第53話 大森林の異変 その2 神父への報告と協議の結果
ジグとラジクは、エルフ族の少女イリトゥエルを助け、リッツソリスへと向かいます。
僕らやイリトゥエルは互いに自己紹介を終えると、身体強化を使って東街道を真っ直ぐに進み、日が沈む前にはリッツソリスへと戻った。
ラジクはイリトゥエルを連れて騎士団へ報告に向かい、今後どう動くかの話し合いも可能な限り早いうちに行うそうだ。
僕は教会に戻って食事を済ませて執務室に向かうと、盗賊団や大森林のことをモルド神父に伝えた。
「ハイワーシズの姫の時もそうだが、比較的討伐しやすいと思っていた盗賊団に高額の賞金首がいたり、その帰り道にエルフの長の娘を助けたり、お前は事を大きくする才能でもあるのか……」
モルド神父は僕の報告を聞くと眉間に皺を寄せ、それを親指でグリグリと押しながら言う。
「モルド神父はそう言いますけど、僕だって好きでこうなっているわけではないですし、基本的に巻き込まれているだけだと思うのですが。
どちらかと言えば僕というより、師匠が引き寄せてるんじゃないですかね?」
「それも否定できんが……二人の持っている性質が、共にいることで更に強まっているのではあるまいな?」
そんな疑うような眼で見られても困る。僕にはそんなつもりはないのだから。
とりあえずモルド神父の視線を受け流し、これからどうなるのか尋ねてみた。
「エルフと人間は現在、基本的には適度な距離をおいて共存している。
普段は互いに関わらないようにしているが、今回の件でエルフに貸しが作れるなら、セントリングとしても支援はするだろうな。
我々には作れないものをエルフは作り出せる。それを報酬として求めれば、セントリングには莫大な利益が手に入るからな」
「師匠もそんなことを言ってましたけど、エルフにしか作れないものとは?」
僕は少し前から気になっていたことを聞いてみることにした。
「エルフの秘薬やその素材だ。素材は研究用としても貴重だし、人間が作れる他の薬の素材に使うとしても大変に高価だ。
秘薬は大森林の中にある神木から素材を取り、エルフだけの秘術によって生み出される。
万能の霊薬として知られ、それを飲めば致命傷を負っていようが不治の病だろうが、たちどころに治り寿命も延びると言われている。
まぁ、寿命に関しては種族の限界を超えることは無いはずだが、エルフの長命の秘密であると思われているので、そのような話があるのだろう。
こちらが不干渉で大森林が平穏であれば何年かに一度、王族に献上されるとは聞いているが、いずれにせよ回復薬としてこれ以上の物はそうそう無く、王族が望んだとしてもそう簡単に手に入れられる物でもない。
かなり昔……それこそ物語になるくらい昔の話だが、その時の王が無理に奪おうとして失敗し、人間にもエルフにも多大な損害が出て講和したが、その後は二百年以上も秘薬を手に入れられなくなったらしい。
無理に奪おうとしてもエルフは従わないからな。それならこちらも大人しくしておいて、たまにあちらから友好の証として差し出してくるのを待っているのが現状だ。
それが今回はエルフの方から助力を願ってくるのだから、こんな絶好の機会には必ず飛びつくだろう」
モルド神父は昔話を交えて説明してくれた。
僕はイリトゥエルに出会うまでエルフを見たことも無かったし、彼らがそんなに特殊な力を持っているとも知らなかった。
「なんだか足元を見るみたいで僕としては嫌だなぁと思いますけど、軍や騎士団が動くのならタダで助けるわけにはいかないでしょうし、そこは仕方ないんでしょうね」
「うむ、それは我々が考えても仕方のないことだ。上層部とエルフの長の娘が決めることであろう。
さぁ、話はこれくらいにしてお前もそろそろ休むといい。予想以上の戦闘の後だからな、明日の訓練は休みにするとレストミリア殿には伝えておく」
「わかりました」
僕は頷くとモルド神父にお休みなさいを言い、自分のベッドに戻ると疲れが溜まっていたのか、すぐに眠りについた。
翌朝、少し遅くに起きた僕が朝食を摂っていると、モルド神父がやって来た。
「昨日は疲れた顔をしていたが、今日は体調が良さそうだな」
僕の顔を見るなりそう言って、更に異常はないかと尋ねてきた。
「たっぷり寝ましたし、なんだかとてもスッキリしてます。
よく魔力を使い果たしては気絶していましたが、だいぶ強くなったような気がしますね。今日は休みにしなくても良かったくらいですよ」
僕は笑いながら答えて食事を終えた。
それから昨日のことで何か追加の情報があるか気になり、僕はラジクの元へと向かった。
「師匠、おはようございます。あんな傷だらけになっていた翌日でも、やっぱり師匠は休みを取らず普通にいるんですね……」
「そう言うお前も今日は休みだとは聞いたが、ダメージや疲れなどは感じられないな」
互いに問題ないことを確認しながら話していると、僕は自分もだいぶ強くなったんじゃないかと思えてきた。
「先ほどモルド神父ともそんな話をしましたけど、師匠もそう思いますか?
