01
私には気になっている人がいる。
それはいつも利用しているお店の端に席に座って本を読んでいるお客さん。
店長さんに聞いてみても特にこれといった情報は教えてくれなかった。
だから私は、
「あ、あのっ」
話しかけることにしたのだ。
だってただ見ているだけだとストーカーみたいになってしまうでしょう?
もう尾行したりするのはやめる、そのかわりに堂々と話せる関係になりたい。
ちなみにこの人は凄く美人で、私は勝手にクール系だと認識している。
なんて、喋ったところを1度も見たことないんだけど。
一瞬こちらを見たのにすぐに逸らされてしまった。
そりゃ読書中なんだから急に話しかけたりしたら迷惑だよねと反省する。
「いきなり話しかけてすみませんでした」
会計を済ましてそのまま外に出る。
唐突だが12月の夜空は澄んでいてとても綺麗だ。
あの人と同じぐらい綺麗でなんとなくぼうっと眺めてしまう。
いつか普通にお話しできる時はくるだろうか。
また仮に話せるようになったら踏み込むことはできるだろうか。
学生というわけではないだろうからそういうところが難しい。
そういう私は高校3年生の女、もう就職活動は終えているため目標を叶えるべくいまは動いている。
「ただいまー」
社会人になったら会うこと自体が厳しくなるからなんとか年内中には……せめて挨拶ぐらいはできるようになりたい。
いまのところは話すことよりもそちらが優先されることだ。
「あなた、もう少し早く帰ってきなさい」
「あ、ごめんなさーい」
「はぁ……冬なら早く暖まりたいと思うものでしょう?」
「いやっ、私には目標があるのですよ!」
母には尾行したこと以外は説明してあるからわかってくれている。
そのうえでこうしてチクチクと口撃を仕掛けてくるのだった。
これでも厳しいわけではないから好きだから問題はない。
「まだ話せないの?」
「今日話しかけたんだけど無視されちゃった」
「焦らず迷惑をかけずにやるのよ?」
「うん!」
とりあえずは警戒されるようなことをもうしないと決めた。
あのお店だけが唯一の繋がりではあるから、お金も余計なことに使わず貯めておかないと。
でも、ああして間近で見ると本当に美人な人だなあと。
仮に話せるようになったとしても、話題とかが微塵も合わなさそうだ。
なら遠目から眺められているいまが幸せななのでは、という考えも少しある。
「いや違う! 恐れて勝手に壁を作っては駄目だ!」
また話しかけてなお拒絶されたらその時に諦めればいいんだ。
就職活動を終えて特になくなったいまとなってはそれだけが私の希望だった。
友達と別れて今日もまたお店に行こうとした時だった。
あと10メートルでお店というところで青髪の女の人に通せんぼされてしまう。
「大木タキちゃんだよね?」
個人情報が流出してる!?
店長さんにだって教えてないのにどうしてバレたの?
「私は萩内――あ、名前はいいか、よろしく」
「は、はい……」
「そんなに怖がらないで、別に脅そうとしているわけじゃないから。ただ、あんまり他の人がいるところで話しかけないであげてほしいなって言おうと思ったんだ」
「あ、それってあの……」
こんなすてきな人と関わりがあるなんて思わないじゃん?
仮に仲良くなれたとしてもこの人の存在が弊害になっては意味がない。
こっちなんて未成年の経済力も魅力もない女だから勝てる気がしないぞ……。
「そう、あのお店でいつも本を読んでいる子に頼まれたんだよ。でね? あの子は緊張しいだから結構な勢いがないと多分仲良くなれないよ、現状維持でいいなら別にそのままでもいいけどね」
「嫌です! 私はずっとあの人と仲良くなりたいと考えて行動してきましたから!」
会社の人には申し訳ないけど就職活動中だってあくまでメインはそちらだった。
そう、なにも最近気になり始めたわけではないのだ、実は1年前からずっと意識している。
だから世間から見たらだいぶやべーやつに該当するのかもしれない、が、いまは気にせずにいよう。
「でもね、尾行はしちゃ駄目だよ?」
「ば、ばれて――」
「全部私に情報が流れるから気をつけないとね?」
おわた……情報が流れていることよりもそれだけこの人、萩内さんを信用しているということが。
こんなのいくら頑張っても意味ないじゃんか。
「ちなみに、どうして私の名前を?」
「え? それはあの子から聞いたよ」
え、まともに話したことすらないのに?
