第142話 リッツソリスの戦い その4 ジグの結界と月明かりの会話
ようやくジグ視点に戻って参りました。
ジグとアマリアの危機にイリトゥエルやガラドエルが現れて、ルナメキラを一旦退けた後のお話ですね。
アマリアの治療をひとまず終えた僕たちは、味方の本陣を目指して移動を開始した。
どんどん遠ざかる激しい戦闘音を気にしていると、こちらを見ていたイリトゥエルが口を開いた。
「ガラドエルなら大丈夫ですよ。彼女は以前も魔王軍四天王と一騎討ちをして、撃退に成功しているのですから」
「強いとは聞いていましたけど、本当に凄まじいですね。でもルナメキラの恐ろしさは、単に戦闘力の高さだけじゃない気がして…」
「それでも彼女のところに私たちが行っても、恐らくは足手纏いになるだけです。それに姉様もこの状態なのですから、まずは一度退いて体力や魔力を回復させましょう」
「…そうですね」
僕は、いまだ意識の戻らないアマリアを見て頷き、味方の本陣があると聞いている、内城壁の南門前へと急いだ。
本陣に到着すると、そこでも激しい戦闘が繰り広げられていたらしく、ラジクだけでなく他の騎士や、騎士団長までもがあちこち怪我をしていた。
モルド神父に至っては怪我だけではなく、右腕の義手まで無くなっている。
そして彼らの周りには複数のルナメキラが倒れていて、僕の頭は不気味な光景に混乱してきた。
「神父、それに師匠も、一体ここで何があったんですか?」
「はぁ…はぁ…あぁ、ジグ、助けに行けなくて済まなかったな…。狼煙が上がったのを確認して、俺たちも早くお前のところに行きたかったんだが、見ての通りルナメキラのやつが何体も現れて…はぁ…まさに悪夢のような有様だったのだ…」
「うむ…エルフの援軍が来てくれねば、この程度では済まなかっただろう。偽者とは言えルナメキラめ、最後は自爆まで使いおって…。
しかし本当にすまなかった。イリトゥエル殿はお前たちのいる場所を聞くとすぐに向かってくれたのだが、避難していた者たちに被害は出……ジグ、アマリアや皆の姿が見えんがどうした?」
息を整えながら師匠が説明してくれ、モルド神父も辺りを見ながら話をしていると、やはりアマリアの姿が見えないことに気がついた。
「ヒルダたちや避難していた人たちも全員逃がしました。それとアマリアは向こうにいますが…すみません。僕一人では守り切れず、アマリアには酷い怪我を負わせてしまいました。
傷自体はイリトゥエル様や皆さんが治療してくれましたが、まだ意識が戻っていません」
僕がアマリアの寝かされているテントの方を指差しながらそう言うと、モルド神父は顔色を変え、急いでそちらに向かった。
「……ジグ、俺が不甲斐ないばかりに、またもお前達には苦労をかけた。本当にすまない」
「いえ…。僕も何も出来ませんでしたし…それに周りの状態を見れば、どうしようもなかったことくらい分かりますから…」
テントの中で横たわるアマリアを見てモルド神父は力無く言うが、その左手は強く握りしめられ、爪が食い込んだ手の平からは血が流れていた。
「黒の狼煙を上げたと言うことは、お前達の元にもルナメキラが現れたのだろう…ヤツはどうした?」
「今はガラドエル様が、ルナメキラの相手をしてくれています」
「そうか…」
そう言うとモルド神父は、今は何も無い右腕の辺りを見ながら、眉間の皺をより一層深くして考え込む。
このような状況でモルド神父は、自分が思うように戦えないことを本当に歯痒く思っているのだろう。
「…あ、皆無事…ではないけど生きてて良かった」
僕たちがしばし黙っていると、傷だらけのアドルピスカがテントに入ってきた。
「…ジグ、助けに行けなくてごめん…」
「いえ、その様子だとアドルピスカ様も戦っていたのでしょうから、お気になさらないでください」
「…でも、私が一番近くにいたのは事実だから…」
アドルピスカがそう言ってしょんぼりしていると、今度は騎士団長もやって来た。
