第282話 海の国 その7 女心と新たな友情
「ふぅ……これで全部かな」
セーレンとセロノリスが持ってきた箱の中を空にした僕は、うーんと伸びをしながら呟く。
「こちらは終わりました。お手伝いは……必要なさそうですね。全くもう……」
「ジグさん張り切ってますね~。でもあんまり熱心だと、イリトゥエルさんが拗ねちゃいますよ~」
「ル、ルミアっ!」
集中していて時が経つのを忘れていたが、二人も魔石に魔法を刻むのは初めての割に問題無く出来たようだ。流石は女神とエルフの姫様だね。
「そういえばイリトゥエルの指輪の盾魔法も一年以上も前のものだし、この国で買えそうなら新しい装飾品を用意して刻みなおそうか?」
「は、はいっ!」
カンディバースの戦い以降、僕が以前刻んだ盾魔法では対応しきれない事が多くなってきていたし、良い機会だと思って提案すると、イリトゥエルは弾けんばかりの笑顔で頷く。
「あっ、ズルいですよ~。それなら私も欲しいです~」
「ルミアには本当に必要なの?」
「あっ! 今のはヒドいっ! 聞きましたかイリトゥエルさん? ジグさんったら今とんでもなく冷たいことを言いましたよ~!?」
ルミアがハイハイと手を挙げて言うので、僕は疑わしいものを見るような目で尋ねる。
すると彼女は心外だといった表情でイリトゥエルにしがみつき抗議するが、その姿はもはや母親に告げ口する娘である。
「まぁ半分は冗談だけどさ。実際のところはどうなの?」
「半分は本気なんじゃないですかっ! まぁ私の場合、一人だけ仲間外れなのが嫌なだけなんですけどね~」
ルミアは口を尖らせて言うが、その表情はほんのり寂しげだった。
たしかにイリトゥエルだけでなく、カナレアにまで目の前で盾魔法を刻んだものを渡せば、自分も欲しくなるのが人情ってものだろうか。
……いや、中身は神だけど。
「分かったよ。あまり高いのは無理だけど、何か良いのが見つかればそれを……あっ!」
僕は目の前に立つ二人を見てハッと気付く。丁度良いものがあるじゃないか。
「カナレア様、この魔石にはまだ何も込められてはいないんですよね?」
僕は先ほど貰ったばかりのナイフを腰から抜き、手に取って尋ねる。
「はい。特注品ですし、新品そのものです」
「ぅえっ! 特注品!?」
サラッと新事実が明らかになったが、たしかに先に帰還したセラーナからの報告が届いていたなら、特注品を三人分依頼して完成するまでの時間もあるか。
「あははは……それはまた良いものを、本当にありがとうございます。
じゃあ二人には、このナイフの魔石に僕の盾魔法を……って、どうかしたの二人とも?」
僕がナイフについた魔石を見ながら話していると、イリトゥエルはドンヨリとした、死んだ魚みたいな眼で俯き、ルミアは眉をひそめたうえ口もひん曲げて今にも「ハァ?」とか言いそうな顔をしていた。
「わ、わたっ、わたしはそれでも、い、いい、です、よ……」
「この人は本当にどうしようもないですねぇ。
見てご覧なさいこのイリトゥエルさんのガッカリした姿を。上げて落とすにも限度ってものがありますよ」
「えっ? ええと、なんかその、ごめん」
「この顔は何が悪いのか絶対分かってませんねぇ……」
イリトゥエルが途切れ途切れに消え入りそうな声で言うと、ルミアは眉をピクピクさせながらこちらを睨む。
何だろう、この不穏な空気は?
