第100話 巡回の旅路 その18 辛辣な説得と高らかな宣言
今回で100話ですね。
素人の自分がここまで書き続けられたのも、ひとえに読んで下さる皆様のおかげです。
拙い内容だったり下手な文章かも知れませんが、まだまだ書きたいことはありますし頑張りますので、これからも読んでいただけたら嬉しいです。
どうか今後もお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
目が覚めるとそこは、前回倒れたときに寝かされていた部屋で、ベッド近くの椅子にはイリトゥエルが座っていた。
「良かった…目が覚めましたか。すでに治療は終えていますが、痛みや違和感はありませんか?」
「えーと…はい、問題無さそうですね。ところで僕はどのくらい寝ていましたか?
それとファルディエの方は大丈夫でしたか?」
立ち上がり近付いてきたイリトゥエルの質問に、僕は腕をグルグル回したり、手を握ったり開いたりしながら答え、尋ねる。
「まだ目覚めてはいないようですが、ファルディエの方も無事です。対処が早かったのと…こう言ってはなんですが綺麗に切断されていたので、繋ぎやすかったようです。
貧血と疲れが出たのでしょう。あなたは半日ほど眠っていました。今は翌日で、もうすぐ夜明けですね」
「そうですか。それなら良かったです」
「ところでジグ。どうしてあの時、勝負がつかないうちにファルディエの拘束を解いて、不用意に背中を晒したのですか?」
「あぁ、やっぱり皆には聞こえてなかったんですね。あの時僕は剣を突きつけて降参を促したんです。それに対してファルディエは、分かったから拘束を解けと言ったので、僕はそれを降参の意味で捉えました。
今考えれば半端な物言いですから、解くべきではありませんでしたね…」
「まあ、そんなことが…。たしかに立ち会いを務める父に負けを宣言したり、父が止めなくては決着とは言えませんが、それでもファルディエの行いは恥ずべき行為です。
同胞として、そして一族の者として、私からも謝ります。本当にごめんなさい」
「いえ、イリトゥエル様が謝ることは無いですし、それに僕もカッとなって大怪我をさせてしまいましたからね。治療できたから良かったものの、やり過ぎでした。ごめんなさい」
「そのことは良いのです。それに今回のことで上には上がいると分かったはずなので、ファルディエも少し変わってくれればいいのですが…」
「その辺りの事情がまだよく分からないので、教えていただくことは出来ますか?」
「…そうですね。巻き込んでしまったからには、ジグにも知る権利があるでしょう」
そう言うとイリトゥエルは、ファルディエの事を話し始めた。
イリトゥエルとファルディエは従姉弟で、母親同士が姉妹らしい。姉であるイリトゥエルの母が病で亡くなってからは、妹だったファルディエの母がイリトゥエルに対して母のように接してくれたらしい。
そのようなこともあって、イリトゥエルもファルディエも姉弟のように育ち、昔は互いに仲が良かったそうだ。
しかし魔王軍との戦いでファルディエが父親を亡くすと、残された母やこの里を守るために戦闘訓練に励むようになり、本人の努力と生まれつきの才能も相俟って急成長したそうだ。
その成長ぶりは同年代に並ぶ者は無く大人にさえ勝るほどで、実力をつけたファルディエは里の麒麟児と呼ばれるほどだった。
しかしつい最近起こったザグエルによる一連の襲撃で、ワイバーン撃退のために出撃していた母が亡くなり、そのことでファルディエは里長やイリトゥエルに反感を持つようになったらしい。
そしてファルディエは、もっと強い者が里長になり皆を率いていかなくてはならないと考え、それが言動にも表れるようになったが、母を奪ったのが自分たちの息子や兄である里長やイリトゥエルは、ファルディエに対して負い目があるため、それを強く抑えることも出来なかったらしい。
「ファルディエの母は私にとっても母のような存在でしたが、それを間接的にでも手にかけたのが私の兄でしたから、ファルディエの気持ちも痛いほどわかるのです…。
