第85話 巡回の旅路 その3 再戦と糸の斬れ味
翌日は朝から、スウサの大草原での訓練と狩りだ。
モルド神父とラジクは無事に弓を手に入れられたようで、初めのうちは命中精度の向上訓練をおこなっていたが、またアルテミアに注意されてションボリしながら狩りに向かった。
「いつもは嬉々として狩りに行くのに、2人ともどうしちゃったんだろう…?」
「あの2人は戦うことも勿論好きなのでしょうけど、最終的には強くなるのが一番の目的だから、戦闘以外でも強くなる方法があるのなら、それに興味を持つのは不思議じゃないわ。
2人とも戦闘に関してはベテランだけど、あの様子を見ると力押しが得意なタイプみたいだから、自分の不得意だったり足りない部分を補えるのは良いことだし、こういう訓練自体が新鮮なんでしょうね」
あの戦闘大好きな2人が、狩りに行くのよりも訓練をしたがるなんて僕にはかなり意外だったが、その事について話すと、アルテミアの答えで何だか納得できた。
ちなみにアマリアは魔力弾を覚えたので、とうとう身体強化訓練を行うことになったらしい。
自分に近接戦闘は無理だと言うアマリアを、レストミリアは自分が逃げるときにも使えるからと、ゴリ押ししていた。
まぁ当然ながら、他にも思惑があるのは分かっているけれど、嘘ではないので僕も何も言わない。
黒骸王から逃げる時にも役立ったこともあって、アマリアも何とも複雑な表情をしながら了承していた。
僕はと言うと今日も弓の練習をしている。
前日よりはだいぶ良いが、それでも的に当てるのが精一杯で、中心に当てるなんてまだ無理だ。
「そろそろ1度、エルフの弓で試してみるといいわ。自分の上達ぶりを確認するのも、やり甲斐が出て良いものよ」
少し集中力が切れてきたのを見抜かれたのか、アルテミアはそんな提案をしてきた。
僕は早速、指輪に魔力を込めてエルフの弓を使う。すると矢は的の中心付近に命中し、バラつきも少なくなっていて、以前よりもだいぶ精度が上がっていた。
「まだアルテミア様ほどではないですけど、昨日よりはかなり良くなってますね。こんなにも変わるとは思いませんでした」
「それだけ基本は大事ってことよ。でもあなたの場合は、予めエルフの弓で当てる感覚をある程度覚えていたから、普通の弓の上達も早い方だし、身体強化でコツを掴んでから更に良くなったわね。街にいる普通の兵士たちじゃ、なかなかこうはいかないわよ」
「そうなんですか…じゃあこの調子で頑張ります」
その後もしばらく訓練を続けていると、神父とラジクが少し急いだ様子で戻ってきた。
「どうかしたんですか?」
「狩りをしていたらグレートホーンがいたので、こちらに向かってくるようにおびき寄せてきたのだ。訓練ばかりでも詰まらないだろうし、お前の息抜きにどうかと思ってな、そろそろ来るはずだ」
「えっ!?あんなに苦労したのに、もう新しいグレートホーンが出てきたんですか?
というかモルド神父、息抜きどころの相手じゃないと思うんですけど!」
どうだ嬉しかろう?と言わんばかりの2人の表情に、驚きと呆れの半々の気持ちを抱きながら南の方を見ると、たしかに土煙が上がっていた。
「あぁ、またあんなのを相手にしなくちゃならないんですか。
あの時と今の自分が、どれくらい変わったのか比較できるのは、ありがたいんですけど…」
「なぁに、我々は手を出さんから安心しろ」
「いや師匠、そこは安心するところじゃないです…」
そんなやり取りをしていると、異変を感じたレストミリアがアマリアを連れて戻ってきた。
「皆集まってどうしたんだい?」
「僕の息抜き用に、2人がグレートホーンをプレゼントしてくれるみたいなんです…」
「へぇ、それは良い機会だね。身体強化も覚えたことですし、いっそのことアマリア様も魔力弾や回復魔法で、ジグの支援をしてはどうですか?」
「えっ、私も!?というか、グレートホーンって何なのかしら?」
「アマリア、もう話してる時間は無いみたい。
僕は迎え撃つから情報は皆に聞いて、もし参加するなら後からおいでよ」
突進してくるグレートホーンの姿を、視力強化で確認したので、僕はそちらに向かって走り出す。
アマリアはまだよく分かっていないようなので、後の説明なんかは神父たちに任せるとしよう。
「たしか魔法剣は刺さるけど、攻撃を受けた外皮の周辺からはトゲが飛んでくるんだっけ。
それと角も飛ぶし、ある程度傷を負ったら外皮のトゲを吸収して、属性身体強化で硬化して…あとは何だっけ?」
僕は走りながら過去の記憶を思い出す。
「とりあえず接近戦よりは遠距離戦かな。あの時と違って弓も糸も使えるから、多分大丈夫だよね…」
