第133話 続・スウサ砦攻防戦 その5 はなむけと見送り
「見ろ!リッツソリスから狼煙が上がってるぞ!」
誰かがそう叫んだのを耳にした僕たちは、一斉に北の方角を確認すると、そこには黒い狼煙が2本上がっていた。
「黒2本って事は、ルナメキラだけじゃなく他にも魔族がいるってことですかね…?」
「全く嫌になるな。当たって欲しくない予想ばかりが的中するものだ…」
「しかしこれからどうする?多くの騎士や治癒術士がこちらに来ているとは言え、アイゼンフォート殿や騎士団長がいるのにも拘わらず、狼煙が上がっているのなら苦戦しているということだ」
「かと言って、ここの戦いも決着がついてないのに、全軍で引き返すわけにはいかないわ。そんなことをしたら背後から追撃されて、街の防衛どころじゃなくなってしまうもの…」
「もし救援に向かうとしても大勢では無理だろうね。そうなるとやはり私たちが行くべきだろうけど、アマリア様やジグを置いていくわけにはいかないよね」
「うむ。動くなら我々と一緒の方が良いとは思うが…」
「少しでも役に立てるのなら、私はどこにでもお供します…!」
そうして僕たちが話していると、アマリアと同じ小隊にいたラントラが走ってきた。前線の厳しい戦いに参加出来ない見習い達は現在、支援攻撃や伝令、怪我人の搬送や治療、物資の運搬などを行っているらしい。
「申し上げます!狼煙を確認したエレオノール様からの指令です。
ここは我々に任せてラジク様を隊長とし、アルテミア様、レストミリア様、モルド様、それにジグ君とアマリアさんには、至急リッツソリスへの救援に向かうようにとのことです!」
「本当にエレオノール殿がそのように?」
「はいっ!」
「詳しい事情を知っているにしても、随分と思い切った判断を下すものだな…」
少し考え込むようにしてラジクが呟いていると、遠くに見える敵軍の様々な場所に、竜の形をした雷が落ち、紅蓮の炎が燃え広がり、巨大な竜巻が生まれ、大津波が発生し始めた。
「エレオノール殿ったら…。あれじゃ私たちに早く行けと急かしているみたいね」
「ははは…四属性の極大魔法を連続発動されちゃあ、こっちが心配するのが失礼ってものかな…」
アルテミアとレストミリアが、遠くに見えるエレオノールの魔法を見ながら言うと、今度はラティナとダンクが馬を引いてやって来た。
「み、皆さん、街までは距離がありますから馬に乗って行ってくださいっ」
「これは助かるな。すまん、礼を言うぞ」
「は、はひっ!」
ラジクにお礼を言われると、ラティナは緊張でカチカチに固まっていた。
「ラティナ…それにダンクもどうしてここに?」
「ラントラを伝令に出した後に、エレオノール様から全員分の馬を用意して渡すようにと言われてな。
ちなみにオリヴィエは治療で忙しいから来られなかったが、無事を祈ってると伝言を頼まれてる。もちろん俺たちも同じ気持ちだ」
「ジグ君もアマリアさんも、き、気をつけてね…!」
「ありがとう二人とも。オリヴィエにもよろしくね」
「あら、私も間に合ったから、直接言ってくれても良いわよ?」
近くにあったテントの影から声がして僕たちがそちらを見ると、そこには箱を抱えたオリヴィエとフレデリカがいた。
「オリヴィエ?それにフレデリカさんも、負傷者の治療で忙しかったんじゃないの?」
「それはそうなんだけど、クロエ様からこれを渡してくるようにと言われたのよ。
治療の合間の休憩中に、私たちがジグやアマリアさんと小隊で一緒だったと話をしてたから、気を利かせてくださったみたい」
「皆様のご武運を祈っております。アマリアちゃんも頑張ってね…。
あ、そう言えばさっき、私たちがこっちに向かうのと入れ替わりで、ゲオリグさんが運ばれてきてたわ。また無茶をして怪我したみたい…」
二人がそう言って差し出した箱には、霊樹の薬ほどではないものの、なかなかに効果と値段が高い魔力や体力の回復薬が入っていた。
「二人とも、忙しいなか本当にありがとう。皆さんに配っておくわね。
それとフレデリカさん、ゲオリグさんにはお灸を据えておいてくれる?」
