第104話 休日の過ごし方と頑張る姉
大きな流れの話の後には、日常を少し挟みたくなるもので、何となく書いてしまいました。
リッツソリスに帰ってから二日が過ぎ、僕とアマリアは旅の疲れもすっかり抜けていた。
しかし師匠たちの仕事はなかなか片付かないらしく、僕たちは教会の仕事をしたり、お互いの魔法の訓練に付き合ったりして過ごしていた。
するとそこにモルド神父がやって来た。
「二人とも、もう旅の疲れは抜けたようだな。今日は二人に確認しておきたいことがある」
僕たちが頷くと、神父は何やら聞きたいことがあるらしかった。
「どうかしたんですか?」
「霊樹の葉のことだ。お前はもう薬を持っていないだろう?今後も何かと必要になるだろうし、俺も持っていたところで使い道は他に無いから、回復薬にしてしまおうと思ってな。
どうせ工房に依頼するなら、皆まとめて持っていったら良いかと考えて、お前達がどうするつもりなのか聞いてみたのだ」
「僕はまぁ回復薬にしたいと思ってましたけど、アマリアはどうするか考えてた?」
「うーん…私にはよく分からないから、次にミリアが来たら相談しようと思ってたのよね…」
「ふむ。治癒術士なら他の使い道も知っているかもしれんから、アマリアのはレストミリア殿に任せた方が良いかも知れんな」
「じゃあ僕のと神父のは回復薬にする感じですかね」
「うむ。それと昨日ラジク殿が来たときに、工房に依頼するなら自分がまとめて払うからと言っていたので、我々は素材だけ持っていけば良いらしい」
「へぇ。師匠がそんなことを……あ、もしかして何か交換条件でも出されたんですか?」
「近々自分の提案する訓練について、協力して欲しいと言われたのだ。まぁ俺としては内容を聞いたところで反対する理由もなかったから、条件になってもいないがな。
ラジク殿にしてみれば、そう言った方が我々が気にせず、代金を受け取れると思ってもいるのだろう」
「師匠らしい提案というか、師匠らしからぬ気遣いというか…。
まぁ良いですけど、使い道が決まったところで工房にはいつ行くんですか?」
「特に用事がないなら今からでも良いぞ」
「あ、じゃあすぐ行きましょうか。明日以降は訓練が始まるかもしれませんし。アマリアはどうする?」
せっかくモルド神父が街に行くんだから、アマリアも行きたいだろうと思って、僕は話を振ってみる。
「私はミリア待ちだから…その、一緒には…」
行きたいけど理由が無いと言いたげに、少し残念そうにしながらアマリアが口籠もる。
「そうなんだ?モルド神父も行くんだし、てっきりアマリアも行きたがるかと思ったのに」
「そ、そんなことないわよ!?」
ありゃ、意地を張る方に向いてしまった。失敗失敗。ならばこれはどうだ。
「そうかぁ。師匠の紹介する薬品工房ってことは、あの凄く美人な女主人の所のはずだから、モルド神父についていった方が良いと思ったんだけど、アマリアは行かないのかぁ」
「おいジグ、お前は一体何を言っているのだ!?」
「えっ…」
美人な女主人とは以前も霊樹の葉の薬を依頼した、あの工房の人のことである。
モルド神父も知らないみたいなので、ここは一つ師匠にからかわれたのと同じような経験を、この二人にも味わってもらうことにしよう。
「それでアマリアはどうするんだい?」
「アマリア、無理をしなくても良いのだぞ?」
「……わ」
「え、なに?」
「わ、私も行くわ!行きますとも!」
そうして僕たち3人は街の薬品工房へと向かうことになった。
我ながらタチの悪い悪戯心でアマリアを煽ってしまったが、あそこの女主人は師匠にお熱だったから、思ったようにはいかないかも知れない。
まぁどちらにしてもアマリアの対抗心を刺激して、モルド神父に対して積極的になるのなら、それはそれで良いのかな。
門番とはすでに顔見知りだし、今回はモルド神父もいるので、僕達はほとんどノーチェックで通過できた。
大通りを進んで工房に到着すると、例の女主人が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ……あら、あの時の坊やじゃない、また来てくれて嬉しいわぁ。
それに今日は可愛いお嬢さんに……な、なんて逞しい体つき…!惚れ惚れしますわ…」
僕達を見回して女主人は挨拶していったが、モルド神父を見た途端にウットリした表情をし始めた。
あれ、師匠狙いかと思いきや、もしかしてこの人は単純に筋肉フェチなのかな?
