第144話 閑話 嵐の舞い手と霊樹の守護者 (アルテミア視点)
今回は本陣の会議後に前線へ向かった三人のうち、アルテミア視点のお話です。
最初は誰にしようか迷ったのですが、治療の仕事がメインなレストミリアや、前回のお話で意識を失っていたアイゼンフォートでは、話が繋がりにくいかなと思いアルテミアにさせていただきました。
団長の指示で動き出した私はアイゼンフォート様やレストミリアと共に、騎士たちを率いてウルファルクと戦っている冒険者たちの元へと急いだ。
やがて見えてきた戦場は、激しい戦闘で建物は瓦礫と化し、ウルファルクの生み出した眷族や、それらと戦っていた冒険者が辺りに倒れていて、さながら地獄のような光景だった。
「コレは酷いのぅ…ひとまずワシはウルファルクの相手じゃ。アルテミア嬢は援護を頼むぞい。
レストミリア殿、お主には皆の治療を任せるが良いかの?」
「了解しました」
「もちろんさ。二人とも、気をつけてね」
「二人とも、それじゃあ行くぞい!
『エル・メニア・アイアンランス!』」
到着するなりアイゼンフォート様は、ウルファルクの足を目がけて鉄槍を放つと、その四本の太い足を地面に縫い付けた。
「今じゃ!」
「はあぁっ『嵐穿弓!』」
「よし、今のうちに…『エル・アクアハンズ!』」
眷属の狼たちを薙ぎ払い、足元に気を取られたウルファルクの眉間に嵐の矢が命中すると、その隙にレストミリアは手の形をした水魔法で冒険者たちを絡め捕り、後方へと一斉に移動させた。
「おおっ、待っていたぞアイゼンフォート殿!」
「ここはワシらが支える。魔力の消耗が激しい者は下がって回復せよ。負傷者はレストミリア殿のところへ運ぶのじゃ!」
「はっ!」
援軍の到着で息を吹き返した冒険者たちは、負傷者や魔力切れの近い者を下がらせると、私たちと共に再びウルファルクとの戦闘に入った。
「ここにいるワシらだけでは絶対にヤツは倒せん。まずはこちらの被害を抑えつつ、とにかく時間を稼いでヤツの疲労を待つのじゃ!」
「おおっ!」
アイゼンフォート様は皆を鼓舞し、自らは防御に徹して味方への被害をとにかく最小限に抑えるつもりだ。
私はウルファルクの攻撃を邪魔するのに専念して、眷属の狼は冒険者や騎士たちに任せることにした。
「私が前に出ます。アイゼンフォート様は皆の守りを!」
「そうじゃのぅ。他の者がいては『嵐の舞い手』の邪魔になってしまうからの」
「ア、アイゼンフォート様!それは姉さんの二つ名であって、私では姉に遠く及びませんよっ」
「おうおう、そんなに謙遜せんでも、お主の重ねてきた努力は誰もが知っておる。
この場にラジク坊主がいないのは残念じゃが、代わりにワシがどれほど姉に近付いたか見てやろう。お主も存分に舞うがよい。
…もちろん無理は禁物じゃがな?」
「ありがとうございます。では…」
私は先に回復薬を飲んでから、精神集中して風の魔力を全身に纏い、トンッ、トンッと軽くジャンプし始める。
纏った風は普通の属性身体強化よりも更に外側へ、少し広い範囲を風で満たし、激しく渦巻いていく。
私がまだ幼かった頃、その頃からすでに中級騎士として任務に就いていたラファエラ姉さん。
当時はまだ二十歳前だったのにも拘わらず、遠からず護聖八騎に数えられるだろうと言われていた、その美しい姿を見て私は強く憧れた。
少しでもあの頃の姉さんに近付きたいがため、ひたすら努力し、仇を討つべく力をつけ、そして何より姉の遺志を継いで国や民を守るため、私は騎士になった。
「姉さん、私はあなたにどれほど近づけたでしょうか…」