「アドルピスカ、詫びたい気持ちは理解するが、まずは俺に報告すべき事があるのではないか?」
「…うん。とりあえず避難民はケルガーに任せて、兵糧庫の方に行かせた。
私はそのあと、2体のルナメキラとの戦闘に入って1体を撃破。残りのもう1体との交戦中にエルフの救援というか…たぶん本物のルナメキラと戦ってるエルフたちが来て、私と一緒に残っていた偽者を撃破。
その間に本物の方は南の方に逃げたから、恐らくウルファルクのところに合流したのかも。エルフたちはそれを追って更に移動していった。
それとあちこちに現れたルナメキラの正体だけど、本人が言ってた事を考えるとたぶん、配下の魔族や獣人、他にも捕まえた者たちを土台にして、自分の魔力を注いだ偽者を作り出してるみたい。
これ以上詳しいことが知りたいなら、レストミリアを呼んで偽者の体を調べてもらうといい。
……ふぅ、たくさん話すと疲れる。報告は以上」
「うむ、わかった。こちらの情報と合わせて考え、後のことを決めるとしよう。
避難民の守りはケルガーに加えて、里長やイリトゥエル殿が請け負ってくれたから、ひとまずは任せて良いだろう。だからお前たちは、今のうちに薬を飲んで休んでおけ。
俺は使いを出して、アイゼンフォートの方からも情報を集める。レストミリアを前線から動かすのは無理だろうが、戦況次第ではこちらも動き方を考えなくてはならんからな」
「…ん。わかった」
騎士団長が出ていくと、今度はラジクが入ってきた。
「お、アドルピスカ殿も無事だったようで何よりだな。それと…皆これを飲むといい」
ラジクは騎士団御用達の中でも、お高い回復薬を取り出すと、僕たちに渡してくれた。
「…じゃあ私は次の戦いに備えて休む。皆もなるべく早く休んだ方が良い…」
「ああ、俺もそうするとしよう。二人はどうするのだ?」
「俺は一度、王宮魔導師のところに行ってくる。腕がこれでは困るのでな」
モルド神父は新しい義手を取りに、苦手なサイモンのところに行くらしい。
さすがにこの状況だと、苦手とは言ってられないようだ。
「僕はもう少しアマリアの様子を見ておきます」
「そうか。では寝られるように何か持ってきてやろう。まぁ床で良いならの話だがな」
「…師匠、ありがとうございます」
師匠は、アマリアの近くで警戒しながら休みたいという、僕の心境を察してくれたらしい。
一度テントを出ると、少ししてから寝袋のようなものを持ってきてくれた。
「なんだ、結界を張っていたのか?」
「練兵場でも奇襲を受けましたし、それにもう日暮れが近いですからね。暗闇に紛れて侵入者がいれば結界が反応しますし、攻撃を受けても多少は役に立つはずです。
それに神様に祈って、少しでも早くアマリアが目覚めるなら、それに越したことはないですからね」
「そうか。では回復薬を用意するから、兵糧庫の方でも目一杯に魔力を込めた結界を張ってきてくれ。その間はもちろんアマリア殿の守りは俺が受け持つし、お前には護衛を付ける」
「でも師匠、この忙しい時に良いんですか?」
「結界を張るのは教会の者の立派な仕事だ。それに教会の中でも、モルド殿に次いで魔力量の多いお前がやるのなら、そこを守るケルガーやイリトゥエル殿にとっても助けになるだろう?」
「わかりました。では早速行ってきます」
僕はラジクに頼まれた騎士と共に、身体強化で素早く移動しながら街の北東にある兵糧庫へと向かった。
こちらには練兵場ほどの広さが無くテントも張れない代わりに、兵糧や武具を保管している建物なので、いくつか空いた部屋に皆で寝泊まり出来る分、冬が近いこの時期には練兵場よりも良い環境にあるようだった。
僕は現場の指揮を執っているケルガーに事情を伝えると、自分たちもと願い出た教会の皆と一緒に、建物全体を覆う結界を張った。
「だいぶ魔力を使ったはずだから、皆しっかり休んでね」
