第54話 大森林の異変 その3 伝令と似た者部隊
準備を整えたジグは東門へ向かい、レストミリアの部隊に合流します。
東門に着くとイリトゥエルやレストミリアが、既に他の治癒術士や騎士たちと共に集まっていた。
「遅れてしまいましたか? 申し訳ありません」
「いや、出発の時間にはまだ余裕があるよ。私たちは荷物の移動もあったから早めに来ていただけさ。
……さて、全員集まったことだし改めて今後の予定を伝えておこうか。
ここからエルフの里までは徒歩で二日はかかると聞いているし、出発も昼からとなると身体強化を使って移動しても、たぶん大森林に到着するのは日が傾く頃になっちゃうね。
だから今日は森には入らずに、イスフォレ川沿いで野営しようと思う。イリトゥエル様もよろしいですか?」
「はい。一刻も早く里に戻りたいとは思いますが、移動で体力を使い果たしては元も子もありませんから、ここはレストミリア様の判断に従います」
自分の提案にイリトゥエルが頷くと、それを見たレストミリアも少し安心した様子で頷く。
「思ったより冷静なご様子で何よりです。
翌日は日の出と共に出発するとして、森での案内はイリトゥエル様にお願いしてよろしいのですね?」
「それはもちろんです。私が里までご案内します。森全体に張り巡らされている探知の結界に入れば、あとはワイバーンを可能な限り避けて里まで近づけるはずです。
ただ、ワイバーンは上空を高速で移動できるので、一度見つかると振り切るのは難しいと思われます。
それと、里に近いほどワイバーンは増えると思われますので、最終的には強行突破しなくてはならないかもしれません」
「なるほど、わかりました。やむを得ない場合は力ずくで行きましょう。ちなみに里までは、どのくらいかかりそうですか?」
「真っ直ぐに徒歩で向かって二日、身体強化なら半日ほどですがワイバーンを避けながらとなると……恐らく予定通りとはいきませんね」
「うーん、森で一夜を明かすのは避けたいなぁ。
やっぱりある程度まで近付いたら身体強化で一気に里に入って、それから里のエルフと共にワイバーンを防いだ方が良いかもしれないなぁ……。
よし、ではこの辺りをラジク殿と話し合って決めるとします。それまで皆は東門で待機しているように」
イリトゥエルから大森林の情報を得たレストミリアはそう言って、討伐隊の指揮を執るラジクの元へと向かった。
するとこちらにイリトゥエルがやって来た。
「あなたも参加するのですね。
昨日の盾魔法は見事なものでしたし、騎士の弟子となるほどですから優秀なのですね。本当に心強いです。
それと、昨日はありがとうございました。追われていたのを助けてくれたこともそうですが、ラジク様の……人間側の思惑を直接的な言葉で聞いて、意固地になりそうだった私の心をあなたの言葉がほぐしてくれました。
落ち着いて考え、仲間のためにこうも早く助けを借りられたのは、あなたのお陰です」
イリトゥエルは丁寧に頭を下げ、冷静さを欠いていた昨日の自分を少し恥じているように言う。
「僕は別に大したことは……お礼なら上司にかけあってくれた、師匠に言ってあげてください。
なにはともあれ、早く救援に向かえるようになって良かったです。僕も微力を尽くしますので、よろしくお願いします」
「ふふっ、それはこちらのセリフですよ。
ご協力に感謝いたします。こちらこそよろしくお願いしますね。
それに昨日ラジク様にお礼を言ったら、弟子に言ってやってくれと言われました。師弟共に似た者同士なのですね」
イリトゥエルはクスクス笑いながらそう言うと、他の治癒術士や騎士たちにも改めて挨拶をして回っていた。
例え自分の故郷が危なくて心配していても、長の娘の立場ともなると周りに対するこういう気遣いも必要だし、当たり前のように出来るんだなぁと僕は感心した。
やがてレストミリアが戻るとラジクの隊が先に出発した。僕たちはその後に続き身体強化で街道を東へと進み、イスフォレの森や草原を駆け抜けていく。
ちなみに今回の編成はラジクの討伐本隊が騎士十五人。
レストミリアの別働隊は戦闘向きの治癒術士が十人に護衛騎士が二人、更に僕とイリトゥエルを加えた計十四人の編成だ。
そうして夕方頃にイスフォレ川の橋付近へと到着し、橋の手前の草原で野営準備をしているときだった。
薄暗くなっていた森の方から、炎や魔法の光が見えた。
全員がすぐに戦闘態勢をとり、斥候の騎士が確認しに行くと森から赤二本の狼煙が上がった。
すぐにラジクが隊を率いて救援に向かい、しばらくして戻ってくるとその中には騎士ではない人がいて、どうやら負傷しているようだった。
「レストミリア殿は負傷者の治療を!