思い浮かべるのは薄らと緑色に光る風を纏う姉の姿と、それと同じ色を宿したいつもと違う姉の瞳。
私はリズムをとって目を瞑り、頭を、そして心を空っぽにしていく。迸っていた風が一瞬凪いで私は目を開くと、それを見ていたアイゼンフォート様が息を呑んだ。
「おお、その眼…本当にラファエラそっくりじゃ。いや、お主から感じ取れる力は、あの頃の彼女をとうに超えておるぞい」
「そうでしょうか…私にはまだ分かりません。私にとって姉のいる場所は、いつまで経っても遠いままです…」
「では確かめてくるがよい。相手にとって不足は無かろう?」
「はい!」
私は軽く地面を蹴ると、低空を飛びながらウルファルクへと向かっていく。
こちらに気付いたウルファルクは、その巨大な牙からいくつもの雷を降らせてくるが、私は風に身を任せてそれらを次々避けると、軽く手を振って風を放つ。
風は水が流れるようにウルファルクへと向かっていくと、途中で枝分かれして体の各所へと散り、そこで急激に回転を始めてウルファルクの体表面で弾け、血が流れ出す。
「ガァァァッッ!?」
突然自分の体が傷付けられたウルファルクは、怒りの形相でこちらを見ると、その強靱な足と爪で襲い掛かる。
しかしその攻撃を回りながらふわりとかわすと、後ろにたなびいていた風がウルファルクの足に触れて、その強靱な足を切り裂いた。
「ギャオォォッ!」
ウルファルクには、ただ緩急をつけながら舞っているだけの私が、どうして自分の攻撃を避けられるのか、そして何故攻撃しているはずの自分が反撃を受けるのかが分からない様子だ。
どうして私がここまでウルファルクの攻撃を避けられるのか、そして街に来て最初に放った嵐穿弓でも穿てなかったウルファルクの毛皮が、どうして今の私に傷付けられるのか…。
それはこの風による攻撃が、ラジク殿の風之太刀と同系統のものであること。そしてあまりの消費魔力の多さに、行動を起こす前に回復薬を飲まなくてはならなかったことが理由だ。
風を圧縮して真空を生み出して弾けさせ、薄く薄くカミソリのように風を研ぎ澄まして切り裂き、ウルファルクの攻撃の勢いに抗うことをせず受け流し、常に風を巻き起こしながらそれを維持して動き続ける。
これこそが『嵐の舞い手』と言われた姉の戦い方。最近になってようやく扱えるようになった、自慢の姉の力。
「はぁ…はぁ…さすがに長くは無理ね…でもウルファルク、これを見たからには対価は貰うわよ…!」
私は眷族を生み出して距離を取ろうとするウルファルクに対し、舞いながら眷族を切り刻み高く跳ぶと、纏っていた風を全てウルファルクに向けて伸ばしていく。
これまでに無いほど濃密な魔力を感じ取ったウルファルクも、すかさずその二本の長い牙に魔力を集めて雷を放とうとするが、私の風は先ほどまでとは違って速い。
素早く、そして蛇のように牙の周囲に巻き付いた風は、やがて嵐の渦となって牙の表面を削ったかと思うと、一瞬で斬り落とした。
「くっ…やっぱり二本は無理ね…」
しかし魔力を溜めていた牙のうちもう一本はまだ健在で、風の解除された私に目がけて雷を放ってくる。
魔力を使い果たした私にはそれを防ぐすべが無かったけれど、牙が蒼白く光った瞬間、私とウルファルクの間には分厚い壁が現れた。
「ラファエラに勝るとも劣らない見事な舞いじゃった!ここはワシに任せて、お主は一旦下がるのじゃ!」
「…は、はいっ」
アイゼンフォート様の援護によって、私は無事に着地すると急いでそこから離脱して、ミリアのところまで下がった。
「おやおやアルテミア、文字通り目の色変えて一体どうしたのさ?」
