第101話 巡回の旅路 その19 改革案とエルフ会議
話し合いを終えた僕たちは食堂に向かい、里の皆と共に昼食を摂ることにした。
僕が寝ているあいだに本当に意気投合したらしいアマリアとイリトゥエルは、隣同士で座り楽しそうに会話しながら食事をしていた。
イリトゥエルの逆の隣には、友達が増えたのを喜ぶ気持ちと、アマリアを取られたようで嫉妬に燃える気持ちがせめぎ合っているらしく、表情を交互に切り替えるレストミリアが座っていた。
僕は少し離れたところから、コロコロと表情を変えるレストミリアを、変態魔女が変面をしているようだと少し感心して見ていたが、アルテミアがやって来てイリトゥエルとの事について根掘り葉掘り聞かれたり、モルド神父がやって来て嫁取決戦での反省点について軽くお説教が始まったので、早々に食事を済ませて逃げることにした。
ぶらぶらと散歩がてらに歩いていると中庭に出て、何やら考え込んでいる里長をみつけた。
かなり真剣な表情をしていて、僕は邪魔をしないように立ち去ろうとしたところで、里長もこちらに気がついたらしく呼び止められた。
「ちょうど二人で話したいと思っていたのだが、良いか?」
「あー、はい。大丈夫です」
真剣な顔をしている里長の話となると、正直気乗りはしなかったが断るわけにもいかなかった。
「先ほどのイリトゥエルの話を聞いて、どう思った?」
「うーん、そうですね…。イリトゥエル様らしいと言えばらしいですし、違うと言えば違う気がしました。すみません、上手く言えなくて」
「構わん。こちらも同じように思っていたところだ。意志を貫く強さを持ってはいるが、いつもは一歩引いている事の多いイリトゥエルが、あのようにハッキリと自分の考えを示すのは、非常に珍しいのだ」
「あ、何となくわかります。いつも里の事を第一に考えていたイリトゥエル様が、珍しくわがままというか、自分のしたいことを言ったのかなぁと思いました」
僕がそう言うと里長は、雷に打たれたようにカッと目を見開いてこちらを見た。
「そ、それだ!!……そうかそうか。娘はこれまで自分の気持ちを隠して常に里のためを考えてきたから、今回もそういった裏があるのかと思い悩んでいたが、とうとう自分の道を見つけたのだな…。
ようやく合点がいった。礼を言う。それと今後も娘を頼むぞ」
「いえ、お役に立てたなら良かったですけど、娘を頼むって一体…?」
「これまでイリトゥエルには苦労させてきたからな。娘がこうと決めたのなら、今度は父親として協力してやりたいではないか。
そうと決まれば早速動かねば。ではまたな」
僕の疑問は解決しないまま、里長は苦労していた知恵の輪が解けたように、スッキリとした表情で足取りも軽やかに去って行った。
取り残された僕は仕方なく散歩を続けた後、皆のところに戻った。
ちょうどアルテミアがいたので今後について尋ねると、騎士2人とレストミリアはこれからエルフ達と共に、再度トルティガー討伐後に何か変化が無いか、大森林を見回ってくるらしい。
予定の遅れはどうかと聞くと嫁取決戦で遅れたこともあるので、イリトゥエルの計らいで今日の内に荷物を載せた荷馬車をエルフたちが、大森林の入口まで移動させてくれているらしい。
僕たちは今日はゆっくりと過ごしてから、明日の朝早くに馬を借りて出発し、一気に大森林を抜ける予定だそうだ。今日の見回りはその移動に差し支えがないかの確認も兼ねているみたいだ。
そういうことでモルド神父とアマリアと僕は留守番をして、のんびり過ごすことにした。
お菓子ばかり食べているモルド神父を心配したアマリアが、昼寝をしていた僕を起こして軽く組み手をさせたり、その間にアマリアもエルフの治癒術士に訓練を見てもらったりしていたので、休んだのかと言われれば疑問ではあるけれど、それなりに楽しいので良しとすることにした。
相変わらずモルド神父にはコテンパンにされたけどね!片腕なのに強すぎるんだよ!
