第279話 海の国 その4 手土産と試験
招待状を受け取った翌日、僕とイリトゥエルとルミアは言われた通りなるべく気を遣わず、いつもの格好で行くことにした。
「それにしても招かれた側が手ぶらっていうのも、これはこれでどうなんだろうね?」
「たしかに何かしら、お土産くらいはあった方が良さそうですよね~」
「それではこの前のオオドクトゲザカコが氷漬けにしたままですし、献上品になるくらいですから、それを持参してはどうでしょう?」
支度をしながら僕が疑問を投げかけると、到着してからまだ売却しにいけてなかった氷漬けの魚があったので、それを持っていくことにした。
「せっかく我慢したのにぃ……」
「まぁそのぶん、魚がご馳走に化けたと思えばいいんじゃない?」
「ほぉぉ、それもそうですね~!」
「では行きましょうか」
貴重な魚を売れないのはこの際仕方がないし、他の魚の代金でもそれなりにはなりそうだった。
ルミアも代わりがあるならと納得してくれたので、イリトゥエルの作った小さなアイスゴーレムにそれを持たせて、僕たちは指定された場所へと向かった。
宿泊している建物を出て近衛兵の守る城の入口に行くと、招待状と献上品を見せる。
すると予め指示が出されていたのか、兵士が扉を開けて中の人に声をかけると、そこには昨日のメイドさんがいた。
黒髪を三つ編みおさげにしたメイドさんはこちらに気付くと、冷たいとも温かいとも判断しかねる、感情の感じられない目で僕らを見る。
「ここからは私がご案内いたします」
そう言って歩き始めた彼女を見て、ルミアとイリトゥエルが少し緊張する。
「これはなかなかですね~」
「えぇ、かなり出来ると思います……」
「どしたの二人とも?」
メイドさんの少し後に続きながら、小声で話す二人に問いかけると、彼女たちは同時にこちらを見て意外そうな顔をする。
「嘘でしょう!? ジグさんは気付かないのですか?」
「メイドの姿をしてますが、あの方はとんでもない手練れではありませんか」
「ん? あぁ……」
なにをバカなことをと言わんばかりの二人を見て、僕は納得する。
「いや、そりゃ気付いてるけどさ。でも王女様のお付きのメイドさんなんだし、もしもに備えて戦いの心得くらいはあるんじゃない?
それについ最近、王城内であんな襲撃があったのに一人でお使いに来たり、他国の冒険者相手に一人で案内させたりするんだから、カナレア様だってそれなりに考えてるんじゃ?」
「……ふむ、たしかに~」
「言われてみればそうですね。
それにしても『カナレア様』ですか。はぁ……」
僕がそう言うと、二人は少しのあいだ無言でこちらを見ていたが、一応納得はしたようだ。
「こちらです」
そうしてしばらく廊下を歩き続けると、メイドさんは一つの扉の前で立ち止まり、それをゆっくりと開いた。
僕たちは案内されるままに中へ入ると、そこはだだっ広い大広間で王女様はおろか、食事も家具も一切無い空間だった。
「ええと、ここって一体?」
「申し訳ございません。カナレア様とお会いいただく前に、私には一つだけ確かめねばならない事があるのです……」
僕が振り返りながら問うと、閉められた扉の前に立つメイドさんはそう言ってどこからともなくジャキッと、メリケンサックと反りのあるナイフが同化したような二本の武器を取り出した。
「おおっと、これはいけませんね~」
「なっ、恩恵の武器……!」
「えっ、ちょっ……」
僕がちょっと待ってと言いかけた時には既にメイドさんは動きだしていて、拳を構え長めのスカートをたなびかせながら、猛烈な勢いで駆けてくる。
「シッ!」
「くっ……うぁ!」
繰り出された右拳をどうにか白剣で受けると、女性とは思えないその腕力に手が痺れる。
「いきなり何をするのですか! 私たちは王女に招かれた客人、あなたは主の客を攻撃しているのですよ?」
「問答…無用!」
イリトゥエルの言葉にも耳を貸さず、メイドは右手で白剣を弾くと左拳を打ち込んでくる。
僕はそれをバックステップで躱すが、逆手に持ったようになっている刃の部分が僕の頬をザックリと切り裂いた。
