第69話 魔女の指導 その4 封印されし者
うっかり封印を解いてしまったジグ。
モルド神父の言っていた通り、やはり事を大きくしているのはジグだったようです。
モルド神父とレストミリアが向かっていくと、それに気づいたスカルピオンは、2人に尻尾を突き刺してきた。
難なく回避した2人は、すかさず火と光の魔法を放って反撃するが、スカルピオンの白い外殻は強固で、ほとんど傷がつかない。
「火や光で浄化しようにもスカルピオンが元気なうちは、魔力も豊富だから攻撃が通りそうにないね。この硬さだと通常の物理攻撃も効かなそうだし、これは長期戦になるかな…」
「そうは言ってもアンデッドだからな。火よりは光属性で攻撃しなければ弱りもしないだろう。
俺が囮になるからレストミリア殿は、光や浄化の魔法を当て続けてくれ。
ジグはその指輪を使って光属性の矢を放て。
アマリアは状況に応じて、我々に幻影魔法や回復を」
「「はいっ!」」
モルド神父の指示に従い、僕はイリトゥエルから贈られた指輪に魔力を注ぎ、エルフの弓を出現させる。そしてスカルピオンの身体の中でも矢が通り易そうな、関節部分を狙って弓を引き白い光の矢を放つ。
矢は狙ったとおり一直線に飛んでいき、脚の付け根に突き刺さった。しかしそれでも予想より浅い。精々、鏃の部分だけが刺さった程度だ。
「神父、あまり刺さりませんが良いのですか?」
「光属性の攻撃が、奴の外殻を貫通するのが大事なのだ。撃っていけばそのうち効果が出てくるはずだ、今はとにかく撃ち込め!」
そう言いつつスカルピオンの攻撃を避け、モルド神父は左手で爆拳を叩き込むが、やはり右手の時より威力が低いのと、スカルピオンの外殻の異常な硬さによって、表面で爆発するだけに留まり貫けずにいた。
「ちぃっ、やはりダメか…。弱るまでは回避に専念する」
そう言ってモルド神父には珍しく、腰に差していた短剣を抜いて逆手に持ち、スカルピオンの尻尾や鋏を受け流していた。
あれはたしか、僕が贈ったハイワーシズの魔法剣だ。
そうしてモルド神父が注意を引くあいだに、レストミリアは両手の間に魔力を溜め始める。
次第に光が集まってバチバチと鳴り、やがて眩い光を放ち始めた。
「ジグ、全部の脚の付け根に矢を撃ち込んで、あれの動きを制限して!可能なら付け根以外の関節にもお願い!
アマリア様はモルド神父に多重幻影魔法をかけて、スカルピオンに周りを囲まれているように見せてください!
モルド殿は私が合図したら、その場から待避を!」
「はいっ!」
「承知した」
「わかったわ!『エル・ミラージュ!』」
モルド神父が注意を引き、アマリアがモルド神父の分身を大量に作り出す。
僕は距離を取りつつスカルピオンの周囲を回り、
前世のシューティングゲームでやっていたように、視界に捉えた関節を次々とロックオンしていく。
イメージは出来ているし恐らく可能なはずだ…。
僕は光の魔力を大量に注ぎ込み、弓を引いて矢を放つ。すると放たれた大きな矢は空中で小さく分かれ、無数の光の矢がスカルピオンの脚に向かって飛んでいき、全ての脚の付け根や関節に突き刺さった。
「ジグっ、なんだいそれは!?まるで護聖八騎のアルテミア殿のようじゃないか!でもお陰で助かった。それじゃあいくよモルド殿!『ホーリー・レイ!』」
レストミリアの合図で神父が飛び退くと、次の瞬間にはスカルピオンに直撃した光線は、脚が封じられて動けずにいたため、咄嗟に尻尾と鋏で頭部を防御した左の鋏を、一瞬にして貫き3本の尻尾も浄化の力で焼いていた。
「はぁ、はぁ…。あれだけの攻撃でも防御されちゃうのか…」
「それでも鋏が無くなれば、かなり戦いやすくなるぞ。2人はまだ大丈夫か?」
「まだ大丈夫です。今のをもう一度やれる程度には魔力も残ってますし、回復薬もあります」
「私もまだいけます」
かなり消耗した様子のレストミリアが汗を拭い息を整えながら、モルド神父はスカルピオンの注意を引きながら言い、
僕とアマリアも矢を放ち、レストミリアの回復をしながらそれぞれ答える。
すると左鋏を無くして怒り狂うスカルピオンが、カチカチと右鋏を鳴らし、まだ燻っている尻尾を振り上げながら、背中から溢れ出る黒い魔力を全身に纏い始めた。