挨拶すらできずに無視されて終わったのに?
「あと、何歳ですか?」
「さすがに同性からだとしても歳を聞かれるのはあれだなあ」
「ご、ごめんなさい」
意味ないとか考えておきながら諦められない自分がいる。
こういう諦めの悪さはいいところではあると思うが、他人からしたら迷惑だろうなと苦笑した。
「うそうそ、23歳だよ」
「それは……」
「うん、あの子も同じ」
私が18歳だから5歳差か、誕生日がくる可能性もあるから約6歳差だと考えておけばいい。
そして、尾行などやらかしたことを知っていてこの萩内さんに全部相談していたと。
うん、そりゃまあ無視するわ、だって気持ちが悪いもの。
「あの、あの人の名前をせめて教えていただけませんか?」
「それはできないかな、自分でちゃんと聞かないとね? それにあの子はあそこが好きだからチャンスはまだあるよ、君が社会人になる前に」
その割にはこちらの情報が漏れすぎているけど……まあそうか。
せめて名前をぐらいは聞いておきたい、別に仲良くはなれなくてもいいから。
あれ、でもあのお店で話しかけることは無理なんだよね? それならどうやって話しかければ?
萩内さんを利用しようとしたところでいまみたいに躱されてしまうだろうから……。
「どうすれば話せますかね!?」
「そうだね、まずはそういう大声を出したりしないことかな。それととにかく待つこと、どれだけ時間がかかってもいいからあの子の横か前にでも座ってあげてたらいいよ。本当に話したくない時は本から視線を移さないからわかりやすいと思う」
なるほど、つまりそれをされた時は悲しさに包まれつつもいるしかないってことだよね。
……とにかくアドバイスしてもらったことだし活かさないと、早速店内に突入。
今日も端に――ではなく、意外にも入り口近くの席に座っていた。
そこからは外が見えるため、意外と光景が気に入っているのだろうかと予想する。
私は店長さんに事情を説明して敢えて3つ離れた席に座らせてもらった。
すぐに注文したオレンジジュースが運ばれてきて、からからの喉を潤わした。
「そこの彼女、今日は珍しく入り口近くに座ってるね」
あ、いま言ったのは萩内さんだ。
私が気になっている人は萩内さんを見て少し頬を膨らませる。
からかうなって言いたいのかな?
「ごめん、横いいかな?」
こくりと頷いて萩内さんを受け入れる気になる――美人さん。
「君はここがお気に入りだよね、それはどうして?」
スマホを取り出してなにごとかを打ち込む美人さん。
萩内さんも同じようにしていることからスマホで会話しているんだろうけど……なんだこの光景。
「あははっ、面白いことを言うね」
こちらはなにも面白くない。
恐らく私がいるからこういう形を選んでいるのだろう。
けれどね、ここまでだとね、待っていてもね、絶対に話しかけてくれないよ?
「あ、大木ちゃんもいたんだ」
「うぇ? あ、はい、いましたよ」
あなたが入ってくるよりも先に。
美人さんはどうやって私の名前を知ったのか。
あまりにも気持ちが悪いから逆に物凄く頑張って名前を調べたということ?
もしそうなら逆効果なだけな気がするけどね。
「大木ちゃんはここを何年ぐらい利用しているの?」
「3年です」
「この子に目をつけたのは?」
「1年――って、そ、そんなことしていませんよ?」
あ、ばれてるから隠しても意味ないのかと考え直して1年前だと答えておいた。
その瞬間に怯える仕草を見せてくるかと思えばそうではなく。
萩内さんの背に隠れるようにしながらもこちらのことを見てくる美人さん。
「あのですね、尾行したのは数回しかないです」
「普通は1回でもアウトだからね……?」
「しょうがないじゃないですか、繋がりが欲しかったんですから!」
ドバンッと机を叩きはしなかったけど立ち上がって移動。
「店長さんっ、オレンジジュースおかわり!」
「よく飲むなあ」
「いいじゃないですかっ、私のおかげでこのお店は長続きできるんですよ!?」
「や、君以外にも利用してくれる人はたくさんいるから。ま、お金があるならこちらとしては提供するだけかな――っと、はい」
「ありがとうございます!」
ちょっとニヤニヤしていたことは許そう、オレンジジュース美味しいし。
うーむ、ただ萩内さんがいると壁にされて終わりだと思うんだよね。
で、どうしたってこの調子だと外で会うのは無理だしね……もうどうしたらいいのって話。
「大木ちゃんはこの子のどこを気に入ったの?」
「美人さんで聡明そうだからです」
カバーをしているからどんな本を読んでいるかは細かくわからないけど、きっと小難しい本を読んでいるに違いない。
活字中毒者だと思う、私だったら約10秒で嫌になるぐらいなそんな内容のもの。
側にいてもいいということならいさせてもらいたい、あの綺麗なブラウンの髪を撫でてみたい。
あとはまあ匂いを掻いだりとか耳に触れたりとか○○とか――それは気が早いけどさ。
「私にはない良さを持っているんです、気にならないわけがないですよね?」
「だって、君はどうするの?」
一瞬口を開いてなにかを言いかけて、結局すぐにスマホ利用者に戻った。
待て、スマホ越しになら会話できるのであれば交換してもらえばいいのでは?