まだまだ体術ではモルド神父には敵わないし、剣術でも師匠には遠く及ばないし、弓や治癒術でもそうだ。先生達の壁が高すぎるよ…。
その後、身体強化で大森林を見回ってきたエルフや3人が戻り、里長の招集がかかったので他の皆も里の広場に集まってきた。
少しすると里長がやってきたが、その後ろにはイリトゥエルだけでなくファルディエが続いていたためか、周囲の空気が僅かに張り詰めたが、里長の発言を皆で静かに待っていた。
「まずは大森林についてだが、見回りの結果安全であると確認された。こちらはまぁ探知結界でもある程度は確認できたが、念には念を入れて行ったものなので、これで良いな。
それとこちらが本題だが、最近の出来事に対して我々から話がある」
里長による安全宣言によって安堵し、ザワザワとしていた広場が静かになった。
「まずは以前にも伝えたことだが里長としてではなく、父親として改めて、我が息子の起こした事件を皆に詫びたい。
亡くなった者の悲しみは永遠に癒えないと思うが、それでも私には詫びることしか出来ない。本当に済まなかった」
里長は長としてではなく1人の父親として、我が子の罪を認め謝罪した。
すでに謝罪を受け入れているらしい遺族や他の里の皆からは、「お止めください」「もう充分ですから」と頭を上げるように言われていた。
「それから我が甥であるファルディエからも話がある。どうか聞いてやって欲しい」
里長が話を切り替え、ファルディエが前に出ると空気がピンと張り詰める。
「此度の件だけでなく、これまで自分がしてきた事をこの場を借りて、里長やイリトゥエル様をはじめとして、皆にお詫びしたい。もちろん客人にもだ。本当に申し訳なかった…」
深々と頭を下げるファルディエを、他のエルフ達はまだ冷淡な目で見ていた。
「自分のことだけで頭を一杯にして、皆も同じように悲しみ苦しんでいることを想像すらせず、あまりに身勝手な考えで他の者を傷付けたと、今更ながらに気づいた。
今すぐにとは言わない。今後は言動を改めるので、いつか許してもらえたらと思う」
この場で許して欲しいと言わない辺り、エルフと人間の寿命というか、時間の感覚の違いを感じるね。多分、平気で何十年何百年とかかるかもと考えているに違いない。人間なら一生許してもらえないレベルだ。
しかしそれでも周りからは、「里長やイリトゥエル様にあの様なことを言っておきながら今更…」とか、「これまで散々好き放題言ってきたのに変われるはずがない」とか、「まぁ家族を失った悲しみもわかるんだけどねぇ…」などという声もチラホラ聞こえていた。
ファルディエの謝罪を受けて少しざわつき始めた広場は、再び里長が前に出て来たので静かになった。
「私からも、この若き同胞が変わろうとするのを、皆にも温かく見守ってもらいたいと思う。
そして二度とこのような事がないように、いくつか決めたことを皆に伝えたい。
まずは両親を失い、後見のいないファルディエを私の養子に迎えたいと思う。これは我が妻の妹であり、先の戦いで亡くなったファリエルのためでもある」
孤児のようになっていたファルディエに関しては、里の皆も思うところはあったらしく特に反対などはされなかった。
それどころか皆頷いたり、あちこちから拍手が起こっていた。
故人のためと言われては反対しにくい部分もあるのかもしれないが、それ以上にファリエルと言う人物が皆に慕われていたのが大きい気がする。
母親を亡くしたイリトゥエルの母代わりになるような女性だったなら、良いひとだったのだろう。
「それと、かつては精強で知られた我らエルフの騎士団を、この機会に再建したいと思う。
復興に力を入れすぎた結果、ワイバーンに手こずる程まで戦力が落ちてしまっている以上、戦力増強は急務だと考えている。
それにこれは魔王軍との戦いによる傷も癒え、セントリング王家とも良好な関係が築けている、今だからこそ出来ることだと思う。
皆も知っての通り、魔王が倒されてしばらくは平穏だったが、最近になって魔王軍四天王の生き残りや、この里と同じく魔王軍との戦いの影響を脱し始めた、隣国の動きが活発になっていることも考えてのことだ」
「里長のお考えは分かりますが、その…騎士団を再建するとなると、セントリングに対する戦支度と勘繰られませんか?」
1人のエルフが手を上げると、こちらを見ながら気遣わしげに尋ねた。たしかに軍備増強はこの地を含めた国を治める王にとっては、あまりよろしくない事だろう。
「それは前回の謁見ですでに解決済みだ。そのためこの話はラジク殿だけでなく、護聖八騎の前でしているので問題ない。我々はエルフも人間も関係なく、団結して外敵に備えるのだ」
里長の言葉に騎士の2人も大きく頷いている。
最近交流が増えていたこともあって仲良くなったのに、それが壊れると心配したのか、争いにならないとわかると他のエルフ達も、明らかに安堵した様子だった。
「そして最後になるが…今すぐにではないが近い将来、イリトゥエルが里を出ることになった」
里長がそう言うと、一気に広場が騒がしくなった。蜂の巣をつついたようとはこのことだろうか。里長が少し慌てて制止している。
「待て待て、理由を説明するから静かにして欲しい。
我々はこれまで大森林の外のことに興味を示さず、ここが平和なら良いと考えてきた。
それは魔王軍との戦いの影響が大森林に及ぶまでもそうだったし、魔王軍が壊滅してからもそうだった。
