第94話 巡回の旅路 その12 巨狼と感傷とお説教
僕たちがエルヴィレに到着すると、村は何やら騒がしかった。アルテミアが慌てた様子の村人を呼び止めて事情を聞くと、少し前にロックガルウルフが率いるロックウルフの群れの姿を、南の荒野で狩りをしていた村人が確認したらしい。
群れに気づかれる前に逃げてきた村人が知らせたため、今は急いで避難の準備をしていたところのようだ。
「モンスターの排除はもちろんするとして…。
ちょうど良いときに来たと言いたいところですけど、これってリザードマンの集落で起こったことと、何か関係があったりするんですかね…?」
「あら、勘が良いわね。ロックガルウルフは基本的につがいで群れを率いるから、私が倒したのはその片割れでしょうね。
あの時はなぜ1匹しかいないのかと思ったけれど、もしかしたらあの魔族にでも操られて、1匹だけで群れを離れたのかも知れないわ。サンドイーターですら操っていたのだから、ロックガルウルフ程度なら簡単でしょうし。
それに片割れを失ったことでパワーバランスが崩れて、群れが凶暴化しているかもしれないわ。一応気をつけるのよ」
「…ん?アルテミア様の範囲攻撃なら、一瞬で片付くと思っていたのですが?」
「それはそうだけど私が片付けてしまったら、あなたの成長のためにはならないでしょう?だから今回の敵はあなたに任せるわ」
うわ、なんか師匠みたいなことを言い出したよ!
この旅で長く一緒に行動してるせいかアルテミア様まで、モルド神父や師匠の影響を受け始めているのかな?
「まぁあまり時間も無さそうですし、やれと言うならやりますけどね…」
「よし、じゃあ私は村長の所に行ってくるわ。敵がこちらに来たら、後ろは気にせず自由にやって良いわよ」
アルテミアが村人たちを集めている村長の所に行くと、カンカンカン!と非常事態を知らせる鐘が鳴り始めた。
僕は村の南端に行き視力強化で荒野を見渡すと、遠くからこちらに向かってくる、狼型のモンスターの群れが見えた。先頭を走ってくるのは、もちろん上位種のロックガルウルフだ。
「うーん、結構数が多いなぁ。囲まれると厄介だし、距離があるうちに取り巻きを片づけた方が良いかな。
僕だけならまだしも、村の方に行かれたら全て止めるなんて出来なさそうだし、後ろは気にするなと言われたけど討ち漏らしが侵入したら、任された仕事には失敗したってことになりそうだもんね…」
やるからには完璧を目指そう。目標は高い方が良いと言うし、後ろを気にしなくちゃいけない場合だって、今後はあると思うからね。
方針が固まると、僕はすぐにエルフの弓を出現させ、こちらに向かってくる茶色い狼を次々とロックオンしていき、矢を二度放つ。放たれた矢は空中で無数の矢に分かれると、ロックガルウルフのそれぞれ両側を走っていた、標的の頭部を貫いていった。
「おお、この距離でも全てヘッドショット出来てる!?狙ってはいたけど本当に出来るとは思わなかった。練習の成果だなぁ…」
自分の上達ぶりに感激していると、更に群れは加速して距離を縮めて来るが、僕はそれに対して再び矢を放つ。
今度は矢を警戒しているのか横に広がっていたロックウルフたちは、ロックガルウルフの後ろに回り込み縦一列に並んで矢を避けた。
「モンスターの割に学習能力が高いなぁ…。じゃあこれならどうだっ!」
元の隊列に戻った群れに対して、今度は風属性の魔力を込めて矢を放つ。
すると再びロックガルウルフの後ろに隠れようとしたので、僕は風の刃を空中で方向転換させるようにして、矢の軌道を曲げた。
両側から挟み込まれるように射貫かれたロックウルフたちは、これでほとんど全滅した。