「えぇ。ジグ、まだ戦場に出るのならくれぐれも気をつけるのよ。アマリアやモルド神父にも伝えてね」
「わかってるよヒルダ。僕たちには騎士様がついてるから、そんなに心配しなくても大丈夫さ」
僕が皆を逃がしたあとにルナメキラと戦ってかなり危険だったこと、アマリアが重傷を負って意識がないこと、モルド神父が義手を失うほど苦戦したこと…。
それらを皆は知らない。今教えても更に不安にさせるだけだし、その話を他の避難民が聞いてパニックになれば、恐らくケルガーたちの仕事が増えるだけだから言わない。
僕は建物の入口で皆と別れると、守りの任にあたっているケルガーと目が合った。
ちなみに護衛の騎士は現在早めの食事中だ。いきなりラジクの頼まれごとを引き受けたから、僕がここにいるうちに休んでおかないと、後がキツいらしい。僕としてもずっと張りつかれてるよりは、行き帰りだけ一緒にいてくれれば良いので文句はない。
「少年、我々としては助かるが、それでも隠していて良いのか?」
「まだ前線ではたくさんの人が戦っていますし、最終的に皆が無事で敵を倒せるなら結果は同じですから、今は伝えなくて良いのです。
でも、もし負けるようなことがあれば…その時は皆のことをお願いします」
「少年、戦う前にそういうことを言うと、大抵はロクな事にならないからやめておけ」
前世でもこの世界でも、フラグを立てた人のその後は同じようなものらしい。真面目なケルガーからそんな言葉を聞くのは、何だかとてもおかしくて僕は思わず噴き出してしまった。
「なんだ、そんなに面白い話だったか?」
「は、はい、僕にとっては…はははっ」
僕が笑いすぎて涙目になっていると、後ろから声がした。
「あら、随分と楽しそうですね?
ケルガー様、お食事の用意が出来たとのことですから、父上と共に先に召し上がってください」
「これはイリトゥエル殿、わざわざすまない。では少年、私は失礼する。それと…頑張れよ」
イリトゥエルに声をかけられたケルガーは、最後の方は小声でそう言うと、僕の肩をポンポンと叩いて建物の中へ入っていった。
言いたいことは何となく分かったけれど、情報源はどこだろうね?
本命は面白がって話しそうな変態魔女。
対抗が先生の詳細すぎる報告書。
大穴狙いなら、ほとんど騎士団にいない師匠といったところだろうか。
「ボーッとしてどうかしたのですか?」
「あ、いえ…なんでもないです」
僕がそんなことを考えていると、イリトゥエルは不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「それにしても、イリトゥエル様がこちらに来てくれるとは思いませんでした。改めて、助けていただきありがとうございました」
「ジグや皆さんが危険な目に遭っているなら、それを私が助けるのは当たり前のことです。
それにあれから里でも色々と変化があって、大森林に通じる入口付近に見張り台を建てたり、ガラドエルをどうにか説得して、騎士候補や戦闘の得意な者を鍛えてもらったり、ファルディエにも里長としての教育を受けさせることが出来るようになったのです」
「スウサの辺りで戦いが起こってから、こちらに来るまでが随分早いと思いましたが、見張り台があったのなら納得ですね。
それにガラドエルさんの説得まで出来てるなんて驚きました。イリトゥエル様がやりたいと思ったことをほとんど出来てるみたいですし、里の改革は順調みたいで本当に良かったです」
「ガラドエルについては、私も驚くくらいあっさりと了承してもらえたのです。
彼女も里については長年考えていたようで、現在と将来の里長の意見が一致してる今だからこそ、この機会に良い方向へと変えられるし、そのためなら自分も力を尽くすと言ってくれました、
ガラドエルの力が無ければ、これほど早く救援に来ることも出来なかったはずです」
「ますます感謝しなくてはいけませんね。そう言えばまだガラドエルさんは戻らないのですか?