「特に問題な…痛っ…問題無いと言いたいところだけど、やっぱり反動が来るわね…」
「もしかしてラファエラのアレを使ったのかい?あれは魔力の練り方が違うアルテミアには、向いてないと言ったはずだよ?」
「ごめんなさいミリア。でも私の得意としてる直線的な攻撃じゃ、下手をするとウルファルクには避けられてしまうわ。
それに今後の戦いを楽にするためにも、あの厄介な牙は早いうちに無くしておきたかったのよ…」
「それだけじゃ無いでしょ?真っ赤な血飛沫を舞い散らせながら、薄らと輝く緑の風を纏って踊るラファエラの姿は、実際に見たことのある人には忘れられない光景だもんね?」
私の抱く姉への憧れを誰より知っている目の前の茶飲み友達は、そう言うと回復薬を差し出しながら意地悪く笑う。
「この前の巡回任務から戻って、机仕事の合間に試してみたら、初めて成功したものだからその…つい、ね…?」
私は見透かされているのが恥ずかしくて、言い訳しながら受け取った薬を飲む。
「で、実際に使ってみてどうだったんだい?」
「魔力の消耗が激しいけれど、攻防一体の動きで短時間なら無敵になった気分よ。
なんというかこう…風の及ぶ範囲は全て自分の体になったみたいで、何でも出来る気がしたわね…」
「そういうこととなるとその眼は恐らく、一時的に特殊な力を手に入れた影響なんだろうね。今はどうなんだい?」
「今は普段と変わりないわ。風を纏っている時にしか影響はないみたいね」
「そうなんだね…あっ、色が戻ってきたよ。それにしても不思議な魔法だよねぇ」
「私に言わせてみれば、常に発動しているミリアの右眼の方がよっぽど不思議よ」
「それもそうだね。まぁとにかくお疲れ様なアルテミアには、少し休んでもらうとしよう。キミのお陰で牙が片方無くなって、更にアイゼンフォート殿が守りに徹してるなら、負傷者もそれほど増えないだろう。
ウルファルクの体力を削るなら今だし、私もちょっと行ってくるよ」
「あなたが酷い怪我をしたら、私程度の回復魔法じゃ治せないんだから、無理しちゃダメよ?」
「わかってるよ。じゃあ行ってくるね」
私はミリアを見送ると、筋肉や関節の痛みを我慢しながら横になっていた。
少しのあいだ休んでいると回復薬の効果が出てきた事もあり、私は再び戦場に出るとミリアを下がらせて、ウルファルクをどうにか抑えていた。
「アイゼンフォート様、そろそろ休まれてはどうですか?」
「なんのこれしき。それにレストミリア殿が来てから薬も飲んだし、少しのあいだ楽をさせてもらったからのぅ。まだまだやれるぞい!」
たしかに回復薬を飲んではいるようだけれど、アイゼンフォート様の表情には疲れの色が隠し切れない程度に滲んでいた。
それでも部隊を預かる者として、ここは譲れないのだろう。私もスウサの砦での事を思い出して、更に気を引き締める。
「わかりました。では私が補佐しますから、限界を超える前に必ず言ってくださいね」
「おうおう、了解じゃ」
そうして再びウルファルクとの戦いに身を置いてから、しばらくが経った。
こちらは交代で休みを取りつつ、ミリアや他の者たちも治療を続け、王宮からの援軍は無くとも物資の支援はされていて、回復薬を補給されながら果てなく続く戦いを必死に耐えていた。
しかしいくら質の高い回復薬でも、重なっていく疲労だけはどうしようも無く、やがて少しずつ味方の被害が増えてきた。
そして皆の気が緩んだその一瞬に、アイゼンフォート様の防御を突破したウルファルクは、冒険者たちを一斉に蹴散らした。
「ぬぅ…あれでは皆が…!」
「ちぃっ!」
アイゼンフォート様と私は、冒険者たちに追撃を行おうとしているウルファルクに向かって矢を放ち、鉄の壁で防ごうとするが間に合わない。
