第59話 大森林の異変 その7.5 レストミリア視点の岳竜戦
岳竜による大森林侵入からの流れを、最初から遭遇していた後衛部隊の、レストミリア視点で書いてみます。
別の機会に書こうかと思っていたのですが、大森林の異変その8に繋がる部分として、間に挟むことにしました。
私はレストミリア。セントリングの上級治癒術士で、今回はエルフの里の救援任務のためエルフの大森林に来ている。
紆余曲折を経て、今は皆でワイバーンの迎撃に向かっている最中さ。
今日はエルフの戦士団とラジク殿の率いる騎士団が最初から参戦していて、戦況はかなり安定している。
「治癒術士の出番が無いのは良いことだけれど、少し暇だね」
「レストミリア様、そのように言うものではありませんよ。ワイバーンはともかく例のエルフの動向がまだ掴めていないのですから、油断なさらないでください」
独り言を言ったつもりだったが、部下の一人に聞こえてしまっていたらしい。
しかし彼女の言う通り、昨日の話し合いでは今回の件に里長の息子が絡んでいると聞いたので、もちろん油断はしていない。
わかったよと答えて、私は部下たちの様子を見て回ることにした。すると中衛の方から伝令がやってきた。
「イリトゥエル様からの報告です。
北の山脈の方角から新たな敵が大森林に侵入。かなりの速度でこちらに向かっており、三十分以内に遭遇すると予想されます。
数は少数ながら、中には強力な魔力反応があるので注意されたし。とのことです」
「このタイミングで新手……しかもリッツソリス側からではないなら敵か。うーん、ワイバーンを片付けないうちに前衛がこちらに動いては、恐らく挟撃されてしまうね。
ラジク殿もそこは分かっているはずだから、なるべく早くワイバーンを片付けてもらうとして、彼らが来るまでは前線の戦況が安定していて手の空いている、私たちが敵を押さえるしかないね。
よし、イリトゥエル様には新手は私の隊が迎撃すると伝えておくれ」
「はっ!」
私が考えを述べると伝令は中衛へと戻っていった。
そして迎撃準備に取りかかりしばらくすると、森の中とは思えない速さで木々をかいくぐって、数体のモンスターが現れた。
目の前に現れたのは一瞬、牙を持つ足の多い鹿のように見えた。しかし大きさからして違うし、当然ただの鹿型モンスターではない。
それは六本の蹄の生えた足を持ち、頭には鹿のように枝分かれして後方へ伸びる二本の角、それに加えて額には真っ直ぐに前へ伸びた一本の角が生えている。
体毛は無く、代わりに鱗が全身を覆っていた。
そしてその大きなモンスターの周りには同じような姿ではあるが、額の角を無くして小型化したようなモンスターが数体いた。
「この見た目は何かの本で読んだことがあるなぁ……」
何となく見覚えがあるが記憶がハッキリせず正体が分からないでいると、その大きなモンスターの額の角が光り始め、カッ!と輝いたかと思うと辺りに雷を撒き散らし始めた。
「うわっ! これはヤバイ。全員、戦闘態勢!」
私は水の盾を張りながら雷を防ぎ、指示を出していく。
「攻撃用意! 一斉に……撃てえぇっ!」
他の者と共に一斉に魔法を放つと、それに対してモンスターの枝分かれした角が光り、周囲に結界を形成してこちらの攻撃を防いだ。
「ありゃ……魔法が効かないなら物理攻撃はどうだっ!」
それならばと今度は皆で、身体強化で攪乱しつつ魔法剣で斬りつける。
するとまたもや枝分かれした角が光り、今度は私たちがつけた傷を癒した。
「結界に回復能力に角……あっ! これってまさか岳竜?」
たしか以前に読んだ書物に挿絵付きで載っていた。
通常は標高が高く険しい山に生息していて、角をはじめとした岳竜の素材には回復薬に適した素材が多い。
しかし普段は穏やかな反面、岳竜自身や眷族に攻撃して怒らせると非常に厄介で、物理攻撃にも魔法攻撃にも優れ、しかもその高い戦闘力で襲い、高い防御力で防ぎ、高い回復力で癒やす、竜の名に恥じない強さらしい。
更には常に眷族を数体連れていて、その眷族にも結界や癒やしの力があることから、倒したとしてもこちらの消耗が激しく、使った分の回復薬や労力を考えると放っておくのが推奨される相手だ。
「まずい。私の隊で押さえるとか言っちゃったけど、この人数じゃ長くは無理だ……。
イリトゥエル様に伝令、相手は岳竜とその眷族!」
伝令を出し、残りは自分を含めて岳竜に応戦し始める。
すると伝令と入れ替わるように、中衛にいるはずのエルフの戦士たちが合流した。
「レストミリア様。我々はイリトゥエル様から、治癒術士が多いこちらの前衛として参加し戦うようにと派遣されました。共に協力して新手を防ぎましょう」
「あぁイリトゥエル様、本当に助かります……。
我々の相手は岳竜と判明しました。ご協力をお願いしますね」
「が、岳竜ですと!? ……わかりました。参りましょう」
こうしてエルフの戦士が前衛につき、治癒術士は支援と後衛火力として岳竜とその眷族を相手に戦っていった。
しかし、岳竜にも眷族にもダメージを与えたところで次から次へと回復していくので、こちらの疲労だけが溜まる一方だった。
「ウンザリする堅さだねぇ……でも結界も癒やしも、あの角が無ければ使えないみたいだ。あれを破壊できれば勝機はあるかも。
岳竜の角を破壊します! 皆は岳竜の注意を引きつけ、眷族も近づけないように!」
私は指示を出して手の平と剣に魔力を溜める。
岳竜は六本の足を自在に動かし、地上での機動力に優れていて大変に素早いが、翼が無いので空中にいれば身動きがとれないはず。
水の柱で打ち上げて空中にいるうちに角を狙えば、こちらの攻撃を避けられないはずだ!
