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第928話 不返の陥穽 その2 星石の間と交渉材料

 レヒトの手助けによって迷うことなく地下研究所を目指した討伐隊は、要所要所に配置された敵と交戦してはいたものの、巡回を主な任とする暗殺者たちが味方と合流する前に倒していたこともあって、被害はほとんど出さずに進んでいた。


 しかし、暗殺者たちから儀式の間と呼ばれる大広間から移動を開始して一時間もすると、それまで散発的に遭遇していた敵の姿が一切見当たらなくなった。


「次はそこの十字路を左に曲がります」


「了解。でもどうしたんだろう? 索敵にも全く引っ掛からないくらい、急に誰もいなくなった」


「このまま目的地まで行ければ良いが、そう容易(たやす)くはいかんじゃろうなぁ」


 レヒトの地図を頼りにイリトゥエルが道を示し、それと並行して糸による探索をおこなっていたジグが首をかしげると、ユリツネに代わって今度はスズカに負んぶしてもらっているシドニクは、鼻に指を突っ込みながら答える。


「真剣に考えてくれるのは良いけど、鼻ほじりながらはやめてよ……」


「普通に汚いのです。あとその姿では到底真面目とも思えませんよ~」


 ジグがその指をどうするつもりだと言いたげな顔で溜息をつくと、そもそも真剣に考えいるのか怪しいと言ったルミアは、シドニクの指先を水魔法によって洗い流した。


「おぉ、すまんの」


「あ、ルミアちゃん、わたしにもお水ちょうだ~い」


「はいはい、今飲ませてあげますよ~」


「恥ずかしいのでシド爺はそろそろ自力で歩いて下さい……」


「穴に落ちてからここまで、どれだけの距離があったと思っとる? これ以上は無理じゃ」


 喉の渇いたらしいスズカが口を開けると、ルミアは人差し指からピューっと出した水を飲ませる。

 するとそんな緊張感の無いやり取りを見ていたイリトゥエルが仲間を……というか主にシドニクを窘めるが、長距離移動は老体に堪えると反論されたため、諦めた彼女は話題を変える。


「それとジグ、この地図によると目的地へ到着する前に、ここからしばらく進んだ先で私たちが今いるものも含めた全ての通路が集合する、かなり大きな空間があります。もしかすると敵はそこに……?」


「なるほど、その可能性はあるね。シャムガットさんやユリツネさんはどう思います?」


「ふぅむ、先へ進むには必ず通らねばならない巨大空間か……。最終防衛線とするにはうってつけだな」


「あぁ、敵に攻め込まれているこの状況なら、流石に私でも同じ事をすると思う」


 地図を見せたイリトゥエルに対しジグも彼女の予想が正しいと考えつつ、先輩冒険者であるユリツネや隊を率いる立場にあるシャムガットにも意見を求めると、二人も同意見だった。

 そのため暗殺者たちが『星石(せいせき)の間』と呼ぶ大空間に到着する手前で一旦休憩を取り、万全の準備を整えてから進むことにした。



 そうして星石の間へ到着すると、そこはこれまでに討伐隊が目にしてきた石壁とは全く違う、全てが淡い青に染まった巨大地下空間であった。


「なんて美しい……暗殺者のはびこる地下でこんな景色が見られるなんて」


「見惚れる気持ちもわかるが、やっぱり敵もいるようじゃぞい」


「我らの聖域に土足で踏み込んできた()れ者共め……かかれぇぇぇ~!!」


 一面の青の中にはキラキラと光白い点が星のように散りばめられ、その現実離れした光景にエスカが目を奪われていると、大空間を支える天然の柱の向こうから暗殺者たちが姿を現し、統括官ジムマルクの部下であるサーケブの号令で一斉に攻撃してきた。

 そしてその中にはジグが捕らえたロレーニャの複製体と同じく、後先を考えない強化によって自我を失い、敵の殲滅という命令のみに従う狂戦士となった少女たちも、両手の指では足りないほどの人数が含まれていた。


「流石にあの数は……み、皆さん、奇襲でなければ対応は可能ですか!?」


「愚問だ、あまり我々をナメるな」


「良い機会だ、坊やには改めてアタシらの実力ってモンを見せてやるよ!」


 強化された複製体との初遭遇では重傷を負ったためジグが心配すると、既に狂獣化を発動させたシャムガットが威嚇するように牙を剥き、アマゾネス特有の身体強化である血化粧(ちげしょう)を施したメルセナも、フンッと鼻を鳴らして自慢の大剣を肩に担ぐ。