それに魔王軍が壊滅してからというもの、私たちは里の戦力増強よりも、復興や経済的なことを優先してきたので、それが理由でワイバーンに対しておくれをとったのも事実なのです」
「でもそれは里長やイリトゥエル様のせいでは…」
「里の皆もそう言ってくれますが、それでもファルディエにとって私たちは仇の父と妹なのです。ですから彼が私たちを憎む事に関しては、黙って受け入れるつもりです。
しかしこのままでは、ファルディエも兄のように里に害をなすようになるかも知れないと判断して、大人のエルフや騎士ではなくジグと戦って敗れることで、自分の実力に対して増長している部分だけでも改まればと、父は思ったようです」
「里長に考えがあるのは聞きましたし、それに関しては僕も思うところがあったから、了承してファルディエと戦ったので良いんです。
でも憎まれるのを受け入れるって……もし実際に危害を加えられたらどうするつもりですか?」
「恐らく父は討たれても良いと思っているはずですし、以前の私も同じ気持ちでした。でも今は違います。あなたと出会って私の考えも変わったのです。
ファルディエが憎むのは仕方がありませんが、私や父を討たせるつもりはもうありません。
もし実際にそうなれば、恐らく他の者がついて来ず里が混乱して皆のためにもなりませんから、全力で抗います。
ですから、兄と戦っていたときのジグのように、昔のようにとは言わないまでも、ファルディエとの関係が良くなるよう、私も最後まで諦めずに足掻いてみようと思います」
そう言いながら、緑の瞳に強い意志を宿してイリトゥエルは微笑む。
「……わかりました。もし僕に手伝えることがあれば、何でも言ってくださいね」
「何でも、ですか?そうですね……」
「あ、あくまで里のためや、ファルディエとの事ですよっ」
「まあ、それは残念です。ふふふっ」
話を終えると僕たちは部屋を出て、ファルディエの様子を見に行くことにした。
話しているあいだにすっかり日が昇っていて、途中で僕の様子を見に行こうとしていたらしいラジクと出会ったので、イリトゥエルが事情を話すと二人だけでは危ないかもと、同行を申し出てきた。
僕の体調について話をしながら歩いていると、すぐにファルディエのいる部屋に到着した。
僕たちが部屋に入ると里長がいて、ファルディエに頭を下げていた。
ありゃ、タイミングが悪かったかな…。
「どれだけ頭を下げられても失ったものは戻らないし、俺の考えは変わらない……なんだお前たちは!何しに来た?」
「怪我の具合の確認と、少し話を…」
「そんな必要は無い!さっさと出て行け!」
恐らく里長は謝罪に訪れていたらしいが、この様子では失敗したようだ。
イリトゥエルもおずおずと言うが、当然ファルディエは頑ななまま、話を聞こうとはしない。
イリトゥエル様がいくら諦めないとは言っても、ファルディエがこれじゃあ大変だよね…。
どうにかして互いに話をする状況に持っていきたいけど、どうしたら良いのかなぁ。
里長もイリトゥエルも押し黙ってしまい僕が悩んでいると、意外なことにラジクが口を開いた。
「里長の客に対して数々の失礼な言動に加え、見た目は同じくらいでもずっと年下の人間の子供に戦いを挑み、大言を吐きながら卑怯な手まで使った挙げ句に負け、しかも治癒術士だけでなくイリトゥエル殿からも、手当てを受けておきながらその態度では、負け犬もここに極まれりだな?
いっそのことエルフと名乗るのをやめて、負け犬として生きていくのが良いぞ」
「なっ…貴様、なんと無礼な!それでも騎士かっ!」
「それを言うならお前こそ本当にエルフなのか?
里長やイリトゥエル殿は、お前に負い目を感じているから罰しはしないが、俺が聞いた話では他のエルフからの評判も随分と悪いし、騎士の立場として見ても、普通ならとっくに死罪か追放されると思うんだが、そうならずにこうしてのうのうと里で暮らしていて、あれほどの怪我を負ってもその腕を失わなかったのは、一体誰のお陰なんだ?
黙って聞いていれば、それが誇り高いエルフのすることなのか?」
「くっ……!」
「親を亡くしたのはもちろん悲しい事だが、お前だけが苦しいと思っているのか?
ここにいる皆はそんな思いをしたことが、一度も無いと思っているのか?