そしてギルド長が自分を盾にして味方を庇おうとしたその時、ウルファルクの爪とギルド長らの間に、見覚えのある風の盾が出現した。
「あれはジグの…どうしてあの子がここに!?」
私は辺りを見回すがそこに教え子の姿は無く、その代わりに美しい金髪を後ろにまとめて武装した、エルフの少女の姿があった。
「イ、イリトゥエル様!?」
「間一髪で間に合いましたね。弓兵隊、一斉射撃!続いてガラドエルの隊であのケモノを押し返しなさい!」
「あいよ!」
「治癒術士はこちらだ!負傷者を連れて一旦下がれ!」
イリトゥエル様と里長は部下に指示を出すと、呆然としている私たちのところへとやって来た。
「里長まで…一体どうしてここに?」
「狼煙が上がっているのを確認したのでな。二度も助けてもらったのに、ここで我々が助けぬのは義に反するというものだろう?」
「しかし…」
「本来はリッツソリスで事情を聞きつつ補給をして、スウサ方面へ向かうつもりでしたが、途中でこちらからも狼煙が上がったので、急いで駆けつけたのです」
「いやはや、危ないところを助けられたわい。里長も姫も、遠路はるばる申し訳ないのぅ」
「皆様のお役に立てて光栄です。しかし敵はあのケモノだけなのですか?あちらの狼煙はいったい…」
イリトゥエル様の言葉に私たちが振り返ると、ちょうど練兵場の辺りから黒い狼煙が上がっていた。
「あれは…アイゼンフォート様!」
「あれはマズイのぅ。恐らくルナメキラじゃろう…。しかしアルテミア嬢、いくら教え子が心配じゃとしても、ワシらがここを離れるわけにはいかんぞい。そんなことをすれば…」
「…それは、わかっています。けれど…」
「アルテミア様が動けないなら、私たちが向かいます。少しの間だけガラドエルが抑えますから、その間に態勢を立て直してください。
私と父上は先に向こうへ行きます」
「すまぬのぅ。出来る限り急ぐゆえ、頼むぞい」
「お二人ともありがとうございます。アイゼンフォート様、私も皆の支援に行きますね!」
私はアイゼンフォート様の返事を待たずに飛び出すと、ウルファルクの相手をしているガラドエル殿と合流した。
以前見た彼女はどこにでもいる主婦のようなエルフだったが、武装して戦うその姿は雄々しく、全身から漂う魔力の気配はこれまでに感じたことが無いほど濃密で、一番近いものとして思い浮かぶのは黒骸王のそれに近かった。
「救援に感謝します!私はアルテミアと申します」
「おや、アンタが来てくれたのかい?こりゃ助かるねぇ!」
エルフの里で直接は話さなかったものの互いの姿は知っていたので、私たちは言葉少なに挨拶を交わすと、ウルファルクとの戦闘を再開する。
「ガラドエル!あなたはそのまま敵の相手をして、皆さんが態勢を立て直したのを確認したのち、私たちの後を追ってください!」
「あいよ!任せときな姫様!」
イリトゥエル様は彼女に指示を出すと、里長と共に狼煙の上がった方向へと移動を開始した。
通り道には本陣もあるので、あちらに行けば更に詳しい状況がわかるはずだ。
「それじゃ行こうかね!」
ガラドエル殿は身体強化で懐に飛び込むと、その拳を叩き込んでウルファルクの巨体を浮かせた。
「まだまだっ!」
そのまま続けて二度三度と拳を叩き込むと、最後は回し蹴りを叩き込んでウルファルクを地面に叩きつけた。
そして土煙が辺りを覆い視界が悪くなり、やがてその中から唸り声が上がってきたかと思った直後、狼の群れが溢れ出し、同時に私たちに向かって雷が降り注いできた。
「雑魚はお呼びじゃないよっ!