ふふふ……。ここは成長したと素直に喜ぶべきか、それとも人間離れしている師匠やモルド神父に、僕も似てきたのかと嘆くべきでしょうか?」
「俺やモルド殿に似てきたとして、何故そこで人間離れしたと嘆くことになるのだっ!? あまり人をモンスター扱いするものではないぞ。
……まぁ冗談はさておき、理由は恐らく体や魔力が成長していることもそうだが、戦闘中でもその首飾りが少しずつ回復するから、ダメージが蓄積されにくくなっているのだろうな。
それに高品質な魔石だから、何もない時にはお前の魔力を少しずつ取り込んで蓄え、何かあればその度に発動しているのだろう。本当に良いものを貰ったものだ」
盛大にツッコミを入れたラジクは続いて真面目に言うと、僕にも心当たりがあった。
「たしかにダリブバールでは助かりましたね。
それに属性身体強化を回復魔法に変えて使ったうえで、首飾りと併用するともの凄く効くんですよ。
まぁ、そのぶん消費魔力も凄いですけど」
「ほう、それは興味深いな。
でも今のお前の魔力量で戦闘中にそれをすると、すぐに魔力切れを起こしそうだな。なるべくどちらかだけにしておくといい」
「そうですね。あの後すぐに倒れましたから、そこは僕も注意します。ところで昨日はあれからどうなりました?」
話していると僕は本題を思い出したので聞いてみる。
「あの後、盗賊団の事と大森林について騎士団で報告や進言をしたが、なにぶん急ぎの案件だからな。将軍や騎士団長やイリトゥエル殿と共に、事情を知る俺も王宮に行くことになった。
事の経緯とこちらから提案した件を話し、イリトゥエル殿からも正式に救援要請が出されて王を交えて協議した結果、少数の精鋭部隊で行くことになった。
エルフ側を刺激しないために人数をしぼり、また森の中で統率しやすいのが理由だが、それとは別にリッツソリスの守りを減らしたくないというのもある。
ワイバーンの群れが大森林にいるのなら、奴等の翼で飛べばこちらに来るのにもそれほど時間はかからんからな。もし人数を出して騎士団が出払っているところに来られては、こちらが危うい」
エルフへの救援は無事に許可が下りたらしい。
まだ援軍が動いたわけでは無いが、僕は一安心した。
「決まったことや理由はわかりましたけど、その少数精鋭の部隊には絶対に師匠が入ってるんでしょう?」
「おう、それはもちろんだ。言い出しっぺの俺が行かぬわけにもいくまい。それに例え言い出してなくとも俺は行くぞ。
昨日は斬れなかったからな……ふっふっふ、今度は真っ二つにしてみせる」
僕はわかりきった事ではあったが一応、念の為に聞いてみた。するとラジクも当然だと言わんばかりの表情で答える。
予想通りの反応過ぎて、自分に予知能力でも備わった気分になるね。
「師匠の意気込みはわかりましたけど、無茶しないでくださいよ? 大丈夫だとは思いますけど一応、教会の皆と一緒に師匠の無事を神様にお祈りしておきますよ」
僕は休みをどう過ごすかとか、レストミリアや神父の訓練はどんなものになるのかと考えながら、無事を願っておくとラジクに告げる。
すると彼は意外そうな顔をして僕を見た。
「ん? 何を言っている。お前も行くのだぞ?」
「……はっ!?」
突然の話にかなり素っ頓狂な声が出た。師匠が何を言ってるのかちょっと分からない。
「昨日はお前も『助けられるなら自分も協力したいです!』と言っていたではないか」
「いや、たしかにそれは言いましたけど、軍や騎士団の任務に僕なんかが行くのってどうなんで………いや、そういえば昨日行ったばかりでしたし、なんならトスウェの盗賊団も騎士団の案件でしたね。
でも他の騎士と同行するには僕じゃ実力が足りないですし、足手まといになりませんか?」
ワイバーンに追われていたイリトゥエルを実際に目にして、今もその脅威に晒されている人たちがいるのであれば、それはもちろん助けてあげたい。
しかし、実際に騎士たちに混ざって僕が参加したところで、役に立つのかどうかは不明だ。
「それは問題無かろう。負けに近い相打ちとは言え、800万の賞金首を戦闘不能にしたのだ。実力的にはそこまで悪くないぞ。
それに今回俺とお前は別行動だ。ワイバーンの掃討は俺が率いる騎士団が行う。
お前は別働隊に参加してイリトゥエル殿の案内のもと、真っ直ぐエルフの里に向かい防衛や怪我人の治療を補佐してもらいたい」
「治療の補佐ってことは治癒術士もエルフの里に向かうんですか?
