第923話 再起 その16 格子糸と壁の溝 (二視点)
今回は引き続きラジクたちの側からのスタートですが、メインは視点を地下に戻してからのお話です。
ギガスクードを破った討伐隊の元にラキイェが戻ると、血塗れの彼女は重傷を負って右足も失っているカニャンドラを抱えていた。
「一体何が……す、すぐに治療しますからラキイェさんもこちらへ!」
「すまない。出来るなら彼女の足を先に治してやってくれ……」
二人の姿を目にして茫然としたグリアだったがすぐに我に返ると、その後の治療のために回復薬を飲んで支度に取り掛かる。
すると大変な目に遭いながらも切断されたカニャンドラの右足を持ち帰っていたラキイェは、縫合が可能なうちにそちらを治療するよう頼むと意識を失った。
「撤退した七武信とカニャンドラさんはほぼ互角なうえ、ラキイェさんも同行していたのにこんな事になるなんて……」
「伏兵でもいたのか、それとも別の理由があったのだろうか?」
眠っているラキイェの顔を見ながらラフィーナが疑問を口にすると、ギガスクード戦の影響からツダと相談して追撃を取り止めたラジクも、強者二人を返り討ちにした何者かについて考える。
すると右足の治療の痛みによって意識を取り戻したのか、呻き声をあげながら身を起こしたカニャンドラがその疑問に答えた。
「も、申し訳ありません。敵将をあと少しのところまで追い詰めたのですが、そこに現れた新手によって深手を負い、私を庇ったラキイェ様にもご迷惑をかけてしまったのですニャ」
「他の七武信が現れたということですか?」
「いいえ、あれは私たちが追跡していた者の口振りから、七武信よりも更に上の存在だと思いますニャ。それにあの匂いは以前にもどこかで……」
「カニャンドラさんは重傷なんですから、これ以上は無理をしないで下さい。ツダさんもラジクさんも、怪我人への質問はもう少し後にお願いしますっ」
可能な限り敵の情報を伝えようとしたカニャンドラだったが、足以外にも複数の骨折などで全身がボロボロだったため、治癒術士としてそれ以上の無理を見過ごせなかったグリアは沈静魔法でカニャンドラを強制的に眠らせた。
そしてカニャンドラやラキイェ以外の負傷者の治療にも集中したいからと言い、土魔法で簡易的な建物を作り出すと他の治癒術士らと共にその中に籠もった。
「ふむぅ。その先に我々が倒した者より更に強力な敵が存在するのであれば、やはり今は追撃よりも回復が先か」
「これまでの戦いで教団側も信者の数を大きく減らしていますし、黒刃部隊の壊滅と七武信を三人も討ち取ったことで、敵の戦力は大幅に落ちているはずです。
なので出来れば今のうちに叩きたいところですが、我々の消耗も激しい現状、ここで一旦止まるしかありませんね……」
カニャンドラを倒すほどであれば決して油断は出来ないため、今後の事を考えると今は毒を受けたタマシロや、ギガスクード戦の反動が出ているココロコの回復も待たねばならない。
しかし、地下にいるシャムガットたちの事も心配だったラジクやツダは、歯痒い思いしながらも、敵襲に備えつつその場に留まることにしたのであった。
一方、その頃。
地上の様子など全く知らないシャムガットたちは、七武信のメンバーである『夜陰』のナハトや『双扇風』のエスリナとの戦いによって受けた傷を、魔力過剰に陥っていたイリトゥエルの回復魔法によって癒し、ようやく先へ進めるようになっていた。
「ぜぇ、はぁ……と、年寄りにこの長い階段は厳しいぞい。誰か負ぶってくれんか?」
「まだ病み上がりの方々も頑張っているのですから、シド爺も自分の足で歩いてください」
「ほらシド爺、時間が無いんですから行きますよ~」
「いでででででっ! どこ掴んどるんじゃこのバカァッ!」
三眼巨人のいた大部屋から階段を昇り、ナハトが魔法無効の暗闇を作り出していた部屋の先。