『エル・ウインドカッター!』
『エル・メニア・ウインドシールド!』」
ガラドエル殿が無造作に腕を振ると、現れた巨大な風の刃は眷族を一瞬にして真っ二つにし、続いて複数同時に展開された風の盾魔法で、私を含めた味方を全て雷から守った。
「盾魔法を広げるのではなく複数同時に…!?」
私が有り得ない光景を見て驚いていると、ガラドエル殿はそんなことは気にせず、土煙の中から現れたウルファルクとの戦闘を続けた。
やがてこちらの態勢が整うと、彼女はイリトゥエル様の後を追って行ったけれど、それまでほとんど一人でウルファルクの相手をして、自身は負傷しながらも他への被害は一切出さないという偉業を成し遂げた。
「私が嵐の舞で短時間しか出来ないことを、属性身体強化だけでやってしまうなんて…」
「世の中には上には上がいるもんじゃが、あの戦い振りを見たら、ワシでなくとも自信を無くしてしまいそうじゃのぅ…」
立ち去る間際に魔力を溜めて放ったガラドエル殿の一撃は、前方の地面に巨大なくぼみを生み出していて、そこには彼女から受けた傷を急速に癒やしているウルファルクの姿があった。
「しかしあれほどの力を以てしても、ウルファルクに致命傷を与えることは出来んのか…。
ガルド将軍やその配下の偉大さも、ここにきて改めて実感するのぅ…」
「そうですね。でも今は…」
「うむ、ワシらに出来ることをするだけじゃの!それ皆の者、ウルファルクの足が止まっておるぞい!今のうちに叩けるだけ叩くのじゃ!
『エル・メニア・アイアンハンマー!』」
『嵐穿弓!』
まだ傷の癒えないウルファルクへと、私たちは総攻撃を叩き込み、それを受けきってなおウルファルクは反撃を開始した。
…イリトゥエル様たちに助けられてから、どれほど時間が経っただろう。
無尽蔵とも思えるウルファルクの耐久力と魔力は、懸命に耐えていた私たちを、もはや限界寸前にまで追い込んでいた。
すでに日が沈み辺りが暗くなっても、ウルファルクは衰えることなく暴れていて、後方から送られてきていた物資も底をつき始めていた。
「さ、さすがにそろそろ厳しいわね…」
「はぁ…はぁ…騎士団長様はいったい何をモタモタしてるんだろうね?」
「伝令の報告じゃと、向こうにはルナメキラが大量に出現したらしいぞい…」
「うわぁ…それは想像したくないわね…」
「ウルファルクとルナメキラの群れのどちらかを選べと言われたら、正直かなり迷うね…」
「でも全てが本物じゃないぶん、私はルナメキラの方がマシだと思うわ…」
「ワシも同感じゃ…。終わりの見えないウルファルクよりは、きっとまだルナメキラ方がマシじゃろうて…」
「たしかにそれはそうかも…。はあ…とにかく早く助けが来てくれないと、こっちも保たないよ…」
私たちがウルファルクとルナメキラの乗った、悪趣味な天秤を想像してアレコレと考えていると、少しずつ大人しくなっていたウルファルクの近くに、突然傷だらけのルナメキラが現れた。
「ウルファルクにウンザリしてるからか、私はとうとうルナメキラの幻まで見えてきたよ…」
「あらミリア、奇遇ね?私もそうよ。都合の良いことに結構ボロボロだわ…」
「おうおう、ワシにも見えるぞい?」
「「え?」」
私とミリアが顔を見合わせて再びルナメキラを見ると、それを追うようにしてガラドエル殿が現れた。
私たちが強力な援軍に喜んでいると、彼女はそのままルナメキラに向かって攻撃の姿勢をとる。
「ちょこまか逃げてないで、さっさと私に倒されなぁっ!」
「くっ!しつこいですねぇ…ウルファルク!」
