第60話 大森林の異変 その7.6 ラジク視点の岳竜戦
岳竜の強さに苦戦するレストミリア隊でしたが、ようやくラジクの本隊が合流しました。
ワイバーンを遥かに上回る強敵を前にして、ラジクのワクワクも高まるばかりですが…。
俺はセントリングの中級騎士ラジク。
今回の任務はエルフの里の救援だったが、ワイバーンとの交戦中にエルフに襲われたり、実はそのエルフがワイバーンを操っていたり、どうにか窮地を脱した後、ワイバーンを順調に倒しているかと思えば背後から新手が襲ってきたりと、まぁ次から次へと敵が現れて、退屈しない任務だと感心するばかりだ。
しかし、その新手が岳竜となれば少々どころではなく大問題だ。あれは騎士団でもこちらからは積極的に関わらず、なるべくそっとしておこうと言われるくらいの竜なのだ。
岳竜は強いことは強いが、どちらかというと戦うメリットが少なく面倒だという意味合いが強い。
だが今回はエルフや戦闘向きの治癒術士との共闘ということもあって、いつもより騎士の数も少ないので、かなりの苦戦が予想されていた。
そしていざ現地に来てみると予想を上回る事態だった。レストミリア殿は優秀なのだが、岳竜戦は初めてだったのだろう。
過去に騎士団がやって失敗した、岳竜自身の回復手段を先に絶つ作戦をとってしまったらしい。
あれをやると岳竜の奥の手とも言える、超高速移動の無差別攻撃をやられて、大抵は大きな被害が出るのだ。
岳竜を相手にするのなら、まずは先に眷族を潰さなくてはならない。しかも岳竜や他の眷族が回復する間を与えず迅速に。
俺は現場に到着するとすかさず風の刃を放ち、眷族を一体仕留める。
こちらへの移動中に作戦は立てていたので、他の騎士たちも一斉に眷族への攻撃を開始する。
「すまないラジク殿。予想以上に岳竜が強すぎた。
……それにしても表情が隠し切れていないね。そんなに岳竜の相手が楽しみかい?」
「そ、そんなに顔に出ていたか!?
……ゴホン。いや、岳竜の相手が初めてなのだから、苦戦するのは仕方がない。レストミリア殿は部隊をまとめて一旦後方に退き、範囲回復でも何でも使って皆を戦えるようにしてくれ。
騎士の人数が少ない今、一気に片付けるのは困難を極めるし失敗すれば長期戦になるからな」
救援に来た俺をレストミリア殿は、弟子と同じような顔でジッと見て問う。
俺は図星をさされて一瞬狼狽えたが、どうにか取り繕って作戦を伝える。
「了解したよ、まずは自分の隊を立て直すとしよう。ラジク殿も無理はしないようにね」
「うむ、心得た」
俺はそう返事をする間に幾つも風の刃を放っているが、眷族もかなり素早いためなかなか仕留められない。
下がっていくレストミリア隊の被害は大きいが、さすがに戦闘経験のある治癒術士や戦士なだけあって、咄嗟に盾や属性身体強化などで身を守っていたらしく、死者は出ていなかったようだ。
「さて、あとはこの戦力でどこまでやれるかだな……」
一気に攻めかかったため眷族は半数ほどに減らせていたが、まだ数体残っている。
岳竜も我々の狙いに気づいたらしく、眷族を守るように立ち塞がり、移動してはこちらに攻撃を繰り返していた。
「いくら岳竜や眷族が素早いと言っても、同時に数カ所にはいられまい。岳竜は俺が押さえる。
他の者は奴らを囲み、多方向から攻めかかれ!」
「はっ!」
騎士たちに指示を出し、俺は風の属性身体強化と魔法剣で岳竜に挑む。
つい先日、ダリブバールの戦いでゲイルロックを倒してから、俺の持つ風属性は強まっていた。
昔、巡回中に一度岳竜と遭遇して、腕試しに挑んだ時には全く歯が立たず、騎士仲間と共に逃げる羽目になった。
あれから十年以上が経ち、経験を積んで俺の実力も上がったはずだ。その間に岳竜の討伐報告は受けていないから、恐らくコイツがあの時の個体だろう。
……ならば今回はどうだろうか。
