第136話 リッツソリスの戦い その2 合流と闇黒の指輪
激しい戦闘の行われている南部から離れ、まだ被害の少ない中央部を通り過ぎ、僕たちは街の北部にあり、今は住民たちの避難所となっている練兵場へと到着した。
「ぬ、予想よりも早かったな。これからそちらに向かおうと思っていたのだが…」
「見ての通りジグが負傷してしまったから、早めに退いて来たのよ」
「モルド殿、我々が付いていながら申し訳ない」
「いや、戦となればどうしても防げない怪我はある。まずは合流出来たことを喜ぶとしよう…アマリア!こちらを頼む」
「はいっ!」
モルド神父が呼ぶと、回復薬や医療道具を持ったアマリアがやって来て、僕の姿を見るなり治療を始めた。
「では俺たちは一旦、騎士団本部に行ってくる。情報のすり合わせや今後について、団長たちと話し合わなくてはならん。モルド殿も同行してほしい」
「それはもちろん良いが、先ほど聞いた話では団長やアイゼンフォート殿は、王からの要請で内城壁前の大通りに、本陣を移したと聞いたぞ」
「ここに大勢の民がいるのにか!?…あのクソじじいめ…」
「ラジク殿、今のはアイゼンフォート様に言ったと思うことにして、聞き流してあげるわ。それにどこで誰が聞いているとも限らないんだから、少しは気をつけてよね」
「…スマン。しかしこれでは敵がここまで攻め込んできたときに、一体誰が民を守るのだ…」
「…心配無い。団長とアイゼンフォートは、そのために私を残していった」
珍しくイライラしているラジクが練兵場を見ながら言うと、僕たちの後ろから感情の読み取りにくい平坦な声が聞こえた。
振り向くとそこには、重傷を負って先に撤退していたアドルピスカと、彼女に付き添っていたケルガーがいた。
「アドルピスカ殿!怪我はもう良いのか?」
「良かった。二人とも無事だったのね」
「…ん。レストミリアとケルガーのお陰で問題ない。それに戻ってからサイモンの薬を飲まされて、今朝には完全に治った」
「!?………」
騎士たちの間ではサイモンの脅威は広く知られているので、ラジクもアルテミアもケルガーも、そしてモルド神父も無言で顔を引きつらせている。
彼らの気持ちを代弁するならば、「あのサイモンの薬を飲むとか、この人は正気なのか?」といったところだろうか。
「そ、その薬は大丈夫なの…?」
「…苦くて甘くてスパイシーだったけど、効果はてきめん。少し分けて貰ったから、アルテミアにもあげる…」
なんとか言葉をしぼりだしたアルテミアが尋ねると、アドルピスカは黒ずんだカーキ色でドロドロした、正体不明の中身が入った小瓶を差し出した。
「い、いずれにしてもアドルピスカ殿が復帰できるなら、これほど頼もしい事は無い。
では俺たちは本陣に行ってくるとしよう。ジグはしっかり治療を受けるようにな」
真っ青になり、もの凄い勢いで首を振るアルテミアに同情したのか、気の毒そうな顔をしたラジクが助け船を出した。
そうして三人が離れると、練兵場周辺の守備を任されているアドルピスカとケルガーも、他の騎士たちに指示を出したり見回りのために移動していった。
「アドルピスカ様が残ってくださるなら安心だけど、ラジク様があんなに険しい表情をするなんて珍しいわね」
「師匠もそうだけど、先生もああ言った割には結構不機嫌そうだったよ。地位の低い人にも分け隔てない態度で接してくれるし、市民の安全を優先すべきだと思っている辺り、結局は二人とも似た者同士だよね」
「そうね。それにそういうお二人だからこそ、神父様も信頼してジグのことを任せられるのかもね」
僕たちがそんな話をしていると、今度はレストミリアがやって来た。
「おやおや、これまた派手にやられたみたいだね?」
「傷口はほとんど塞がってるのによくわかりますよね。それも右眼のお陰なんですか?」
「これくらいは治癒術士を長くやってればわかるよ。うーん、それにしてもアマリア様は本当に腕を上げられましたねぇ…。
別れてから戦闘中に負傷したとしても、このレベルの怪我をこの短時間でここまで癒やすなんて…」
「私が治療を始めた時にはもう出血は止まりかけていたし、ジグの首飾りも効果を発揮していたから、私だけの力じゃ無いわ。多分だけどジグ本人か、アルテミア様が先に治療していたんじゃないの?」
