第109話 合同訓練 その5 全力攻撃と最硬の老騎士
「ほれ、遠慮は要らんから全力でかかってくるがよい」
目の前の老騎士は気軽にそう言ってくれるが、その割に隙なんてものが無いし魔力の圧力が凄まじく、どこへ攻撃しても無駄な気がして、僕はなかなか動き出せずにいた。
「くっ……」
「先手は譲ろうかと思ったのじゃが、動かないなら仕方がないのぅ。ワシから行くとするか…」
そう告げたアイゼンフォートは剣を抜き一歩、また一歩と近付いてくる。
あれ、なんだこれ。今まで感じたことのない緊張で足が思うように動かないよ!
そうしているうちに老騎士は目の前まで来て、「ほいっ」と振るわれた剣を僕はギリギリで防御したが、凄まじい衝撃に軽々と吹っ飛ばされた。
「およ、本当にどうしたんじゃ?まるで動きが悪いのぅ。
…これならどうじゃ?『アイアン・バレット!』」
吹っ飛ばされて体勢を立て直したばかりの僕に、今度は鉄のつぶてが飛んでくる。
「ぐ、うぅっ!」
体に直撃するそれを、どうにか風を纏って軽減すると、少しずつではあるが体が動くようになってくる気がした。
「ははっ。もう腹は括ったし、緊張も解けたと思ってたけど、いざ本番になると竦んじゃってたみたい。
体に魔力を通したり痛みを感じて、ようやく覚悟が決まったなんて情けない話だ」
「おうおう、ようやくやる気になったかの?」
「はい、お手数をかけました。全力を尽くしますので、よろしくお願いします」
「よしよし、なら来るが良い!」
「はあぁっ!!」
僕は光の属性身体強化に切り替え、風の刃を連発し、それと同時に突進を始めた。
今回も戦うのは初めてだけれど、アイゼンフォートを相手に様子見をしていては、ただやられるだけだと判断し、出来る限り自分のペースに引き込むことにした。
「ふぉっふぉふぉ、そう来なくてはのぅ。
『アイアンウォール!』」
アイゼンフォートは鉄の壁を出現させて風の刃を防ぎ、高速で接近する僕を迎え撃つ。
風の魔法剣を使い、渾身の力を込めたこちらの斬撃を、アイゼンフォートは軽々と受け止め、剣はギィィィンッ!と音を立てて弾かれた。
しかもアイゼンフォートは、防御すると同時に次の攻撃の姿勢に入っている。
『エル・アイアン・スパイク!』
「くっ…『トルネード!』」
危険を察知した僕は、自分の足下に竜巻を発生させて体を無理矢理に押し上げ離脱した。すると先ほどまで立っていた地面から、鋭利なトゲが無数に出て来て空を切り裂いていた。
「あぶなぁ……これならどうだっ!」
僕は空中から風の刃を大量に打ち上げて軌道を曲げ、時間差で全方位から襲い掛かるようにし、こちらからは直線的な竜巻をアイゼンフォートに向けて放つ。
エルフの里で格上のザグエルを相手に使った手だ。
竜巻を見たアイゼンフォートは再び鉄の壁を出現させて防ぐが、こちらも魔法を放ち続けているため、竜巻はゴオォッ!と音を立てて壁を削り続けている。
よし、これなら竜巻に対する防御に集中しなくちゃならないから、他方面からの攻撃には対応出来ないはず!
