02
「タキちゃん!」
ドバン、教室内にそんな大きな音が響く。
先程まで突っ伏して寝ていた自分にとって、それはかなりの大ダメージとなった。
「耳が……」
「あ、起きた――って、そうじゃなーい! いつも放課後にどこに行ってるの!」
「どこにって、説明しておいたでしょ? あのお店だよ」
友達の海寧ツクシちゃん。
高校1年生からの仲だからそこそこ関わりは長いと思う。
「あのお店か」
「うん、あのお店だ」
久辺さんとアプリ経由とはいえ自然に話せるようになった。
それを喜んでいた自分だった、が、もう12月だったことを思い出す。
このままの速度だと間違いなく卒業するまでには直接自然に話せるかな? というところだ。
「私も行っていい? いや、行くからね!」
「うん、利用者が増えてくれれば店長さんも喜ぶだろうからね」
いつまでもあのお店は続いてほしいと考えている。
そのために今日も利用するつもりだった。
1杯300円だからそんなに負担になるわけでもない。
ただ、さすがに連日利用というのは高校生のお財布から確実にお金を消していくわけだけど。
そう考えると敢えて安い設定が罠なような気がした、店長さん恐るべし。
「いらっしゃい」
「はい、今日も来ました」
「利用してくれるのはありがたいけど、もう少し頻度を抑えた方がいいんじゃないのかい?」
「大丈夫です、お金がなくなったら来られませんから。オレンジジュースをお願いします、ツクシちゃんはどうする?」
「私はホットコーヒーでお願いします」
「かしこまりました」
あ、どうやらまだ久辺さんは来ていないみたいだ。
16時半なのも影響しているかもしれない、社会人さんだからまだ働いているのかも。
久辺さんや萩内さんがいなければどこに座っても変わらないため、窓前に備えられた席に座る。
「もう今年も終わりだね」
「うん」
ストローで飲むと冷たい液体が体内を通っていった。
それはこの窓の向こうと似ている気がする、特に綺麗じゃない灰色の光景。
色盲というわけではないものの、常にこんな色に染まりつつあるのだ。
でも、久辺さんを発見したことで色が戻ったり、灰色になったり忙しい。
萩内さんと同じではないとしても常に私も新鮮さというものを探していた。
あとは思い切り集中できる事や人を見つけるべく動いていた。
高校生活もあっという間にこんな終わり頃まできてしまっていて、楽しかった思い出がない――ことはないとしても、完全に楽しかったとは言いづらい3年間だったと言える。
「いらっしゃい」
「コーヒー……をお願いします」
「かしこまりました」
あ、この声はと反応したら久辺さんだった。
あの時の選択はなんだったのか、彼女は普通に端の方の椅子に腰を下ろす。
なんだか邪魔をしたくなくて私はぼうっとストローを咥えながら窓の外を見ていた。
「あ、久辺さんだ」
「知ってるの?」
「うん、私のお兄ちゃんの友達だから。昔から関わりがあるよ」
へえ、男の人相手に喋れているところを想像できないけどな。
でもまあ、そんな嘘をついてもメリットはないわけだから、そうなんだと流しておいた。
「久辺さんって美人だよね」
「そうだね」
それでも笑った顔は可愛いから贅沢者さんだ。
可愛いとか美人とか言ってもらえたことがない自分としては、羨ましいと思う。
ただ、美人とか綺麗だとか言われるのは嫌そうなので、持つべき者なりの苦労があるんだろう。
「ちょっと行ってくる」
「んー」
ああ、暖かいから眠たくなる。
決してうるさくないBGMが余計にそれに拍車をかける。
私はただ、こうして一緒の店内にいられるだけでいいと考えてしまった。
卑下しているわけではない、こういう距離感が1番良かったと思い出したのだ。
初心にかえる? みたいな感じで、追い求めていた日々が私にとっては理想の時間だった。
いや、いまからでも目標なんていくらでも出せる。
直接自然に話せるようになるとか、通話をしてみるとか、そういうこと。
だけどなんだか……やる気が出ない、最初で最大の願いが叶って燃え尽きたのだろうか?