再び上へと続く階段を目にしたシドニクが座り込んで駄々をこねると、イリトゥエルが諭すように言う一方、どうせ誰かが……正確に言えばユリツネ辺りが甘やかしてくれるまで動かない気がしたルミアは、シドニクの髭を鷲掴みにして引っ張ると、老人は諦めたように歩き始めた。
……が、ちゃっかりと同情を引いてエスカに手を繋いでもらっていた。
「すみません」
「いえ、私たちがいない間もお爺さんは、メルセナさんや他の皆さんの様子を見守ってくれていたようですから」
「エスカちゃんの言う通りじゃ。それにワシはお主らの逃がした敵もしっかりと……へぶんっ!?」
「どどどどこ触ってるんですか! 殴りますよ!?」
「もう殴ってるのです……ふふっ、でもいい気味ですねぇ~」
イリトゥエルが仲間の非礼を詫びると、自分やユリツネがいない間にシドニクが皆の看病をしていたとメルセナから聞いたため、エスカはその礼だと言って微笑む。
しかし、そこで調子に乗ったシドニクが彼女の尻に手を伸ばすと、杖をフルスイングしたエスカによってシドニクは数段上まで殴り飛ばされ、それを見ていたルミアはざまぁ見ろとほくそ笑んだ。
そのようにして死者も出した戦いの後の微妙な空気をシドニクは意図せず和ませていたが、やがて階段を昇り終えて長い廊下とその先にある扉が見えてくると、皆の警戒心は嫌でも高まった。
「また扉……それも何だかこれまでより随分とゴツいということは、あの先に誰かが待ち構えているんでしょうかね~?」
「だと思います。ですが、私たちはただ進むだけで……!?」
敵がいるであろう事を皆も承知で歩き出すと、ルミアの問いに答えたイリトゥエルの耳には周囲で何かが動く音が聞こえてきた。
そしてそれが生き物ではなく何らかの仕掛けの音であることに気付いた途端、集団の中でも後方にいてまだ階段を昇っていた者たちが悲鳴をあげた。
「うわぁぁぁぁぁっっ!?」
「か、階段が……シャムガット様ぁぁぁ!!」
仕掛けが動くと同時に階段が壁の中に呑み込まれ、足場を失った者たちは真っ逆様に落ちていく。
そして助けを求める部下をシャムガットは救うことが出来ず、彼の伸ばした手が空を掴むと、間一髪のところで壁に槍を突き立て落下を免れたチューバリガと目が合った。
「あ、危なかったぜ……」
「早くこちらに手を伸ばせ」
流石のチューバリガも嫌な汗をかいていたが、類い稀な業物である彼の槍だからこそ壁のほんの僅かな隙間に突き立てることで難を逃れることができ、その他にも数名、咄嗟に階段を蹴ってジャンプした者たちが壁に存在する小さな凹凸に指をかけてしがみついていた。
「すまねぇ、助かる」
「他の方々にもすぐに足場を用意しますので、何とか踏ん張ってください!」
シャムガットが手を伸ばし、イリトゥエルも氷の足場を作って生き残った者たちを助けようとするが、シャムガットの手を取ったチューバリガがよじ登ろうとしたその時、次なる仕掛けが動き出した。
「なっ!?」
「あれは糸……? マ、マズいのです! 扉に向かって全速力で走るのです~!!」
まだイリトゥエルが足場を設けないうちに、今度は壁や天井から無数の糸が伸びて反対側の壁や床に繋がっていくと、それらは階段が無くなって下がぽっかりと開いた空間を縦横無尽に奔る。
そしてその一本が凹凸にしがみついていた者の体を容易く切り裂くと、ジグのものを思わせる斬れ味鋭い糸が設置されている壁に、扉へと続く長い溝が発生したのを目にしたルミアは次に何が起こるのか予想し、皆に逃げるようにと大声で叫んだ。
「ひっ……た、助け……」
「ちぃっ!」
「ぐっ……チューバリガ!?」
「あばよ、お前らの武運を祈ってるぜ!」
無数の糸が交錯しながら動き出すと、それによって仲間がバラバラになったのを目にしたチューバリガは、決して離そうとしないシャムガットの手をその鋭い前歯で囓り、無理やり手を引き抜くと笑いながら奈落の底へと落ちていった。