 すると同じく戦闘種族たる鬼人族にして第一級冒険者でもあるユリツネも、プライドを傷付けられたように苦笑する。


「そんなに心配しなくて良いが、分担しても数は少し向こうの方が多い。そうだな……キミと私、それにシャムガットとメルセナは二人以上を相手にして、他の皆はどうにか一人を頑張って押さえてほしい」


「「「了解!」」」


 ユリツネがエスカやイリトゥエル、ルミアといった主力メンバーに声をかけると、ナルベラーナやチューバリガも味方の支援魔法を受けて前に躍り出る。


「あの狐人(きつねびと)の嬢ちゃんとは色々あるらしいが、流石にジグみたいな器用な真似は俺たちゃ出来ねぇからよ! そこは覚悟してもらうぜ!」


「……はい。その覚悟はもう出来ています!」


 強化された複製体を相手に余裕など一切無く、どちらかと言えば分の悪い勝負に挑むこの時に至っても、気を遣ったチューバリガはイリトゥエルに確認を取る。

 するとジグが捕らえたロレーニャの複製体の処遇について、ずっと頭を悩ませてきたイリトゥエルは苦悶の表情を浮かべながらも、しかし、強く頷いた。


「じゃあ行くよ! シド爺はイリトゥエルやルミアと一緒に後ろから援護して、スズカは絶対に深追いしないで!」


「よし、任せとけ!」「わかった!」


 仲間への指示と注意を伝えたジグも既に交戦している先輩冒険者たちに続くと、たった一度でジグを追い越すほどの跳躍力を見せたスズカは、苦戦するナルベラーナにトドメを刺すべく追い詰めていた複製体に向かっていく。

 そして得意な回し蹴りが相手の胴体を捉えると、骨の折れる音と共に荒ぶる複製体は吹っ飛ばされた。


「ロレーニャちゃんと同じかっこ(格好)でひどいことしないで!」


「ぎゃふっ……がはっ……ガァァァッ!!」


 スズカの蹴りは一撃で相手の右腕をへし折っていたが、複製体の戦意は衰えることなくむしろ怒りに顔を歪ませる。

 するとそれを目にしたスズカは悲しそうな顔をしながらも、襲い掛かってきた糸を躱し、距離を詰め、守りのために張られた糸を自身の炎で焼き払うと同時に拳を叩き込んだ。



「ええと、スズカってあんなに強かったですかねぇ~?」


「た、確かにこれまでも体術には目を見張るものがありましたが、それでも今のあの動きはまるで別人のようです……」


 射撃や魔法で後方からの援護をしていたルミアがスズカの戦い振りに舌を巻くと、イリトゥエルはチューバリガの背後から襲い掛かった他の暗殺者を射貫きつつ、その変わりように驚く。

 すると二人の隣で闇魔法を行使していたシドニクが、やれやれと言いたげに溜息をついた。


「……何か言いたげですねぇ?」


「もしやシド爺には理由が分かるのですか?」


「ちょっと考えればわかるじゃろ。ジグが妙な場所に連れて行かれた後、戻ってくるまでにスズカは誰と一緒にいたんじゃ?」


「「あっ……」」


 わざとらしいシドニクの態度にムッとしたルミアと、勿体ぶらずに教えてほしいイリトゥエルが揃って注目すると、得意気な様子で答えたシドニクの言葉を聞いた二人は、声を揃えて納得した。


 そして三人がそんなやり取りをしている間にも、レヒトとの一対一の訓練という地獄に耐えきったスズカはその成果を遺憾なく発揮した結果、多少の掠り傷のみでロレーニャの複製体を追い詰めた。

 しかし、あと一歩というところでトドメを刺しきれず、そこからは相手の攻撃を躱してばかりになった。


「むぅ、ありゃいかんのう」


「スズカは特に仲良くしていましたからねぇ」


「スズカ……」


 ロレーニャと同じ姿をした相手に骨折程度ならまだしも、命を絶つことを躊躇ったスズカは防戦一方になると、防御技術にまだ未熟さの残る彼女は敵の手数に押され始めた。

 そしてそんなスズカの状況が危険と判断したシドニクも幻を使ってスズカを守るが、ジグと同じ糸魔法は多少の幻など一瞬で排除してその中に紛れたスズカを狙う。


「あぅっ!?」


「ふひひっ!」


「くっ……スズカ!」


 逃げに徹していたスズカの足がとうとう糸に絡め捕られると、複製体はここぞとばかりにトドメを刺しに行く。

 そしてその窮地を目にしたイリトゥエルが弓を引くと、速射の得意な彼女の目に映ったロレーニャの姿はその指の動きを僅かに遅らせ、スズカを救うのに必要なほんの一瞬の機会を失わせた。