「ふふっ、わかったわ。アマリアちゃんが怒ってたって伝えておくね」
「お、凄く助かるよ。二人ともわざわざすまないね。クロエにも、ありがとうと伝えてくれるかい?」
「「…か、畏まりました。レストミリア様もどうかご無事で」」
アマリアが薬を分けていると、レストミリアも二人にお礼を言う。滅多に部下の前に姿を見せない治癒術士長の姿に、二人は一瞬驚いた様子だったが、すぐに片膝をついて恭しく頭を下げた。
「馬に回復薬まで用意してくれるなんて、至れり尽くせりね。じゃあラジク殿、そろそろ出発しましょうか」
「そうだな…っとその前に、馬に乗れないのはジグとアマリア殿だけだな。それならレストミリア殿と俺の馬に同乗する方が良いか」
「もちろん私は構わないよ」
「うむ。さすがにそこは同性の方が良かろう」
「僕もそれで大丈夫です」
「~~っ!……わ、わかりました…」
赤面しているアマリアの頭の中では、モルド神父と一緒に乗りたい気持ちと、密着するのが恥ずかしい気持ちがせめぎ合い、辛うじて恥じらいが勝ったらしい。
僕としては幸せそうにしているミリアさんが道中、鼻血による貧血で倒れないかと心配ではあったが、その時は先生の馬に乗れば問題ない。
そうして僕たちの準備が整うと、五人に見送られながらリッツソリスへと出発した。
街道を真っ直ぐ北に向かっていると、敵軍の一部が前方に立ちはだかり、後ろからも追跡してきた。
「追っ手が来ているな…。このまま逃げて街まで連れて行くのは好ましくないな」
「それなら私が片付け…」
ラジクの言葉にアルテミアが答え、馬上で弓を取り出したところで僕たちを待ち構えていた敵の一団は、突如として足下から発生した冷気によって瞬時に凍りついた。
そのとてつもない冷気はモンスターや、それらのいた街道沿いの木々や草花だけでなく、辺り一帯の空気までも凍りつかせたように、周囲の気温を急激に下げた。
「うひぃっ!ここだけ冬みたいに寒いよ!」
「あら、ごめんなさい。少し魔力を込めすぎてしまったわ」
凍てついた一帯を駆け抜け、馬を走らせながらレストミリアが言うとエレオノールの声がした。頭上を見ると、やはりそこには宙に浮かぶ彼女の姿があって、僕たちを追いかけてくる敵を次々と倒していた。
「やはり今の魔法はエレオノール殿だったのね」
「馬で駆けていても追撃されそうでしたから、指揮は少しの間だけクロエに任せて、私が直接来ちゃいました。
それにしても彼女は本当に優秀ですから、騎士団に欲しいくらいですわね」
「エレオノール殿、それは私が困るのでやめてもらえますか…」
「まあ、それは残念ですわ…」
そうして会話をしつつ敵を倒し、エレオノールは空中を軽く蹴りながら僕たちと並走している。
よく見ると蹴る瞬間の彼女の足の裏には氷の板…と言うよりは、膜に近いほど薄い氷が張っていた。彼女はそれを足場にして、空中移動を可能にしているらしい。
僕もたまに風の噴射で高くジャンプしたりはするけれど、さすがにこの使い方は思いつかなかったよ。魔法も使い方次第なんだね。
まぁどっちみち、氷属性が無い僕には無理なんだけどさ…。
「では私はこの辺で失礼いたしますわ。砦周辺のお掃除が済みましたら私も向かいますから、それまで皆さんもご無事でいらしてね?」
「えぇ、わかりました。エレオノール殿も気をつけて!」
自分に無いものを羨ましく思っていると、敵の追撃部隊を壊滅させたエレオノールは、空中で優雅にお辞儀をして手を振ると、役目を終えたとばかりに引き返していった。
後ろを見ると街道には、敵が死屍累々と転がっていた。
「いやぁ、あれくらい自由自在に魔法を使えて空中を動けたら、さぞ楽しいでしょうね…」
「全くだ。魔力量もだが、特に属性が1つしかない俺に少し分けて欲しいものだ」
「前の旅で火と水が便利だなぁと思いましたけど、あの動きを見ると氷も良いですよね」
「そうだな。特にお前の糸の力があれば、様々な場所に設置した土や氷を利用して、空中を自在に動けそうだしな」
「おおおっ、そういう方法もありますね!さっすが師匠!」
「ま、現状ではどうしようも無いがな」
