第284話 海の国 その9 中庭にて。
第一部の神眼の治癒術士までの修正や、最新話付近までの一文字下げに随分と手間取りまして、少し間があきましたが再開します。
話の大筋には変更がありませんが、人物の心理描写や会話、戦闘の流れなどが多少は分かりやすくなっているかと思います。
話数の前に★がついてるところ(ダリブバールの大盗賊団)の前までは修正したので、興味のある方は良ければご覧ください。
文字数で言うと第一話から印までで、四千文字ほど書き加えられております。
「……あ、あれっ!?」
何やら自信ありげな顔をしていたルミアだが、様子がおかしい。
「あっ、そうでした。今日は食事をするだけだと思っていたので、鞄を持ってきてませんでした~」
自分がいつも腰に身に着けている大きめの鞄をゴソゴソしようとしたところでその手が空振りし、チラッと見て無いことを確認するとアハハと笑いながら言う。
「まぁ良いけど、ルミアの考えって何なの?」
僕やイリトゥエルはやれやれといった表情でそれを見ていたが、ひとまずどうするつもりなのか聞くことにした。
「ええとですね、ジグさんの糸なら建物だろうと何だろうと、割と簡単に潜入できるじゃないですか~」
「それはそうだけど、さっきも言ったように隠蔽魔法じゃバレちゃうよ?」
「それがバレない方法……いえ、魔道具があるんですよ~!」
ルミアはそう言いながら、ふふふ~んと鼻を鳴らしてまたもや腰の辺りに手を伸ばす。
……だから無いってば。どんだけその魔道具を見せたいんだこの子は。
たぶん今持っていたなら、ジャジャーン!とか言って出すつもりだったんだろうなぁ。
「隠蔽魔法よりも更に巧妙に存在を隠す魔道具……あっ、それってもしかしてクリムゼリスの?」
「あ~! 私が言いたかったのに、イリトゥエルさんが先に言っちゃダメですよぉ~」
ルミアがモタモタしているうちに気付いたイリトゥエルが正解を言ったらしく、ルミアは少しガッカリした様子で頷く。
「イリトゥエルさんの言う通り、クリムゼリスさんが身に着けていた外套は闇属性ではなく、しかも魔力を注ぐことでその身を隠し続けるので、光属性魔法でもその隠蔽効果を破れません。
それをジグさんが身に着けて潜入すれば、そうそうバレるものではないと思います~」
どうやらルミアはグランドセイルを離れる前に、クリムゼリスからお礼として彼女の外套を受け取っていたらしい。
今後は何があっても身を隠す生活とは決別するというクリムゼリスの言葉と、特に親しい仲となったトモダチへの初めての贈り物ということで、最初は遠慮していたルミアも、その非常に貴重な品を受け取ることにしたようだ。
「あれってクリムゼリスの義手と同じで、海の民の三秘宝に匹敵するものだって聞いてたけど……まぁいいか。
とりあえずそれがあるなら、確かに潜入の難易度は下がるね」
身を隠せるものがあるなら、出来ることの幅が広がる。
その後、僕たちはカナレアやメイドたちを含めて今後について話し合った。
「一応、部屋に戻ってから光属性や物理攻撃、その他諸々を試して安全性を確認してから作戦を実行しましょう」
「ジグ様がいないあいだ、大臣の護衛にはこちらから信用できる者を派遣します」
心配性なイリトゥエルが確認すべき点を指折り数えていると、セリカが欠員の補充をすると言ってくれた。
「それからジグ様にはこれを。作戦決行までに覚えてください」
「わかりました……ってうわぁ、これはなかなか……」
更にセリカが取り出したのは城内全体の詳細な地図で、普通は他国の人間に見せて良いものではない代物だ。
どこに誰の……特にツォゴモスの部屋があるのか、見張りはどのように巡回しているのか、交代はいつなのかなど、事細かに記載されていた。
「ジグ様ならきっと大丈夫だと、私たちは信じております」
「おにいちゃん、がんばれ~」
