第46話 神眼の治癒術士 その3 初授業と魔女の実力
無事に回復魔法の指導をアマリアと共に受けられるようになったジグ。今回は初の授業に参加します。
三日後、初めて回復魔法の訓練に参加する日になって、僕は街の練兵場へと向かった。
というのも、回復魔法の練習には魔法を使う相手が必要なので、毎日の訓練で兵士や騎士が誰かしら怪我をしていたり、疲労している練兵場は治癒術士の訓練にも最適なのだそうだ。
アマリアは毎日レストミリアが迎えに来ては、ここで指導を受けているらしい。
レストミリアは上級治癒術士で多忙なはずなのに、毎日よく教えられるものだとラジクが感心していた。
「よし、今日からジグが加わるね。アマリアはあれから毎日、回復魔法の練習をしているからジグも早く追いつくように。逆にアマリアも追い抜かれないようにお互い頑張って。
それと今まで身体強化や魔法剣、攻撃魔法を使って戦闘してきたのなら、初級の回復魔法に関してはジグにとって特に難しいことは無いはずだよ。索敵魔法も習得済みだと聞いているしね」
そう話すレストミリアについていくと、足を怪我した兵士の前で止まった。
「ではまず傷に触れない程度に手を添えて、普通の魔法と同じく手の平に魔力を集め、キュアリルと唱えてみてごらん」
「はい……『キュアリル!』」
僕が兵士の傷に手の平を向けて魔法を唱えると、手の平に集まっていた魔力がスーッと離れていき、兵士の傷口に移動して出血を止めた。傷口自体は塞がっていないので、これでは不十分だろう。
「うんうん、最初にしてはまぁ良いだろう。
でも今のは、ただ単純に魔力を移動させただけって感じだったね。
今度はそうだなぁ……光属性の魔力を神様からの恩恵のような暖かな光や、自分が思い描く何でも治すことの出来る薬をイメージして、明確にその人を助けたいとか傷を治したいと思いながら魔力を集めて、回復魔法を使ってみるといい」
僕は言われた通りに治れ~、治れ~と思いながら、キラキラと光が降り注いで傷を塞いだり、仙人の持ってそうな万病に効く薬をイメージして回復魔法を使ってみた。
すると今度は傷が塞がり、試しに兵士が足を動かしてみると、怪我は完全に治っているようだった。
「ほ~、なかなか飲み込みが早いね。さすがにモルド殿やラジク殿が手塩にかけて育てているだけはある。
じゃあ今の感覚を忘れないうちに、とりあえず怪我の軽い人をこのまま癒していこうか」
「わかりました」
そうして何人も癒しているうちに休憩時間となった。
ちょっと気になる点があった僕はアマリアとレストミリアの二人が、教会から練兵場まで移動することについて話すことにした。
「ミリアさんが毎日、アマリアを迎えに来てくれているのはありがたいことだと思うんですけど、師匠はともかくモルド神父がよく許しましたね?
お守りがあるとは言え、他の護衛を付けずに二人で移動するのを、モルド神父が簡単に許すとは思っていなかったので少し驚きました」
「あぁ、アマリアさ……アマリアが狙われる可能性についての話だね。
たしかに最初は却下されたよ。アマリアを毎回連れ出さず、訓練なら教会でしてくれってね。
でもまぁ、ここじゃないと教材が無いからさ。
それに怪我人や病人を、わざわざ教会に移動させるわけにもいかなかったし。
護衛に関しては私の実力を見せたら合格がもらえたよ」
「えっ、ミリアさんの実力……?」
それはもしかしてモルド神父が彼女と戦ったか何かしてその結果、送り迎えを許可したということだろうか?
「説明するよりも実際に体験してみるかい?