「あ、いま大木ちゃんが言いたいこと私わかったよ」
「へ、へえ」
「ずばり、連絡先を交換すれば上手くいくのではないか作戦ー」
「正解です、というかそれぐらいしか可能性がないですからね」
あの、いまこうして会話している間もこちらはガン見されているんですが。
萩内さんがいるから強気な態度で挑もうということなら効果は十分に発揮されている。
この状態だとこのまま絶縁だと言われかねない、まあそもそもなにも始まってないのは気にしない。
私にとってこの人にお友達になってもらって仲良くすることが目標なんだ。
そういうのに縋って生きてないと退屈すぎて生きているのに心が死んでしまう。
これからキラキラな社会人になる予定なんだ、だったらいまから敗北しているわけにはいかない。
「わ、私となにとぞ……連絡先を交換していただけませんか?」
もちろんね、スマホを差し出しながら言ったよ。
そうでもしないと無理だ、つまりこの人の声を聞けるのは……何年後だろうねあはは。
でもね、こうして連絡先を交換しておけば画面越しでも話せるわけですよ、そんなすてきなことって他にはないじゃないですかって話!
「あ、いいって」
「で、ですよね……わかっていた――え?」
「いいって、交換してくれるってさ」
萩内さん経由ではあったものの連絡先を書いたメモを渡してくれた美人さん。
うん、嬉しすぎて涙が出そうだった、というか出て慌てて拭いた。
1年ずっと見つめ続けてきたんだ、内側にあるもどかしさと戦いながら。
それが萩内さんが干渉してくれたことによってあっという間にこれだよ? もうなんでも言うこと券ぐらい発券しなければならないのではないだろうか。
「あ、監視や尾行をしたりしてすみませんでした、大木タキと言います」
「大木ちゃんは怖いなあ」
「お世話になりましたから言いませんけど、いまは静かにしていてください」
「あははっ、言ってるよね?」
「そうですがなにかっ?」
いけないいけない、美人さんの前ではしたないところは見せられないぞ。
早速書かれていたIDの方を登録させてもらうと、登録名はなんと『名前はまだない』だった。
こんなことってある? と思いつつも、よろしくお願いしますと送らせてもらう。
「あはは、一緒にいるのにスマホで会話って面白い」
「萩内さんはどうなんですか?」
「私? 普段は普通に会話できてるよ、たまにラグがあるけど」
こちらはラグどころかフリーズして強制停止だろうなと予想する。
こういう風に少し近づいてしまったことで余計に大変な思いをしそうでいまから怖かった。
あ、でも気に入っているスタンプを送ったら笑ってくれた気がしたので多分大丈夫なはず。
そしてその笑顔はとても可愛かった、綺麗で可愛いも兼ね備えてるとか最強すぎて嫌になるぐらい。
ま、まあ、せっかく連絡先だって交換してくれたのだから卑下はしないようにしようと決めた。
「――良かったね、ああ言ってくれて」
ここはお店ではなくこの子――久辺ミフユの家、そして彼女の部屋。
彼女は先程からベッドにうつ伏せで寝転んで足をバタバタさせている。
本当に手間がかかる子だ、だからついつい大木ちゃんにも余計なことをしてしまったわけ。
『頼りない先輩だって思われなかったかな?』
もう私しかいないのに依然としてスマホで会話を試みようとしていることが面白かった。
そういうのはあの子にしてあげればいい、というか意外と面倒くさいしこれ。
「ミフユ、ちゃんと喋って」
「……………………私」
「私、なに?」
「……声が低いの気にしてて、大木さんに嫌われてしまうかも――ぎゃ!?」
頬を掴んで黙らせる。
引っ張ったら凄く伸びて楽しかった。