「ひゃははぁっ!……ギィッ!?」


 スズカの首に巻き付いた糸がその細首を刎ねる直前、ルミアの放った無数の風刃がその糸ごと複製体を斬り刻む。

 すると友達と同じ姿をした者が無惨な姿になったのを目にしたスズカは、自分を助けてくれたはずのルミアへ咄嗟に、そして無意識に敵意の籠もった視線を向けるが、その怒りを上回るほどの怒気を放つルミアを見た途端、言葉を失った。


「すみませんルミア……いくら覚悟したと口で言っても、何度となく諦めようとしても、私は……私は……」


 情けない自分を恥じたイリトゥエルが涙を流しながら、己の代わりに手を汚したルミアに謝罪した。すると無言で首を振ったルミアは言葉に詰まった様子であったが、やがて口を開いた。


「……ト」


「え?」


「レヒトォォォォォォォッッ!!!」


 ルミアが何ごとか呟いたのを耳にしたイリトゥエルが聞き返すと、スゥ~と息を吸い込んだルミアは大空間に響き渡る程の大声で天敵の名を叫ぶ……が、呼ばれた本人は既にジグへ充分な協力をしたからか、呼び掛けに一切応えない。


「ふん! どうせ聞いてるんでしょうから一方的に話すのです! 私たちは例え本人でなくともロレーニャさんを可能な限り傷付けたくはありませんし、見ての通りスズカだけでなく数人同時に相手をしているジグさんも同じ気持ちです!

 …………ので、協力してもらう見返りとして、かつての貴方が……勇者王が狂った原因の情報と引き換えに手伝って下さい! 注文は一定以上のダメージを負った複製体の拘束および無力化! それと可能なら保護もしてほしいのです~~~ッ!!」


 ルミアは呼び掛けを続けながら、四人もの複製体に囲まれてなお捕縛の機会を窺っているジグを指差すが、それでも姿を見せるどころか声も発しないレヒトに業を煮やす。

 そして何か交渉材料はないかと知恵を絞った結果、レヒトが絶対に食い付きそうなネタを思いつき、それが神々の世界においても重要なものであると知りながらも、半ばヤケになって叫んだ。


 するとその瞬間、ジグが相手をしていたうちの二人がまず拘束され、他でも今まさにユリツネやシャムガットが仕留めようとしていた複製体をレヒトのものと思われる糸が包み、猫人族の鋭い爪と鬼人族の剛拳を弾いた。


「ルミアも無茶するなぁ……でもすっごく助かる!『自在粘糸(じざいねんし)!』」


「へへっ、これなら手加減はいらねぇなぁ!」


「ボロボロな格好で何言ってんだい、行くよ!」


 ルミアが最強の味方を召喚することに成功すると、残った二人を一気に拘束したジグはそのまま、自分の近くでメルセナやチューバリガと戦っていた複製体の動きを阻害した。

 すると不意を突かれたことによって生じた隙を逃さず、メルセナとチューバリガもそれぞれの相手を斬り伏せ、そこへ()かさずレヒトの糸が伸びてくると、残っていた複製体を次々に捕縛していったのだった。

星石の間での模様でした。


順調に進む討伐隊は遂に暗殺者側の最終防衛線である星石の間に到達。

そこはこれまでとはだいぶ違った場所ですが、星石の間については恐らく後ほど補足があるかと思われます。


そして戦闘が開始され、閑話でもあったようにサーケブが集めた暗殺者と強化されたロレーニャの複製体が決戦を挑むべく、討伐隊へ雲霞の如く襲い掛かりました。


しかし、ジグだけでなくスズカもレヒトによって鍛えられたり、奇襲で不覚を取った実力者たちも汚名返上とばかりに奮戦した結果、互いの実力はだいぶ拮抗したものに。

ただ頭では分かっていても、覚悟を決めたつもりでも、いざその時になると特にイリトゥエルやスズカは躊躇いが出てしまってピンチ。


ルミアも腹を決めて手を汚しはしましたが、恐らく同じ事を続けろと言われれば辛いのもあって別の方法に訴え、ぶっちゃけるとかなり思い切った条件でレヒトの協力を仰ぎましたが、その結果、ルミアのオーダーにかなり忠実かつ手厚いサービスが行われて……う~ん、後が怖いですね。


という事で続きます。

次回もお楽しみいただけると幸いです。+4569

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