横に座ったのだった。