第270話 ハイワーシズへ その1 義手の素材と知る条件 (二視点)
今回から再びサブタイトルが変わり、ひとまずやるべき事の整理とちょっとしたエピソードを二人の視点で。
グランドセイルを出発してから半日ほどが経った。
僕たちはアルテミアと共にケオカマールの船に乗っていたが、酔い止めが残り少ないルミアはもしもに備えて薬を節約するため、今は与えられた部屋で寝ておりイリトゥエルもそれに付き添っている。
僕はというと、船の航行や見張りにはハイワーシズの騎士や兵士たちがいるので、現在は暇を持て余している。
しかし暇とは言え部屋に籠もっているのも勿体ないので、甲板に出て邪魔にならないところに座り、一枚の紙を取り出した。
「どれどれ……」
それはグランドセイルの戦いの後、時間を見つけては海の民に聞いて回った、クリムゼリスの義手についての情報が書いてある紙だった。
「確か前にハイワーシズの騎士から聞いたのは、義手を作るには特殊な素材と、本人か同じ属性の魔力が膨大に必要ってことだったっけ。
それと長老たちから聞けたのはヒヒイロカネっていう金属が必要なのと、それを加工するのにドワーフの技術が必要……と。
あと、あの義手はクリムゼリスが使ってるけど、本来の名前は『パルクラークの右腕』って事くらいかぁ」
義手については製作当時の上層部の一部しか詳しい事を知らず、発注した先代は当然亡くなっているし、名前の由来となったパルクラーク翁もクリムゼリスを守るために戦死していては、これくらいしか情報を集められなかった。
「他にも素材が必要で、この辺で集められるものがあるなら集めておきたいんだけどなぁ。
っていうかそもそも、ヒヒイロカネってどこで手に入れれば良いのか、それすら不明だよ……」
話してくれた老人は「作ったドワーフに聞けば良い」なんて言われたけど、そこでもしも「ハイワーシズにある○○が必要だ」とか言われたら結構困る。
せっかく遠くに来ているのだから、集められる素材は出来る限り自分で用意してから、セントリングに帰りたいものだ。
「あっ! 素材と言えばリジェンダさんからも、珍しいものがあったら持ち帰るように言われてたっけ……」
リッツソリスを出発する前に薬品工房で彼女から散々サービスしてもらった僕は、その対価として薬品の素材になるようなものや、セントリングでは手に入りにくい物の調達を依頼されていた。
「うわぁ、イサプレアの街でイリトゥエルたちが倒したっていう、イカや盾みたいなモンスターの素材なんて、セントリングでは見ないし完全に当て嵌まるヤツじゃん……」
重傷から立ち直ったばかりとは言え、あのとき呑気にお風呂に入っていた自分を恨めしく思いながら、僕は頭を抱えた。
「うーん、情報が足りない、素材も足りない、ついでに財布の中身も足りない……」
「そんなところで何をしておるのだ?」
無い無いだらけの状況にどうしたものかと悩んでいると、後ろから声がした。
振り返るとそこには大きな影……ではなく、ハイワーシズに向かうべく共に乗船しているプロディサウラがいた。
「いやぁその、実は……」
そう言えばクリムゼリスの護衛や彼ら自身の負傷などがあって、アクノヴァルナやプロディサウラには義手について聞けていなかった。
僕は互いに時間もあることだしと思い、長くなるけどと前置きして事情を細かく説明すると、プロディサウラは黙って最後まで聞いてくれた。
「ほほぅ、ここ数年でセントリングにはそのようなことが起こっていたのか。それにしても小僧が護聖八騎だけでなく、魔王軍の四天王とも関わりがあるとはな。
ふむ、これで三海将のうちの二人が敗れたというのも、ワシの計画が阻止されたのも納得できた。
そうかそうか……ようやくスッキリしたというものだ」
腕を組んでウンウン頷くプロディサウラは悔しさなど微塵も見せず、本当に言葉通り納得して腑に落ちたという表情をしていた。
「……恨んではいないんですか?」
「勝敗は時の運であり兵家の常だ。
負けたのはワシの力が足りなかった、ただそれだけのことよ。
それにしても小僧、お主は戦いの時と普段では随分と感じが違うではないか」
「そうですかね? うーん、ちょっと自分ではよく分からないです」
僕の質問に当然のように答えるプロディサウラは、やはり上に立つ者としての器の大きさなのか、それとも単に過去にこだわらない性格なのか、ともかく敗戦を引き摺っている様子は無かった。
「して小僧、その義手のことだがな。ワシで良ければ知っていることを教えよう」
「えっ、何か知ってるんですか?」
「うむ。必要な素材やあの義手の作られた経緯など、その全てをワシは知っておる」
「ぜ、是非教えてください!」
「良いだろう。だがその代わり、一つ条件が有る」
「……え?」
◇◇◇◇◇
「うぅ~、せっかく寝てたのに何事ですかぁ……」
「兵士の方々が話してるのが聞こえたのです。ルミアも早く行きましょう!」
静かな部屋で読書をしながらルミアの様子を見ていた私は、外の騒ぎを聞きつけるとルミアを起こして部屋を飛び出した。
「こ、これは一体……」
早速船酔いし始めたルミアに回復魔法をかけながら甲板に上がると、そこには何故か戦いに敗れてハイワーシズに向かっているはずのプロディサウラと、次々放たれる大きな拳に防戦一方のジグがいた。