そんなひとり言を言いながら、まずは魔力を溜めて風の刃を放つ。
するとそれは、向かってくるグレートホーンの体に命中し、外皮がザックリと割れて周囲にトゲが射出された。
続いて弓を構えて風の矢を撃つと、放たれた矢は空中で複数に分裂してグレートホーンの顔面に命中し、長い1本の角にこそ刺さらなかったが、他の外皮を貫くことはできた。
こちらの攻撃に怒り心頭な様子のグレートホーンは、前回よりも早くトゲを吸収して体を硬化させた。
体表面は茶色になり、短かった尻尾が伸びてコブができ、そこから長いトゲが伸びてきた。
「あぁ、そういえば尻尾が伸びて凶器みたいになるんだっけ。うーん、まずは硬化した外皮に攻撃が通じるようになったか、試してみようかな…」
僕は硬化したグレートホーンに向かって、更に魔力を込めた風の刃を放つと、前回は完全に防がれた攻撃が、今回は見事に防御を突破して体を切り裂いた。
「おお、そんなに深い傷じゃないけど、ちゃんとあの時よりも強くなってる!よぉし、じゃあ行くぞっ!」
自分の成長を肌で感じて俄然やる気が出てきた僕は、更に立て続けに風の刃を放ちダメージを与えていく。
その間にもグレートホーンは突進してくるが、こちらの身体強化によるスピードも以前に比べて上昇しているようで、前回は回避するのに精一杯だったのが、今は余裕を持って避けたうえで反撃出来るようになっていた。
全身に傷を負ったグレートホーンが立ち止まると、こちらを窺うように姿勢を低くした。
『エル・ミラージュ!』
僕は嫌な予感がしたので、移動しながら咄嗟に光の幻影魔法を唱え、自分の分身を作り出した。
するとグレートホーンは一気に走り出し、更に額の角を撃ち出してきた。
巨大な角が一直線に飛んで分身の一つを貫き、突進よりも格段に速い角を見て、僕は少し冷や汗が出るのを感じた。
「さすがにあれは避けられないし、盾魔法で受けられるかも分からないや。分身してて良かったぁ…」
角が当たらなかったことで、今度は尻尾を振り回し始めたグレートホーンだったが、柔軟に動く代わりに硬さが失われている尻尾は、切断するの自体は難しくない。
しかし前回は、モルドやラジクにグレートホーンの足を止めてもらって、どうにか切断することが出来たが、今回は1人でやらなくてはならない。
「足を止めるにはどうしたら良いかな。
前は顔面に強いのを撃ち込んでもらって、怯んで足が止まったところを狙ったけど、1人じゃそれも出来ないし…」
突進や尻尾を避けながら考えていると、アマリアがやって来た。
「私も手伝うわ。何か出来ることはある?」
「危ないから少し下がっておいて、支援をお願い。今はアイツの尻尾を切り落としたいんだけど、足止めする方法って何かある?」
「私に出来ることだと、閃光魔法で目つぶしするくらいしか無いけど…」
「あぁ、その手があった!ナイスだよアマリア。僕が合図したら閃光魔法で、グレートホーンの視界を奪って!」
「えぇ、わかったわ!」
僕はグレートホーンがアマリアの方に行かないように、引きつけながら機会を窺う。
そして僕を狙った尻尾が、地面に叩きつけられる直前に合図を出す。
『ホーリーライト!』
アマリアの放ったのは、目つぶしにも使えるほど眩い光を放つ浄化魔法だ。
僕はその光を自分が目つぶしされないように背後から受け、目がくらんで足が止まったグレートホーンの、尻尾の付け根を狙って風の魔法剣を振り下ろし斬り落とした。
するとその痛みから暴れ始めたグレートホーンは、まだ目が見えないにも拘らず、アマリアの方へと走り出した。偶然かもしれないが、もちろんこのままでは危ない。
「アマリア、逃げて!」
僕は叫ぶが、身体強化を習っていても覚えたばかりでは、こんな事態で咄嗟に使えないのと、戦闘経験の乏しいアマリアでは、身体強化をしたところで逃げられる可能性は低かった。
僕は突進を止めるために、大量の魔力を込めた糸を無数に放って内部に風属性を通し、属性に染まって緑がかった糸をグレートホーンの全身に絡めると、それを身体強化で思い切り引っ張った。
すると一瞬、グッと引っかかるような手応えを感じた後に、スルッと抜けるように糸が緩んだ。
失敗したかと思ってアマリアの方を見ると、目を瞑っているアマリアの前には、溶岩と水の厚い壁が二枚並んでいて、その壁の手前には全身をバラバラに切断された、元グレートホーンらしきものが散らばっていた。
「アマリア様、お怪我は無いですか?」
「え、えぇ、私は大丈夫。モンスターがこっちに来たのには驚いたけれど、ミリアや神父様が盾魔法で守ってくれたのね。ありがとう」
