第36話 誘拐 その5 謝意と代案
予想していなかった姫の発言に皆が焦るなか、ジグは固まっています。
後で師匠に聞いた話によると、姫の言った言葉を理解できなかった様子の僕は、ポカンと口を開けたままで固まっていたそうだ。
両脇にいた護衛の騎士たちもかなり慌てたらしい。
「姫様、突然何を!?」
「それはいけません。恩人とは言え他国の者を側に置くなど…!」
などと言って、姫の考えに抗議していたそうだ。
騎士団長や将軍も、同席するだけの予定だった姫の発言には結構驚いたらしく、言い合いをしている場合では無くなったらしい。
「お礼というのならば、姫が感謝していると告げるだけで充分でございますっ」
この辺りの護衛の騎士の言葉から、僕の意識は目の前の事態に向き始めた。今は呆けている場合じゃない。危ない危ない。
「言葉だけなら何とでも言えます。なので言葉だけではなく態度と何かしらの形で感謝を示さなくては、私としては意味がないのです。
ですから本国へと連れて行き、出来る限りのお礼をしたいと思うのですが、それを止められたのでは私は困ってしまいます。
この恩にはどう報いれば良いのですか?
私は彼にお礼もせず、平気でいられるほど恩知らずにはなりたくありませんわ」
騎士たちにそう言って姫はこちらを真っ直ぐに見る。
お転婆で周りを振り回している感じはあるけれど、身分を鼻にかけて傲慢な態度をとるわけでなく、受けた恩を自分なりに考えてしっかりと返そうとする、僕と同年代くらいに見える目の前の女の子には、なんだか好感が持てた。
姫がしっかりと考えて言った言葉なら、適当に流したり誤魔化したりして、答えを曖昧にすべきじゃないと思う。
たとえ失礼になるとしても、ここは僕の望みを正直に伝えたいと思った。
「突然のご無礼をお許しください。発言の許可をいただけますか?」
「えぇ、もちろんですわ」
僕は椅子から立ち上がり跪いて尋ねると、何か言いかけた騎士たちを手で制しながら姫が答える。
「姫君のお気持ちは大変嬉しく思いますし、僕のような孤児には一生、望んでも得られないほどの身に余る光栄です。
しかし護衛の方々の言うように他国の者を、しかも僕のような者をお側に置くことは良い行いとは思えません。
それに僕にはこの街でやると決めたことがあり、守りたいと思う人たちがいて、そのために日々厳しい訓練を受けています。ですからここを離れるわけには参りません。
もしお礼をと思うのでしたら、僕がここに留まることをお許しください。
他には何も望みません。どうかお気持ちだけ、受け取らせていただきたく思います」
僕が告げると騎士たちは少し安心したような顔をしてこっちを見ていたが、逆に姫は何とも言えない、まだ何か考えているような表情をしていた。
周りにいる騎士団長や将軍や文官は、他国の姫君の申し出を孤児が断ったことに驚いたような、しかし姫の提案が受け入れられて更なる問題が起きるよりはマシと思っているような、こちらも何とも言えない顔をしている。
隣のラジクはというと、僕の答えなんて分かりきっているとばかりに特に何も考えていないような、しいて言えば今日の昼食はどうするかな~?と考えていそうな表情をしている。
なんなら後からモンスターでも狩ってきて、素材を売ったお金でご飯を奢るから助けて欲しい。
その願いが通じたのかラジクは手を上げて発言の許しを求める。姫はそれに頷くとラジクが話し始めた。
「姫君の願いを叶えることは、ハイワーシズ王族の身辺に他国の孤児出身者を置くことになるので、流石に現実的ではないと思われます。
そして謝礼を受ける側もそれは望んでいません。ですがそれでは姫君の気が済みません。
ならばちょうど交易船も来ていることですし、商人の持ってきた品を姫様がこの者にいくつか買い与えることで、感謝の気持ちとしてはいかがでしょうか?
街の者にも珍しい交易船の品々は、教会や孤児院の者には更に手が出せないものですから、充分に感謝の気持ちを示すものとなるでしょう。
そしてそういった品々であればこの者もこれ以上、頑なに断ることはしないでしょう。
姫君、いかがでしょうか?」
ラジクは普段とは別人のような話し方で代案を出してくれた。
「わかりました。ではそのように…」
姫はラジクの案を聞いて少し考えていたが、部屋にいた皆がそれならばといった雰囲気で頷き、納得しているのを見て諦めたようで、そう言って自身も頷いた。
ありがとう師匠! なんというオトナの対応!
感謝感激雨霰だよ!
姫が折れたことに部屋の皆が安堵して、いやぁ良かった良かったといった雰囲気でそのまま解散になるかと思っていた。
しかし、そこでまた予想外の事態が起こる。
「皆の意見はわかりました。しかしその代わりに私が自ら街へと赴き品を見て、彼に直接買い与えます。これ以上は譲りません!」
椅子から立ち上がった姫に皆の視線が集まるなか、彼女はまたもや青い目を輝かせ、そして高らかに宣言した。
冷や汗が止まらないハイワーシズの騎士達と、なんとしても恩は返したい姫と、どうしたものかと悩むセントリング側の偉い人達。
自分の目標を叶えるため、ジグは丁重にお断りします。
後押ししてくれたのは、お腹が空いてきたので早く会議を終わらせたかったラジク師匠。
内心は、そんな非現実的な案は通らないし、万が一にも通ってしまっては、面倒事が山積みになり自分も巻き込まれ、挙げ句に大事な弟子を取られてしまう。そんなものは却下だ却下!なんて思っています。
姫は仕方なく条件を飲みますが、こちらの思い通りには飲み込んでくれませんでした。