しかし、それを周りは止めるでもなく、アルテミア様やケオカマール様までもが興味深そうに見物していた。
「ぬぅんっ!」
「ぐっ……こ、このっ!」
時折反撃に出るジグの攻撃はなかなか直撃せず、そのほとんどがいなされ、防がれる。
……どう考えても普段の彼なら、ここまで苦戦するはずは無いと思うのだけれど、いつもよりジグの動きが悪いように見える。
「おぉ、今のは良いぞ! だがこれならどうだっ!」
「ぐあっ! 病み上がりのはずなのにどうしてこんなに……くっそぉっ!」
よく見ると互いに魔力を一切使わず、純粋な体術だけで戦っている。
だとしても体格差があるとは言え、たしかジグも厳しい訓練で魔法や剣術だけでなく体術も鍛えていたはずなのに、これほどの実力差があるというのは驚きだった。
そうしてしばらくのあいだ戦っていた二人は、日が沈む頃になってようやく動くのを止めた。
ジグは至るところボロボロで大の字になっていたけれど、プロディサウラの方は汗だくになりながらも、まともに攻撃を受けたのは数回しか無かった。
「……ふぅ。では小僧、明日も頼む」
「はぁっ、はぁっ、り、了解っ!」
汗を拭って立ち去っていくプロディサウラにジグが答えると、見物していた人たちも解散した。
「彼と争う理由などもう無いはずなのに、どうしてこんな事を?」
私はジグのもとへ歩み寄ると、彼に回復魔法をかけながら戦う理由を尋ねる。
ちなみに船酔いが悪化したルミアは、日没の少し前には部屋に戻っていた。
「はぁ、はぁ、ええと、義手の素材については話したよね?」
「えぇ。仕事の合間に聞いて回ってましたし、集めた情報については皆で共有してますね」
「まだあれじゃあ足りないからどうしたものかと思ってたんだけど、プロディサウラ…さんが詳しい事を知ってるみたいなんだ。
それを教えてくれる代わりにハイワーシズに着くまでのあいだ、退屈しのぎとリハビリに付き合うように言われて、相手をすることにしたんだよ」
ようやく息が整ってきたジグが理由を説明する。
どうやら既に手付けとしてプロディサウラは、彼の知らなかったことを一つ教えてくれたらしく、ジグは嬉々としてその条件をのんだらしい。
「ヒヒイロカネについてはドワーフが持っているから、高価だけど買えるみたい。
魔力はモルド神父なら問題ないし、あとは他の素材さえ手に入れられれば……」
情報が思うように手に入らず壁にぶつかっていた彼にとって、その全てを知るプロディサウラの存在は恐らく、救いの手に等しい。
「これでモルド様の右腕もクリムゼリスのように、戦いに耐えうるものにしてあげられますね。本当に良かったです」
「うんっ! 本当にモルド神父は凄いんだ。義手を身に着けて以前のように戦えるようになったら、きっと皆も喜ぶし本人だってもう悔しい思いをしなくて済む。
それにプロディサウラさんとモルド神父の戦い方って、同じような体格をしてるのに全然違うんだ。
神父のはこう、全てを打ち倒すような圧倒的な力って感じなんだけど、プロディサウラさんの方はイリトゥエルも実際に戦ったから分かるかも知れないけど、相手の攻撃を無効化して同時に自分の攻撃を当てる感じで、全然タイプが違うんだよ。
あまり見たことの無い戦い方だから、さっきみたいに訓練として手合わせできるのが凄く勉強になるんだ!」
自身の恩人であり目標でもある神父様のことを、それはもう嬉しそうに話す彼を見て私も思わず顔が綻ぶ。
それについ最近まで敵だった人物がジグを助け、成長にも一役買っていることに運命の不思議を感じる。
「ふふふっ」
「ん、どうかしたの?」
「いえ、世の中は何がどう関わってくるのか予想もつかないものだなと思って、少しおかしくなっただけです」
「?」
キョトンとしている彼を見て、私は今のこの時間にも幸せを感じ、また笑みがこぼれる。
「さぁ、そろそろルミアがお腹を空かせる頃です。私たちも戻りましょう」
「そうだね。僕もずっと動いてたからお腹ペコペコだよ」
私は彼の手をとって立たせると、二人で美味しそうな匂いの漂う船室の方へと歩いていった。
海の民編の前や途中で掲げた目標の再確認でした。
義手については海の民でもごく一部しか知らなかったこともあり、調べても全貌は明らかになりませんでした。
しかし元々が元帥を務め、パルクラークを師匠に持つプロディサウラは詳しい事を知っていましたが、それを知りたければちょっと付き合えと、ジグに手合わせの提案。
これは武闘家としての側面をもつプロディサウラが、自分の野望を打ち砕く一助となったジグ本人に興味が湧いたために向こうから接触を図ってきましたが、ジグとしても情報だけでなく、これまでにいなかったタイプの体術使いに出会って成長のチャンスでもありますね。
それに海の民編の全般を通して、クリムゼリスやルミアに出番を喰われがちだったイリトゥエルにも、作者が氷漬けにされる前に出番をということで、このような形にしてみました(笑)
イリトゥエルは基本的に大人しい子なので、他に癖の強いキャラがいるとどうしても影が薄くなりがちですが、作者的にはジグと二人でいるのを描くのは結構好きなので、やはりヒロインなんだなぁと実感する次第です。
そんなわけで最近は治療や体術についてジグの成長も書けたので、次はまた他の部分に触れながらハイワーシズを目指します(予定)