僕は思惑通りになると判断して、更に竜巻に魔力を注ぎ込んだ。
「ほう、なかなかの威力じゃのぅ。しかしまだ甘い…『エル・メニア・アイアン・ソーン!』」
竜巻を防ぐアイゼンフォートに向かって、上空から風の刃が降り注いでいった瞬間、老騎士の全身からイバラのようなものが大量に発生し、竜巻も風の刃も全て飲み込んで辺り一面を埋め尽くした。
突然の光景にギョッとしながら着地すると、それはこちらに向かって伸びてきて僕を捕らえようとしてきた。
慌てて逃げながら、こちらに近付くイバラを風の魔法剣で斬りつけるが、金属で出来たそれは硬く切断するのは無理だったため、更に大きく距離をとってどうにか避けた。
「狙いは悪くなかったんじゃがのぅ、ワシの場合は索敵魔法も使っているから、死角からの攻撃は通じんぞい」
「そうみたいですね。じゃあこれならどうでしょう…『ホーリー・ライト!』『エル・トルネード!』……『ホーリー・レイ!』……だあぁっ!」
イバラを消してそう話すアイゼンフォートに、今度は目眩ましを仕掛けながら竜巻を放ち、光の属性身体強化で瞬時に横へと回り込んで熱線魔法を撃つ。
そして更に後方へと移動しながら全身に風を纏い、足に魔力を集めて爆発させて一気に距離を詰めながら、ドロップキックを撃ち込んだ。
「『アイアン・ウォール!』…『エル・アイアン・ランス!』……くっ、ぬぅぅっ!」
アイゼンフォートは竜巻を盾魔法で防御し、熱線を巨大な鉄の槍で相殺し、こちらが全身全霊で放った強烈な蹴りを背中で受けたが、それは薄い液体のような金属の膜を纏った属性身体強化で耐えきった。
「ふはははっ!その年でワシに攻撃を当てるとは思わなんだ。さすがにアルテミア嬢やラジクが気にかけるだけある……本当に血が滾るのぅ。
小僧の力がこれほどなら、そろそろワシも全力でやっても良いかの」
今まで完全に防がれていた攻撃を体に相当の負担を強いて動き、ようやく当てられたと思いきや、相手を本気にさせることになってしまったらしい。
ただでさえ強く感じていた魔力を、これまでよりも更に濃度が高く感じるようになった。
しかしこちらは未だ、蹴りに繋げるまでの激しい動きによってあちこちが痛む。このままではマズいので、僕は回復魔法を体内で循環させて高速回復を図る。
「お主もそろそろ手段を選ばずに戦わんと、ワシの攻撃は避けられんし防ぎきれんぞ?」
「…それはどういう…?」
「まだ使ってない力があるじゃろう?ワシはそれを楽しみにしてるんじゃが、お主が使わんのなら仕方がない……使いたくなるようにしてやろうかの」
アイゼンフォートの言いたいことは分かっていたし、戦う前にアルテミアからも言われていたが、クロエの時よりも余裕がない状態で相手に使うと、本当に遠慮無しになってしまいそうで怖くて、頭では希望されていると分かっていても、今まで使わないようにしていた。
でも使いたくなるようにするってことは、それくらい追い詰めるって事だよね…。護聖八騎が追い詰めてくるとか怖すぎるんだけど!
あーあ、いつものことではあるけれど、今回もただの訓練かと思いきや中身はこんなだし…。もう色んな事を気にしないで、好き勝手にやっちゃおうかな?
いや、別に傷付けたり傷付けられるのは嫌なんだけど、たまには何も気にしないで子供らしく自由に振る舞いたいよ。
と言うか見たことも無い知らない人の考えとか、僕の周りの思惑とか裏事情とか、本当に面倒だ。僕は周りに居る大事な人たちと普通に過ごせれば良いんだから、関係ない人は一切関わらないで欲しいよ。
そう言えば師匠は、この機会に力を見せつけろとか言ってたっけ…。よし、こうなったらヤケだ。もう何も気にせずやってやる!
「……わかりました。じゃあ遠慮無くいきます」
今までの戦闘で魔力もだいぶ消費していることだし、残された時間はそれほど多くないはずだ。なら使い切るまで搾り出してやる!
僕は指先から桜糸を出して低く構え、アイゼンフォートを見据える。
「ほう、それが例の糸か。ワシらはそれに助けられたし感謝もしているが、それがどれ程のものか興味があるのも事実じゃから、遠慮なく見せてくれるかのっ!」
「良いですけど、怪我しても知りませんよっ!」
そう言ってアイゼンフォートが鉄槍や鉄槌を無数に放ってくるのを、僕は糸で次々と絡め捕って無効化し、更に枝分かれさせてアイゼンフォートへと伸ばし、捕まえようとする。
「おうおう、手数で押しても無駄じゃのう。ならこれはどうじゃ?糸は燃えやすかろう!『エル・ファイアー!』」
自分に殺到する無数の糸を焼き払うべく、アイゼンフォートは一面に蒼炎を放つ。
するとこれまで切れたり燃えたことのない糸は、全てでは無いが半数近くが燃やされて消えた。
しかし残りの糸はそのまま伸びていったので、アイゼンフォートは雷の身体強化でそれを回避し、更に強大な雷魔法で何度か糸を攻撃して、近くに伸びてきた糸をようやく消滅させた。
「え…?まさか、そんな…」
「な、なんという耐久力じゃ…」
僕は信頼を寄せていた糸の消滅に、アイゼンフォートは糸の耐久力にそれぞれ驚愕し、互いに警戒を強めた。
これまで切られることも、何らかの手段で防がれることも無かった糸が、護聖八騎が相手とは言え消滅させられたのは驚いたが、すでにこんな思いは風の盾の時にしているので、驚きは隠せないが頭は切り替えることにした。
風の盾だろうと糸だろうと結局は魔力で出来ているんだから、その強度は込められたイメージや魔力に依存しているはずだ。
それなら更に強固な糸を紡いで、何者にも切ったり消したり出来ないようにするまでだ。
それに僕にはまだ他の糸がある…何としても捕まえてやる!