「参ったね、あれは恐らく魔力吸収する気だ…。吸われたら下手をすると鋏も戻るから、モルド殿はスカルピオンから離れてアマリア様のガードを、アマリア様は光の盾魔法で守りを固めてください。
ジグと私は光の属性身体強化で防御しつつ、スカルピオンの注意を引くよ。鋏と尻尾にはくれぐれも注意して、可能なら魔法剣も光属性にね!」
皆がレストミリアの指示の通りに動くと、スカルピオンも一気に襲いかかってきた。狙いはどうやら光属性を持たず、闇属性の魔力吸収を防げないモルド神父らしい。
距離を取ろうとする神父を追って行くスカルピオンだが、光の矢こそ消えているものの、まだ脚へのダメージは残っているようで、それほど動きにキレがない。
そこを僕とレストミリアは、両側から挟み撃ちにしてスカルピオンの追撃を阻んだ。
モルド神父の爆拳でも砕けないほど硬かった外殻は、闇の属性身体強化をしたことで吸収力に特化しているらしく、光の魔法剣をどうにか突き刺せるほどに、その硬度を下げていた。
「今のうちに数を減らしておくよ!私は尻尾、ジグは脚だ!」
「はい!」
僕は目の前に並ぶ脚に斬りかかると、剣先では貫けた外殻であったが傷がつくだけで、そのまま斬るにはまだ硬いようだった。
僕は剣へと更に魔力を注ぎ、ダリブバールでメラリオが風の盾を斬り裂いた時のように、ぐるんと一回転して横薙ぎに脚の関節部分を斬りつけると、ようやく切断できた。
そうして更に2本の脚を切断した時だった。
「危ない!」とレストミリアの声がした瞬間、右肩が焼けるように熱くなった。
あまりの痛みに剣を落とし、その場に膝をつく。
視線を上げると2本残っていた尻尾のうち、片方が右肩を刺したようだった。
「私が食い止めるので、モルド殿はジグを連れて下がって!アマリア様はジグの治療と解毒を!」
僕を刺した尻尾を切り飛ばしながらレストミリアが言うが、モルド神父の反応はそれより早く、指示が出される前には既に移動を開始していた。
両足に火属性を纏って爆発させるように駆けて来ると、僕を抱えて一気に離脱させた。
毒が回るにつれ冷や汗と震えが止まらず、僕の意識は朧気になっていく。すると氷水を浴びたように冷たく感じていた身体が、刺された右肩だけ温かくなった。
目を開けるとアマリアがいて、僕に解毒魔法を使っているようだった。
「ジグ!しっかりしなさい。意識を保って、自分でも回復魔法を使うのよ」
「く、首飾りが回復してくれるはずだけど…」
目の前が霞んできた。アマリアの解毒魔法は症状の軽減は出来ても、毒の無力化や除去には至っていないようだ。
「それだけじゃ足りないわ。私もまだ解毒魔法は習ったばかりで慣れていないのよ。
ああ、他に解毒薬でもあれば良いのだけれど…」
「それなら…ぼ、僕のポーチの中に…紫の…」
そう言った直後、口の中には小瓶が押し込められ、解毒薬が一気に流れ込んできた。
毒とはまた別の意味で苦しい。涙目になりながらもやっとの思いで飲み干すと、徐々に身体が楽になってきた。
「助かったよアマリア、でも朦朧としている人間の口に、小瓶まで押し込むのはさすがに危ないよ」
「ごめんなさい…焦ってしまってつい…。
でも文句が言えるのなら、もう大丈夫そうね」
「うん、ありがとう。僕は戦闘に戻るけど、アマリアの魔力は大丈夫?」
「そろそろ残り少ないわ。でもどうしたら…」
「それなら魔力の回復薬があるから、これを飲みなよ。じゃあ僕は行ってくるね。
モルド神父もありがとう。アマリアをお願いします」
僕は解毒薬の他にも魔力特化の回復薬を飲んで、アマリアにも青い小瓶を渡すと、1人でスカルピオンの相手をしているレストミリアの元へと戻っていった。
「あれ、もう大丈夫なのかい?この短時間でよく回復できたね」
「ちょうど師匠に解毒薬を貰ったばかりだったので、アマリアの解毒魔法と首飾りの回復との併用で、一気に元通りですよ」
「あの葉を使った薬なら納得だね。
さて、尻尾も鋏も残り1本。足も数本斬ったところだけど…お、今ちょうど闇属性を解除したようだね。ならこれ以上は削れそうにないか…」
「ふむ、ようやく手が出せるな。俺が戦っている間に、レストミリア殿は一旦下がって休まれよ」