バチバチと魔力を溜めながら、ガラドエル殿はルナメキラに向かって巨大な火球を放った。
それに対してルナメキラはウルファルクに呼び掛けると、ウルファルクは眷族を生み出してルナメキラの盾として火球を阻み、威力の衰えた火球をその体で受け止めてルナメキラを庇った。
「むむ…今のはおかしいのぅ」
「どうかしたのですか?」
「ウルファルクはルナメキラの前の四天王じゃった。立場で言えばルナメキラは本来格下なのじゃ。それは戦闘力一つとってもわかるじゃろう。しかし今のやり取りでは、ウルファルクが完全に従っておる…」
「それに聞いた話じゃウルファルクは言葉を話すと言われていたけれど、あれは完全にモンスター寄りだよね」
「でも、それはルナメキラが復活させたからなんじゃ…?」
「そうなるとあのウルファルクは知性を犠牲にして、ルナメキラに従うように作られておるのかもしれんのぅ。そうなるとあれほどの攻撃を受けても怯まず、自身の命も省みずにこうして戦い続けられているのも納得じゃ」
「つまりウルファルクをどうにかしたいなら、操っているルナメキラの方を先に叩くべきって事かい?」
「それは迷いどころじゃな。ルナメキラの力が及ばなくなったとき、あのウルファルクがどのような行動に出るかは予測がつかんぞい…」
「全く、分からないことだらけなうえに、異常にしぶといウルファルク。それに加えて神出鬼没なルナメキラまで現れて、私はもう何が何だか分からないよ」
「とは言っても、あのままガラドエル殿にだけ任せるわけにはいかないわ。私たちも行きましょう」
「そうじゃな…またひと働きしてこようかのぅ」
そうして私たちはガラドエル殿と合流すると、今度はルナメキラを交えてウルファルクと戦うことになった。
…うん、本当に勘弁して欲しいわね…。
ルナメキラが加わったことで戦況は更に混乱してきた。ウルファルクの相手はアイゼンフォート様とガラドエル殿でどうにか均衡を保っていたけれど、ルナメキラの動きがそれを乱すものなので、私とミリアが必死にそれを邪魔していたけれど、他の騎士や冒険者たちは相変わらず、ウルファルクが生み出す多数の眷族の相手をしなくてはならなかったし、かと言って私とミリアだけでルナメキラを完封するのは不可能だった。
「ふぅ…これじゃあジリ貧だねぇ…。アイゼンフォート!アンタには何か良い考えが無いのかい?」
「ワシも必死に考えてはいるのじゃが、こうも戦況が混乱していてはのぅ…」
「ルナメキラのヤツを私がサッサと倒せるなら楽なんだけどねぇ、アイツと来たらのらりくらりと逃げて、やりづらくて仕方がないのさ!」
「あのアベル将軍の知恵と、モルド殿の武力を合わせても倒しきれなかった相手だからね…。普通の手段じゃダメなのかもしれないよ」
「じゃあ仕方がないねぇ…。少し無理をしてみようじゃないか!」
ガラドエル殿はそう言うと風の魔力を爆発させて空高く舞い上がり、空中で魔力を一点に集中させると巨大な氷槍を生み出した。
「アンタがどれだけ頑丈だろうと、これに耐えられるものなら耐えてみなぁぁぁっっっ!!」
叩きつけるように地面に向かって投げつけると、氷の槍は一直線にウルファルクへと向かっていき、避けようとしたウルファルクを囲むように、アイゼンフォート様の鉄の壁がそれを阻んだ。
「やるじゃないか坊や!」
「ワシとて人間の中ではベテランじゃから、これくらいはのう?」
アイゼンフォート様を坊や扱いするガラドエル殿にも驚いたけれど、彼女の経歴を考えるとそれも当然だった。
そして逃げ場を失ったウルファルクは腹部を貫かれると同時に、その冷気で全身を氷漬けにされた。