「せっかく勇気を出して話しかけてくれたんだよ?」
「そ、そっか……そうだよね」
尾行や監視はともかくとして、1年間ずっと想い続けてくれる相手というのは貴重ではないだろうか、とそこまで考えて尾行してくる相手とか怖くて無理だなという結論に。
「それに声は全然低くないよ?」
「え、そ、そうかな?」
「うん、気にしなくて大丈夫」
どちらかと言えばこちらの方が低いのだから嫌味にしか聞こえない。
まあそれで嫌な思いをしたわけではないのだから一切問題はなかった。
問題を無理やり挙げるとすればなぜか女の子たちにきゃーきゃー言われてしまうこと。
ミフユの方がよっぽど美人なのにな、だから物好きな子たちもたくさんいるもんだと片付けている。
「それより私をここに連れてきた理由は?」
「えっとね、ごはんを作ろうと思って……それを食べていってほしいなって。ほら、今回のことでお世話になったから……まだまだこれからもお世話になるけど」
「そっか、ならありがたくいただこうかな」
「うん、作ってきます」
自分の家というわけではないがリビングを掃除。
なにもしないでじっとしていたくないタイプなので、自由にさせてくれる彼女の存在は大助かりだ。
「それより大木ちゃんの名前はどうやって知ったの?」
「……それは内緒」
「よく尾行してくるような子を受け入れたね」
「実は私も昔にしたことがあるから、失礼かもしれないけど似ているなって……思って」
へえ、その時に出会っていなかったことが悔やまれるな。
結構退屈と戦っている人生だから面白いことを見つければ首を突っ込みたくなる。
今回のこともそれに該当するわけだ、別に大木ちゃんだったからというわけじゃない。
少しだけ最低な話になるけどミフユは照れてくれるだろうし、また大木ちゃんもあの調子だと上手くはいかないだろうから間違いなく見ていて楽しくなるから。
直接そういうことを言ったりはしないから許してほしいと思う。
「あ、で、できたよ」
「なんで私相手にもどもってるの?」
「そういえばそうか……ふぅ、少し落ち着かなくちゃ、明日はお仕事だってあるし」
「でも毎日17時で終わるからあそこを利用しているんだよね、大木ちゃんもそうしているのはあんまり良くないけどさ」
「うーん……だけどあそこを利用する人たちはみんないい人たちだから」
「高校3年生だからね、お店では良くても帰っている途中でなにかがあるかもしれないし」
だから送ってあげて、なんて言っても聞いたりはしないだろう。
残念ながら私もふたりがセットでなければ関わったりしない。
それにこっちだって仕事があるのだ、ミフユにだって構っている場合ではない時もあるから。
「食べたら帰るよ」
「うん」
さてと、とりあえずは土台みたいなのを作ってあげたのだ。
大木ちゃんにはぜひ頑張っていただきたいものだった。
少なくとも少しでも面白くしてくれなければ怒らからね?
「はっ、今日はお使いを頼まれてたんだった!」
お店の手前で気づいて慌ててスーパーに向かう。
必要な物は醤油、みりん、料理酒、キャベツ、大根――見事に重そうな物ばかり。
でも、真面目にやらなければ寄り道することを許可してくれなくなるから大人しく従う。
「うぅ、重い……」
それでも母がいつもこういう物を持ってひとりで戦っていると考えたら楽勝だ。
厳しいわけではないしこちらのことを考えてくれる母が好きだから少しでも楽をさせたい。
「貸して、持ってあげる」
「え、萩内さん? ……と、久辺さんも」
あの後、結局本人が教えてくれた。
なんか美人と言われるのが嫌らしい、美人に美人と言ってなにが悪いんだろうか?