膨大な情報を前に顔を引きつらせる僕に、セーレンが優しく微笑みながらプレッシャーをかけ、セロノリスが無邪気に拳を突き出して励ましてくる。
「セラーナ姉さんと共に任務を果たし、私とも互角に戦えたのです。自分の力を信じ、今度も必ず成し遂げてください」
「大丈夫ですよ~。私たちはこれまでに任務を失敗した事なんて無いんですから~」
「ルミアはそう言っても私たちはまだ、数回しか依頼を受けないのですから……」
セシルが相変わらず感情の読めない……いや、ほんの少しだけ期待してるような気がする目でこちらを見ながら言うと、ルミアが胸を張り、イリトゥエルがそれにツッコむ。
「あ、あの…………」
そんな皆の様子を黙って聞いていたカナレアが、僕をジッと見ながら何か言いかけるが言葉が続かない。
「さぁ、ルミア。私たちは先に戻って、外套の性能を確認しましょう……」
「……良いのですか?」
イリトゥエルが手をとるとルミアは聞き返すが、イリトゥエルは黙って頷くと振り返らずに歩き出す。
「シル、レン、ノリス。私たちも後片付けをしてきましょう。カナレア様の護衛には彼がいるから大丈夫」
それを見ていたセリカも妹たちに声をかけると、中庭から離れていった。
一応、土魔法のゴーレムを四方に配置していく辺りは抜かりがない。
そうして二人になると、カナレアはようやく話し始めた。
「あの、ジグ。このような件にあなたたちを巻き込んでしまい、本当に申し訳ございません。
本来なら王家の、それも他国の争いに関わらせるなどあってはならないはずですのに、それでも私には他に頼れる方が……」
両手でドレスを握り締め、俯きながら話すカナレアは本当に申し訳ないと思い、罪悪感に苛まれているらしい。
そんな彼女を見て僕は、ここまでに見聞きした事を思い出す。
アグノルホルムの街を通り、食事をしたときにも情報収集として色々と耳にしたが、カナレアは親しみやすい性格から国民には慕われていたらしい。
しかし、幾度かの襲撃以降は王城から出られず、国民の前に姿を現せない彼女を皆も心配していた。
そして城内ではセラーナの妹たちに守られている反面、それ以外の人々の中で誰を信じて良いのかわからず、王に仕えてこの地を護る極天星と、四天星の一角でありメイド姉妹の姉であるセラーナくらいしか頼れる者は無いが、彼らも自身の任務に忙しくては近くにいてもらうことは出来ないようだ。
そんな中で過去に助けられ、直接言葉を交わしたことのある数少ない相手である僕を頼るのは、それこそ藁にも縋る想いなのだと、長いあいだ心細い思いをしている少女にとっては必死の行動なのだと、僕は思う。
現実には有り得ないけれど、僕だって教会や孤児院の中に僕を殺そうとしている人が紛れていて、でもその証拠がなくて周りに訴えかける事も出来ないなら、どんなに不安で仕方がないだろうと考える。
しかしそれを彼女は実際に体験しているのだ。
いつ襲ってくるかも分からない殺意にさらされながら、それでも元凶であると思われる相手に対して親族の礼をとり、仮面を被り続けるしかないなんて。
それをまだ未成年の少女がしなくてはならないなんて、あまりにも酷い……だから僕は答える。
「カナレア様、あなたは何も気にする必要はありません。前にお目にかかって首飾りを賜った後、僕は師匠と話したことがあります」
「いったい、何を……?」
僕の言葉にカナレアは首をかしげながら尋ねる。
「僕みたいな身分の違う者にも恩を感じ、礼を尽くしてくださるカナレア様に何かあるなら、その時に僕が助けられるなら力になりたいと。
その為にはまだまだ頑張って修行をしなくてはならないと、師匠と話しました。
それにこの首飾りは僕だけでなく、珊瑚の髪飾りを贈った姉や、あの呼び出しの時に同席していた師匠、僕に治癒術を教えてくれた先生や、イリトゥエルの命も助けてくれました……」
僕は首飾りを手に取り、それを見つめながら続ける。