「ウルファルク!」
「お前の相手は私達よ!『ホーリー・レイ!』」
ウルファルクに気を取られているルナメキラに、私とミリアは同時に熱線魔法を撃ち込んで吹っ飛ばす。
「あーもう、ウルファルクほどじゃないにしても、熱線魔法で貫けない辺りはやっぱり四天王なだけあるなぁ…」
「それにそろそろ魔力も無くなってきたし、回復薬も底をついてるわね…」
「私はもう一本と、あとまだサイモンの薬があるけど…飲むかい?」
「出来れば温存しておきたいわね…色んな意味で」
「まぁここで使っても、それこそ時間稼ぎにしかならないからね」
私たちが残り少ない魔力について考えながら、ルナメキラに追撃を加えようとしたその時だった。
全身を凍らされていたウルファルクから強大な魔力が溢れ出して、辺りの地面が揺れ始めた。
「あの状態からまだ何かするつもりなのかい?全く困ったもんだねぇ!」
「二人とも、ルナメキラへの追撃は後回しじゃ!ウルファルクの動きに備えて警戒を怠るでないぞ!」
私たちはアイゼンフォート様の言葉に従って追撃をやめ、ウルファルクの動向に注意を向けた。
すると全身を覆っていた氷は徐々にヒビ割れ、それと共にウルファルクの雄叫びが聞こえてきた。
「あの揺れはウルファルクの声が原因…?まさかその振動で氷を砕いたのか!?」
「あれはマズいねぇ…。アイゼンフォート!皆を集めて私らの後ろに待機させな!お嬢ちゃんたちもサッサとこっちへ来るんだよ!」
ガラドエル殿の指示に、私たちや他の冒険者たちもすぐに動き出す。彼女の強さと人間とは比較にならない経験から導き出された指示には、誰もが大人しく従うべきだと瞬時に理解したのだと思う。
ウルファルクの雄叫びはやがて魔力となってその口元に集まり、全身からは雷が迸る。
「あれでは近付いて邪魔することも出来んのぅ…」
「アイゼンフォート、アンタは確か『黒鉄要塞』とか呼ばれてたねぇ?」
「そうじゃ。防御力ならなかなかのもんじゃぞ?」
「ならあれを防げるかい?」
「…出来れば避けたいところじゃが、ワシらの背後には守らなくてはならんものが多すぎるからのぅ。それらを守るのはもちろん、ワシの仕事じゃろうな…」
「なぁに、せめて死なない程度には私も手を貸してやるさ」
「ふぉっふぉっ、それは心強いのぅ」
「お二人だけに任せるわけにはいきません!私たちも…」
「それはならぬ。お主らの役目はワシらがウルファルクの攻撃を防いだ後、出来る限り多くの味方をディアブラスのもとに退かせることじゃ。
それには『嵐穿弓』の力と『万能者』の治癒術が欠かせぬ。これは上官としての命令じゃ…」
「…わかりました、従います…」
ウルファルクの溜め込んだ魔力は火花を散らし、その輝きを一層増していく。そしてその脇にはこちらを見て楽しそうに笑うルナメキラがいた。
「さぁウルファルク、この邪魔な者たちを塵も残さず消し去って、私の目的達成へと更に一歩進むのです!ふはははははっ!」
「ヴガアアアァァァァーーーッッッッッ!!!」
『エル・エリア・アイアンウォール!』
『エル・メニア・ロックウォール!!』
耳をつんざくような轟音と共にウルファルクの口から咆哮波が放たれ、それと時を同じくしてアイゼンフォート様とガラドエル殿が、私たちと後ろの街を守るようにして、長大な鉄の壁と無数の岩壁を生み出して防御を固める。
ドガアァァァンッッッ!!と金属のひしゃげるような音が聞こえるが、アイゼンフォート様は全力で魔力を振り絞って耐える。