「いらっしゃい」
「あの子と同じのでお願いします」
「かしこまりました」
あの子とは誰か、そうやってキョロキョロしていたら萩内さんが隣に座ってきた。
後ろを指差してみたのに萩内さんは一切気にしない様子でいるだけ。
久辺さんといつだって共にいるというわけではないようだとひとつ学ぶ。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
萩内さんの髪は青色だと思っていたけど、青みがかった黒髪のようだ。
学生時代よりは縛りが緩いとはいえ、社会人にだって縛りがあるんだと思う。
「ミフユのところにいる子はツクシちゃんでしょ?」
「あれ、知っているんですか?」
「うん、あの子はミフユとよくいるからね。ちなみに、普通に話せるんだよ?」
「わかっていますよ」
別にそれでもいいんだ、久辺さんがが無理していないならそれで。
「それより萩内さん、今度のお休みの日に付き合ってくれませんか?」
「もしかしてデートのお誘い? さすがにそこまではちょっとね」
「いえ、欲しい物を選んでもらってそれを買って渡そうかと、2500円以内でお願いします」
「それはミフユじゃなくていいの?」
「はい」
自らの力で上手く解決させたわけじゃない。
萩内さんのおかげだってわかっている、そこに気づかなかったフリなどできない。
萩内さんといると特にそう思う、自分はいつだって誰かの支えがあって成り立っているのだと。
「いいよ、付き合ってあげる、それなら今週の日曜日にしようか」
「ありがとうございます。ただ、当日はあなたに全てを任せます、行きたいところをいまの内に考えておいてください」
「わかった」
私は私でお使いでもなんでもしてお小遣いを稼いでおかないと。
そうしておけばお小遣い+αである程度は余裕ができる。
仮にこの人が遠慮をして以下の物を選んだのだとしても残りも渡すつもりだ。
中途半端なままで残しておきたくはない、してもらったことに対してはすぐに返すため行動をする――そうしておかないと他人に対して壁を作ることになってしまうから。
「大木ちゃんはクリスマスってなにか予定があるの?」
「特にありません、恐らくその日もこのお店を利用していると思います」
ツクシちゃんは他のグループの子と過ごすともう決めているらしいし、こちらは家族と過ごすかひとりでゆっくり過ごすかというところだ。
「そっか――あ、ちなみにミフユはフリーだよ?」
「それでも変わりません、私はこうして静かに過ごせたらそれでいいです」
「なら私が一緒に過ごしてあげようか?」
「あはは、萩内さんと一緒に過ごしたい人はたくさんいそうですけどね」
男性女性問わず好かれそうだから見ているだけでわかる。
というのも、こうして会話している時だって利用している男性及び女性のお客さんやから見られているからだ。
本人がそれでも涼しそうな顔で笑っているのはあれだろう、恐らく慣れているからではないかと予想。
私がもしそのような視線を集めるタイプだったら間違いなく落ち着かなくて外出の機会も減ると思う。
まあ実際にそんなことは起こり得ないのだから考えても仕方がないんだけど。
「どう?」
「え、本気ですか?」
「ミフユも連れてきてあげるからさ」
「それなんですが――」
いまの正直なところを説明することにした。
面白そうなことが起こりそうだからと来てくれている萩内さんをがっかりさせるのは確実だ。
だってこの距離感で満足してしまったということは本能が現状維持を意識しているわけだから。
それなら願いは叶わない、このままならなにも起こらない。
「へえ、結局それぐらいの気持ちだったんだ」
「気になるのベクトルが違かったのかもしれません」
ただ単純に自分と同じようにこのお店を利用している久辺さんが気になっていただけ。
そう改めて考えてみると、なんだかそうなんじゃないかってどんどん思えてきて……。
でもそれって別に悪いことじゃないよなと、誰にも興味を抱けなくなったら終わりだもんなと。
だから仮にそこを責められるのだとしてもどうでも良かった。
ずっと一緒に過ごしてきたであろう萩内さんとしては、変なのが親友に近づかなくなっていいのではないだろうか。
「なるほどね」
「なのでこの距離感でやっていきたいと思います、期待に応えられずごめんなさい」
まあ特に弊害もない、萩内さんはただこちらから去ればいいのだ。
出会ったばかりにこの症状が発症してくれたことをありがたい。
色々ずっぷりのめり込んだ後では申し訳ない、それぐらいの常識は私にもある。
「んー、そういうことならクリスマスの話はなしかな」
「はい、私はそれで構いませんよ」
退屈とも戦っていたはずなのに賑やかなのも得意じゃないっておかしいけど。