キミもあの程度の回復魔法じゃ、そんなに疲れてもいないだろう。私としても軽い運動は美容や健康に良いし。
それにジグが怪我をしても、アマリアに治してもらえるから安心して良いよ。
身近な人間という、アマリアにとっても貴重な教材になるしね?」
レストミリアはこちらを見てニヤリと笑うと、僕と戦ったとしてもそれは軽い運動程度で、しかも僕が一方的にやられるだろうというような口振りで言った。
さすがに僕も男だし、神父やラジクにはまだまだ及ばないとは言え、二人とずっと訓練をし実戦も積んできた自負があった。
しかも相手は見た目は若くとも、実年齢はラジクより上の女性なのだ。成人した治癒術士がどれほどの力を持っているのかは知らないが、いくらなんでもそこまで実力差があるとは思えない。
男として少なからず持っていた自負を、過剰なまでに刺激されて少し……いや、結構カチンと来た。
「わかりました、やりましょう。何かルールは?」
「ないない必要無いよ。護衛としての力を測るんだ、モンスター相手と同じく何でもありさ。そうじゃないと私が退屈してしまう」
ぐぬぬ……。この人はわざと挑発しているのだろうか。
練兵場を監督していた騎士に声をかけ、少しのあいだ場所を借りるとレストミリアが告げると、何が始まるんだとばかりに騎士だけでなく兵士も見物に集まってきた。
「さぁ、始めようか」
広い練兵場に二人で向かい合うと、かかって来いとばかりにレストミリアが手招きする。
「この……絶対に一泡吹かせてやるっ!」
それを合図に僕は身体強化し、まずは一気に距離を詰めて得意のドロップキックを放つ。
「……ふっ!」
「なっ!?」
すると不意討ちとは言えルナメキラを蹴り飛ばし、盗賊頭の意識を刈り取るほどの威力の蹴りを避けるわけでもなく、レストミリアは下から両手で鷲掴みにし、足を持ったまま僕を振り回して最初の位置へと投げ返した。
「ダメダメ、ダメだよそんなんじゃ。初対面の相手にどうするかも、坊やは教えてもらってないのかい?」
そうだった。だいぶ頭に血が昇っていたらしい。
落ち着いて、今まで習ったことを淡々とこなせば良いのだ。
「フゥゥゥ……」
冷静になった僕は姿勢を低くして両手に魔力を集める。
今日は剣を持ってきてはいるが、さすがに相手が素手なのに使うわけにはいかないと思い、練兵場に入る前にアマリアに預けてある。カナレア様の首飾りも同様だ。
「いくぞっ!」
「おや、まだ頭が冷えないのかい?」
両手に魔力を溜めたまま僕が突っ込んでいくと、やれやれという顔をしたレストミリアの目の前で直角に曲がり、横に回り込む。
「はぁっ!」
そして横になぎ払うように手を振って横幅の広い風の刃を放ち、更に後ろに回り込む。
「おっ……と」
『トルネード!』
ジャンプして風の刃を避けたレストミリアが体勢を整える前に、もう一方の魔力を竜巻に変えて、いつものドリルではなく相手に向かって伸ばすように放つ。
一直線に伸びていった竜巻は、まだ空中にいたレストミリアに直撃すると彼女の体を錐揉み状態にしながら、練兵場の端にある壁の方に吹き飛ばした。
「あっ、しまっ……」
僕はそれを見て思わずやり過ぎたと思った。このままでは壁に叩きつけられてしまう。
『アクア・ゲイザー!』
しかし僕が慌てていると地面から突如として水の柱が現れ、吹き飛ばされていたレストミリアを空中に押し上げた。
そして水の柱の上に立ったレストミリアが、楽しそうな表情でこちらに手を向けている。
「やるじゃないか……『ウォーター・ランス!』」
『ウインド・シールド!』
まずいと判断して風の盾を出した瞬間、レストミリアの手の平から勢いよく水が飛び出した。
いや、飛び出したなんて可愛いものではない。それはウォーターカッターのように細く長く、そして鋭い先端の尖った水の槍だった。
「ぐっ……くっ!」
水の槍は風の盾に衝突したが、いつものように弾き返されなかった。
それどころか衝突した瞬間、盾にゴッソリと魔力を持っていかれた。風の盾は水の槍を削り続けてはいるが、これでは長く保たない。
グレートホーンの時にモルド神父が言っていたのは、こういうことなのかと今更ながら納得した。この槍はそれほど重たい攻撃なのだ。
「く、くそっ!」
僕は盾を解除すると同時に身体強化で素早く横へ跳ぶと、水の槍は地面をスパッと切り裂いて細い筋を刻みつけた。
あんなのまともに喰らったら真っ二つだ。
それでも男の意地にかけて負けられない。
「ふふふ、やるねぇ……じゃあこれはどうだい?
