第105話 合同訓練 その1 治癒術士との訓練と豪腕の副長
数日に及んだ休みも終わり、今日は朝から皆が教会に集まっている。
クロエに厳しく監視されていたレストミリアが、アマリアの成分を補給しようとして抱きつき叱られていたが、いつも通りのことなので皆は当たり前のように見ていた。
「それでラジク殿の提案って何かしら?」
事務仕事や各地の報告などに加えて、ラジクの監督までしていたらしいアルテミアが、少し疲れたような顔で言う。
「あぁ、その事なんだがジグも来年で14になるし、世間では将来を決めた子供達はとっくに見習いとして、あちこちで働き始めているだろう?」
「そうだね。治癒術士棟にもジグと同世代の子達が、見習いとしてすでに来ているよ」
アルテミアに仕事を任せて適度にサボっていたラジクと、アマリア成分を補給し終えて元気を取り戻したレストミリアが、割とケロッとした顔で話す。
二人とも、その元気を少し先生に分けてあげるといいよ、恨めしそうに見てるから。
ちなみにモルド神父は、すでにラジクから聞いてるらしいので静観しているし、アマリアは話し合いに関しては任せる方針なので、レストミリアが離れた今は完全に聞き手に回っている。
「これまでの訓練や遠出でも、我々と共には行動していたが、同世代の子達と行動することは無かったと思うので、この機会にジグとアマリア殿には同じ世代の者と触れ合い、互いに良い刺激を与えられれば良いと思っているのだが、皆はどうだろう?」
「うむ、俺は賛成だ。二人にとっても良い経験になると思うし、同じ世代だからこそ分かることもあるだろう。それにこれを機に友人でも出来るなら尚良い」
「私も賛成するよ。アマリア様と同じ世代だともう見習いではないけど、同い年の治癒術士がどの程度出来ているのか知るのは、アマリア様にとっても良いことだと思うし、訓練期間が同じか少し長いくらいの見習いにとっても、アマリア様の実力を見るのは良い刺激になると思うからね」
「なるほどね…。ラジク殿の考えが読めたわよ。
まぁ今は騎士団でも戦力増強に向けて、若手の育成を進めているから、たまにはそういうのも良いかも知れないわね。
でも、刺激が強すぎないと良いけど……」
ラジクの提案に皆それぞれの考えや意見を述べる。モルド神父は単純に新しい人間関係や成長を望んでいるようだし、レストミリアはアマリアの成長に自信があるみたいだ。
アルテミアは師匠の考えている本意を、何かしら感じとっているようだが、僕には正直よく分からなかった。
いずれにしても皆の意見は賛成で一致したので、僕とアマリアも大人しく従うことにした。
互いに顔を見合わせると、新しい試みに少しの不安と、大きな期待があるような顔をしていた。
今後の訓練の予定は決まったが、まずは何からするのかと尋ねると、ちょうど今日は治癒術士たちの訓練が実施されるとのことで、僕とアマリアはまず初めに、治癒術士の訓練に参加することになった。
レストミリアの担当になったので、ラジクは久々に教会の守備任務に、アルテミアは今後動きやすいように他の仕事を今のうちに片付けると言って騎士団へと戻っていき、モルド神父は教会をラジクに任せて、僕たちに同行することにした。
レストミリアにしては珍しく、モルド神父に手伝ってもらいたい事があるらしい。
ちなみに師匠も、戦闘訓練なら付いて来たがるかと僕は思ったのだが、旅の間にずっと他の騎士に任せきりにしていたことや、つい最近久々に顔を出したラジクを見た子供達が、とても喜んでいたのを見て大人しく教会にいることにしたらしい。
子供やシスター達に妙に人気のある、師匠らしいと言えばらしいのかもしれないね。たまには教会で日がな一日のんびり過ごすと良いよ。
……あれ?でも仕事をサボって先生に怒られたと聞いたから、ここ数日ものんびりしてたかな…まぁいいか!