しかし相変わらず色気の凄まじい人だ。モルド神父は少し後ずさっているし、アマリアの表情は引きつっている。
「こ、こんにちは。また霊樹の葉で回復薬を作っていただきたいんですけど…」
「えぇ、ラジク様から話は聞いているわぁ。
こちらに依頼内容を書いてくださいなっ」
女主人はそう言って注文伝票を差し出し、どう書けば良いのか隣に来て説明し始めた。
前回来たときには騎士が相手だったので割と丁寧に応対していたが、今回は僕たちが相手ということで若干素に近いらしく、堅苦しさがないぶん距離感が近くて、僕はモルド神父の注文を聞いたりしながら伝票に記入していたが、良い匂いがするやら密着されるやらで、後半は頭がクラクラしてきた。
「はい、では依頼を承りましたぁ。
それとそちらの方は右手が義手のようですが、定期的にメンテナンスなどしていますか?」
僕は何とか密着状態から解放されてホッと一息つくが、次はモルド神父が標的になりそうだった。
モルド神父に近寄る女主人を、アマリアが最大限の警戒で見ている。
「い、いや、あまり気にしたことは無いが…」
「あらあら、それではいけませんよ?
見たところ素晴らしい一品ですが、たまに外して掃除をしたり、作成者に見せて不具合や破損がないか確認しないと、いきなり壊れたり動かなくなったりしますからね?」
「ぬ、ぬぅ、作成者に見せるのは…その、都合が悪いというか、なんというか…」
サイモンのことを思い出したらしく、神父の表情がみるみる曇っていく。
気持ちは分かるけど顔に出すぎだよ!そんな顔で次に遭遇したら、さすがに相手に伝わっちゃうよっ!
「あらあらぁ…では今後は私が、作成者の代わりに調整など致しましょうか?」
「む、こちらでも出来るのか?」
サイモンに関わらなくて済むと思ったのか、モルド神父の表情が少し晴れた。
顧客の獲得に手応えを感じた女主人は、そこで更に距離を詰めてたたみかける。
「はい。私は魔道具の扱いも存じておりますので、こちらに来て下されば可能ですわ」
「それはありがたい。是非頼みたいが、今回は薬の代金をラジク殿が払うというので、他に余分な待ち合わせが無いのだ…」
「こちらからの申し出ですし、初回は無料でやらせていただきますわ。
私の仕事を確認していただいてもし満足されたなら、次から正規の値段でやるということでどうでしょう?」
「ふむ、ではそれでお願いしよう」
モルド神父があっさりと陥落したと言うよりは、女主人の手際が良かったと思わざるを得ない。
損して得取れってやつだね…。
「かしこまりました。では全身とのバランスも確認しておきたいので、上着を脱いで義手を外していただけますか?」
「っ!?……!…!!」
それまで距離の近い女主人とモルド神父の会話を、ハラハラしながら見ていたアマリアが声にならない叫びを上げている。
……でも僕は知っていた。
それは単なる嫉妬だけではなく、上半身だけとは言え裸のモルド神父の姿を見た、言葉にならない歓喜の叫びだと。
「はぁん!やっぱり凄い筋肉…。これほどの肉体を作るには、さぞ研鑽を積んできたことでしょう…惚れ惚れしますわぁ…」
筋骨隆々のモルド神父の体を、今や女主人とアマリアの二人が食い入るように眺めている。
ウットリする女主人とは対照的に、アマリアは目を白黒させて自分の限界と戦っているようではあるが、いずれにしても幸せそうで何よりだ。
でも冬も近いこの時期に上半身裸だと、モルド神父も寒そうだから早く済ませてあげて?
その後モルド神父が上着を着て、女主人が義手のメンテナンスを行うあいだ、僕達は出されたお茶を飲みながら待つことにした。
目立った破損がないから、今回は短時間で済むだろうとのことだ。
アマリアには非常に刺激の強い光景だったらしく、凄く疲れたような顔をしていたが、満更でもなさそうなので放っておこう。
「しかしサイモンに会わずに義手の調整を出来るとは思わなかった。運が良かったな…」
「師匠に感謝しないとですね。それにここのご主人は、薬品作りの腕前もかなり良いらしいですよ」
「うむ、ラジク殿が勧めるだけあるな。今後は俺も利用させてもらおう」
モルド神父が気に入ったらしいので、アマリアは少し複雑な表情をしていたが、回復薬の作成や義手の調整を行える人がこれほど近くにいるのは、モルド神父にとっても良いことなので、心配と安心がせめぎ合っているようだ。
まぁあんな美人のいる所を気に入ったと言われたら、そりゃアマリアも心配もするだろうけど、ネタばらしのタイミングを完全に見失っちゃって、僕もこれからどうしようかな…。
お茶を飲みながらあれこれ考えていると、師匠がやって来た。
「お、3人も来ていたのか。俺はアルテミア殿からどうにか逃げ…回復薬の依頼に来たのだ」
「あぁ、師匠が大人しく仕事をしないと判断した騎士団長あたりが、先生を監督役に付けて仕事をさせてたんですね」