「って、重いなあ……ミフユ、手伝って」
やはり私がいる時は無言タイムのようだ。
ただ、萩内さんが重いと言った調味料や野菜が入った袋を軽々しく持ち上げていた。
「あ、す、すみませんっ、持ってもらちゃって」
「……だ、大丈夫、ですよ」
喋った! 初めて聞いたけど声はちょっと低めかもしれない。
だけど側に久辺さんより声の低い萩内さんがいるから気にならなかった。
それどころかよりクール感が増していいみたいな? 愛おしさが増したみたいな?
なにより私にも喋ってくれたことが嬉しかった、すごいぎこちなくはあるけれども。
全て任せるのは申し訳ないので片方を持たせてもらうことに。
これって傍から見たら恋人とかそういう風に見えるのではないだろうか?
「先に大木ちゃんの家に行こうか」
「あ、お店に行くつもりなら荷物はひとりで持って帰りますよ」
「いやいや、別に変な遠慮しなくていいって。私たちは社会人なんだから頼ってよ」
「あ、ありがとうございます」
どちらかと言うと萩内さんに主に感謝しなければならない気がする。
いいことだってしてもらったのに返さないというのは駄目だろう。
問題なのは歳がそれでも離れているから例えば贈り物をする時に困ること。
「萩内さん」
「なに?」
「なんでも言うこと聞く券を発券するのでその、これで満足してください」
「なんで急に?」
「あなたのおかげで久辺さんと話すことができましたから」
「そっか、じゃあ貰っておこうかな」
ああ、まるで自分に価値があるみたいな言い方をして恥ずかしいけどしょうがない。
お金を渡すことよりかはまだ健全な気がしたのだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
「それはこっちのですよ、ありがとうございます」
やはり申し訳ないから荷物を優しく久辺さんから受け取って帰ることにした。
あのお店を萩内さんはともかく久辺さんは気に入っているとわかっているから。
社会人ということは少ない時間を利用して好きなお店を利用するわけだし、ゆっくりしてほしい。
あと自分でちゃんとしておかないと母のためになっていないしね。
「お店で待ってるから来れる?」
「行けますよ、私もあそこは好きですから」
決して久辺さんがいたからというわけではない。
それよりももっと早くから気に入っていて利用しているのだ。
絡みが面倒くさかったけどあの時父が酔っていてくれて助かったと思う。
全然家は近くないのにあそこを家だと勘違いして入ってしまったのがきっかけだった。
店長さんは気さくで話しやすい人だし、相談にも乗ってくれる人。
他の従業員の人たちも同じ感じで優しく頼りがいのある感じ。
だからこそあまり甘えてしまわないようにって戒める必要があるけど、楽しいとこには変わらない。
「お母さん買ってきたよ」
「私は売り物ではないけれどね」
「はぁ……そんなのわかってるよ」
せっかく可愛気がそこそこあるはずの娘が働いてきたんだ、おかえりぐらい言っていただきたいぞ。
「ちゃんと言わなければ駄目よ、調味料や野菜を買ってきたと。言葉が足りないと誤解されてしまうこともあるからね。でも、ありがとう、助かったわ」
「うん! じゃああのお店に行ってきま――」
「私も行くわ、どうせあの人は今日遅いもの」
「そっかっ、じゃあ行こう!」
へへへ、オレンジジュース代を出してもらえるかもしれないぞ?
あ、でもそれじゃあお手伝いをした意味がなくなってしまうか。
それにあのお店には久辺さんと萩内さんがいるからなんとなく恥ずかしい?