『エル・アクア・ゲイザー!』
周りの戦士たちに気をとられている岳竜の足下に向かって魔法を唱えると、地面から巨大な水柱が立ち、岳竜の巨体を宙に浮かせた。
「もらったぁぁっっ!」
すかさず私は角めがけて跳び上がり、水の魔法剣で角の片方を切り飛ばすことに成功した。
そしてすぐに残るもう片方に狙いを定めると、まだ空中にいる岳竜がちょうどこちらを見ていた。
岳竜と目が合うと嫌な寒気を感じた。これは絶対に危険だ。しかし、空中ではお互いに落下していくしかない。
すると岳竜はこちらを見ながら口を開いた。これはブレス攻撃がくる前兆だ。どうにかして回避しなきゃ、まともに喰らってしまう。
「『リル・アクア・ゲイザー!』……うひぃっ!」
岳竜の口から放たれた氷のブレスを地面から水柱を出して間一髪で回避し、落下していた私はその場から再度上昇した。
私の体を押し上げた水柱は岳竜のブレスによって瞬時に凍りつき、自分の足に冷気を感じるほどだった。
「ほんっとうにギリギリじゃないかっ! 足が霜焼けになっちゃうよ……このっ!」
ズドォン!と音を立てて岳竜が地面に叩きつけられたところに、私は水柱から飛び降りて落下していき、その勢いを利用して残った方の角を斬ることに成功した。
「よし、これで岳竜自身には結界や癒やしの力は無くなったはず。あとは眷族を優先して叩けば、回復されることも無くなるよ!」
おぉ!と皆が勢いに乗って攻撃し始める。
眷族は素早いが攻撃力も防御力も低めなので、岳竜からの癒やしが無ければ長くは保たないはずだ。
……いや、はずだった。
角を失った岳竜は立ち上がると更に怒り狂い、全身が白く光り始めた。
やがてその光は六本の足に集まると岳竜の姿は白い線となって、部隊の間を途轍もない速さにも拘わらず直角やV字に方向を変えたりして、縦横無尽に奔った。
まるで箱の中に球を入れて、滅茶苦茶に振ったような動きだ。
やがて足の光が消えると、岳竜はズザザザーッッ!と地面を削りながら勢いを殺し、ようやく停止した。
そしてその後には岳竜の高速の突進によって弾き飛ばされ、蹴散らされた部下や戦士たちが倒れていた。
「なんて無茶苦茶な攻撃だ……被害の確認と報告を! 負傷者はすぐに下がらせて!」
今の動きは岳竜自身にも負荷が大きいらしく、その体の至る所に傷ができ出血していたが、被害はこちらの方が遥かに大きかった。
その直後に一体の眷族が岳竜に近付くと、スゥッと岳竜の体の中に飲み込まれていった。
そして信じられないことに破壊したはずの角が再生し、オマケとばかりに体の傷も消えていた。
「ははは……これは参った。さすがにお手上げだよ。岳竜は書物に書かれている以上に、とんでもない代物だね…」
私は皆を逃がすための算段を始め、赤三本の狼煙を上げようとしたが、その瞬間に背後から私の横を掠めて風の刃が飛んでいき、眷族のうちの一体を真っ二つに切り裂いた。
「レストミリア殿、あなたがいるというのにこの有様とは、この岳竜はそこまで強いのか?
ふふふ、これは楽しめそうだな……」
私が驚いて振り返ると、そこにはラジクがワクワクを抑えきれないと言った表情で立っていた。
1話では収まらず、岳竜との開戦と前衛部隊の到着まででした。
ちなみに岳竜の高速移動攻撃は、ジグならビリヤードの球みたいだと表現出来たのですが、レストミリアだとビリヤードを知らないので、あのような表現になりました。
岳竜の強さに珍しく弱気になるミリアさんですが、自分で設定して書いておきながら、岳竜の耐久性が高すぎてコイツの倒し方どうしよう…とウンザリするくらいですから、ミリアさんが途方に暮れるのも無理はないです。
ですが、そんな相手にワクワクするラジク。この後どうなるんでしょう…本当に予測不能です。
次回はラジク視点の岳竜戦の予定です。