一方、グルグルと交錯しながら迫ってくる糸に追われる形となった討伐隊は、ルミアの合図と共に一斉に駆け出していた。
「格子レーザーじゃあるまいし……あれに触れると問答無用で斬り刻まれますから、何が何でも逃げ切るのです~!」
「あれだけ激しく動かれては隙間を抜けてやり過ごすことも出来ませんが、ジグのものと似た類の糸ならせめて切断したり焼き払えませんか!?」
「不可能ではないが、恐らくこちらも相当の魔力を込める必要がある」
「んなこと言っても、これはその暇を与えたないための罠だろうさ……!」
全力で駆けるルミアが再度注意を促すと、その隣ではイリトゥエルが根本的な解決を目指す。
しかし、エスカとシドニクを担いだまま二人と併走するユリツネが糸に込められた異常な魔力量を感じ取ると、この状態では実質的に糸の破壊は不可能だと言われたメルセナが、試しにアマゾネス固有の身体強化を用いた上で自慢の大剣で斬り掛かる。
そして案の定、強靭かつ凶悪な糸に刃が弾かれると、チューバリガの最期を目にしてそれまで無言だったシャムガットが重い口を開いた。
「このまま走るのは構わんが、我々の背後に迫る糸は果たしてどこまで追ってくる?」
「「「「……」」」」
シャムガットの問いに対して皆は前方に目を向けると、視力強化で確認したずっと先にある扉付近の壁にはしっかりと溝が刻まれており、少なくとも扉の向こうへ行かないことには全員が細切れ確定であった。
「でもあれ、すんなり開くと思いますか~?」
「無理でしょう。少なくとも私が同じ罠を仕掛けるなら、簡単に開くような造りになどしません……」
「むしろ行き止まりじゃなかった事が奇跡みたいなもんさ」
「だが、どうにかしないと全滅だ。ラフィ、グリア、何か良い考……あっ」
「こんな時に一番頼りになる二人がいないなんてぇぇぇっ!!」
ルミアがダメ元で尋ねると、神妙な面持ちで答えたイリトゥエルは首を振った。
すると出口があるだけマシだと言ったメルセナが扉に殺意を込めた視線を送る一方、パーティーの知恵袋に頼ろうとしたユリツネはラフィーナとグリアの不在を思い出して凹み、そんなリーダーに担がれているエスカも堪らず頭を抱えた。
「とりあえず私とメルセナは扉を破壊することに全力を注ぐから、キミたちは他の手段も模索してくれ」
「はいっ!」
全力疾走しながら可能な限り魔力を充填し始めたユリツネが前方に集中すると、ラフィーナと同じく知恵働きが得意ということで白羽の矢を立てられたイリトゥエルは、周囲を目まぐるしく観察しながら頷く。
「せめて軌道を変えられれば良いのだが……」
「メルセナさんの斬撃でも歯が立たないのに、この状況でどうしろと!?」
「軌道を……? そもそも何故あの糸は溝に沿って動いているのでしょう」
「多分ですけど溝の両側にも糸か何かがあって、そこから外れないようになってるとかじゃないですかねぇ……ええと、例えばトロッコのレールみたいな?」
扉の突破が不可能だった場合に備えて案を練る一同だったが、シャムガットが後方を見ながら呟くと、自分も知恵を出すより魔法の方が得意と思い、ユリツネらと共に魔力を溜め始めたエスカは堪らず叫ぶ。
しかし、そんなやり取りを聞いていたイリトゥエルが疑問を口にすると、ルミアは溝が糸の通り道として物理・魔法の両面で設定されているのだと言う。
すると後方を振り返り、様々な角度に変化しながら溝の間を奔る糸を観察したイリトゥエルは、急激な動きの際に糸と溝が接触して魔力の火花をあげていることに気付いた。
「溝が頑丈すぎれば糸が耐えきれずに切れるはずで、そうなると必然的に強度は溝の方が弱くなる……ということは……ユリツネさん! 前方の扉ではなく横の壁を、溝を起点に破壊してください!」
