第106話 合同訓練 その2 クロエの実力とジグの裏技
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クロエとの戦いは仕切り直しになり、僕は風の属性身体強化で突進して、得意のドロップキックを放つ。
クロエはそれを真正面から迎え撃ち両腕で防ぎきったが、蹴りで魔力を削っていたためこちらの纏った風の追撃は防げず、腕に次々と切り傷ができていった。
クロエは顔をしかめて痛みに耐えたまま、着地したばかりの僕へとローキックを決め、どうにか防御したものの弾かれるように吹っ飛ばされた僕は、数メートルほど転がって受け身をとり体勢を立て直した。
「いたたた…。なんだかもう、モルド神父と格闘している気がしてきたよ」
「モルド殿のようだと言われるのは、体術で戦う者としては最高の褒め言葉ですね…。『キュアエル!』」
僕は体内で回復魔法を循環させて回復するが、クロエは普通に回復魔法を唱えていた。
僕は大抵、回復しているとバレないようにしているけど、他の人は割と堂々と回復するもんなんだね…。自分が卑怯な気がしてきたよ。
「じゃあ次はこちらの番…ね!」
「うひっ!」
地面を削るかと思うほど低空で飛んできたクロエが、そのままの低い姿勢で地面に手をつき、自分より身長の低い僕を更に下から蹴り上げた。
咄嗟にガードしたが蹴りの勢いは凄まじく、僕は軽々と宙に浮いて無防備になった。
「うっ…あ、やばっ!」
チラッと見えた視界には、下にいるクロエが魔力を溜めているのが見えていて、今にも狙い撃ちする構えだ。
「相手に使わなければ良いよね!『自在粘糸!』」
僕は伸縮自在の粘着糸を出して地面に貼り付け、一気に縮めて空中の危険領域から離脱した。
その直後、僕のいた辺りには岩の針山が現れて、辺り一帯に突き出ていた。
「あー、ダメって言ったのに!」
「こんな化け物みたいな人の相手をしてるのに、無茶言わないでください!それにクロエさん本人に使わないなら大丈夫でしょ!?」
レストミリアが文句を言うが、声色的には怒っているより楽しんでいるので、恐らくセーフなはずだ。
それどころか空中にいて、普通なら逃げられないタイミングでのクロエの攻撃にこそ、レストミリアは何か言うべきだと思うのは僕だけだろうか。
「じゃあ人間に使わないならセーフにしとくよ。それでも十分に気をつけるようにね」
「わかってま…ひぃっ!」
先ほどの攻撃で勝負が決まったと思ったらしいクロエは、予想外な逃げ方をした僕に対してムキになってきたらしく、こうして話している間にも岩弾を飛ばしてきた。
ギリギリでそれらを回避して、距離をつめてきたクロエと僕は再び肉弾戦になる。
「ぐっ…うぁ!もう…む、無理!
『ホーリー・ライト!』『トルネード!』」
しかし圧倒的な防御力と腕力を誇るクロエに対して、接近戦で付き合えるほど僕の戦闘能力は高くないので、嵐のような拳の連続攻撃に亀のように耐えながら、こちらの攻撃が効かないならと先ほどのクロエを見習って、こちらも竜巻で空中に飛んでもらうことにした。念には念を入れて目潰しもオマケだ。
「くぅっ!これは…目が…うわぁっ!」
見事に視界を封じられ、体勢を崩して空中に吹き上げられたクロエが、地面の方向も分からないまま無防備でいる。
そこに今度はこちらから、初めてレストミリアと戦ったときのように、上空に巻き上げる竜巻ではなく横方向に吹き飛ばす竜巻を放つ。
『エル・トルネード!』
空中にいて、しかも目がまだ見えないクロエは避けられるはずもなく、錐揉み状態で練兵場の壁へと一直線に吹っ飛んでいく。
レストミリアの時にはこの状態で危ないと感じたが、結局は上手く捌かれたし、クロエの防御力なら危険は無いと判断して、今回は割と遠慮無しで攻撃した。
直撃した竜巻がズドォッ!と音を立ててクロエを壁に叩きつけ、辺り一帯には土煙が上がる。
さすがにこれ以上追撃するのは気が引けて、僕は様子を窺っていたが、間もなくその中からボロボロのクロエが出て来た。
「その年では考えられないほど実戦経験を積んでるだけあって、さすがに本気になると強いわね…」
「あの、そろそろ止めませんか?一応これって訓練ですし…」
口から出ている血を拭うクロエの姿がもの凄く怖くて、僕はダメ元で提案してみる。
「何を言ってるの?実戦訓練なんだからこれぐらいは当たり前よ。それに先にこういう戦闘訓練をするのは、後から回復魔法の訓練に生かすためなんだから、トコトンやらなくちゃダメよ。
特に今回は重傷者が少ないと思っていたから、もう少し怪我人を増やしたいところなのよね…」
案の定ダメだった!と言えたらどれほど良かっただろう。しかしクロエから返ってきた答えは、僕の想像を遥かに超えるものだった。
えっ、どういうこと?今たしか、回復魔法の訓練のために怪我人を増やしたいとか言ったよ!?