もうあとは普通に決まった会社に就職して頑張って定年まで働ければそれでいい。
お金が稼げればこのお店をもっと高頻度で利用できるし、悪いことばかりじゃないから。
「ミフユのところに行くね」
「はい、私はもうこれで失礼します」
3年生とはいっても期末テストが目の前に控えている。
さすがに赤点なんか取れないからお店を利用せずに集中するつもりだ。
意味はないけど店長さんにもその旨を説明して退店。
「さむ……」
目標に向かって行動している時は一切そんな感じはしなかったけど。
結局考え方が重要なんだということがよくわかったそんな日になった。
「タキちゃん!」
「んー」
この子はいつだって元気でいいなと最近よく思う。
これだけのバイタリティが私にもあれば、いまごろはクリスマスのために盛り上がっていたことだろう。
あ、でも一応その前に萩内さんとお出かけがあるからと思い出して、いまとなってはあの約束はどうなるんだろうかと悩む羽目になった。
久辺さんと違って連絡先を交換しているわけでもないからわからない。
「一緒にテスト勉強しよ!」
「久辺さんとやったら?」
「働いて疲れているところにそんな負担はかけられないでしょ!」
「私も色々と疲れているのですが、そこら辺は考慮してただけるのでしょうか?」
「しない! えへへっ」
どちらにしてもやらなければならないから勉強開始。
が、ツクシちゃんは久辺さんのことをペラペラ喋っているだけで全然集中してない。
や、美人さんだからわかるよ、色々語りたい気持ちは、ちょっと前までならだけどね。
まあ自分が赤点を取らなければいいのでこちらは黙々とやっておいた。
「ふぅ、結構頑張ったねー」
「だね」
なんとも言えない距離を感じる。
もちろん、自分のせいだということはわかっている。
でも、それを言ったところで変わらないから片付けて学校を出ることにした。
どうやら彼女は今日もあのお店を利用するらしい、それで萩内さんとも話すんだと。
いいよなあ、ゴチャゴチャ考えないで行動できる子ってと考えながら帰宅。
「あら、今日は珍しく早いご帰宅ね」
「うん、3年でもテスト週間だからね」
「なるほど、頑張りなさいよ?」
「うん、頑張るよ」
目標が更新されれば大丈夫だ、いまは『全教科平均点以上獲得する』を叶えるために動く。
どうせツクシちゃんがあのふたりに頻繁に絡むのなら行っても空気になるだけだからね。
そして冷静に考えると毎日300円利用は滅茶苦茶痛いわけだ、あの約束のために取っておかなければならないというのもあった。
兎にも角にもまだ学生である以上、まずは勉学に集中しないとね。
放課後に残ってツクシちゃんと一緒にやったから、それなりのやる気が残ってくれていた。
この際だからと苦手な教科をやっていくことにする、苦手なのは数学だ。
あれだあれ、こんなの将来使わないからいい、とか平気で言っちゃうタイプの人間だから依然として将来のことを考えたらやらなければいいと思っているわけだけども。
だけど私は学生だからと片付けてまた黙々とやっていく、案外こうして1度集中できれば数時間経過しているとかが普通だから苦ではない。
あまり1日で詰め込みすぎてもあれだからと言い訳をして、20時までにしておくことにした。
「あ、お父さんおかえり」
「おう、ただいま」
父に挨拶をしたり夜ご飯を食べたり。
終わったら母の代わりに洗い物をしたりお風呂に入ったり。
見回してみればやることなんてたくさんあるのだ、退屈でいられることの方が少ないのでは?
「あ、タキにお客さんよ」
「え?」
もう21時も過ぎているのにと考えながら出てみたら萩内さんが立っていた。
「日曜日、忘れてないよね?」
「はい、え、寧ろ行ってくれるんですか?」
「なんで? 普通に行くけど」
だってクリスマスのことを断ったから。
日曜日はふたりで行くつもりだったし、てっきりなしになるかと思っていたんだけど。
「わかりました――って、そのためにわざわざ?」
「うん、連絡先交換していなかったからね」
これは交換しておきましょうと口にするべきだろうか。
言っても断られる可能性は8割ぐらい、でも、またこういうことになっても面倒くさいし……。
「あの、交換――」
「はい、これに書いてあるから、それじゃあね」
「あ、ありがとうございます……あ! 興味もないでしょうが、テスト週間なのであそこを1週間ぐらい利用しないのでよろしくお願いします」
「あ、そうなんだ? なら、今日ここに来て正解だったね、連絡するよ」
「はい、お気をつけてくださいね」
良かったかな、少しでも返せる機会がほしいからね。
こういう形でしか無理だから萩内さんには特に感謝しかなかった。