「わかったが、破壊する前にほんの一瞬だけでいい。体勢を整える時間が欲しい!」
イリトゥエルの考えを聞いたユリツネはそれを疑うことなく了承したが、彼女ほどの実力者でも前方への疾走状態からいきなり真横に向かって全力の攻撃を行うのは難しく、それまでの戦闘においてもほとんど壊れることの無かった特殊な壁が相手では更に至難であった。
「せめてココロコがいれば……いえ、今は私たちでやるしかありません! まずは壁の破壊と糸の食い止め役にそれぞれ別れます!」
「了解です~!」
ユリツネの頼みを受けたイリトゥエルはそれぞれの強みを活かすべく作戦を練ると、壁の破壊はユリツネとエスカ、それにルミアも加えた三人に任せ、自分とメルセナ、そしてシャムガットにも糸への対処を要請する。
「私たちが合図したら皆さんはそのまま扉へ向かい、ユリツネさんたちに充分なスペースを与えて下さい!」
「了解! ついでに扉にも一発かましてやるさ!」
全体に作戦を伝えると壁の破壊や糸の足止めに参加しない他のメンバーは、ナルベラーナが引き連れてそのまま扉へと向かう。
そしてイリトゥエルが分厚い氷の障壁によって後方の通路を塞ぐと、それを切り裂きながら追ってきた糸に対し、メルセナの重い斬撃とシャムガットの鋭い爪が迎え撃つ。
「この細い糸切れが、いつまでも調子に乗んじゃないよ!『蛇毒牙剣!』」
「くっ、俺の爪でも切り裂けんとは……だがこの程度……『双爪閃牙!』」
「い、今です!」
血の紋様を全身に浮かべたメルセナと狂獣化を全開にしたシャムガットが、僅かながら糸を止めた瞬間、足を止めた三人は一気に力を解放する。
『『ペネトレイト・エル・ホーリー・レイ!』』
『滅鬼羅刹!』
至近距離での発動は危険も伴ったが、そのような事を言っていられないルミアとエスカが目も眩むような白い光と共に、壁に向かって貫通力の高い熱線魔法を放つ。
それと同時に鬼の力を全開にしたユリツネが全身を覆う蒼いオーラを拳に集めると、白と蒼の混ざった力の奔流が強固な壁に存在する溝に流れ込み、それを無理やりこじ開ける。
すると壁の奥にあった巨大な絡繰と無数の大きな魔石が破壊され、魔力の供給源と罠の作動装置を失った糸はようやく消滅した。
「はぁ、はぁ……どうやらあの糸は魔石から発生していたようだな」
「こ、こんな手の込んだものまで作って、危うくバラバラになるところだったので……お、おぇぇぇ~」
「とりあえず上手くいって何よりで……うぷぅっ」
ユリツネが激しく消耗しながらも壁の向こうを確認すると、同じく覗き込んだルミアは忌々しげに罠を作った者への恨み言を言うが、全力疾走後の全力攻撃は堪えたのか吐き気を催し、エスカと共にその場に座り込んだ。
こうして殺意しかない罠をどうにか乗り切った地下の討伐隊だったが、そんな彼らの前にはこれまでに類をみない重厚な扉が立ちはだかっていたのだった。
地上と地下両方でのお話でした。
退いた敵を追撃したいラジクたちですが、ジャナマウトに始まりギガスクードやパペルテの奮闘もあって激しく消耗し、加えてカニャンドラを倒すほどの新手もいるとのことで一旦停止。回復のターンへ。
逆に回復を終えたシャムガット隊の方は数を減らしつつも動き出しましたが、かなり大掛かりな罠に嵌まって更に死者が増え、エレワンスやゴリエテと共に最初の討伐隊の主力を担っていたチューバリガも奈落の底へ。
そして罠については中々に表現が難しくて伝わったかどうか不安なのですが、ルミアも言っていたように格子レーザー(映画バイオ○ザードで出てきたやつ)を想像していただければ分かりやすいというか、そのまんまかなと。
そんな凶悪なものを誰が作ったかというと、実は最近閑話などでよく出ている統括官ジムマルクで、戦闘面ではひ弱な彼も罠の開発や研究では成果を挙げているんですね。
ということで続きます。
次回も宜しくお願いいたします。+5821