「うっ、なんて斬れ味だっ」
纏った風をアッサリと切り裂いたそれを見て、僕の背筋には一気に冷や汗が滲む。
「こんのぉっ!」
「やむを得ません!」
するとその背後からルミアが跳びかかり、イリトゥエルも魔法を放とうとした。
「ダ、ダメだっ!」
「『黒桜裁……』あらぁっ!?」
「『アイシクル・ラ……』えっ!?」
僕は二人の足に糸を巻きつけて魔法を妨害し、イリトゥエルとルミアは天井からぶら下がるような姿勢になる。
「ちょっとジグさん、何するんですか~!?」
「ジグ! 一体どうして……」
「隙だらけの僕たちに魔法も使わず、三人いるのに僕しか狙ってないって事は、僕にだけ用があるって事だ! なら二人は手を出さずに見てて!」
素早く繰り出される連打をどうにか捌きながらそう言うと、糸を解除して戦いに専念する。
「私は三人相手でもよろしいのですよっ!」
「あなたが敵なら、それもアリなんですけどねっ!」
先ほどまで無感情だったメイドはそう言いながらニヤリと笑うと、剣も拳もギリギリ届かない間合いからこちらに背を向け、同時に右足を繰り出す。
僕はもの凄い勢いと威力で腹に突き刺さらんとするそれを、横から掌底を叩き込んで軌道を逸らすと同時に接近を試みるが、それを待っていたかのようにメイドの軸足が跳ね上がる。
「うっ……くっ!」
顎を下から蹴り砕かんとする左の踵を、僕は思い切り仰け反ってどうにか避ける。
あと数センチ前に出ていれば顎が粉々にされ、アッパーを喰らったボクサーのようにノックアウトされていたことだろう。
僕はそのまま後転して体勢を整え、メイドも片手を床について着地し互いに睨み合う。
それにしても今のメイドは活き活きした顔をしていて、戦闘に入ってから随分と感情が出てきている気がする。
「メイドと言うよりはボディーガード……いや、冒険者や戦士みたいだ」
「!! そう……そうです。私に出来ることは、私が得意なのは、今も昔もこれだけ……」
メイドは呟くようにそう言うと武器をしまい、両手を突き出して深く息を吸い込む。
そして両手首をくっつけ、両方の手のひらを大きく開いてこちらに向けると、その手には目に見えない魔力がユラユラと集まり始め、やがてそこだけ世界が歪んでいるかのように見え始めた。
「いけませんジグさん! それは無属性の……っ!」
『エル・オーラ……』
「そこまでです!!」
ルミアが叫びメイドが魔法を発動させようとした瞬間、そのメイドは同じ服装をした何者かに組み敷かれ、部屋には透き通るような声が響く。
僕が声のした方を見ると先ほどの扉は開かれ、そこには長くウェーブした輝く金髪に僕の身に着けている首飾りと同じ、青い瞳をした少女が立っていた。
「久し振りですね、ジグ。見た目は随分と逞しくなりましたが、優しい眼はあの時のままのようで安心いたしました」
「お久し振りです。自分のことはよく分かりませんが、カナレア様もお元気そうで何よりです。
それで、ええと……どういう事か説明していただけますか?」
「もちろんです。しかしここでは落ち着いて話も出来ませんから、まずは私の庭までご案内いたしますわ」
優しく、そして嬉しそうに微笑むカナレアに尋ねると、そう答えた彼女は自ら案内を買って出た。
気を遣わなくても良いとは言われても、招待されて手ぶらで行くのは流石にダメだと判断した三人は、稀少魚を手土産にすることにしました。
食事には出られても、ゆっくり売買をする時間は無かったのが幸いしましたね。
王宮内にはカナレアからの通達があったため、割とスンナリ入る許可が出ましたが、主の希望や意志とは全く正反対な行動をとるメイド。
こちらも王女に仕えるだけあって普通ではありませんでしたが、前世で二次元作品に慣れ親しんだジグは、その正体が戦闘メイドだと気付いても(良くも悪くもですが)特に驚きません。
突然起こったメイドとの戦闘はカナレアの出現で終わりも突然でしたが、もう少し良い出会い方を思いつけば、修正する可能性がありますので予めご了承ください。