「残るは上位種だけか…。あれがどんな戦い方をするのか、アルテミア様に聞いておけば良かったかなぁ」
そう言いながら僕は、十数メートルほどの距離まで近付いてきた、茶色の毛皮に大きな口と太い足、鋭い牙と爪を持ち、こちらを警戒しながら様子を窺っている巨大な狼の姿を見る。
ロックガルウルフは、じわりじわりと横から後ろに周りを込もうとする、残った数匹のロックウルフと共に少しずつ距離を縮めてくる。
「とりあえず、他は邪魔だねっ!」
僕はそう言うと風の糸を放ち、ロックウルフの体を両断する。
すると僕が動くと同時に走り出したロックガルウルフは、一瞬で間合いを詰めてきて僕は危うく噛み殺されそうになる。
群れを率いていた時とは段違いの速さで移動していたので、今のはかなり危なかった。
その後の追撃もどうにか回避して、僕は一旦距離をとった。
「あ、危なかったぁ…今までは群れに合わせてたってわけね。それにしてもいきなり頭を丸かじりとか勘弁してよ…」
熱い吐息を感じるほどに肉薄され冷や汗が出る。
僕は改めて気を引き締め、身体強化をして身構える。
ロックガルウルフが再び攻撃し、こちらも爪を剣で受け、牙を避け、反撃して斬りつける。
するとキィィンッ!と音を立てて剣が弾かれた。
「げっ、外皮でも鱗でもないのに、そんなに硬いの!?」
剣が弾かれて体勢が崩れたところに、ロックガルウルフの太い前足が叩きつけられ、僕は吹っ飛ばされた。
ごろごろと地面を転がりながらも立て直し、転がる勢いのまま地面を蹴って飛び退くと、直前まで僕のいたところに飛びかかっているロックガルウルフの姿が見えた。
「ちょ…速い速い、動きが速いよっ…このっ!」
こちらを見て更に追撃するため、身を低くしているロックガルウルフに向かって、僕は空中から風の刃を放って牽制する。
それを横に飛んで避けるとすぐにまた加速し、着地したばかりの僕に向かって、ロックガルウルフは再度飛びかかってくる。
「やっぱりこれじゃダメかっ」
僕はそれまで普通の身体強化と剣で戦っていたのを、光の属性身体強化と風の魔法剣に切り替える。
スピードアップしたことによって僕は、ロックガルウルフの速さに対応可能となり攻撃を回避して斬りつけると、今度は難なく切り裂いた。
先ほどまでとは違うことに気づいたのか、今度はあちらが距離をとって様子を窺っている。
「あら、やけに時間がかかっていると思ったら、糸を使わずに戦っていたのね?」
「はい。確かにあれは強力ですし、使えば恐らく勝てるとも思うんですけど頼りすぎも良くないし、やっぱり基本は大事かなぁと思いまして。
それに今はアルテミア様がいますから、万が一僕がやられても村は安全なのは分かっているので、こういう時にこそ自分がどの程度なのか知りたいなぁ…なんて考えたり」
「呆れた…。前半はまだ理解できるけど、後半はたとえ味方が控えているにしても、実戦で力試しするなんて普通はしないわ。
ラジク殿やモルド殿に毒されすぎよ?」
「……改めて指摘されると確かに異常ですね…」
命懸けの戦いで全力を尽くさずに、しかも初めての相手と戦うなんて、よく考えるとかなり危険な行為だ。すでに僕の頭は、何本かネジが外れてしまっているのかも知れない。
常識人がいることがこんなに大事なのだと、アルテミアのお陰で分かった。
ただし、すでに基礎が師匠と神父の教えによって構成されている僕は、とっくに手遅れな気がする。
新たな被害者が出ないようアルテミア様には今後、アマリアが道を踏み外さないように気をつけて貰うとしよう。
「まぁとりあえず反撃に移れそうなので、今回はこのまま頑張ってみます」
「はいはい、見ていてあげるから早めにね。この後はダリブバールに戻って、皆と合流しなきゃいけないんだから」