「あの時と比べてどれほど成長したか、その眼で見てもらおうか!」
俺が一気に間合いを詰めて斬りかかると、岳竜はそれを額の角で剣を受け、同時に角からは雷が迸る。
バリバリッ!と音を立てて周囲に飛び散る雷を、俺は体に纏った風で軽減しながら角を払いのけ、横に回り込んで岳竜の体を斬りつける。
その斬撃を後ろに飛び退いて避けた岳竜は、口から氷の槍を何本も飛ばしてきて、俺は風の壁を目の前に出現させて防ぐ。
「ふふふ、戦える……あの時よりもまともに戦えるではないか!」
これまでに無いほど自分の成長を実感して、体が歓喜に震え心が躍る。
……いかんいかん、今は個人的な戦いではなく作戦中なのだ。立場もあるし周りにも気を配っておかねばならない、自制しろ自分。
チラリと周囲を見れば騎士たちは眷族の素早い動きに翻弄され、どうにか攻撃を当てても結界で阻まれて、なかなか仕留められないでいるようだった。
どうやら数を減らされた事によって、眷族は回避や防御に全力を注いでいるようだ。
「あれではさすがに捉えられんな…。
他の眷族には一人だけが付いて好きに動けないように牽制し、残りの全員で一体に標的をしぼり、しつこく追い回して確実に倒していくのだ!」
「はっ!」
あまり自分好みの戦術ではないが、現状でやれる手段としてはこの程度しか出来ないのも事実だから、そこは割り切るしかない。
指示を出すあいだにも岳竜は攻撃を続けるが、遠巻きにブレスを吐いてくるだけなので、剣で撃ち落とし風の壁で防げる。
しかし岳竜の攻撃が急に積極性を失った気がする。もしや何か狙っているのか……?
予感は当たっていたようで、少し距離をとっていた岳竜の体から風が吹き上がり始めた。
「足に光属性を集めて超高速移動をする以外に、風や雷を纏った攻撃もあるとは聞いているが、まさかそれを出すつもりなのか……?
岳竜が何かするつもりだ! 全員、警戒防御!」
俺は部下たちに向かって叫び、同時に風の壁を出し属性身体強化を強めた。
岳竜は風を纏った状態で走り出したが、光属性の攻撃ほどの速さはない。しかしそれは比べればという話であって、決して遅いわけではない。
しかも目に入ったのは危険度で言えば、凄まじく早い体当たりである光属性の突進よりも、更に上の攻撃だった。
徐々に加速して遂には猛烈な速度に達し、突進してくる岳竜は森の中だというのに、真っ直ぐに突き進んでくる。
なぜなら木々が根こそぎ風に巻き上げられ、空中に放り出されていたからだ。
「近付けば吹き飛ばされるぞ! 全力で回避しろ!」
皆一斉に魔力を足に集中させて岳竜から逃げるが、速度では到底敵わない。障害物を巻き上げて森の……いや、森だった場所を縦横無尽に駆け回る岳竜に、自分も含めた皆が次々と空中に巻き上げられていった。
「くっ! いかん、このままでは……!」
錐もみ状態で吹き飛ばされて地面がどこかも分からず、このままでは地面に叩きつけられるばかりだったその時。
『リル・メニア・アクア・ゲイザー!』
レストミリア殿の声が聞こえた瞬間、空中から地面に落下していくばかりだった自分たちの体は、途中で水柱に受け止められ押し上げられていた。
「おぉ、助かったぞレストミリア殿!」
「間一髪、どうにか間に合ったようで何より。
しかしまだ終わってはいない、全員防御を!」
安心したのも束の間、レストミリア殿は我々に注意を促すと水柱を解除して地面に着地させた。
俺が岳竜を見ると、ヤツは六本あるうちの四本の前脚を持ち上げて仁王立ちになっており、額の角が輝き始めていた。
そしてこれまでよりも更に強力な雷を、辺りにいる騎士たちに向かって飛ばしてくる。
『ウインド・シールド!』
皆一斉に盾魔法を出して防いだが、雷はそれを突き破って騎士たちを貫いた。
自分は属性身体強化も併用して雷をどうにか耐えたが全身が痺れていて、すぐには立てそうになかった。