黒い魔力が無くなると、モルド神父は待っていましたとばかりに戦闘に復帰した。
「そうだね、私もさすがに疲れてきたから、お言葉に甘えるよ。ジグ、弓でモルド殿の支援をよろしく。
ああそれと、スカルピオンもだいぶ消耗してきたようだし、そろそろ爆拳も通るかも知れない。
でも1つ気がかりなことがあってね…」
「ふむ、その気がかりとは?」
「尻尾を切り落とす時にスカルピオンを上から見たんだけれど、背中に頭蓋骨のような模様があってね。
私の記憶にも無いから、もしかしたらコイツは普通のスカルピオンじゃないのかもしれない。
注意しておいた方が良いと思うよ」
「ふむ、わかった。気をつけるとしよう」
そうしてレストミリアは下がって休み、モルド神父がスカルピオンと戦って、僕は弓で支援することにした。
レストミリアの言う通り、爆拳を叩き込むと外殻は割れるようになっていた。
幾度か爆拳を叩き込み、スカルピオンはそのたびによろけ、のたうち回る。
しかし、最後にスカルピオンの胴体から引き抜かれた左腕には、黒いモヤモヤが纏わり付いてきて、モルド神父は咄嗟に距離をとった。
「ぬぅ、これは…」
そう言ったモルド神父の左腕は、魔力を吸われたのか少し黒ずんでいた。
するとスカルピオンが暴れ出し、外殻に開けられた複数の穴から、黒い煙のようなものが出てきた。
のたうち回るスカルピオンの身体からは、煙がどんどんと溢れ、僕達の目の前に溜まっていく。
そして煙の流出が止まると、スカルピオンの身体がガラガラと音を立てて崩れた。
僕やアマリアはともかく、モルド神父やレストミリアですら、その予想外の光景に目を見開いて見守るばかりだった。
ゆらゆらとしながら漂っていた黒い煙は、そのうち人のような形に変わっていき、崩れたスカルピオンの外殻がそれを覆っていくと、やがてそれは白い冠と鎧を纏い、白い剣と盾を持った黒いスケルトンに変化した。
しかし、次にそれ以上に驚くことが起こる。
「おぉ、お前達のお陰でようやく長き眠りから解放された。褒美にお前達の魔力も魂も、我の糧としてやろう」
なんてこった、驚くことにスケルトンが喋った。
しかも眠りから解放されたとか言ってる?
それってもしかして、封印されてたのはスカルピオンじゃなくて、更にその中にいたコイツだったってことなんじゃ…?
そう考えている間にも黒いスケルトンの身体からは、闇属性らしき黒い魔力が溢れ出している。
「こ、こいつはダメだモルド殿、全力で逃げるよ!」
立ち上る黒い魔力を見たレストミリアがそう言うと、突っ立ったまま呆けている僕を、モルド神父が脇に抱え出口に向かって走り出した。
前方にはアマリアを、お姫様抱っこのように抱えたレストミリアも、踵を返して出口に向かっていた。2人とも身体強化を全開にしているみたいだ。
「ど、どうしたんですかモルド神父!?」
「あれは…あの魔力はいかん。それに神の眼を持つレストミリア殿の判断と、スカルピオンほどのアンデッドを封印に使用している時点で、正体を知っているとか知らないとかは関係無しに、我々2人だけでどうにかなる相手ではない」
僕やアマリアは頭数に入る余地も無い相手らしい。モルド神父がかなり焦っている様子から、相当に危険な相手なのだと感じた。
「あれは多分、護聖八騎が総出で当たらないとダメだよ!それに今はジグとアマリア様がいるんだし、戦うどころじゃないよ!」
アマリアを抱えて僕らの前方を一目散に逃げるレストミリアも、今まで見たことがないような焦りようだ。なんせ声が裏返っている。
アマリアはと言うと事態について行けないのか、レストミリアに抱えられて完全に固まっていた。恐怖で取り乱されるよりは、大人しくしていて良いのかもしれない。
黒いスケルトンは僕らを追ってきているのか、後方から黒い雷が迸り、遺跡の天井や床、壁や柱を粉々に砕いた。
「く、黒い雷!?」
モルド神父に抱えられたまま、僕も素っ頓狂な声を上げるが、その後も黒い火球や黒い風の刃のようなものが飛んできて、そのたびに遺跡を破壊されてはその瓦礫をくぐりながら、モルド神父もレストミリアも逃げ続ける。