話も終わったので僕たちは早速、街の北西にある練兵場へと向かった。いつもアマリアが兵士達の怪我を癒し治癒術の練習をしている場所だが、今日は見習い治癒術士が来て治癒術や支援魔法、そして戦闘訓練を行うらしい。
岳竜や黒骸王など、最近になって強敵との戦いを経験した結果、レストミリアが他の治癒術士とも相談して、最終的に治癒術士長として王に上申し、戦場における負傷や死亡率を下げるために、魔王軍との戦争中やそれ以前のような戦闘訓練を、再び行う事にしたそうだ。
魔王軍やモンスターとの実戦経験も豊富なモルド神父には、その戦闘訓練の教官役をお願いしたいとのことだ。
「平和な世の中になって10年以上が経って、治癒術士長の私ですら腕が鈍っていたくらいだから、他の皆も大体同じだったのさ。
互いに仲間が死ぬのは見たくないし守れないのも嫌だから、また皆で頑張ることにしたんだよ」
平和ボケは怖いね、などと言いながら笑うレストミリアは、いつもと違って少し影があるように見えた。
いつもはふざけてることも多いけど、やはり集団を率いる立場にあるので、皆のことは心配しているようだし、戦闘で被害が出ることは仕方がないと分かっていても、出来るだけ抑えたいのだろう。
そんな話をしていると、やがて練兵場に到着した。そこにはすでに若手や見習いだけでなく、大森林への救援や、黒骸王との戦いでも見たことのある治癒術士たちもいて、その中からこちらに向かってくる女性がいた。
「やぁクロエ。待たせたかい?」
「いいえレストミリア様、先ほど集合が済んだばかりです。アマリア様も皆さんも長旅の後と聞いていますが、変わらずお元気そうで何よりです」
やけに丁寧な挨拶をしているクロエだったがレストミリア曰く、お堅い態度でいないと久しぶりのアマリアに興奮してしまって、抑えられなくなるから頑張って堪えているらしい。
すでに僕やアマリアはクロエの素の状態を知っているので、今の我慢も長続きはしないだろうなと予想出来たが、逆にどこまで続くか見物だったのでそっとしておくことにした。
そうしてまずは、わざわざ練兵場を使うのだからということで、戦闘訓練を始めることになった。
見習いや若手の治癒術士たちは、支援魔法や回復魔法の訓練だけで割と手一杯なので、まだ素人同然らしくレストミリアや、他の戦闘向きの治癒術士から、初心者向けの訓練を受けることになった。
ちなみにアマリアも攻撃魔法は多少扱えるが近接戦闘は素人なので、こちらに参加している。
基礎を身に付け十分に治癒術を扱える者たちは、多少の戦闘訓練もすでに経験済みなので、モルド神父の指導の下で更に厳しく鍛えられるようだ。
ちなみに僕は、更に戦闘技術を身に付けた治癒術士の中に放り込まれ、練兵場で順番に実戦を行うグループに入れられた。
……いや、これはおかしいでしょ。僕の位置的にはモルド神父に教わるところじゃないの?僕の訓練はどうするの!?
レストミリアに抗議すると、二人一組で実戦をさせたいけどクロエの相手が務まるのが、モルド神父や自分の他には僕しかいないから、とのことだった。
加えて、初心者にせよ経験者にせよ何か教えられるかい?と聞かれたので、実際に何か出来るかどうかは別として、立場的には自分自身がいまだ教えを受けている身なのに、何かを他人に教えられるはずもなく、僕は黙るしかなかった。
まぁ後から治癒術の方の訓練もするらしいから、それに参加できるなら良い…のかな?
アマリアの方をチラッと見るとちょうど同年代や、アマリアと僕の年齢の間くらいの治癒術士たちと話したり、身体強化をして走り込んだり、順番に的を狙って魔法を撃つ訓練をおこなっていて、大変そうだが凄く楽しそうにしていた。正直羨ましい。
僕はと言うと、年齢的にはアルテミアとレストミリアの間くらいの治癒術士達に囲まれて、戦闘訓練の順番待ちをしている。
僕とクロエの順番は最後なので、この機会に他の人達がどういった戦い方をするのか、よく見て勉強することにした。
治癒術士たちは必ず光、水、土のいずれかを持っているので、戦い方もある程度は似ていたが、戦闘に長けた者はそれを上手く利用するだけでなく、その三つ以外に持っている場合は、その属性を如何に上手く使えるかで、その実力に違いが出ているようだ。
それでも見ていると何故か、僕は少し物足りなく感じた。その足りない何かが分からなくてモヤモヤしていると、クロエがやって来た。
「そろそろ私たちの出番ね…ってどうかしたの?浮かない顔をしているわよ。気分が悪いなら今日は無理せずに止めておく?」
「あ、いや、体調は悪くないんです。ただ皆さんの戦いを見ていると何というかこう、違和感というか、何かが足りない気がして。
上手く言えないですし、僕にも良く分からないんですけど…」
「違和感に物足りなさ、ねぇ…。ごめんなさい、私にもよく分からないわ。レストミリア様なら分かるのかしら…?」
そう言ってクロエはレストミリアの所に行き、何やら話をして戻ってきた。
「…ミリアさんは何て言ってました?」
「ハッキリとは言わなかったわ。ただ、戦えばわかるよとしか…」
「そうですか。まぁ最終的に原因が分からなくても、後から聞けばいいですよね」