食事を終えて盾魔法を刻んだまでは良かったのに、僕は一体どこで何を間違えたのだろう。
目の前でお怒りな様子のルミアは頭を抱えているし、イリトゥエルは涙目で魂が抜けかかっている。
「ジグ、あの……」
「なりませんカナレア様」
カナレアが何か言いかけたが、セリカがそれを制して首を振る。一体何がどうなっているのだろうか。本当に誰か教えてほしい。
するとこれまで黙っていたセシルが、大きな溜息をついた。
「私の攻撃を防ぎ、カナレア様の装飾品をこのように見事な守りの魔道具にしてみせた少年とは、とても信じられませんね」
「シル姉さんの言う通り、途中までは格好よかったのに残念ですねぇ」
「ねぇねぇ、おにいちゃんはもしかしてばかなのー?」
セシルが感情の読めない冷たい目でこちらを見る。
セーレンは頬に手を当て、困ったように微笑む。
そしてセロノリスが僕の体をツンツンとつつきながら、下から覗き込んで問いかける。
「うん、もしかすると僕はバカなのかも知れないね。
ははっ、あはははは……」
僕は女性七人からの冷たかったり、呆れだったり、心配そうな視線を浴びながら、しばらくその場に立ち尽くしていた。
その後しばらくの間、僕は正座をしながらカナレアとイリトゥエル、そして傍観を決め込むことにしたらしいセリカを除いた女性陣からの、時に激しく、時に優しいながらも心を抉るお説教を受けた。
そうして精神的にボコボコにされた僕がイリトゥエルに謝ろうとする頃には、肩を抱いて話を聞き慰めていたカナレアと、これまでのことを話して目の周りを赤く腫らしたイリトゥエルの間には、何やら友情のようなものが芽生えていた。
「私とあなたはライバルになるのでしょうけれど、今この時だけは応援しますよ」
「ぐすっ、カナレア様のお心遣いに感謝いたします……」
「よいのです。それともうお友達なのですから、私のことはどうかカナレアと呼び捨てになさってください。ね、イリトゥエル?」
「は、はい。ありがとう……カナレア」
「ふふっ、どういたしまして、イリトゥエル」
もうすっかり意気投合した二人は、ふふふと笑いながら互いの手を握っている。
そして二人のすぐそばに立って、その光景を見ているセリカに至っては「カナレア様にも心許せる御友人が……!」などと言って涙を流し、口元を押さえて感動していた。
……なんだこれ。ホントにどういう状態なの?
困惑している僕は相変わらず正座のまま、自分を見下ろす女性たちの視線に耐えていた。
するとカナレアがこちらを見る。
「ジグは皆の言ったことが分かりましたか?」
「はい……」
叱られた件については、自分が女心というものが分かっていないことが原因ということで理解も出来た。
たしかに僕も期待していたプレゼントを、先に貰ったもので代用されたらガッカリするだろうなと思うので納得だ。
……ん? 何かが違うような気もするけど、そこはまぁ追々考えよう。
今はイリトゥエルとルミアに新しい装飾品と盾魔法を。これだけ分かっていれば良いだろう。
「ではもう良いでしょう。皆も許してあげてくださいね」
頷いた僕を見てカナレアが宣言すると、ようやく僕への冷たい視線は感じられなくなった。
「それでカナレア様。結局のところセシルさんが僕を襲ったというか力を試したのは、過去の誘拐や襲撃の犯人がまだ捕まってないから、僕たちに協力して欲しいって事なのでしょうか?」
僕が質問するとカナレアは席につき、僕たちにも座るように促す。
「……答えは、はい。であり、いいえ。でもあります。
リッツソリスにおける誘拐については後日、セントリングから齎された情報もあって、首謀者である中級貴族がすぐに捕らえられ処刑されました。
三度の襲撃についても騎士団が調べて証拠を摑み、上級貴族が粛正されています。
しかし、それらは本当の黒幕の身代わりになったに過ぎないと、私たちは考えています」
僕たちが揃って席につくとメイドたちが心配そうに見守るなか、カナレアは自分の身に起きていることを話し始めた。
前回の話を聞いて怒り、カナレアの持つ装飾品の魔石に盾魔法を刻みまくったジグでした。
そしてカナレアだけでなくイリトゥエルにも渡すとなると、ルミアだって欲しくなるのは仕方がありませんがそこで藪蛇。
大人しく新しいものを買えば良いのに、良いことを考えついたと思って提案したら、藪をつついて蛇どころかヤマタノオロチが出てきてしまいました(笑)
その間にも一つの友情が芽生えましたが、クリムゼリスとルミアの相性が良かったように、カナレアとイリトゥエルもどこか通じる部分があったようです。
ジグは長々とお説教されて理解したのかと思いきや、どこかズレた理解の仕方をしているようですが、今はとりあえず大事なことを聞いて明らかにしなくてはなりません。
というわけで、いよいよ次回はハイワーシズ編で予定していた本題に触れます。