「わかりましたっ」
アルテミアの許可も下りたので、僕は傷を負って身構えているロックガルウルフに向かって突進していく。
魔法剣の威力を警戒しているのか、体に魔力を纏っている。茶色ということは、土の属性身体強化でもしているのかもしれない。
また剣が弾かれると困るので、僕は魔法剣に更に魔力を込め、敵の攻撃をかわすと力いっぱい斬りつける。
すると、カッ!と音を立てた剣は硬度を増した毛皮によって一瞬、阻まれそうな手応えを感じたが刃はそのまま通って、ロックガルウルフの巨体を真っ二つに切り裂いた。
「ふぅ…。なんとかなりました」
「私の予定では糸を使って難なく撃退、もしくは殲滅だと思っていたのだけれど、糸無しでも可能なのね…まぁ地力が高いのは良いことだわ。
私はモンスターの排除を終えたことを伝えてくるから、あなたは少し休んでなさい。その後でダリブバールに戻りましょう」
「はーい」
その後、休憩を終えてアルテミアの元に行くと、村人や村長が前回の盗賊の件も含め、改めてお礼を言ってきたので、僕は今度はアルテミアの後ろに隠れてやり過ごすことにした。
僕は基本的に騎士に付いてきているだけだから、そんなに感謝されても困るのだ。
今回はダリブバールで貰った物もあることから、お礼の品々は丁重にお断りして僕たちは戻ることにした。
僕らは徒歩なのでモンスターの素材は魔石だけを回収して、残りは村に譲ってきた。
もうしばらくすれば冬が近付いてきて何かと物入りになるので、モンスターの素材…特に毛皮はありがたいらしい。もの凄く喜ばれたので、こちらとしても力になれて良かったと思う。
まぁ冬と言ってもセントリングは比較的温暖な国なので、寒くはなっても雪は降らないが、食料に関してはやはり収穫が落ちるので、準備は必要なのだ。
温暖だったり雪が降らないのは、高くそびえる北の山脈が、北からの冷気を受け止めきってしまうのが原因らしい。
いったいどういう理屈なんだろうね…?
ダリブバールに向かっていると日がだいぶ傾いてきた。夕日に照らされながら歩いていると何だか感慨深くなって、これまでにあったことを思い出した。
前世や転生してからの事もそうだが、戦闘訓練を始めて1年以上が経つ。特に13歳になった今年はトスウェの盗賊団から始まり、イベントが目白押しだった気がする。
もう数ヶ月もすれば訓練を始めて丸2年になることを考えると、ずいぶんと頑張ったし成長したと思う。自分を褒めてやりたいくらいだね…。
まさか平凡な一般人だった自分が異世界にきて、魔法を使ったり剣を振り回すなんて思いもしなかった。
でもテレビやマンガ、ゲームや小説、他の様々な娯楽が周りに溢れていた頃よりも、今の人生の方が充実していると思う。
「こんなに努力する事なんて無かったもんね…。生まれ変わって少しは変われたのかな…」
「ん?何か言った?」
「いえ、すみません。ひとり言です」
感傷的になって思わず口に出てしまった。危ない危ない。
「そろそろ暗くなるから、少し急ぐわよ」
「はいっ」
僕はふるふると首を振ると頭の中を切り替えて、アルテミアと一緒に皆のところへと急いだ。
街に戻り、工房に預けた荷馬車のところには誰も居なかったので、工房長に聞くと付近の宿屋に向かったらしい。場所を教えてもらい宿に着くと皆が待っていた。
「あ、二人ともおかえり。エルヴィレの様子はどうだったんだい?」
「リザードマンのところで倒したロックガルウルフの片割れが、ちょうど群れを率いて村に向かってきたから、ジグの戦闘訓練も兼ねて討伐したわ。
まさか糸を使わずに単独で撃破するとは思わなかったけど、着々と力を付けているようで良かったわ」
ギクッ!