「このままでは追いつかれる。ジグ、何でも良いからとにかく魔法で遺跡を破壊しろ。瓦礫で通路を塞いで、少しでも奴を足止めするのだ」
僕はちょうど後ろを向くように抱えられているので、指示に従って辺りを破壊していく。
次々と瓦礫が崩れて通路を塞ぐが、そのたびに僕らの後方からは、瓦礫の壁を突き破るような轟音が聞こえてきた。
ようやく遺跡を抜けると、僕はありったけの魔力を込めた竜巻を放って入口を崩した。
レストミリアはすぐに白の狼煙を5本も上げ、更に速度を上げてリッツソリスを目指す。
「ひいぃ、焦りすぎて5本も上げちゃったよ!でもこれで危険度が伝われば良いよね?ね!モルド殿!?」
「ああ、違いない。しかし遺跡を抜けた今、そのうち追いつかれるのは確定だ。
レストミリア殿、俺が食い止めるからジグを背負って逃げてくれ。ジグがしがみついていれば振り落とさせることはあるまい」
「し、神父様!!」
「モルド神父!?」
「はぁっ!?……おっと失礼。モルド殿の気持ちはわかるけど、全盛期ならともかく今の片腕を失っているモルド殿が、アレをどこまで足止め出来るかわからないし、もし足止めに失敗したら速度が落ちている私達も、結局は捕まるだろうから却下!!」
何言ってるんだこいつ!?といった表情をしたレストミリアが、一瞬こちらを振り向いたが、それは見なかったことにしよう。
「ぬぅ……」
「ぬぅ…じゃありません!ミリアの言う通りにして下さい。神父様はまた、お一人で戦うつもりですか?今度は私達も共に戦うと言ったのをお忘れですか!神父様が残るのなら私もジグも残ります!」
「僕が言いたかったことは、先にアマリアが言っちゃいましたね。アマリアが大事なら一緒に逃げてくださいよ。
アレが追いついてきたら僕が攻撃しますから」
「そうだったな…。すまん、弱気になった」
街への道を下っていると、僕が塞いだ入口から黒い石柱が突き出して、入口を塞いでいた瓦礫を吹き飛ばした。
多少の時間稼ぎは出来たようだが、それでも突破が早すぎる。
モルド神父が弱気になる気持ちもわかるよ…いや本当に。
レストミリアは定期的に狼煙を上げて、位置を知らせている。
そして僕は、両脇に生えている木々を切り倒して道を塞ぎ、魔力の回復薬を飲む。
街へ向かって更に進むと採石場があるので、そこでも岩を崩して道を塞ぎ時間を稼ぐと、どうにか追いつかれずに街まで逃げることが出来た。
レストミリアが焦って上げた、5本もの狼煙の意味は伝わっていたらしく、街の北門には衛兵や騎士が多数集まっていて、僕達を街の中に迎え入れると門を閉じて迎撃態勢に入った。
騎士団長がレストミリアの報告を聞くと、普通の衛兵達は北門から遠ざけられ、黄色い狼煙が上げられた。
モルド神父に聞いてみると、騎士団でのみ使われているもので、騎士への緊急召集を示すものらしい。
続々と集まってくる騎士達とは逆に、モルド神父はアマリアと僕を伴って、そのまま街を抜けて教会へと向かう。
途中で狼煙を確認したラジクと会ったが、理由を簡潔に伝えると、真剣な表情になって北門へと向かっていった。
そうしてヒルダをはじめとした皆に教会を出て、街の兵舎へと一旦避難するように指示を出して送り届けると、引き留めようとするアマリアを僕やヒルダに任せて、自分も北門へと引き返していった。
一緒に行きたかったけれど、足手まといになるとハッキリ言われると、自分もついていくとは言えなかった。
そろそろ第1部の総仕上げということで、何だか凄いものが出てきました。
(↑10/16追記。後々まで読み進めるとわかるのですが、全然総仕上げにならず、現状ズルズルと二部が遠のいております。今のうちにご了承くださいませ。ただ、ここまで読んで下さった方になら、話としては引き続き楽しめるものになっていると思いますので、良かったらこの後も宜しくお願いいたします。)
戦闘の疲労があったり足手まといがいるとは言え、二つ名持ちの二人が一目散に逃げる相手なので、ラジクもかなり真剣です。
次回以降を誰かの視点で書くか、それとも主人公視点で書いてから、何人かの視点で書こうかなどと、まだその辺りで迷っていますので、もしかすると少し間が開くかもしれません。