『自在粘糸!』
『極大業火魔法・インフェルノ!』
一瞬で編み上げた蜘蛛の巣のようなネットを、いくつも同時に放ってアイゼンフォートを捕らえようとしたが、それと同時にアイゼンフォートは聞いたことも無い魔法を発動させた。
極大業火魔法?なにそれ絶対ヤバイやつじゃん!
アイゼンフォートが放った業火の魔法は、火属性の中でも火力の高いエル・ファイアーの蒼炎よりも高温らしく、赤みを帯びた金色をしていて彼を中心に放射状に広がっていき、僕の放ったネットはもちろん、練兵場にあった岩も木も何もかもを焼き尽くしていく。
離れたところで見ていた騎士達も驚きの声を上げているので、かなり珍しい魔法らしい。
するとそのざわめきの中に「危ない!」というアルテミアの声が聞こえた気がした。
「…はっ!『因果応報の盾!』」
見たことも無い光景に一瞬気をとられていた僕は、その言葉に反応してすぐさま風の盾を出現させ防ぐが、金色の炎は盾魔法をも焼き尽くすほどの威力で、このままでは魔力が尽きると思った。
「くっ!ダメだ、盾じゃ耐えられない…!」
しかし自分の持つ防御手段では、この盾以上の防御力の魔法など無い。しかしこのままではきっと破られるし、どうしたら良いかと考えていると、先ほど見た光景を思い出した。
普通の桜糸でもアイゼンフォートのエル・ファイアーの威力には、半分近くが耐えていた。そして残りもアイゼンフォートの雷魔法を何度も受けて、ようやく消滅したくらいだ。
ならそれ以上の糸なら燃やされずに残ったかもしれない。今こちらに迫っている炎も、特別な糸なら燃やせないのではないだろうか?
「賭けになるけど、今はこれしか手がない。
…ならやるしかない!『神縛桜糸!』」
僕は応報の盾の中で腹を括ると、盾を解除すると同時に糸を自分に巻き付けて、繭のようにして全身を包み込んだ。
ジュゥゥッ!という音が通り過ぎていき、炎が地面を焼き尽くして通過したのがわかった。
それと共に内部の温度も上がったが、火傷する程までには至らなかった。
「ふぅ…まさかあれを耐えるとはのぅ…」
アイゼンフォートの声が聞こえたので、僕は糸を解除して周囲を見渡す。
周りの地面はあちこちで燻っていて、真っ黒に炭化した木や高温の炎によって真っ赤になった岩が見えた。
「あんな魔法は初めて見ましたけど、普通は死にますよ…?」
「すまんすまん。ワシも使った直後にやり過ぎたと思ったのじゃが、最悪の場合はワシの盾魔法でお主を守れば良いと思ってのぅ。
しかし、ワシの出番は無かったようじゃ。お主、本当にとんでもない小僧じゃの?」
「賭けに出て勝っただけですから、そんなに凄いものじゃないですよ。一歩間違えば全身黒焦げでした」
「まぁ結果としてはお主もワシも無事じゃし、まだ楽しめそうじゃのぅ」
「げっ、まだやるんですか?お元気ですね…」
「報告を受けたものを全て見るまで、ワシは止めんぞ?」
「その戦いへの執念…さすが師匠の師匠ですね」
「そういうことじゃ。ではいくぞ、弟子の弟子」
僕にはもうほとんど魔力は無かったが、アイゼンフォートは全てを見せろという。
戦いの機会を逃さないその姿勢が、なんだか自分の師匠を見ているようで僕は楽しくなり、さっきまでのヤケになったり開き直った気持ちとは、また違った心地よい高揚を感じた。
「それじゃあ、いきますよぉっ!」
そう言って僕は風の糸を放ち、アイゼンフォートはそれを巨大な鉄球で迎え撃つ。糸を鉄球に絡ませてしまうつもりのようだが、今回は束縛用の糸ではない。
風の糸は鉄球を細切れにして、そのままアイゼンフォートへと伸びていった。
「ぬ!?これが例の…『エル・メニア・アイアン・ゴーレム!』」
アイゼンフォートは多数の金属製ゴーレムを作り出して、風の糸を掴ませたり盾代わりにして防いだ。鉄球を切り裂いたことで糸の斬れ味が落ちていたらしい。
これまでほとんど一撃で敵を無力化していたので、この切断力の低下は新しい発見だった。
しかし多数のゴーレムも、そのほとんどが鉄くずに戻っている状態だったので、アイゼンフォートもかなり驚いていた。
