第223話 大海を越えて その5 歌と耳栓
新編成になった翌日、最初の海賊による襲撃以降はたまに海に棲む中でも弱いモンスターが現れる程度で、船は順調にハイワーシズへと進んでいた。
「あっ、ジグ君。おかえりっ」
「ただいまぁ……」
ウンザリした状態の僕が甲板に戻ると、一緒の班になったラティナが迎えてくれた。
「ダンク君も随分と嫌そうな顔をしていたけど、入浴中の大臣の護衛ってジグ君でもそんなに疲れるものなの?」
「うん。ダンクから聞いてるかもだけど、あの大臣が着ている服やゴテゴテした装飾品って、全部守りの魔道具らしくてさ。
アレを付けてるうちはかなり守りが堅いらしいけど、それを外さなきゃならないお風呂だけは無防備になるから、護衛は必ず風呂に同行しなきゃならないんだ」
「うんうん、それでケルガー様とダンク君が交替で頑張ってたね」
ラティナは川下り中の様子を思い出しながら相槌を打つ。
「でもさぁ、僕の場合は身分が低いから特に嫌味を言われるし、何より……」
「そ、そうだったね……あれは酷いよね。ってまだ他に何かあるの?」
僕は風呂での様子を思い出しながら、ラティナに頷くと続きを話そうとするが、一瞬体がそれを拒絶した。
「あ……あれは悪夢だよ。大臣は風呂好きらしいんだけど、嫌味を上機嫌で言うだけならまだしも…………歌うんだ」
「う、歌うのがそんなに辛いの?」
「あ、あの巨体と見た目のくせに、僕やルミアに延々と嫌味を言うくせに……あの大臣は同一人物とは思えないような透き通る声と猫なで声で、本当に可愛らしい歌を口ずさむんだよ……」
「ひっ……」
僕が思い出して背中をゾワゾワさせ、わなわなと震えながら答えるとラティナはそれを想像したのか、口元を押さえて小さく悲鳴を上げた。
「しかもそれがまた上手と音痴の狭間を絶妙に行き来するから、聞いてるこっちは堪ったもんじゃないんだよ……!」
僕は新種のモンスター、その名も『猫なで蛙』の不協和音攻撃を思い出すと冷や汗が出てきて、心拍も乱れてきた。
思い出すだけで体と精神の調子がおかしくなる。ダンクとケルガーはよくあれに耐えられたものだ。
「あ、あのねジグ君。実はあの二人は耳栓をして、その代わりに魔力の回復薬を飲みつつ、ずっと索敵魔法を使って護衛や警戒をしてたらしいよ。
その方が歌を聴くよりは最終的に楽なんだって言ってたっ」
「そ、そんな方法が? どうしてあの二人は僕に教えてくれなかったんだ……!」
「い、一度はアレをジグ君にも体験させるから、それまでは秘密にするようにって言われてて……あっ! ゴ、ゴメンねっ!?」
事情を説明していたラティナは、僕が若干涙目になっているのを見ると慌てて謝っていた。
「そ、そうか。二人も最初はこんな気持ちだったのか……」
僕は辺りを見回すと、自分たちの前の時間を担当していたケルガーが仕事を終え、寝る前の自由時間に風に当たりに来ている姿を見つけて恨めしいような……しかし同志を見つけたような複雑な気持ちになる。
ちなみにケルガー班にいるルミアは酔い止めが切れる前に食事を済ませ、既に部屋に戻っているらしい。
「だ、大丈夫?」
「うん、対処法があるなら次からはそうするよ。あの歌声は一度でも聴いたら一生忘れられないだろうけど、僕には同志がいるからきっと大丈夫さ……」
「そ、その顔色は全然大丈夫そうじゃないよっ!?