「お、治療前の状態を見てそこまで予想できるようになりましたか。ジグ、正解はどうなんだい?」
「はい、アマリアの言う通りですよ。先生がある程度治療してくれましたし、首飾りの効果もだいぶ効いています」
「うんうん、治癒術の技術に加えて、経験による判断力も備わってきてますね。アマリア様本人の努力やセンスだけじゃなく、やっぱり戦場で実戦経験を重ねると成長速度が桁違いだなぁ…」
レストミリアにはどういった経緯で傷が塞がれたのかが、ある程度は見ただけでわかるらしい。
それを踏まえた上でアマリアに声をかけ、どういった判断で僕の怪我を見て治療したのかを聞き出して、現在のアマリアの治癒術士としての腕を確認したようだ。
アマリアはまたレストミリアがまた自分を褒めちぎって、悦に入っているだけだと思っているようだけど、これはちょっとしたテストなのだと僕は思う。
アマリアには甘々なミリアさんだけど、教育する立場としてはキッチリと課題を決め、アマリアの成長を促しているらしい。
さっきアマリアは、師匠と先生のことを話していたけど、自分にだってこれほど素晴らしい教育者がいるのを、本人は自覚しているのかな。
そんなことを考えながら目の前の二人を見ると、いつの間にかアマリアを褒め称えながら鼻血を垂らし始めたレストミリアと、それを相変わらずドン引きの表情で見ているアマリアがいた。
前言撤回…やっぱりただの変態だったよ!
「ところで二人とも、モルド殿や他の皆はどうしたんだい?」
「三人はアイゼンフォート様のところに向かいましたよ。今後について話し合うようです」
ゴッ!という音が鳴り、アマリアのチョップを頭に受けたレストミリアは、ようやく正気を取り戻して真面目な話を始めた。
……いや、今凄い音がしたけど大丈夫?
「それなら行動を起こすまでには、まだ時間があるね。ジグの怪我はおおよそ完治しているようだし、アマリア様も休憩がてらに、教会の皆の所に行ってくると良いですよ」
「わぁ、ずっと気がかりだったの。ありがとうミリア!」
「助かります。ちょっと行ってきますね!」
「何かあればすぐ動いてもらうけど、それまではゆっくりしてて良いよ」
「「はーい!」」
僕たちは走り出すと、テントの乱立する間をすり抜けて進み、奥の方で食事の支度や体の不自由な人たちの手助けなどをしているらしい、教会の皆の所に急いだ。
「ジグ!アマリア!二人とも無事だったのね!」
「ただいま、シスター・ヒルダ。皆も元気そうで安心したよ!」
「誰も怪我してないですか?何か足りないものはありませんか?」
「大丈夫よアマリア。騎士様や兵士の皆さんも良くしてくれるし、私たちも避難してきた方々と協力して出来ることをしているわ」
「こっちに来る途中で、教会や南門の有様を見たときには肝を冷やしたけど、とりあえず皆無事で本当に良かったよ…」
「兵舎に避難していた時に、教会の方から突然爆発が起こったのよ。それを見たカルスト様が、いち早く私たちを逃がしてくださったの。
そう言えば、あれからカルスト様の姿を見かけないけれど、無事でいらっしゃるのか心配だわ…」
ヒルダの話を聞いた僕は、街に到着してからこれまでにあったことを話すが、これ以上ヒルダに心労をかけないために、僕が負傷したことについては触れないでおく。穴のあいた服装でバレるかも知れないけど、そこはアマリアもその辺りは察してくれたらしく、こちらに合わせてくれた。
「そうだったの…でもご無事なら良かったわ。
それでこれからどうするのかしら?あなた方もここで、私たちと一緒に避難するのよね?」
心配をかけまいとしていた僕たちは、ヒルダの質問によってそれが不可能になってしまった。隣のアマリアも気まずそうにしている。
「あ、シスター・ヒルダ、ええと…それはその…」
「ゴメンよヒルダ。僕たちはここにはいられない。
治療をするにしても戦うにしても、気がかりがあれば集中出来ないっていう理由もあるだろうけど、ここに来られたのはレストミリア様が気を遣ってくれたからなんだ。
だから呼び出しがあれば、僕たちはすぐに動くことになる」
心配そうにこちらを見ていたヒルダは、それでも心のどこかで覚悟はしていたようで、胸元でキュッと拳を握ると、こちらを真っ直ぐに見つめる。