「ワシ、これでも国内では最高クラスの防御力なんじゃが、そろそろ自信を無くしそうじゃ…」
「僕は魔力が無くなりそうです…。そろそろ止めたいんですけど、どうですか?」
「まだ全てを見ておらん。切断する糸はもう一つあるじゃろう?最後にあれを見せれば、解放してやろう」
「今のよりも威力がありますけど、大丈夫ですか?」
「ワシにも考えがある。遠慮せんで良い」
「もし何かあっても知りませんよ?」
「よい。アルテミア嬢や団長のディアブラスにも言い含めてある。お主が責任を問われることはないから安心せい」
「責任の問題でも無いと思うんですけど…。でもそこまでの覚悟で言われたら仕方がないですね。じゃあ、いきますよ!」
「おうおう。残る力を振り絞り全力で来るがよい!」
「はあぁっ!『金剛斬糸!』」
僕はありったけの魔力を込めた金剛斬糸を飛ばし、アイゼンフォートの周囲に放たれた糸を一気に引き絞って攻撃した。
アイゼンフォートはと言うと、全身から溢れ出し立ちのぼる程の魔力を纏い、耐える構えだ。
そして糸はアイゼンフォートの全身に巻き付き、グッと手応えを感じるままに引くと、キンッと音を立てて老騎士の鎧に食い込んだが、それ以上の手応えは無かった。
鎧は断ったものの、体を斬るには至らず止まったのだろうか?
「なっ!…巨人ですら戦闘不能にしたのに、人間相手に効かないとか嘘でしょ!?」
「全部見せてもらったぞい!この勝負、ワシの勝ちじゃ!」
巻き付いていた糸が消えると、細切れになった鎧をバラバラと落としながら、アイゼンフォートは身体強化で迫ってくる。
鎧が落ちて見えるようになったその体には、無数の切り傷が刻まれていて全身から出血しており、金剛斬糸による攻撃は完全に防がれたわけではなかったようだった。
そして一瞬で目の前まで来たアイゼンフォートは、驚いたままの僕の腹に魔力を纏った黒い拳を叩き込んできた。
…しかし僕は準備していた。
あれほど金剛斬糸を使えと言っていたからには、アイゼンフォートが耐えきって反撃してくると予想し、金剛斬糸を使った直後に更に魔力をかき集めた。
そしてギリギリまでアイゼンフォートの攻撃を見極め、被弾箇所に風の属性身体強化と、ダメージを受ける前から回復魔法を集中させた。
唸りを上げながら僕の体にめり込んだ拳の手応えに、何か妙なものを感じたのかアイゼンフォートは少し不可解といった表情で、殴られた勢いのまま宙に浮いた僕を見上げた。
恐らくそこにはエルフの弓を構えた僕が、矢を放つところが見えたはずだ。
僕はこれでもかと言わんばかりに振り絞った魔力を、アルテミアが何度も見せてくれた嵐穿弓のイメージで放つ。
しかし僕は、その硬いモンスターをも貫く竜巻の矢の行き着く先を見届ける前に、アイゼンフォートから受けたダメージを、回復魔法や纏った風が吸収しきれず意識を刈り取られた。
腹を括ったわりに最初はビビって竦んでしまったジグですが、これは歴然の強者であるアイゼンフォートの持つ、オーラのようなものがプレッシャーとなって感じられ、畏縮してしまった感じですね。その後は痛みや衝撃によって自己防衛が働いて、動けるようになりました。
万が一に備えて同僚や上司に、ジグの責任を問わないように言ってあるアイゼンフォートですが、負ける気なんてさらさらありません。
あくまで不測の事態に陥った時に、自分の楽しみのせいで周りに迷惑をかけないための保険です。
それでも自身の予想以上にジグの攻撃が激しく、また強かったため、当初は完封するつもりだった老騎士は、蹴りを属性身体強化で防がなくてはならなかった時点で、何気に凹んでいたりします。
そのせいでムキになって、最後には危険とは分かっていた金剛斬糸を真正面から受けきって負傷し、更に凹みました(笑)
しかしあくまで本人が凹んでるだけで、糸の斬れ味を知っているラジクやアルテミアは、開いた口が塞がらないくらいには驚いてます。
最後に放った矢はどうなったのかは、次回ですね。