「それは凄いね…ってジグ、何だか複雑な表情をしているよ?」
「いや、まぁその…」
「あぁ、その子ったらロックウルフはともかく、初めて戦う上位種もいるのに、自分の力試しをしながら戦っていたのよ。
ラジク殿とモルド殿の影響だと思うから、今後は気をつけるようにと言ったのよ」
「そうは言ってもアルテミア殿。男なら相手が何であれ自分の力を試し、実力を示してこそだろう!?」
「うむ、ラジク殿の言う通りだ。実戦でしか分からぬ事や身に付かぬ事もある。
それに常に相手の情報が分かっているわけでも無いのだからな」
「あなた方みたいなベテランと、まだ成人前の子供を一緒にしてどうするの!そういうのは安全を最優先とした思考を、みっちり叩き込んでからにするべきでしょう!
それをあなた方ときたら今の自分たちの基準で教えて、しかもミリアや私が訓練を引き受けるまでは近接戦闘ばかりで、魔法以外の遠距離攻撃や搦め手、回復魔法なんかもまともに教えてなかったじゃない!敵を倒す手段よりも、もっと優先して教えることがあったでしょう!
黒骸王の時にはあれだけ心配していたのに、結局は通常戦闘であれじゃ意味がないわよ!
無茶をするなと言っていた二人が、蓋を開けてみれば無茶をするように指導しているんだからっ!」
ドッカーンときた。二人の反論を聞いたアルテミアが大爆発した。聞いていた僕も叱られている気分になって思わず目を瞑り首を引っ込める。
師匠と神父は返す言葉もない様子で、アルテミアのお説教を黙って聞いていた。
「あ、あの、アルテミア様。二人のお陰でここまで成長したり、生き残って来られた事もありますから、も、もうその辺で…」
「そうだよアルテミア。二人の指導によって得られたものも多いし、今は私たちもいるんだから、足りない部分はこれから補えば良いさ。それに守りに関しては今まで、ジグの盾魔法が優秀すぎたから油断するのも無理ないさ」
しばらく続いたお説教のあと、どうにか話に割り込んだ僕がアルテミアを宥めると、レストミリアも援護してくれた。
項垂れた様子の二人を見て、流石に気の毒になったらしい。
「ぬぅ、アルテミア殿の言う通りだ。すまなかった。これからは気をつけるので、我々の指導で足りない部分があれば協力願いたい」
「弟子が優秀なものだから、我々もつい年齢を忘れて戦闘技術ばかりを叩き込んでしまった。申し訳ない」
お怒りモードだったアルテミアも、それらの言葉でようやく落ち着いたようだ。
「さぁ、難しいお話はそれくらいにしてお茶でも飲みましょう。私が森で倒したモンスターの素材を売ったお金で、美味しそうなお菓子と茶葉を買ったんですよ」
二人が謝ると、素晴らしい気遣いとタイミングで、アマリアがお茶とお菓子を持ってきた。
素晴らし過ぎる!後光が見えるよアマリア様!
そうして皆でお茶とお菓子を楽しみながら、森での狩りやエルヴィレの様子を互いに報告した。
まだ弱いながらも熱線魔法を習得したらしく、アマリアの成長が嬉しいレストミリアがキラキラとした表情で、如何にしてアマリアがモンスターを倒したのか熱弁を振るい、恥ずかしがるアマリアがそれを必死で止めるのを眺め、ラジクから盗賊団壊滅後の森については弱いモンスターがまばらにいる程度で、おおよそ安全らしいという話を聞いたりした。
その後は翌日以降の予定を話し合ってから、遅めの夕食を軽くとり、僕たちはダリブバールで一泊した。
昔のことを思い出して少し感傷的になったジグと、地道に訓練を重ねてモンスターを倒せるようになってきたアマリアでした。
アルテミアはこれまでの戦闘を見ていて薄らと思っていたのが、グレイジーナとの戦いを見てほぼ確信に変わり、自分の身を守ることよりも相手を倒すのを優先させる戦い方や、命懸けの戦いで力試しという非常識な行動をするジグに危機感を持ち、最初の頃から指導を担当していた二人に対してお説教しました。
優秀な盾魔法のお陰で大事にならなかった部分が大きいので、こればかりは言われても仕方がないと、二人は受け入れるしかありません。
指導役が四人もいるのだから、お互いの得意分野で育てていこうという意見のレストミリアと、アマリアのファインプレーで、その後は後腐れもなかったようです。