「そ、そんな予定は聞いてないんですが…」
「それはそうよ、レストミリア様と私しか知らないもの…。ふふふ、さぁそろそろ行くわよ?」
「ミ、ミリアさんの馬鹿ぁっ!」
とんでもない計画だ。治癒術士はトップ2人がクレイジーだよ!
僕が半狂乱でレストミリアの方を見ると、音の出てない口笛を吹いて慌てて視線を外していた。
おいそこっ!口笛が上手く吹けてないよ!
僕の叫びを合図に攻撃を再開したクロエが猛攻をかけてきて、僕はそれを必死で防ぐ。
魔力全開で風を纏っているものの、あちらもかなりの魔力を攻撃に回しているらしく、それはもう激しい攻撃で防御する腕が今にも折れそうだ。
それに加えて竜巻を警戒してるのか、クロエは細かくステップを踏み、僕に狙いを定めさせない。
しかも目潰し対策なのか、片目を瞑って攻撃している。接近戦において僕よりも圧倒的に有利だからこそ出来る芸当だろう。
「ぼ、僕の攻撃に万全の態勢ですねっ」
「さっきのは結構効いたから、また喰らうわけにはいかないの…よっ!」
強打を受け続ける腕や魔力もそろそろ限界なので、どうにかこの攻撃を打破しなくてはならない。しかしクロエには隙が無く、抜群の集中力でこちらの反撃も受けきられ、もうジリ貧状態だった。
何かクロエの気を逸らせる攻撃は無かっただろうか。思わず僕から意識が外れるような…。
必死で考えていると、ふと思いついた。
いやでもこれはどうなんだろう。あまりに卑怯じゃないだろうか…。
でもなぁ…2人も詳しいことや狙いを伏せて、僕にこんな化け物を相手にさせてるしなぁ。
もう、おあいこって事で良いかな?良いよね?うん、良しとしよう!
決めたなら即実行だ。どうせすぐにバレる嘘だし、多分その後には怒られる気がするけど、クロエには怒ってもらわないといけないからね、仕方ないね。
拳の嵐が吹き荒れる中においてかなりの自殺行為ではあるが、だからこそクロエも一瞬は信じるはずだ。
僕は呆けたような顔をしてクロエから視線を外し、彼女の後方を驚いたように見て、クロエにしか聞こえない声で呟いた。
「えっ…なんでアマリアが服を脱ぎだして…?」
クロエの拳が僕の目前でビタッ!と停止して、信じられないと言いたげな驚愕の表情をして、しかし誘惑には勝てずガバッと振り向いた。
「しまった!」とクロエがこちらに向き直るまでの、その一瞬の隙を逃さず僕は、竜巻で再びクロエを吹き飛ばし、完全に無防備な状態で彼女は壁に激突した。
恐らくアマリアをダシにしたことで、激怒して突撃してくると思われるクロエに対応するため、僕はありったけの魔力を込めて待ち構え、索敵魔法も使って土煙の中を探る。
すると全身から魔力を溢れさせ、クロエが立ち上がるのを感知した。
次の瞬間には土煙を突き破り、一直線にこちらへ向かってくるクロエの姿が見えたが、その全身には岩石で出来た鎧のようなものを纏っていた。
それを見たレストミリアが「クロエ、それはダメだ!ジグも逃げて!」と叫んでいるが怒りに我を忘れているのか、クロエの突進は止まらなかった。
狙い通りだけど怖い。いや、もう本当に怖い。
いつもはお堅く真面目ながらも、物腰は柔らかくて優しいクロエがキレるとこうなるらしい。
そりゃあミリアさんも、叱られたら大人しくするわけだ。
でもあんなのをまともに受けたら、それこそこちらがペシャンコになりそうなので、ここは都合良く鎧を纏っていることだし、クロエに我慢してもらうしかないね。
「ゴメンよ…『因果応報の盾!』」
僕はありったけの魔力を込め、エルフの里で完成したばかりの改良版の風の盾を張り、クロエの凄まじい勢いの突進を受け、そして一瞬のせめぎ合いの後に弾き返した。
突っ込んできた勢いの倍近い速度で弾き返されたクロエは、再び練兵場の壁に激突して、今度は立ち上がらなかった。
通常の風の盾はおおよそ倍返しだが、改良版の因果応報の盾の場合は更に速く、三倍近い勢いで攻撃を弾くようになっていたが、そこはクロエの突進の威力が凄まじかったため、盾の威力も落ちていたらしい。
クロエの攻撃が想定より激しく、想像以上に魔力を消費したため、僕はその場で座り込んでしまい、勝負がついたと判断したレストミリアが、被害の大きいと思われるクロエの方に走り土煙の中に入っていき、僕にはアマリアとモルド神父が付いてくれた。
