第38話 誘拐 その7 食堂での会話と贈り物
誘拐についての話や買い物も終えて、ようやく帰ることになりました。
色々あった事情説明と買い物を終え、お守りを渡してカナレア姫の一行とも別れた後。
僕は教会に戻る途中、お腹が空いたからとラジクに誘われて街の南東区画に向かい、冒険者ギルドの近くにある昼間は食堂、夜は酒場の飲食店に入って二人で食事をすることになった。
一応、魔法剣のお礼も兼ねてご馳走してくれるそうだ。
「しかし、お前といると退屈しないな。
魔道具の作り方なんて前にチラッと、それも休憩中の雑談で話しただけだろうに、よく覚えていたものだ」
「まぁ、休憩中に聞いている話の中でも、少し変わった話でしたから珍しいのもあって印象に残っていたんですよ。
魔石がそうそう手に入る物ではないので、こうして実際に作る機会があったのは幸運でした」
ラジクの問いかけに答えると、何故か目の前の師匠はニヤッとしていた。
「魔道具と言えばその首飾り、お前も隅に置けないな。どうするつもりなんだ?」
「?……師匠、仰る意味がわからないのですが」
ラジクは僕をからかうように言うが、こちらには意味が分からなかった。
「それはたしかハイワーシズの王族が自分の専属騎士に与え、その身分を保証する為のものだったはずだ。
そして、よほど気に入ったり心を許した相手でなければ、王や王妃に勧められて任に就いた騎士であろうと渡されないと聞くぞ。
ちなみに魔石の色はその王族が誰かを示す色で、他と被らない限りは大抵、本人の目の色をしていると聞く。いつもその目で見ているぞと言わんばかりだな。
それと裏の帆船の模様は、海洋国家であるハイワーシズを示すものだ」
「……今更返すわけにはいきませんよね?」
首飾りの価値と込められた意味を理解して、僕は今更ながらに冷や汗が出て来た。
「無理だな。まぁ、お前を連れて本国に行くことは諦めたが、機会があるなら逃すつもりは無いというのと、他の者に手出しをさせないための意思表示だろう。
それにもしも将来、かの国へ行くことがあって何かあれば、ハイワーシズの王族の助力を得られるのだ。持っておいて損は無かろう」
「それって何かあればハイワーシズの王族に、こちらも協力する必要があったりするんじゃ……?」
「それはまぁ……そうなるな。あくまでこちらから協力する必要があるのはセントリングではなく、お前個人になるが」
首飾りを持っていることでなかなか大変な事になりそうだが、ラジクは割と気楽な様子で話す。
あくまでも他人事ってことなのか、今後行くかも定かではない国について、今から考えていても仕方がないと思っているのかは不明だ。
「遠い海の向こうの国ですし、そうそう関わることも無いですよね……?」
「そうだと良いが今回のこともあるからな。それにお前の場合は色んな事に巻き込まれそうだし、どこで何がどうなるかは、それこそ神のみぞ知るってやつだ」
僕が弱々しく尋ねると、ラジクは首を竦めてはぐらかす。
「……まぁカナレア様には良くしてもらいましたし、身分を盾に横暴をするわけでもなく、自分としては善人だと思いますから、何か困ったことになるなら僕は今後も助けて差し上げたいとは思いますよ」
「ふむ、ではその時に頑張れるよう、日々訓練しなくてはならんな」
「そうですね……。昨日の誘拐犯との戦闘で、僕はまだ色々と足りてないと痛感しました。今後もご指導をお願いします、師匠」
「おう、任せておけ」
僕が真面目に話すと、ラジクもニヤリと笑って答える。
そんなやり取りをしていると料理が運ばれてきた。
これがなかなか美味しくて、自分で稼ぐようになったらまた来たいと思える味だった。
その後、食事を終えて教会に戻るとラジクは警備任務に就き、僕はヒルダとアマリアをモルド神父に呼び出してもらい三人に事情を説明した後、贈り物を渡した。
アマリアは白い珊瑚の髪飾りを着けてニヤッとしながら、似合う?と聞いてきた。
アマリアの真っ赤な髪に、白い珊瑚の飾りはとても映えていた。
うんうん、うちの自慢の姉はとても美人だ。