「いえ、私達は盾を出しましたが実際に防ぐ前に、ジグがトドメを刺したみたいです。
ですがアマリア様にはかなり衝撃的な光景なので、そのまま壁の向こうは見ずに、こちらに来た方が良いと思います。一言で言えば血の海ですから。
まぁいずれはこういうのにも、慣れていただく事にはなりますけど…」
「血の海…?い、今は止めておきます…」
万が一に備えていたモルド神父とレストミリアは、しっかりとアマリアの防御をおこなっていた。少し離れたところでは弓や剣を構えた、アルテミアとラジクがいた。
うん…まぁこの4人がいて、アマリアをみすみす死なせるなんてことは、まず無いか。
アマリアがレストミリアと共に少し離れると、他の3人がやって来た。
「しかしこれは驚いたな。まさか硬化したグレートホーンをこのような姿にするとは。我々騎士でもそうそう出来る事ではないぞ。一体お前は何をしたんだ?」
「アマリアに向かって行くのをどうにか止めようとして、魔力を注ぎ込んだ糸に風属性を通してから巻き付けて、力負けしないように身体強化で思い切り引っ張ったんです。
そうしたら一瞬手応えがあった後に糸が緩んだので、もしかして糸が切れちゃったのかと思ったんですが…」
「実際に斬れたのは、グレートホーンの全身だったわけね。たしか黒骸王の時に使ったのは、相手を拘束できる光属性の糸だったって、私は聞いていたけど…」
「何も手を加えていない糸は、光属性というか浄化の力のみを帯びているみたいです。
でもこの前に森で色々と試したときに、出来た糸の内側に属性を通すと、その特徴を備えた糸になる事を発見したんです。回復魔法を通せば糸に触れることで怪我を治せました。
それとは別に風属性を通すと木を斬ったり、貫くことは出来ていたんです。けれど、ここまで切れ味が上がるとは思ってませんでした」
「あの時に無理をしたのはそういうことだったのか。糸を使って回復魔法を扱えるのは良い。
しかし風属性に関しては、扱い方を考えねば咄嗟に使ったときに、想像以上の被害を出しかねんな…」
「あの…モルド神父、風属性を通さなければ相手を縛るだけで済むはずなんですけど…」
「今回はそれで良かったが、今後何かしらの理由で相手を拘束する必要があるときに、咄嗟に風属性を通してしまったのでは困る。
早いうちから扱いに慣れておかねば、すぐに殺人で捕まりかねないな」
「そんなに脅かさないでくださいよ…」
「モルド殿の言葉は脅しでも何でもないぞ。
拘束するのは勿論だが、咄嗟に引き寄せたり高所から落ちそうな人を、助けるために糸を使いましたが間違って風属性を込めてしまい、バラバラにしてしまいましたでは、全く話にならんどころかお前が加害者になってしまう」
「それはそうかもしれません…」
「なら明日以降は、糸の扱いに慣れるための訓練に切り替えた方が良さそうね。
弓の方はある程度出来てきてるから、後は時間があるときに自分でやれば良いわ。
新しい技なんかも教えたいけど、どちらにしても基本が出来てからになるし、今の優先順位は弓より糸よ」
4人でスプラッターな現場を見ながら今後の予定を決めると、魔石を回収してから休憩を挟んで、皆でスウサの砦へ向かった。
ルナメキラの襲撃の際に破壊され、多数の被害が出ていた砦も今はすっかり修復されていて、襲撃以降は特に問題も無いようだ。
その後はトイスの集落へ向かい、その日も任務について話し結界を張って素材を渡すと、歓迎の宴が開かれた。
スウサの砦と同様に被害の大きかったトイスも、しっかりと建て直されていた。
ちなみにグレートホーンの魔石だけは手元に残すことにした。持ち帰ってお守り作製の時に余った魔石と一緒に保管しておいて、必要があれば売ったり使ったりするのだ。
報告書をまとめるアルテミアや、酒盛りに参加するラジクとレストミリア、それを静かに眺めながらお菓子をつまむモルド神父は、まだ寝ないようだが、翌日は初めての沼地ということなので、僕とアマリアは早めに寝ることにした。
引き続き訓練を続け弓の上達を確認したジグと、新たに身体強化を身に付けたアマリアでした。
そしてモルドとラジクの粋な計らい?によって、グレートホーンと再び戦うことになり、積み重ねてきた訓練や経験の成果を見事に発揮して、ほとんど単独で倒すことに成功しました。
糸の威力に驚いただけでなく、少し危機感を持った先生たちは糸の扱いに重点を置くことを決定しました。
次回は初めての沼地ということで、新しいモンスターを何かしら出したいところです。