アマリアの回復魔法を受け、モルド神父から渡された魔力の回復薬を飲んでいるとようやく土煙が晴れてきて、粉々に砕けた鎧の破片が散乱している中でクロエが倒れているのが見えた。
尋常ではない反撃を受けたクロエだったが、本人や鎧の防御力も尋常ではなかったため、大怪我ではあるが命に別状はないらしく、レストミリアが軽く回復魔法をかけた後は、他の治癒術士たちを呼んで治療に当たらせていた。
僕の方はと言うと、打撲だらけではあったもののそれほどの重傷ではないので、アマリア1人で十分のようだった。
「糸は緊急脱出のあの1回しか使わなかったから、まぁ良いとして他に不可解な点があるよね?」
皆にそのまま治癒術の訓練に移るようにと指示を出して、レストミリアがこちらにやって来ると、開口一番そう言った。
「うむ。こちらからも確認したが、お前が何か言った直後にクロエ殿の動きが止まり、一瞬だが後ろを振り向いていたな。
あれが無ければ逆転は無かったと思っていたが、一体何をしたのだ?」
「いやぁ…ははは。それはその、何と言いますか…」
「ジグ、目が泳いでるよ。言い訳があるなら聞かないことも無いから、どうしても言いにくいなら、先に事情を言ってごらん」
「そのですね…。怪我人が次の回復魔法の訓練に必要だという、ミリアさんやクロエさんの思惑をあの時初めて聞いて、半ば開き直ったと言いますか…。
それならいっそ自分だって多少卑怯な手を使ってでも、痛い目に遭うのを回避してやろうかなと思いまして…」
「そりゃまぁ、隠していたのは確かに私たちが悪いかも知れないけど、一体何をしたんだい?」
「ええと…」
僕はアマリアを見て言い淀む。すると視線に気づいたアマリアが、「えっ、私?」と意外そうにしていた。
ミリアさんにはそれで大体の見当が付いたらしく、溜息をついて頭を抱えていた。
しかしモルド神父とアマリアには伝わらないらしく、説明を求められる。
「どうせ叱られるのは覚悟の上でやったんだから、とっとと白状して怒られなよ?」
「それはそうですけど、僕としては原因の一部を作ったミリアさんにも、少しは反省してもらいたいですよ…」
「だって先に伝えていたら、ある程度で戦闘を切り上げて、治しやすい切り傷でも作って回復魔法の訓練に利用しようって話になりかねないしさ?」
「他の治癒術士たちはすでに経験があったから、あまり深手にならないうちに勝負がついていたんですね。
それに僕が感じていた違和感の正体もそれですか。でもそれって戦闘訓練としてはあまり良くないのでは?」
「私たちも分かってはいるんだけど、今回は間に合わなくてさ…。
次からは皆が死に物狂いで励むような、熱い戦いを起こすような褒美でも、何かしら用意してみようかとは思ってるんだよね」
「まぁ事情があるのは分かりましたけど、次からは勘弁してくださいよ」
「わかったわかった。それにクロエも久しぶりに全力で戦えて、少しは羽を伸ばせたみたいだから、私も満足だしね」
「いや、クロエさんは黒骸王の時にも一度前線に出てますよね…?」
「あの時は団長やラジク殿の隊の撤退支援だから、攻撃より防御重視で動いてて、今日みたいに活き活きとした戦いではなかったらしいよ」
「は、はぁ、なるほど…?」
「さて、話も済んだことだし2人もそろそろ限界なようだから、そろそろ白状しなよ」
「ちぃっ、このままの流れで有耶無耶に出来るかと思ったのに…」
「それは無理だよ…。とりあえず私は他の子達を見てくるから、後は3人でごゆっくり」
「あっ、ミリアさんズルい!」
手を振りながら逃げるように去って行くレストミリアの後ろ姿を、僕は恨めしそうに見送り振り返ると、神父とアマリアが逃がさないぞとばかりに両脇に寄ってきた。
僕は観念して説明すると案の定、お説教とゲンコツを喰らうことになった。
「例え気を逸らすにしても、もっと他にやり方があるだろう!?」
「私がそんなことするわけ無いじゃない!何て事を言うのよ!もう恥ずかしくて顔から火が出そう!」
とは2人の言葉だ。
でもわかって欲しい。クロエの相手は本当に大変だったんだよ!しかもあんなのを相手にしているうえで、どちらかが重傷になる必要があるとか言われたら、そりゃ誰でも必死になるよ!