……あっ、オリヴィエちゃん! ちょっとジグ君の様子がおかしいから回復魔法をかけてあげてっ!」
「ラティナ、私は夜勤明けだからそろそろ休みたいんだけど………顔が真っ青じゃない! これはマズいわね。ジグ、しっかりして!」
猫なで蛙の歌によって体調に異常をきたした僕は、しばらくのあいだオリヴィエの回復魔法を受けるとようやく体が正常に戻った。
このままでは命に関わるので、ダンクに聞いて一刻も早く耳栓を用意しなくてはならないと、僕は胸に刻んだ。
◇◇◇◇◇
それから更に数日が経ち、新しい班や大臣の歌への対処にも慣れた頃。
現在の海域は比較的穏やかで平和だが、この船の中継地点として目指している島の付近には海賊もいるはずなので、僕とラティナは揃って船首の方で警戒にあたっていた。
「おかえりジグ君。お風呂の護衛の後でもすっかり大丈夫になったねっ」
「ただいま。ふふふ、ダンクやケルガー様から耳栓について聞いて、更に僕が独自に改良を加えたからね。今やあの歌で倒れるほど苦しむ人はこの船にいないよ」
僕は糸で作り上げた耳栓を見せながら答えると、ラティナは満足そうに頷く。
ちなみにこの耳栓はいくつか用意して、ダンクやケルガーはもちろん、大臣のお付きの人にも配ってあげた。
彼らは拷問のような入浴タイムに必ず毎回二人ついていたが、交代で耳栓を使うことで負担が半分になると涙を流して喜んでいた。
……まぁ、お付きの人たちは大臣に呼ばれたら聞こえないと困るし、二人が完全に耳を塞いだら仕事にならないもんね。
その点は索敵魔法を使って気配だけ感じ取っていれば良いし、声がしたらお付きの人の反応を感知できるから僕たちは楽なものだ。
「それでラティナ、もうそろそろ島が見えてくるとか言ってた気がするけど、まだなのかい?」
「さ、さすがにまだ気が早いよ。予定だと到着は夕方になるらしいからねっ」
ラティナは海図を取り出して確認すると、現在のおおよその位置と目的地を指差して微笑む。
「そうかぁ。船旅も楽しいけど、何日も海の上じゃあさすがに陸地が恋しくなるね。ここじゃあ寄ってくるのはモンスターか海賊ばかりだし」
「あははっ、たしかにそうだね……あっ、海賊と言えばジグ君。初日に出くわした海賊が一番手強かったけど、私たちが戦った方に頭目がいなかったって事は、ジグ君たちの方にいたんだよね?」
「ん? あ~、まぁ……そうだね」
僕は初日の戦闘を思い出して苦笑いを浮かべる。
「……? 副頭の二人があれだけ強かったなら頭目はもっと強そうだし、それを相手に三人がどう戦ったのか、今後のためにも聞かせてもらえないかなっ?」
僕の反応が少し変だと気付いたのか、ラティナは首をかしげてこちらを見ていたが、騎士としての興味の方が勝るらしく話を聞きたがった。
「ん~、わかったよ。じゃあ教えるよ……」
「わあ、ありがとうジグ君っ!」
好奇心に目を輝かせるラティナに負けた僕は、仕方なくその時の話をすることにした。
ネタが浮かんでしまい今回もコメディ回となりました。
しかも長くなりそうなので次回に持ち越しです。
蛙の歌のイメージとしては「ウィー○少年合唱団」のような美しく透き通る声と、ゴロニャンと言いそうな猫なで声を混ぜて、更に高身長・高体重・高飛車なウィルヘルム大臣から発せられる気持ち悪い声とでも言いましょうか。
(ウィー○少年合唱団を馬鹿にする意図はございませんので、そこはご理解ください)
それを脳内再生してたまに上手に、時に音程を外したり声を裏返らせて貰えれば、ジグの気持ちが少しは分かるはず……?
ちなみにウィルヘルムの歌ですが、特に魔力や魔法を使っているわけではありませんので、完全にお遊び要素だと思ってください。(今後の展開次第では何かの役に立つ……と良いですね(笑))
次回は海賊の本船との戦いの模様を説明して、出来れば中継地点まで行きたいと思います。(予定)