戦闘地域に治癒術士が乗り込むなんて珍しいですね。たしか教会襲撃の時も戦闘がある程度収まってから、前線や教会に来ていたと思いますけど……」
僕は過去のことを振り返りながら確認してみる。
「あぁ、基本的には怪我した者たちが治癒術士の所まで運ばれたり、自ら下がって治療を受けるが今回は現場が遠いからな。
戦闘もこなせる治癒術士は多くないが、今回は彼等を派遣して騎士団やエルフ側の負傷者を治療することになった。
騎士ではなく戦闘向きの治癒術士と比べれば、お前の実力はそれほど劣るものではないし、彼等との任務はお前にとっても良い経験になるはずだ」
「えっ、戦闘向きの治癒術士ってもしかして……」
僕は白いローブを着た治癒術士が戦う様子を想像すると、すぐに最近に見たばかりの光景が目に浮かんだ。
「ん? あぁ、もちろんレストミリア殿も参加する。というか別働隊の指揮官は彼女だ。
お前は今回、レストミリア殿に従って任務に参加するのだ。昼過ぎにはここを発つからな。それまでに準備しておくように。
それとモルド殿にはお前が来る少し前に、すでに了承を得ているから安心しろ。もちろん俺の代わりの騎士も手配済みだ」
ラジクは僕の理解が追い着くのを待たずに次々と新しい情報を出すと、最後に親指をグッと立ててニカッと笑い白い歯を見せた。
「あ~、なるほど。朝からモルド神父が僕の状態を気にしていたのは、そういうことでしたか……。
わかりました、準備しておきます。
それと師匠。僕が別行動をとるなら、師匠の持っている回復薬を一本貸してもらえませんか?
もし魔力が尽きたり回復魔法を使えない状況でミリアさんが負傷したら、それこそ大変だと思うので保険が欲しいんです」
レストミリアや他の治癒術士も薬の類は持っているだろうけれど、いつも一緒にいて薬をくれるラジクがいないなら、自分も一つくらいは持っておきたかった。
「うむ。そういう用心ならしておいて損は無かろう。護衛の騎士も付けるが、警戒するに越したことはないからな。
では準備に取りかかれ。昼頃に東門に集合だ」
「了解しました」
こうして今回、僕は師匠ではなくミリアさんと一緒に、エルフの森へと向かうこととなった。
ジグの寝起きがスッキリしていたのは、実は眠っているあいだにアマリアが、覚えたばかりの回復魔法をかけてくれていたからだったりします。
ようやく街へと到着し、ゆっくりと出来るかと思った翌日には、また出かけることになりました。
ラジクとしてはジグの希望を叶えてやろうという善意からの提案ですが、それはもちろん当日の状態を確認したモルド神父の、許可を得てから最終決定されたものです。
それでも最近は動きっぱなしのジグですが…この世界に児童相談所などありません。
それに本気で拒否すれば、ラジクやモルド神父は自分の意見を認めてくれるとわかっているので、結局のところは自分の意思で動いていたりします。