「そうね。私たちは次だから、悩むのは止めておきましょう」
そうして僕らの順番が回ってきた。
ちなみに実戦訓練なので防具や武器も使用可能だ。例え大怪我しても周りは治癒術士だらけなので、即死級のダメージでもない限りは教材代わりに癒される事だろう。想像したらかなり怖いけど、死ぬよりはマシだと思っておこう。
治癒術士の基本装備はレストミリアと同様に、ローブの下に鎖帷子や、軽鎧を身につけているのがほとんどで、武器は持っていたとしてもナイフや小型の鈍器程度で、大抵は身体強化と攻撃魔法で戦うスタイルだ。
クロエは素手みたいなので、僕も魔法剣は使わないことにした。ちなみに首飾りや指輪と一緒にモルド神父に預けてある。
「あら、剣を使っても良いのよ?」
「女性相手ですし、クロエさんが使わないなら僕も使わないですよ。それに素手の人を相手に下手に剣を使うと、逆に攻撃が鈍ってしまって危ないんです」
「そういうことなら良いわ。じゃあ始めましょうか」
そう言うとクロエは白い魔力を纏い、光の属性身体強化で一瞬にして目の前まで距離を詰めてきた。
唸るように放たれた右アッパーを、僕も光の属性身体強化でかわしながら右足で蹴りを放つ。
クロエはそれを左腕で受け、そのまま足を捕まえようとするが、僕は嫌な予感がして軸足で地面を蹴って飛び退き、一度距離を取る。
「あら残念。捕まえてしまえば楽だったのに…」
「なんか凄く嫌な感じがしたので……」
「良い勘をしてるのね。でも種明かしはまだしないでおくわ。捕まえてから教えてあげる」
そう言うとクロエは再び突進してくるが、接近を許すとロクな事になりそうにないので、僕は風の刃で牽制する。
いくつか放たれた風の刃は次々とクロエに命中したが、バシュゥッ!と音を立てて消え去り、クロエには傷の一つもつかなかった。
よく見るとそれまで光の属性身体強化だったのが、今は茶色い魔力に変わっている…これは土属性だろうか?
グレートホーンの外皮を切り裂いたくらいは魔力を込めたのに、クロエの硬さはそれ以上らしい。
思わぬところで不意を打たれた僕は、反応が遅れて咄嗟に魔法を追加しようとした結果、左手を掴まれた。そして一瞬何が起こったのか分からなかったが、次の瞬間には地面に叩きつけられていた。
全身に纏った光の魔力で軽減されてはいたが、クロエはその凄まじい腕力で僕を捕らえたまま放さず、そのまま僕を振り回し更に二度ほど地面に叩きつけた。
「ぐぅっ、何て馬鹿力…だっ!!」
僕はこのままでは危ないと思い、風の属性に切り替えて起き上がり際に、目の前にいるクロエに風のドリルを叩き込む。
するとクロエは手を離して防御にまわし、ドリルはガガガッッ!と音を立ててクロエを覆う土の魔力を削るが、まともなダメージは与えられなかった。
「その年で私に捕まっても逃げるなんて、話には聞いていたけど凄いじゃない。レストミリア様以外に逃げられるのは、治癒術士の中でもそう何人もいないのよ?」
「はぁ、はぁ……クロエさんはもっとこう、大人しくて綺麗に戦う人だと勝手に思ってましたけど、ミリアさんよりよほど戦闘向きですね…」
「あらやだ、そうは言ってもレストミリア様にはなかなか勝てないのよ?対戦成績では負け越してるもの」
「ちなみに今の勝敗を聞いても……?」
「最近は戦ってないけど、たしか49勝50敗1分だったかしら」
「ほ、ほとんど互角じゃないですか!?」
ヤバイ、よもやこんな人だと思わなかった。クロエさんも立派な人外だ。
話をしているうちに他の治癒術士たちも、訓練を切り上げて見物に参加していた。
どうやらモルド神父やレストミリアが、後学のために見ておけと言ったらしい。
というか、絶対に自分たちが見たいだけだよね!
「あ、言い忘れていたけどジグは糸を使うの禁止ね~。普通の糸でもすぐに勝負がついちゃうし、間違えて風の糸でも使ったら、さすがにクロエでも死んじゃうからね」
「使うつもりはありませんでしたけど、そういうことは早く言ってくださいよ!?」
レストミリアが楽しそうに言うが、本当に危ないので早めに言うべきだと思う。まぁモンスター相手でもないから、初めから使う気は無かったけど。
まぁ目の前の怪力治癒術士が、モンスターではないとは言い切れないが…。
「お話はそれくらいにして、続きをしましょうか」
ダメージから立ち直るべくもう少し話していたかったが、クロエもそこまで甘くないらしい。真面目な話、首飾りだけでも着けておけば良かった。
「わかりました。ではここからは僕も全力でいきますね…」
僕は風を纏いクロエに向かって突進していった。
新しいお話が始まりました。また少し長めの話になりそうです。
第二部を楽しみにしていた方には、ごめんなさいと言うしかありません。
ちょくちょく出ていたクロエですが、ここに来て新たな一面が見られました。副長なだけあって治癒術士のしての能力だけでなく、戦闘能力も高いです。
黒骸王戦の時にアルテミアが、クロエが前線に来てくれるなら助かると言ったのは、こういう事ですね。自慢の防御力や怪力で撤退支援をしていたりします。
次回は引き続きクロエとの戦いです。