「察しが良いのも善し悪しだな…。しかしまぁ、アルテミア殿やレストミリア殿と違って俺は回復魔法を使えんし、回復薬が無いといざという時に困るからな。騎士として常に備えは万全にしておかねばなるまい?」
「まぁ、今はそういうことにしておきましょうか」
ラジクは女主人に挨拶すると手慣れた様子で伝票に書き込み、工房にいる他の職人に渡していた。
「それにしてもジグ、お前と来たらモルド殿だけでなくアマリア殿も連れて来て、俺にされたように二人をからかったのか。どうだ、上手くいったか?」
「あっ!ちょ、師匠っ!」
「ほぅ、それは初耳だな?」
「…どういうことかしら?」
慌てて止めたが時すでに遅し。まだだったのかスマン!と言いたげな表情の師匠が、二人の迫力に耐えかねてネタばらしをすると、僕は言い逃れも出来ないまま、こっぴどく叱られ二人のゲンコツを受ける羽目になった。
女主人の話を詳しく聞いた後、今は皆でお茶のおかわりを飲みながら座っている。ちなみに僕は頭がズキズキしている。
「全くお前という奴は…」
「それにしてもこんなに綺麗なのに、元は男性だったなんて信じられないわ…」
「あぁん、ラジク様ったらまたバラすんだからぁっ!」
「すまんすまん。しかしまぁ、同性のアマリア殿から見ても、全く違和感がないのだから良いではないか」
「それはそうですけどぉ…」
「そうですよ、それにそれだけ一途に自分の思いを貫いたんですから、私も本当に尊敬します」
「そんなに真っ直ぐな目で褒められると、なんだか恥ずかしいわ…」
「意志の強さもさることながら、薬の調合や義手の扱いの腕前においても本当に素晴らしいと俺も思うぞ」
「まあ!」
調整後の義手の状態が相当お気に召したのか、モルド神父が賛辞を贈ると、その言葉に女主人が顔を赤らめた。
今フラグが立った気がしたけど…大丈夫かな?大丈夫だよね?
アマリアは少し警戒してはいるようだが、それ以上に今は尊敬すべき相手として女主人を見ているようで、薬の調合や義手の調整の事などを尋ねている。
もしかするとモルド神父のために、そういった技術を自分も身に付けようとしているのだろうか?
治癒術や魔法の訓練に加えて、それらを覚えるのはさすがに無理があると思うけど、アマリアは真剣な表情で話を聞いていた。
今日聞いたことまで全部身に付けたら、ミリアさん以上の『万能者』になっちゃうよっ!
しばらく話をしたあと僕達は、完成した薬を受け取って工房を後にし教会へと戻ることにしたが、ラジクは別れ際に今後の予定を告げて、アルテミアに怒られるのが分かっている騎士団棟へと戻っていった。
「しかし師匠はフットワークの軽い人ですよね。忙しいなか何だかんだでミリアさんにも連絡を付けて、明後日には教会に来られるようにするって言うんですから」
「恐らくレストミリア殿に関しては逃げようとしても、クロエ殿が厳しく見張っていて仕事の進みも早いだろうし、アルテミア殿の場合はラジク殿を見張らない方が、仕事も早く片付くのではないか?」
「「それは否定出来ませんね…」」
互いに自分の師匠の事をよく分かっている、僕とアマリアが声を揃えて言うと、モルド神父も思わず噴き出して笑っていた。
「まぁいずれにしてもゆっくり出来るのは明日までだろうし、それ以降はまた訓練の日々になる。
済ませておく用事も特にないから、明日は二人とものんびりと過ごすと良い」
ここ数日のんびりしていたので、僕はすでに充電たっぷりだったが、これからまた大変な訓練が待っていると思うと、残りの一日を思う存分満喫することにした。
しかし特に娯楽も少ない世界なので、結局はいつものように教会の仕事を手伝って休日は終わった。
身体強化で畑を耕したり屋根の修理をしたり、弓の訓練がてら森で狩りをして、肉を多めに持ち帰って皆には喜ばれたので、これはこれで良い過ごし方だったと思う。
ちなみにアマリアは、翌日も薬品工房に顔を出して軽く仕事を手伝ってきたらしく、本当に薬の調合や、義手の調整を身に付ける気なのかもしれない。
モルド神父としては、そういった街での仕事に興味があるなら、今後危険の少ない仕事に就いてくれるかもしれないので、割と良いことだと思っているようだ。
僕は神父に、それは違うよ。アマリアはどれもこれも神父のために頑張ってるんだよ。
と言いたかったが、頑張っているアマリアはとても充実している様子なので、黙っていることにした。
アマリアは実の姉ではないのですが、精神的には実の姉と変わらないのでタイトルはこのようにしました。
回復薬の手持ちがないということで、新たに作成依頼をしに行きました。
薬品工房の女主人は案外、お気に入りキャラだったりします(笑)
新しい世界が開け始めたアマリアは、何事にも全力投球ですが、頑張りすぎないかとモルド神父は少し心配しつつ、普通の職に就けるかもと少し期待。
そんなモルド神父の考えなど知る由もないアマリアは、とにかく自分の出来ることを一つでも増やして、皆の役に立とうと思っています。
ジグの考えているように、モルド神父のためだけではないのがミソです。