「そうですか…。それならあなた達はあなた達が出来ることを、私たちはここで私たちが出来ることを、互いに頑張らねばなりませんね…」
僕たちが頷くと、ヒルダは続けて言う。
「それでもどうか無茶はしないで。必ず無事に戻ってくるのですよ」
「もちろんさ。敵なんて皆で力を合わせてやっつけてやるし、それが終わったら訓練はしばらく休みにして、教会で皆と一緒に採集をしたりイスフォレの森で狩りをしないと、冬の食料の蓄えも不安だからね」
「そうね。それに子供たちの冬着の繕いもしなくちゃいけないし、寒くなれば体調を崩した子達の面倒を見る機会も増えるから、こんな事をしている場合じゃないもの」
僕は周りにいた皆を見ながら、アマリアは子供たちの頭を撫でながらそう言うと、ヒルダも少し微笑んでいた。
「僕もそろそろ弓の扱いを覚えて、ジグ兄ちゃんがいない時にも狩りが出来るように練習したいな!」
子供達の中には僕の狩ってくる獲物を、いつかは自分も獲れるようになりたいと思う子がいて、僕は自分が成人した後にも、必要なときに食料を調達できるよう、その子達に弓を教えるのも良いかなと思った。
「お!それは良い考えだ。今度時間がある時にでも、兄ちゃんが教えてやるぞ」
「やった!じゃあ約束だよ」
この世界にも指切りの風習はあって、子供達が小指を出してくる。僕はそれに応えるべく左手の小指を出すと、人差し指にはめられたエルフの指輪が、黒い光を放ち始めていた。
それはみるみるうちに淡い黒から、どす黒い闇黒へと変化していく。
「…こ、これは!アマリア、敵が近付いてる!もう近くに…」
指輪の尋常じゃ無い反応に全身が総毛立ち、背中からは一斉に冷や汗が出る。僕は魔力を練り上げると、周囲に因果応報の盾を張った。
するとその直後に、頭上から無数の火球が降り注いできて、風の盾が悲鳴を上げる。
「ぐぅぅっ!ア、アマリア、攻撃を、防いだら…すぐに狼煙、を…くっ、黒…2本…!そ、それと…回復、薬のよ、用意を!」
「わ、わかったわ!」
ギィィィィンッッ!と音を立てて高速回転する風の盾は、降ってきた火球を弾き返せずにいる。僕はなんとか盾を維持すべく、全力で魔力を注いで耐え、やがて火球を削りきって防いだ直後に盾を解除すると、アマリアが狼煙を上げて回復薬を僕に渡す。
「おやおや、まさかアレを防ぐとは思いませんでしたねぇ。それに完全な不意討ちをされたにも拘わらず、よく反応できたものです。とりあえず褒めてあげますよ」
「はぁ…はぁ…、今までどこにいたとか、洞窟ではよくも騙してくれたなとか、いきなり何するんだとか、山ほど言いたいことはあるけど…。
ま、まずは魔王軍四天王から褒められる程度に、成長した自分を褒めてあげたいね…」
回復薬を飲み干して、僕は頭上から聞こえた声に答える。指輪がかつてないほど真っ黒に染まり、とてつもない威力の火球を放った相手…。
僕はその話し方や姿までもしっかり覚えている。今度こそは間違いない、本物のルナメキラがそこにいた。
「ではそのご褒美に、私からは苦痛と絶望を与えて差し上げましょうか…」
背中から生えていた、コウモリのような羽を消したルナメキラが地上に降りると、両手の指先からは長く鋭い爪が伸びてくる。
正直言うと、今は少しでも会話を続けて時間稼ぎをしたかったけれど、ルナメキラはすでにやる気満々なようだ。
「今度はあの時のようにはいかないぞ…。お前に付け狙われるのも、今日ここで終わりだ!」
僕は光の身体強化をして指先から糸を放つと、シャキンシャキンと爪を擦ってニヤリと笑うルナメキラに…魔王軍四天王に挑みかかった。
ひとまず後衛まで下がったジグ達ですが、そこには騎士団長やアイゼンフォートの姿は無く、代わりに治療を終え戦線に復帰したアドルピスカや、ケルガーの姿がありました。
ちなみに本文中でラジクが言っていた「クソじじい」とは、王様のことです。民よりも自分の近くの守りを固めた王に対して、お怒りな模様ですね。
教会の皆とも久しぶり?に会い、一瞬とは言え安心したジグとアマリアでしたが、その直後にルナメキラが出現。
街にはまだ、巨大な狼もいるうちからルナメキラまで現れて、騎士たちはもう勘弁してくれといった状態です。
ジグの方も一番守らなくてはならない皆の所にルナメキラが現れたことで、内心かなり焦っています。