「それは言わない約束ですよ…。でも魔法でなくても森や街中なら地形を利用して、ある程度は出来そうですね」
「うむ、それならすぐにでも試せそうだな…」
「え…?」
急に真面目な顔をした師匠を見た僕は視線を前方に移すと、遠くに見えるリッツソリスの街から狼煙ではない煙が、あちこちから上がるのが見えた。
「すでに大きな被害が出ているようだ…。
到着したらアルテミア殿とジグは街中を駆け回って、見つけ次第住民を助け避難させてくれ。
俺とモルド殿は敵の排除をしつつ、教会の者達がいる兵舎へ向かう。
レストミリア殿とアマリア殿は、味方と合流して負傷者の治療を頼む」
「それは構いませんけど、先生の体調はどうなんですか?あれほどの深手を負ったばかりなのに、もう戦えるんですか?」
「あら、そんなに心配しなくても大丈夫よ。ミリアとクロエという、国内でも最高峰の治癒術士に治療してもらって、更に霊樹の薬まで飲んでるんだから」
「お褒めにあずかり光栄だけど、それでも7割ってところだよ。傷は塞がってるし魔力も回復しているけど、無理は禁物だからね?」
「無理をしなくて良い相手なら良いのだけどね…」
「先生の分まで僕が頑張りますから、本当に無理しないでくださいね」
「そうだよアルテミア。キミが危ないとなれば、ジグもラジク殿も魔力が暴走しかねないんだから。昨日だってジグは暴走したし、ラジク殿もギリギリだったんだから」
「あらまぁ、それは大変ね。ジグは仕方ないとしても、ラジク殿までそれじゃ困るから、釘を刺しておくべきかしら?」
「いらんいらん、もう刺されたから必要ない。だからラファエラの事を言うのはやめてくれ。戦う前から戦意を喪失してしまう」
「…本当に、何年経っても覚えていてくれるのね…」
「ん?何か言ったか?」
「何でもないわよ。それよりも作戦はラジク殿の言うようにするとしても、予定通りに行かなかった場合はどうするの?」
「まずは住民の避難が最優先だが、他は敵の戦力や戦況次第だな。最悪の場合は味方との合流を最優先にして、団長やアイゼンフォート殿のところへ直行することになるかもしれん」
「…それは出来る限り避けたいわね」
ラジクの言う最悪の場合というのは、敵戦力が強大すぎて住民の避難をさせている余裕が無く、見殺しにしてでも味方の所に辿り着くという判断らしい。
顔をしかめているアルテミアの反応からも、民を守ることを目指している騎士としては、本当に最悪の選択肢なのだろう。
「まぁ、現場の状態が分からないうちに全部決める必要は無いさ。それに何をどうしたって、そのとき私たちに出来ることをやるだけだしね」
重くなった空気をレストミリアが追い払ってくれる。こういう時にいつも明るくしてくれる辺りが、やはり治癒術士長としての立場がある、彼女ならではの配慮なのかもしれない。
「そうだな…いずれにせよ、目的は教会の者や住民の保護と避難、そして敵の排除だ。そのために全員で力を尽くすとしよう!」
ラジクの言葉に皆が頷くと、更に速度を上げて僕たちは街へと向かっていった。
首都の危機に対する救援には、目の前の敵が片付いていないということで、ひとまずジグたちだけの少人数を送ることになりました。
危険も多く急がなければならないということで、指揮を執るエレオノールやクロエからは、馬と回復薬が手配され、良い機会なので小隊の皆にはここで動いてもらいました。
ゲオリグさんはまぁ…いつも無理をしては怪我しているので平常運転です(笑)
戦闘が長引いていますがこの辺りはまぁ、いかにキルウルクやエレオノールが前線にいても、オーガや巨人族を含んでいるうえに、敵の数が多いとすぐには片付きません。
そして一行が救援に向かっているものの、リッツソリスの状態や敵の戦力も不明なままなので、その先に何がいるかは次回以降のお楽しみです。
サブタイトルの「はなむけ」は厳密に言うと意味が違うのかな?とも思ったのですが、他に合う言葉を知らなかったのでこうなりました。
もしどなたか適切な言葉をご存知でしたら、教えてくださいませ…(〃▽〃)