「あなたがあの時、ただの孤児である僕の意志を認めてくださったことや、周りの助けもあって冒険者になれました。
それ以前にも、この首飾りには本当に何度も何度も、危ない場面で僕と、僕の大切な人たちの命を助けられました。
そのお陰で今、僕はここに冒険者としています。
だから僕はあなたを……カナレア様を必ずお助けします」
「ジグ……ありがとう、本当にありがとうございます」
僕の言葉を聞いたカナレアは泣きながら微笑み、深々と頭を下げた。
僕はこれまでに様々なものを貰い、色んな人に助けられてきた。
首飾りもその中の一つで、そのどれか一つでも欠けていたら、きっとここにはいなかっただろう。
それに僕は生来、借りを作りっぱなしなのは落ち着かない性格で、助けられてばかりなのは借金を重ねているようで嫌なのだ。
ここらで貯まりに貯まった大きな借りを返さなくては、そのうち押し潰されてしまう。
メイドたちが戻るまで雑談しながら待つ間、先程の言葉に加えてそのように伝えると、カナレアはようやく表情を崩してクスクスと笑う。
「ふふっ、そのような考え方もあるのですね。
しかし今回、あなたが私を助けてくださるのなら、その天秤が今度はジグの方に傾くのでは?」
「えっ、あ~、それはまぁ、僕の借金ではないですし、あくまでも僕の場合は気にするってだけですので、カナレア様はお気になさらずということで……」
……いけない、これは今までの経験からして良くない流れだ。僕のセンサーがそのように感知している。
「このたびの作戦が成功すれば、私を害そうとする者は国内にいなくなるでしょう。
そうなると私はこの先の人生、少なくとも国内においては安泰を得るわけで、その借りは一体どれ程のものになるのでしょう?」
「いえ、だからそのルールは僕にだけ適応され……」
「カナレア様、そろそろお時間です」
焦る僕を見ながら、少し悪い顔をしてにじり寄ってくるカナレアを止めてくれたのは、彼女の有能メイドであるセリカの声だ。
食事以外にも積もる話が有るだろうと長めに時間を割いたようだが、あれだけ色々とあればさすがにカナレアの時間的余裕は底をついたらしく、次の予定がせまっているとのことだった。
「そ、それじゃあ僕はこの辺で! 今日はお招きいただき、本当にありがとうございます。イリトゥエルとルミアの分も僕が代わりに御礼申し上げます!」
「あっ、ジグ!」
「色々と確認が出来て準備が整ったら、一旦ご連絡を入れますので~!」
僕は早口でお礼と予定を告げると、セリカと入れ替わるように走り出す。
「セリカったら……あともう少しでしたのに……」
「姫様、そんなに急いては事をし損じますよ」
慌てて走り去る僕の背中には、そんなやり取りが聞こえてきた気がした。
ルミアの秘密兵器はクリムゼリスの使っていた外套でした。
大氷玉や神鞭、鍵に次いで、義手と同じくらいには貴重なものなのですが、初めて出来て大の仲良しとなったトモダチへの贈り物として、そしてこれからは何があっても逃げ隠れしないぞという決意も込めて、ルミアに渡されました。
どうするか話し合った後に最終確認や調整は残ってますが、おおよそどうするかは決まりました。
しかしカナレアとしては、本来なら部外者である彼らに命懸けの依頼をするのは心苦しい部分もあり、それを察した周りは話す機会を与えます。
あまり語られないジグの考え方もチラッと出ましたが、照れ隠しも含めて若干大袈裟に言ってます。
そして緊張が解れたカナレアからのアプローチが始まりますが、彼女には残念ながらタイムアップ。
あくまでも協力していたのは盾魔法を刻む対象や女心を理解しないジグに対してなので、カナレアも隙あらば虎視眈々と機会を窺っています。
何も知らないイリトゥエルもセリカには感謝しなくてはなりませんね(笑)
そんなわけで次回は補足と潜入までいきたいところです。