その後はある程度まで回復したクロエがやって来て、秘密にしていたことを謝られ、こちらも怒りの形相で突進してきたクロエの表情を思い出して怯えながら謝ると、
「戦いの場で騙される方が悪いし、私もまだまだです」なんて言って笑って許してくれた。
温厚なクロエに戻っていて安心すると共に僕は金輪際、彼女を怒らせないようにしようと誓った。
その後の訓練も無事に終了し、僕たちは3人で教会に戻ることにして、今は街の中を通って帰り道の途中だ。
「私と年下だったり同い年でも、回復魔法を凄く上手に扱える子がいて、私も負けていられないと思ったわ」
「ふむ、戦闘技術を教える合間に見ていたが、他の治癒術士たちにとっても、アマリアの訓練期間を知って追いつかれないようにとか、追いつけるようにこれから励もうという者もいて、あちらにも良い刺激になったようだな」
「そ、そうなんですか?それなら嬉しいですね」
「ああしてたまに訓練に参加させてもらうと良い。そのうち友人と呼べる者も出来るかも知れん」
「はいっ!同い年で気の合いそうな子がいたので、私も是非また行きたいと思ってました。今から楽しみです」
「アマリアは同世代と訓練できたから良かったけど、僕は結局また大人が相手だったよ…」
「あら、でも皆はジグの戦いぶりを食い入るように観てたわよ?私もあれこれ質問されたわ」
「へぇ、どんな感じで聞かれたの?」
「ええとね…皆はミリアだけでなくラジク様や、アルテミア様にまで訓練を受けているのは知っているみたいで、ジグは何者なのかとか、将来どうするつもりなのかとか。
あとはその…誰か決まった人はいるのかとか、色々と聞かれたわよ」
「ミリアさんだけでなく、師匠や先生のことまで知られてるのかぁ。まぁ普通は騎士から教えを受ける事なんて、そうそう無い事だから珍しいし、興味が湧くのは仕方がないかもね。
僕も凄くありがたい事だと知ってるけど、あまりに皆が普通に接してくれるから、たまに凄い人達だって忘れそうになるよ。
あっ、もちろんモルド神父のこともそう思ってますし、とても感謝していますよ」
「ん?う、うむ。俺もまぁその、お前の皆を守りたいという気持ちに、多少なりとも応えたいとは思っているからな」
「いや、そんなに照れながら言われると、僕も恥ずかしくなるじゃないですか…。
あ、それとアマリアは何て言ってたっけ?」
「だから、将来どうするつもりなのかとか、決まった人はいるのかとか聞かれたわよ」
「そりゃあ将来は冒険者になるよ。そのために頑張ってるんだから。
それと決まった人…?決まった人って何?
僕が将来、冒険者になって組む相手とか?さすがに1人は厳しいとは思うけど、さすがにまだ何にも決まってないよ。
あっ、でもイリトゥエル様は里を出たらついてくるって言ってたかも。そのために苦手な近接戦の訓練をするとか言ってたし…」
「もう、このおバカ!そのイリトゥエルちゃんみたいに、治癒術士の中でジグのことを気にし始めてる子がいるのよ!」
「え……だって僕はまだ、誰ともまともに話したことすら無いよ?さすがに無理があるんじゃない?」
「お前がその手の話に疎いのは知っていたが、これほどまでとは…」
「いやいや、モルド神父がそれを言うのは、絶対におかしいと断固抗議しますっ」
「し、神父様はこれで良いのよ!変わってしまったら他にライバルが……ゴニョゴニョ」
やれやれといった様子のモルド神父と、何やら赤くなっているアマリアと話していると、教会に到着した。
僕たちはそこで話を切り上げて、師匠にその日のことを話したり、夕食の支度を手伝ったり、他の仕事を片付けたりしてそれぞれ過ごした。
半端ですがここで切ります。
糸は反則級の力ということで基本は使用不可でしたが、クロエとの戦闘は一度きりの裏技を使ってどうにか勝ちました。
普段から留守がちなレストミリアは別として、実質的に皆を引っ張っているクロエに勝利したことで治癒術士たち…特に若い世代の者たちから注目され始めているジグでした。
基本的に経験は無くとも恋愛結婚の世界から来ているため、結婚するまで顔すら知らないお見合いや、身分、実力等によるこの世界の男女の関わりについては、いまだに疎いようです。
次回は帰宅してからのお話か、その辺りをサラッと流して次の訓練に行きます。