僕は隣にいたモルド神父にも、綺麗ですよね?と同意を求めると、一瞬呆けていたような顔をしていたモルド神父が慌てた様子で「う、うむ」と返してきた。
それを見たアマリアが、先程までの悪戯っぽい笑顔から一転、頬を赤らめて優しく微笑んでいた。
それを横目に見ながらニヤニヤしていると、ヒルダが泣いているのが目に入った。
「シスター・ヒルダ、一体どうしたの?」
「いえ、まだまだ小さいと思っていたジグが、こんな気遣いが出来る子に成長したのだと思うと嬉しくなってしまって……。
年をとると涙もろくなってしまってダメね」
僕が慌てて尋ねると涙を拭い、僕の頭を撫でながらヒルダが優しく言う。
「そうだよ。僕だって成長期なんだし、いつまでも子供じゃないよ。それに自分の目標のために日々努力し、ぐんぐん成長しているのです」
僕はエッヘンと言わんばかりに胸を張り、冗談めかして答える。
「それはそうですが決して無理はしないようにね。あまりこの年寄りに、心配かけさせないようにして頂戴。寿命がいくらあっても足りないわ」
今度はヒルダが冗談っぽく僕に言って、僕たちは互いに笑い合う。
贈り物を渡した後、午後の残りの時間は休養にあてることになった。
前日の休みが潰れたことと、風の盾の性能を調べたりお守りを作るのに魔力をかなり使ったことなど、ラジクから報告を受けたモルド神父が今日は止めておこうと判断したらしい。
訓練の支度をしていた僕にそれを伝えに来たモルド神父は、伝えた後にも何か言いたげな表情をしながら、その場に立っていた。
あれ、もしかしてお説教かな?
今日は何だかんだで、色々とやらかした気がする。師匠からその辺りの報告もされたんだろうなぁと思っていると、モルド神父が話し始めた。
「ラジク殿から言われてな……その、お前が俺の好みも分からないのは、俺が自分のことを話さな過ぎるからだと指摘されたのだ。
鍛えるだけではなく、もう少し日頃から話をしたらどうかと。
俺は皆を家族とは思っているが、どうも自分のことを話すのは苦手なのだ。
だから、あー、俺の好きなものはそうだな……甘い菓子などが好きだ。酒は飲まない。武器を扱うのは苦手だが、眺めるのはわりと好きだ。だから今日の贈り物は俺にとってはその、嬉しいものだ。
……うむ、そういうことだ、以上」
そう独り言のように言って、モルド神父は自分の仕事に戻っていく。
僕の頭の中は師匠が神父に何を言ったのかとか、神父が突然何を言い出したのかとか混乱していたが、不器用な神父なりに精一杯、僕に話をしたのだとわかって嬉しくなった。だから……。
「気に入ってもらえて良かったです。僕は男だからこれで充分ですけど、アマリアにはもう少し話す言葉を増やしてくださいね。
似合うかと聞かれて「うむ。」だけじゃダメですよ。もっと本心を伝えてあげてください!」
「こ、この馬鹿者っ!」
僕は部屋を出た神父を追い掛けるように廊下に出ると、遠ざかる大きな背中に向かって叫んだ。
それを耳にすると慌てて振り返った神父がこちらに向かって走ってきたので、僕は思わず身体強化で逃げたが、あえなく捕まりゲンコツを喰らった。
……まだまだ修行が足りないようだ。
貰った首飾りの意味が判明。なかなか凄いものでした。
両親の形見の指輪以外の装飾品を、ほとんど持っていないアマリアは、戸惑いながらも嬉しそうに身に付け、綺麗なアマリアに見とれるモルド神父という珍しい光景と、孫のようなジグの成長に感動するヒルダ。
モルド神父の好みもラジクのお陰で判明して、
3人への贈り物はそれぞれに喜んでもらえたようです。
モルド神父にはジグの知らないところで、人生の先輩であるラジクから、少しお説教がありました。
皆を大事に思ってくれているのは勿論わかっていますが、それ以外のことを知らなかったので、ジグは神父から聞いたことを、ゲンコツの後でコッソリと皆に伝えたりしています。
モルド神父を見ていることにかけては、右に出る者がいないアマリアでしたが、甘味も酒も武器もほとんど無い教会では知る由もなく、ジグがもたらした情報に大喜びです。