しかしウルファルクの咆哮波は、やがてそれを突き破ってガラドエル殿の岩壁に激突し、そのほとんどを粉砕して余波だけで私たちを吹き飛ばした。
「ぐっ…うぅっ!」
私は気がつくと瓦礫の下敷きになっていて、それをどうにか押しのけて立ち上がると、最前列で盾魔法を維持していたアイゼンフォート様は、その纏った黒い鎧も粉々に砕けて倒れていて、ガラドエル殿は全身に傷を負いながらもその傍らに立って、ウルファルクとルナメキラの方を睨んでいた。
「よく耐えたじゃないか、坊やにしては上出来さね…。お嬢ちゃんたちは目が覚めたなら、坊やの指示通りに動くんだよ」
「ガラドエル殿、あなたは…」
「私はこれからが本番さ。仲間と一緒にアンタらが逃げるまでの時間を稼ぐから、とっとと行きな…」
「しかしその傷では…」
「アルテミア、私たちにはアイゼンフォート殿の命令が残ってる。それにこの状態じゃ、ウルファルクとルナメキラ相手に持ち堪えるなんて無理だよ。ここはガラドエル殿に任せるしかない」
「そっちの嬢ちゃんは話がわかるみたいだねぇ…。なら早く動きな!」
「そうは言っても私も往生際が悪くてね。全てに大人しく従うつもりは無いんだ…」
ミリアはそう言って最後に残った普通の回復薬を飲むと、魔力を溜め始める。
「ここで何をしたって無駄だよ!早く行きな!」
「まぁ黙って見ててよ。それにこれは皆にとっても良いことさ…。それとアルテミア、私が魔法を使ったらすぐに撤退の指示を出しておくれよ」
「…わかったわ」
「それじゃあいくよ!『オーロラ・ヒール!』」
ミリアはなけなしの魔力を注ぎ込むと、強力な極大範囲回復魔法を発動させて、辺り一帯の味方を丸ごと癒やし始めた。
「よし、万能者の癒しで動けるようになった者は、まだ動けない者を助けてただちに撤退!
殿は『霊樹の守護者』たるガラドエル殿が務めるので、安心して前だけ見なさい!」
「あはははっ!なかなかの根性を見せるじゃないか!姫様のお気に入りと言いあんた達と言い、最近のセントリングには面白い若者が増えてきたねぇ!」
私がアイゼンフォート様を背負って移動を始めると、まだ咆哮波の反動で動けないウルファルクに代わって、ルナメキラが追撃を仕掛けてきた。
しかしこちらに迫る無数の火球は、ガラドエル殿の水弾によって相殺される。
「アンタらの相手は私たちだよ!よそ見してる暇があるのなら…」
地面が割れてガラドエル殿の姿が消えると、次の瞬間にはルナメキラは蹴り飛ばされていた。
「そのあいだに私がアンタを喰っちまうよ!」
「ちぃっ!」
こうして前線の部隊は崩れたものの、アイゼンフォート様とガラドエル殿によって被害を抑えつつ撤退を始めると、回復薬の効果が出てきたミリアにアイゼンフォート様を任せて、私は反動から立ち直り始めたウルファルクの生み出す眷族を倒しながら、皆を率いて味方の元へと向かっていった。
アドルピスカの閑話の時のことを考えて、今回は1話に収めるために結構長くなってしまいました。
ラファエラについても色々と設定していた事があったので、今回は妹のアルテミアにその一部を表現してもらいました。
それでも規格外のガラドエルと比べると、インパクトというかなんというか、主役がとられそうな勢いです。
レストミリアやアイゼンフォートに至っては、あれほど頑張ったり身体を張ったのに、サブタイトルにすら入れません。
可哀想ですがアルテミアメインの回にガラドエルが加わると、まぁこんなものです…。
次回はエレオノール視点の閑話を予定してますが、今回ほど長くならないと良いなぁ…。