それと討伐隊の騎士は交代で周囲を警戒、別働隊の者は野営の準備を続けてくれ。
イリトゥエル殿はレストミリア殿と共にこちらに」
ラジクの指示で皆が動いた後。
野営準備も終わり夕食を食べていると、先ほどの負傷者がテントから出てきて代表のラジクにお礼を言っていた。
話を聞くと、どうやら彼はエルフの戦士らしい。
伝令として里長からの救援要請をリッツソリスへ届けるため、ワイバーンを避けながら森を進んでいたが途中で見つかり、数匹に襲われていたところを救われたらしい。
イリトゥエルが森を出てからこれまでの経緯を話すと、伝令は改めて礼を言い里の現状について説明し始めた。
「ワイバーンは七十匹あまりが襲ってきました。我々は二十匹ほど倒しましたが、こちらの被害も大きく戦線は徐々に押されていき、今は里の最終結界で持ち堪えている状態です。
結界は強固ですが、このままではいずれ突破されるでしょう。
イリトゥエル様がご無事で、しかも既にセントリング側から救援を呼んでいるとは……本当に感謝いたします」
「セントリングとしてもエルフ族とは常に友好的でありたいと思っている。そのため王は我々を派遣したのだ。
もちろんこれは慈善事業ではない。救援が成功したならば対価は貰わねばならん。
その辺りの取り決めも昨日のうちにイリトゥエル殿とは合意しているので、後ほど内容を聞き無事に里に着いたなら、其方からも里長に話してくれ」
伝令やイリトゥエルを前にしてそう話すラジクは、それはもう精一杯の努力をして騎士面を保っているようだった。
すでに昨日、素の状態を見ているイリトゥエルも真面目なラジクをちょっと意外そうな顔で見ていた。
今の師匠は恐らく、パンパンに膨らんだ風船のような状態だ。ここで変顔でもして突いてやれば、盛大に噴き出すに違いない。
そんなラジクを笑わせたいという強烈な誘惑をどうにか我慢していると、他の騎士たちの治療を終えたレストミリアがテントから出て来た。
「話は聞こえていたがラジク殿……。あなたがそんな話し方をしていると、本っ当に違和感しかないね!
ここには怖い騎士団長も王族もいないんだから、もっと肩の力を抜きたまえよ?
そんな無理をしておいて後から肩こりを治療してくれと言われる、私の身にもなると良い」
彼女はやれやれといった仕草でそう言いいながら歩いてくると、ラジクの両肩をポンポンと叩いた。
もうダメだった。僕だけではなく、周囲の騎士や治癒術士も一斉に噴き出した。
イリトゥエルも口元を手で覆ってはいるが、笑い声が抑えきれていない。
よくわかっていない伝令だけがポカンとしている。
「お、俺だってたまには真面目に仕事をすることもあるのだぞっ!? 特に今回は部隊の代表だからな!
それをお前たちときたら……ええい、笑うんじゃない! せっかく頑張って真面目にしていたのに台無しではないか!?」
「種族間の関係とか報酬の話とか建前とか、そんな面倒な物はお互い上の連中に言わせておけば良いさ。
現場の私たちまでもが、それに合わせる必要はないと思うよ?
伝令の人を見てご覧よ。今も大変な思いをしている里長に、戻って早々そんな事を言わなくちゃならないのかと憂鬱そうじゃないか。
ここには里長の娘さんがいるんだから、真面目な話は彼女に任せておけば良いのさ。
ここであなたが言うべき言葉は、建前じゃなくて自分の素直な気持ちじゃないのかい?
ちなみにこんな機会は滅多に無いことだからね。可能なら私はエルフの治癒術士との意見交換や、回復魔法の技術について交流を持ちたいと思っているよ」
困ったように言うラジクに対して、見た目はともかく年齢的には人生の先輩であるレストミリアは力を抜けと、らしくないぞと言っているようだった。
そしてニヤリと笑うと身も蓋もない、自分の願望を露わにした。
「ぬぅ、あなたには敵わないな、全く……。
あー、伝令殿、騒がしくて申し訳ない。まぁその、俺たちもエルフを助けたいと思っているから、こうして任務に志願してここまで来た。
皆で共に力を合わせてワイバーンを片付け、森や里を守ろうではないか」
「師匠、まだ隠している本当の本音は?」
「うむ。ジグよ、ワイバーンの群れなんて滅多に相手できないからな。是非とも戦ってみたいものだ!
それにエルフ族と共に戦える機会は、ワイバーンよりも更に少ないんだぞ!? これを逃す手はない。
それにさっさとワイバーンを始末すれば、エルフの戦士とも手合わせ願えるかも知れんのだ。
さぁ、あのトカゲ共を一刻も早く真っ二つにして、里を救うのだ!………あっ!?」
「大丈夫ですよ師匠。エルフのお二人以外は表情を見るに、多分わかっていましたから」
まだ取り繕ってるなぁと思った僕が流れるように口を挟むと、ラジクは当然のように喋り出した。
拳を握りしめ力説しているラジクを見て、伝令とイリトゥエルは呆気にとられていたが、他の皆はウンウンと頷いていた。
やがて正気を取り戻したイリトゥエルが口を開く。
「……コホン。そこまで戦いに情熱を燃やしているラジク様のお気持ちを心強く思います。
そして皆様もラジク様のお気持ちを知っていて同行されているご様子ですし、私としても大変ありがたく思います。
共にワイバーンを退けて里や森が平穏を取り戻せば、もちろん戦士たちとの手合わせや、里の治癒術士との交流の機会もあることでしょう」
イリトゥエルがそう告げると、ラジクだけではなくレストミリアや騎士たち、そして治癒術士たちも「よしっ!」とか「やった!」と喜んだり、小さくガッツポーズをしていた。
今回の任務には、本当に部隊長と似た者が集まっているらしい。
治癒術士なのに戦闘訓練もしている人達は、レストミリアに対して尊敬や憧れを持っている人達で、考えなども似ていたりします。
そしてそれはラジクが率いる部隊に志願した、騎士たちにも言えることです。
堅苦しいのは抜きにして本音を語ると、普段の人間とエルフは交流が少ないですが、少し打ち解けた雰囲気でその夜は過ぎていきました。
とりあえずは大森林の手前で一旦休んで翌朝、作戦開始です。