だがそろそろ我々も変わらなくてはならないと思う。それはもちろん、エルフとしての生き方を捨てるとか、この里や大森林を蔑ろにするということではなく、もっと外との交流を持ち、積極的に情報を取り入れるべきだと思ったのだ。
そしてこれは、これまで滅私の精神で里に尽くしてきた、イリトゥエル本人が望んだことだ。動機は他にあるようだが、娘が初めて言うワガママを父親として叶えてやりたい。
ただし先に述べたように、里の利益となる情報をもたらし、外の世界と我々を結ぶ役目を果たすならという、条件が飲めるならの話だ。
出来ればこれについて、皆の意見を聞きたい」
里長の話を聞き終えると、エルフ達はいくつかのグループに分かれて話し合い、更にそこから代表者が数人集まって里長の前に出たが、そこで更に話し合いをして里長たちの前で意見交換するようだ。
それぞれ重装鎧、軽装鎧、ローブ、マントと帽子を纏った、恐らく戦士、弓兵、治癒術士、魔導師らしいエルフと、杖をついた老エルフに、エプロン姿の中年のエルフがいた。
「我々としては姫様の要望には出来る限り応えたいと思う。しかし、姫様でなくとも外の情報は持ち帰ることが可能だと思うし、わざわざ危険な外に姫様が行くことはないと思うが、どうだろう?」
「戦士長は馬鹿だねぇ!それは建前で、姫様が外に行きたい理由なんて分かりきってるじゃないか!姫様はこれまで我慢してきたんだから、わたしゃ賛成だよ。その建前とやらもキチンとこなすなら、結局は里や皆のためにもなるんだからね」
「ふーむ、そうじゃのう。たしかに女衆の言う通り軍備の増強も、情報収集も、外との繋がりも必要じゃと思うし、わしらのために我慢してきた姫様の願いも、叶えて差し上げたいのぅ」
「しかし長老衆、姫様の身に何かあってからでは遅いのだ。それに次期里長が里を出てしまってどうするのだ」
「弓兵長、そこはほら、ファリエルの息子がきっと頑張るよ。誰より優しかったあの子の息子だし、前里長の血を引いてるんだから、これ以上期待を裏切るような事はしないさ。
上層部に忠誠の厚い戦士長や弓兵長は、すぐには無理かも知れないけど、以前のファルディエがどれほど努力してきたかは皆も知っているでしょ。
それに本人も反省してるんだから、ここは気長にみてやろうよ」
「治癒術士長の言う通り。それに外に行ってもあの坊やと一緒なら、下手をするとここより安全かも知れない。あの子は良いよ、まだまだ成長する。魔力の質というか、底が知れない。あんなの見たこと無い」
「ほほぅ、魔法師長がそこまで言うなんて珍しいのぅ。それじゃあ皆の意見をまとめるとするかのぅ?賛同する者は挙手じゃ。
ひぃ、ふぅ、みぃ……女衆と治癒術士長、それとワシに魔法師長が賛成で……ほぅ、お主らも賛成で良いのか?」
「たしかに我々は姫様の身を案じてはいるが、御心に沿うのもまた、我らの役目だからな…」
「うむ。不安は残るが、まだ時間はあるようだ。ならばそれまでに姫様を鍛えて差し上げることこそ、我々の役目だろう。
もしその時が来ても、外に出るに足る実力が備わっていなければ、力ずくでもお止めする」
「と言うことじゃ。里長も姫様も、そしてファルディエも、これでどうじゃろう?」
「里長として、そして父として、皆の気持ちに感謝する」
「今度こそ期待を裏切らぬよう、そして皆に認めてもらえるよう精進いたします」
「私のわがままで、しかもこのように突然の話なってしまってごめんなさい。
…でも皆、本当にありがとう。戦士長や弓兵長の懸念も解決して、父上の出した条件も必ずやり遂げて見せますから、楽しみにしてください」
「姫様は最近、本当に良い顔をするようになったねぇ!やっぱり恋は女を強く綺麗にするもんだ。私も娘の頃を思い出して若返るようだよっ」
「お主はいつも元気いっぱいじゃろう。それ以上若返られたら誰もついていけんわい。勘弁してくれ」
「仕方がないねぇ、じゃあ食事の支度でもしてこようか。里長も、もう話は終わったんだろう?」
「うむ、もう話は済んだ。解散してくれて良い。皆もありがとう」
里長の宣言で皆は解散した。
何というかこう、女は強しっていうのをひしひしと感じた。ギリラウの後に戦士長になった人は結構体格の良い強面のエルフだったけど、女衆の代表の恰幅の良いエルフのおばさんには、まるで敵わなかったね。
これまで抱いていたエルフの概念が、あのおばさんの存在だけで崩れそうな、そんなエネルギーを感じる人だったよ…。
その後は皆で夕食を摂り、僕たちは明日に備えて早めに休むことにした。
変面というのは中国の手品?のようなものです。顔につけたお面を一瞬で変えるものですが、ご存知ない方は調べればすぐに動画が出てくると思います。
里長はジグとの会話の後、決意を新たにしたファルディエと話をして和解し、イリトゥエルを交えて最終的に決定し、皆に話をしました。
互いにわだかまりも無くなったことで、イリトゥエルは安心し、また昔の気持ちを取り戻したファルディエは、イリトゥエルが里を出ることに対して残念に思っていますが、嫁取決戦でも破れたため、大人しく引き下がることにしました。
軍備増強や外界との積極的な交流、ファルディエの養子縁組やイリトゥエルの移動など、改革に着手しこれから変化していくエルフの里です。もちろんセントリング側も協力はしていく方向ですが、それでもどうなるかはエルフの頑張り次第ですね。