「レ、レストミリア殿、倒れた者を前線から下げて回復を……」
「エルフの戦士たちは岳竜の足止めを! 動ける騎士たちは下がって、動けない者は私たちが連れて行くよ!」
そうして騎士に代わってエルフの戦士たちが岳竜を押さえ、自分も回復薬を飲んで少しのあいだ下がって待機していると、イリトゥエル殿の配下のエルフ部隊が到着した。
「イリトゥエル様は強力な範囲魔法でワイバーンを掃討したのち、私たちにこちらへ合流するようにとのご命令を下されました。
恐らく、今は魔力切れを起こして里に戻っているはずです。護衛にはあの少年がついています」
「ワイバーンは片付いたか……。岳竜には手を焼いているので増援はありがたい。今は戦士たちが押さえているので、そちらの援護を頼む。我々も回復次第、合流する」
「わかりました」
ワイバーンが片付いた今、これで残りの問題は岳竜と追放されたエルフだけだ。
今日はまだ姿を現していない里長の息子の動向は気がかりだが、今は目の前の岳竜をどうにかしなくてはならない。
やがて回復した自分と騎士たちは戦線に復帰し、エルフと共に岳竜との戦いを再開する。
弓兵が加わった事で更に眷族は数を減らしていたが、岳竜を相手にしていた戦士たちの疲労はかなり溜まっていた。
ここで無理をさせれば被害が出るかもしれないが、人数が減れば苦戦は避けられない。どうしたものかと迷っているとエルフの里にいるはずの里長が、部隊を率いてこちらに到着した。
「ラジク殿、レストミリア殿、我々も加勢しよう。
それと基本的に大人しいはずの岳竜がここにいる理由は、恐らくザグエルに攻撃を受けたか闇魔法で認識を歪められて、我々が岳竜や眷族を襲ったと思わされている可能性がある。
岳竜を正気に戻すならザグエルのやつを捕らえ、操っているのを止めるしかない。
しかしザグエルが攻撃したのなら、同じエルフである我々も敵視されているので、ここは一丸となって戦い防がねばなるまい。
……すまないが、どうか引き続き協力を願いたい」
「もちろん協力は惜しみませんが、里長自らが出撃なさるとは意外でした。我々は非常に助かりますが、里の守りは大丈夫なのですか?」
「里にはイリトゥエルがいる。あれも次代のエルフを率いる者なのだから、例え手薄になったとしても私のいないあいだ里を守れないようでは困るからな」
下げた頭を上げるように言いつつ俺が尋ねると、里長が少し心配そうな表情をしながらもそう答える。
「里長に考えがあるのなら、こちらからは何も言うことはありませんね。
それと我々が回復しているあいだは戦士たちが支えてくれていたので、一旦下がらせて回復させたかったところです。
後方に下がった者たちの回復は里長の隊の治癒術士に任せて、レストミリア殿の部隊には前線近くで支援と回復をお願いしたい」
「うむ、わかった。治癒術士は下がって治療に専念、戦士と弓兵は岳竜の相手だな」
「了解。でも私の隊も疲労が溜まっている者は一旦下げたいところだね。三班に分けて交代で休ませても良いかな?」
俺の意見に頷いた里長が部下に指示を出し、レストミリア殿が尋ねてくる。
「レストミリア殿の隊が丸ごと抜けると厳しいが、それなら大丈夫だろう。
それと里長、俺は前線に出るので戦士の指揮を任せてもらっても良いでしょうか?」
「うむ、それは現場に一番近い者に任せよう。
ラジク殿は前線で騎士と戦士の、私は弓兵の、レストミリア殿は治癒術士の指揮をそれぞれ行えば、命令の混乱も避けられるだろう」
「ありがとうございます。ではそのように」
こうして各隊は新たな編成で岳竜との戦いを再開しだ。
人数が増えて火力も上がり、支援も手厚くなって少し楽になったが、眷族が減ったことで集中して守れるようになった岳竜の相手はそれでも厳しかった。