いや、紹介するために連れて行くわけではないのだから店長さんに相手を頼んでおけばいいか。
「いらっしゃい、お、今日はママさんもいるのか」
「はい! マスター、オレンジジュースひとつ!」
「ははは、君は本当に好きだなあそれが」
大して意味はないし余計なお世話だと思うけど太客になるつもりだから自己紹介をしておく。
約3年以上も利用していていまさらって感じではあるけどね。
「ママさんはどうします?」
「私もタキと同じでお願い」
「かしこまりました」
ウキウキ状態で待っていたら母にこらと窘められた。
どんな時でも落ち着きを保って行動してほしいということらしい。
あとはホイホイ名前を教えたりするな、ということも。
ただ、ここは母もそこそこ利用しているから慣れない人以外にはということになった。
私だって簡単に名前を教えたりはしない、あのふたりには勝手に知られていただけだ。
「来たんだね」
「あ、萩内さん」
「残念だけどミフユは用ができて帰っちゃったよ」
「そうですか、それはしょうがないですね。萩内さんも帰るんですよね?」
「そう思ったんだけど可愛い後輩に付き合ってあげようかなって。オレンジジュースできたようだから一緒に飲もうよ」
わざわざ待ってくれているなんて優しい人だな。
萩内さんは久辺さんがいないと私のところには来ないと思っていたから。
で、きっと近づいて来る理由もいいわけじゃないと予想している。
でも、結局こうして付き合ってくれるのなら、これほどありがたいことはないけど。
「あれ、お母さんあっちで飲むみたいだね」
「多分ですけど空気を読んでくれたんだと思います」
「なるほどね、家に帰れば娘とは話せるからってことか」
「はい、優しいので」
さて、なんでも券はどのようにして使われるのだろうか。
「萩内さん、なんでも券と言っても消えろとかはなしにしてくださいね?」
「そんなこと頼むわけないよ。そっか、そういえばそれ貰っていたんだよね」
どうしようかなと口にして萩内さんは笑った。
それでも嫌な予感というのはしなかった、大人に幻想を抱いているだけなのかもしれないが。
「まだもったいないから取っておくよ」
「はい、いつでもいいですからね」
「ふーん」
「え?」
「いや、大木ちゃんはミフユにしか興味ないと思ったから」
「確かに気になっていましたけど、別に久辺さんにだけってわけじゃないですよ?」
特にしてもらったことに対するお礼はしっかりするようにしている。
相手が気になっている人であれ、そうではない人であれ、感謝を忘れてはならないから。
そういうところでは対等に対応するべきだと決めているのだ。
が、どうしたって偏ってしまうこともあるからきちんと把握して気をつけているのが現状。
「あなたがしてくれたことはかなり嬉しいことでした、感謝してもしきれません」
「そういうこと言っちゃうと狙っちゃうよ?」
「え、わ、私をですか? 私がそうするのではなく?」
「あはは、自信がないんだ?」
「そりゃだってまあ……お金だってろくに稼げてない高校生の女ですから」
高校を卒業すれば本当にただの一般的な人間になる。
その中でも価値で評価されれば上がるし、価値がなければ評価は限りなく下がるわけだ。
そんな人間をたとえ冗談でも狙っちゃうとか言わない方がいい。
なぜなら私はチョロいから! 昔からよく母に言われてきたから間違いない。
なんというかその、久辺さんに対するそれはあの人が高嶺の花って感じなのもあるんだ。
決して特別にはなれないからこそ逆に憧れるというか、そういう天の邪鬼みたいな感じ。
ただまあ、相手が萩内さんだって恐らく変わらない。
求められないなんて断言はできないけど、可能性が低いことだけはわかっていた。
「自信、持たないとね?」
「だけど卑下することはありませんよ」
「じゃあ自己評価が低いのかな?」
「自己評価が低いと言うより、客観的に把握できてる自信があります」
自惚れることは決してしない、はず。
少なくとも他人を少しでも不快にさせないようにって行動している。
尾行とか監視とかは自分でも完全に行き過ぎた行為だとわかっているため、もうしない。
「とにかく、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「萩内さんは優しいですね」
「優しい? 私が? ないない、優しくなんかないよ。はっきり言っておくけどさ、君がミフユと話せるようにきっかけをあげたのは面白そうだったからだよ、いつも退屈だからそういうのをずっと探してたんだ。だからさ、変な勘違いしないようにね? 私が優しいとか、そんなの有りえないから」
本当に心から完全にそう思っているのだとしてもどうでも良かった。
それをわざわざ言ってしまうあたりが人柄の良さというのを感じさせているわけだ。
「そうですか、なら勘違いしないようにしておきます。狙っちゃうかなと言ったのも私の反応を見るためですよね? 危ない危ない、危うく揺れてしまうところでした」
「あはは、チョロいね」
「そうなんですよ、ですからあまり言わないでくださいね?」
「うん、わかったよ」
オレンジジュースを飲み干して立ち上がる。
「今度また改めてなにかお礼をさせていただきます」
「え、これくれたのに?」
「はい、それだけでは足りないと思いますから。大体、求められていないのになんでも券を渡すなんて自惚れですからね」
直接本人に好きな物を選んでもらえば良かったんだ。
こういうための出費なら構わないと決めて、萩内さんと別れたのだった。