『アクア・バレット!』」
『エル・ウインド・カッター!』
更に水弾を撃ち出してくるレストミリアに、こちらも多めに魔力を込めた風の刃で応戦する。
『アクア・ウォール!』
すると風の刃は水弾を真っ二つにしてレストミリアに向かっていくが、彼女に当たる直前に水の壁が現れて防がれる。
「これならどうだっ!
『ミル・メニア・ウインド・カッター!』」
それならばと僕は複数の風の刃を打ち上げ、盗賊団との戦いの時のように空中で方向を変えて、レストミリアに向かって様々な方向から襲い掛かるようにした。
「へぇ、もうそんなことも出来るのかい?」
少し驚いたような顔をして、レストミリアはそれらの攻撃を回避した。先ほどより動きが速い。彼女も身体強化を使っているようだった。
しかし、僕はあらかじめ一箇所だけ逃げやすいように攻撃していた。
そこへ狙い通りに回避してきたレストミリアに向かって、僕は身体強化で突進し今度こそはとドロップキックを放つ。
「もらったあぁぁっ!」
「ははっ、凄い凄い。でも残念……。
『アクア・ジェイル!』」
蹴りがレストミリアに直撃したかと思った瞬間、ドバァン!と音がして、僕は突然息が出来なくなった。
何が起こったのか分からなくて、もがきながらキョロキョロ辺りを見回すと、なぜか水中にいるようだ。
水の向こうにはこちらに手を向けたレストミリアの姿が見える。
どうやら彼女が出した大きな水の球に体ごと取り込まれていて、このまま溺れさせるつもりのようだ。
「息が出来なくて苦しいだろう。そろそろ降参してはどうだい?」
水の外からそんな声が聞こえた。
冗談ではない、僕は基本的に動けなくなるまで諦めないのだ。いや、現状は動けないのだけれど。
しかし体力も魔力も残っているうちから、諦めるようには鍛えられていない。
なんならこれまで鍛えてくれた二人の脳筋は、限界なんて気合いで超えてみろ!ってタイプだ。
ならば二人の弟子の僕だって当然そうなのだ。
「吹き飛ばしてやる……」
僕は呟いたが水中では「ぶぎごばじでびゃぶ」にしか聞こえなかった。
「え、なんだって? 降参ってことで良いのかい?」
レストミリアにも伝わらなかったようで、耳に手をそえて聞き返していた。
僕は属性身体強化に切り替えて、残っているありったけの魔力を体の表面と内側に込めた。
そして風を全身に纏い周りの水を吹き飛ばす。
「ウォォォォッッッ!」
水から脱出すると間髪入れずに走り出し、突然のことに驚いているレストミリアに向かって、なりふり構わず体当たりした。
僕を覆う風に切り裂かれて、それまで余裕たっぷりだったレストミリアが初めて表情を歪める。
「くっ……これは驚いたねっ!」
「逃がすかぁっ!『メニア・ウインド・カッター!』」
「仕方がないねぇ」
距離を取ろうとして離れるレストミリアを僕はそのまま追撃し、至近距離で風の刃を何発か投げつけた。
しかし彼女の全身から水があふれ出して体を覆い、まともなダメージは与えられなかった。
「はぁ、はぁ。ぞ、属性身体強化まで使えるんですか……?」
「そりゃそうさ。ただ治療するだけの治癒術士も多いけど、私はマリア様やアマリア様を守るために、騎士の訓練にも参加していたからね。魔法剣だって使えるよ?」
最高クラスの治癒術士で、しかも訓練に参加できるって事は騎士に匹敵する実力もあるってことか。
モルド神父とラジク師匠に加えて、この人も化け物……いや、やけに若々しいその見た目も相まって、もういっそ魔女と言うべきか。
「そ、それは凄い…ですね。僕、これからミリアさんのことを少しは、尊敬でき……そうで」
記憶はここまでだった。
魔力を使い果たして、僕はまたもや気絶した。
回復魔法の初授業でしたが、何故かレストミリアと戦うはめに。
レストミリアとしてはモルドとラジクという、セントリングでも有数の戦闘力を持つ2人が、わざわざ弟子にして教えているジグの実力も、今のうちに知っておきたいと思っての行動でした。
あれほど安い挑発に乗るとは、あまり思っていなかったようですが…(笑)