相変わらずの素早い動きで騎士や戦士を蹴散らしては、結界で弓や魔法などの遠距離攻撃を防ぎ、どうにか隙を突いてダメージを与えても、ただちに回復していく。
眷族は残り二体しかいなかったが、常に岳竜の腹の下にいて離れず、有効そうなレストミリア殿の水柱は我々が合流する前、既に一度受けているらしく警戒されており、幾度か試してみたがどれも回避された。
それならばと各属性の騎士や戦士が、逃げられぬようにと土や氷の壁や雷の柵で囲んでみたり、風で眷族を吹き飛ばしてみたりと試したが、外側からの干渉は結界に阻まれ、動きを制限するようなものはすぐに破壊された。
「雷、風、光、氷の四属性に衰えない体力と機動力、こちらの意図を読み解く知能と警戒心、そしてここまで戦っても尽きない魔力量。
合流したときにレストミリア殿が、本当にウンザリした顔をしていたのが納得できるな!」
「それはそうだよ。今だから言うけどラジク殿の到着があと少し遅れていれば、私は赤三本の狼煙を上げた後にでも範囲回復をばらまいて、部隊を回復してから自分が足止めして、部下だけでも里に逃がそうと思っていたくらいさ……」
ジリ貧の戦況にウンザリした俺が話しかけると、あまり顔色の良くないレストミリア殿は少し前のことを思い出したのか、更に元気を無くして答える。
「そこまで弱気になるとは、本当にあなたらしくないな!?」
「私の右眼で見ても、岳竜は魔力量が多すぎて体中に満ちているものだから、次に何をするのか予想がつかなかったからね。
でも今は少し減ってきていて、どこに魔力を集めているかが多少は分かるようになってきたけど、竜族くらいの魔力量だと根本的に相性が悪いのさ。
それに一昨日ジグにも言ったことだけど、最近は実戦から離れていたからね。勘がなかなか戻らないんだ」
気弱なレストミリア殿という珍しいものに思わずツッコミを入れると、彼女は金色をした右眼を指差して答え、苦笑いする。
「なら今後は治癒術の訓練の時にジグと戦闘訓練をするといい。なかなか良い動きをするからな」
「お、それは前にもジグと相談したけれど、ラジク殿もそう思うかい?
それならやはり戦闘には不向きかと思っていたアマリア様にも、早めに戦闘技術を身に付けていただくことにしようかな。
嗚呼、美しく気高いうえに、誰よりも強く成長したアマリア様の姿が目に浮かぶ……。
ぐふふふ、これは楽しみが増えた! ラジク殿、私は俄然やる気が出てきたよぉっ!!」
「お、おぉ……。元気が出たのなら良かった」
俺は少し下がって色々な手段を試す騎士たちの指揮を執り、レストミリア殿は治癒術士たちの先頭に立って、前線からの流れ弾を防いでいるため距離が近かったので、そのようなやり取りをしていた。
レストミリア殿は体のあちこちに怪我を負いながらも、自分が主と決めたアマリア殿の話をすると何故か恍惚とした表情を浮かべた。
そのうえ鼻血を流したレストミリア殿には少し……いや、かなり引いたが、弱気になっているよりは前向きな目標が出来た方が戦いにも張り合いがでるというものだから、ここは良しとしよう。
……まだまだ先は長そうだからな。今から弱気になっていては最後まで保たないだろう。
俺も彼女を見習って、無理にでも元気を出してみるとしよう。
すみません。まだ終われませんでしたorz
何気に若かりし頃に1度、無謀にも岳竜に挑んで返り討ちになり、ボコボコにされた経験のあるラジク。騎士団長が率いる部隊に救われてどうにか撃退し、岳竜の倒し方をある程度教えられた後、キツくお説教を受けたりしています。
大変な苦戦のなか、ようやく味方がほとんど合流して態勢が整ってきました。
レストミリアも理由はどうあれやる気が増したようですし、眷族は減り岳竜の魔力量も落ちてきたことで、魔力を見通す右眼による、行動の先読みが可能になってきました。
まぁ察知できても岳竜が速過ぎて、完全に防ぐのは相変わらず至難の業なのですが…。