たしかアドルピスカ様の報告では、ルナメキラは味方と合流したと聞いてますけど…」
「久し振りの歯ごたえのある相手に、彼女も随分と張り切っているみたいです。先ほど伝令が来たのですが、ガラドエルはアイゼンフォート様たちと共に、前線を支えることにしたようです」
「それは心強いですね…あれ?どうかしましたか?」
互いに話をしていると、イリトゥエルの視線が僕の手に向かっているのに気がついた。
「あ、いえ…その、首飾りだけじゃなく、ちゃんと指輪を着けてくれてるんだなと思って…」
「もちろんですよ。弓としてだけでなく警告の光には、今回の襲撃だけですでに2回も助けられましたから、イリトゥエル様には本当に感謝してますよ」
「ふふふっ、お役に立てているのなら嬉しいです。
…あっ!指輪と言えばジグの盾魔法が込められたものを、里に来た騎士様から受け取りました。
素晴らしい装飾や魔石に感動しましたし、試しに発動させてみても何一つ文句の出ない出来でした。
このように素晴らしく、それもジグの魔法が込められたものをいただけて、私はとても嬉しいです」
「喜んでいただけたなら良かったです。でもその指輪は僕だけじゃなく、霊樹の葉を貰った皆からのお礼ですので…」
「それはもちろんわかってます。でも盾魔法はジグだけで刻んだのでしょう?」
「まぁそれはそうですけど…」
「今回の件が落ち着いてから皆様にはお礼を言いたいと思っていますが、それでも最初はあなたに言いたかったのです。…ずっと大切にしますね」
イリトゥエルはそう言うと、左手の薬指にはめた指輪を撫でながら、優しく微笑んだ。
すでに日は沈み、月明かりが辺りを照らしているなかで、その微笑みはとても美しく輝いて見えた。
「……っ!」
僕はその美しさに一瞬見とれていたが、我に返ると何故か顔が熱くなってきた。
頭がボーッとするのを振り払うかのようにプルプルと振ると、それを見たイリトゥエルは笑いながら続ける。
「こちらに来てからも、ジグの盾魔法は大活躍だったのですよ。街に到着して私たちが最初に見たのは、あの巨大な狼でしたから。
その狼の攻撃を防いでアルテミア様たちを手助けして、その後に味方の本陣に向かうと、そこにも戦っているラジク様たちがいたので、敵の自爆攻撃を他の方々と一緒に盾魔法で防いで、更にジグの居場所を聞いたのですから、ある意味ではジグは自分の盾魔法に助けられたのかも知れませんね」
「あの盾魔法は随分と魔力を使うはずですけど、身体に負担はないのですか?」
「ええ。私はもともと魔力量も多いですし、それに風属性も持ってますから相性は良いのです。
それに最近ではガラドエルから戦闘訓練も受けてますし、魔力量も以前より更に上がっているはずです。だから安心してください」
「少し心配でしたけど、それなら良かったです」
そうして僕たちが話をしていると、食事を終えた護衛の騎士がやってきた。
同時にイリトゥエルにも、里長からの呼び出しがあったので、僕たちはそこで別れることにした。
「ではイリトゥエル様、皆のことをお願いします」
「任せて下さい。ジグの結界もありますし、敵がどれだけ来ようと全て防いでみせます」
拳をグッと握りしめてそう言うイリトゥエルは、何だかとてもエネルギーに満ちた表情をしていた。
「とても頼もしいですけど、でも相手はルナメキラですから、絶対に無理はしないでください。あくまでも命が最優先ですからね」
「あら、それは私よりもジグの方が、より一層気をつけなくてはならないと思いますよ?
つい先ほども、一人で魔族の相手をしていたのですからね」
「ははは…それを言われると弱いですね」
「ちゃんと周りを見て、一人で突っ走ってはダメですからね?」
「わかりました。肝に銘じておきます」
「よろしい。では、行ってらっしゃい」
「はい。行ってきます!」
僕は手を振って兵糧庫をあとにすると、身体強化で再び本陣へと戻った。
体は疲れているはずなのに何故だかとても充実していて、イリトゥエルのエネルギーがこちらに移ったようだった。
僕はラジクに帰還を伝えに行くと、新しい義手を装着したモルド神父も戻っていた。
僕は教会の皆の様子を二人に伝えると、体に満ちた魔力を使って、更に結界を強固にしてから眠りについた。
だいぶ頭を悩ませましたが、どうにか閑話と本編が繋がったと思います。
イリトゥエルが出ると必然的に里についての話も出てくるので、辻褄を合わせたり矛盾がないか調べるのに苦労します。
そこに今回は閑話との辻褄あわせが合体して、もうあっちこっち読み返しながら書きました(笑)
イリトゥエルもお気に入りのキャラなので、大変ですが書いていて楽しいです。
しかし最近は、贔屓にしているのが漏れ出てしまっていけませんね…。
複数のルナメキラという地獄も、エルフの協力でどうにか脱して合流し、ようやく態勢を立て直したところですが、ルナメキラとウルファルクはいまだ健在なので、これからが本番ですね。
次回はこの続きの予定(仮)です。