お前は相手のことも考えずに、自分の事ばかりを押しつけてワガママ放題できるのだから、さぞ楽なことだろう。
だがその周りでどれだけ皆が心を砕いているのか、想像したことがあるのか?」
「だ、黙れ!」
「言いたいことを言い終えるまで俺は黙らん。
ジグとの戦いの後に事情は皆から聞いているし、たしかに同情はする。だがお前の言動はあまりに稚拙だ。これで里長を目指すというのだから笑い話にもならん。
里の危機に際し、自らの体を張って前線に出ない者が皆の支持を得られるわけもないし、皆の気持ちも考えない奴についていく者などいない。
挙げ句に詫びを入れた里長や、話をしたいというイリトゥエル殿に対してその態度、反吐が出る」
「黙れ黙れ!お前に俺の何が分かる!」
「わかるさ。俺の両親も魔王軍との戦いで亡くなったし、将来を誓い合った女は親友と思っていた相手が原因で殺されたからな。
しかもそいつは今もどこかで、のうのうと生きているときたもんだ。世の中は理不尽で溢れていて、俺でもたまに嫌になるぞ」
なんか師匠はサラッと言ったけど、初耳な事だらけで僕は驚いた。しかしこれまで話さなかったということは、本人にとっても進んで話したい事ではないのだろう。
いつもはそんな雰囲気を感じさせないラジクの姿が目に浮かぶが、たまに見せる真面目な表情は、そういった過去が影響していたのかも知れない。
「俺の気持ちがわかるなら…!」
「わかるがお前の言動には賛同できん。よく考えろ、お前の両親を殺したのはここにいる二人なのか?
父の仇の魔王軍はとっくに壊滅し、母の死因を作ったザグエルはすでに処刑されている。お前はやり場のない怒りや悲しみを、この二人にぶつけているだけではないか?」
「そ、それは……」
「里に仇成した者とは言え、息子や兄を処刑しなくてはならなかった二人の気持ちを、両親を失ったお前ならわかるのではないのか?」
「……」
「そういった二人の気持ちを考えて、この子はザグエルが持っていた魔法増幅の魔道具を、里を守るためにとイリトゥエル殿に譲ったそうだ。
だから彼女も大切な指輪を渡し、里長もその判断に反対しなかったそうだ。
それに対していくら同族のエルフで、力を持ち、里長を目指すと言っていても、お前が認められると本気で思うのか?」
ここまで言うとラジクは大きな溜息をついた。
「里でなくとも何かしらの集団を率いるつもりなら、自分の感情とは別にして話を聞けないようでは、先が思いやられるぞ。
もし本気で里長を目指すのなら、もう一度よく自分のことを考えてみたらどうだ?」
「……そうかもしれんな。お前…いや、貴殿の言う通りだと思う。里長、それにイリトゥエル、申し訳ないが少し時間をもらえないだろうか。一度じっくりと一人で考えたい」
「わかった……もし答えが出たら教えてくれ。イリトゥエルもそれで良いな?」
「はい。私も異論はありません」
ラジクの話に最初は激昂していたファルディエだったが、次第に怒りは薄れていき、黙ってラジクの話を聞いていた。
そしてだいぶ落ち着いて考えられるようになったらしく、最後に里長とイリトゥエルにそう言って猶予をもらった。
そうして里長とイリトゥエルは部屋を出て、僕とラジクもそれに続こうとしたところで呼び止められた。
「たしかジグと言ったか。戦いの時はすまなかった。あれはエルフとしてだけでなく、一人の男としても恥ずべき行為だった。
それと……もし次があるなら、今度は負けぬ」
「そのことはもう良いよ、最終的には僕もやり過ぎたからお互い様って事で。
それに僕はイリトゥエル様や里長のことを、今度から考えてもらえるならそれで十分さ。
あと、ファルディエの相手は厳しいから、出来ればもう戦いたくないかな…」
僕がそう言うと、ファルディエも頷いた後に苦笑いした。
「ふっ、厳しいのはお互い様だ…。
それとラジク殿、貴殿の言葉で目が覚めた気がする。礼を言う、本当にありがとう」
「なぁに、個人的にあれほどの腕前を持つ者を、このまま腐らせるのは勿体ないと思ったのと、昔の自分を見ているようで、少しお節介を焼いただけだ。こちらこそ失礼な物言いを詫びるので、許して欲しい」
話し終えるとファルディエは、これまでの険のある顔つきが和らぎ、少し清々しい表情をしていた。本来はこういうエルフなのかと思うと、僕は少し安心した。
部屋を出て来た道を戻っていると、里長とイリトゥエルが待っていて、僕が寝ていた部屋に再び通された。
「ラジク殿、此度は非常に助かった。改めて礼を言う」
「ラジク様、私からもお礼を申し上げます。本当にありがとうございます」
「いやいや、俺としても思うところがありましたし、油断したせいとは言え弟子が負傷したのを見たら、言わずにはいられなかったもので。
それに結果的に良かったというだけで、下手をすれば話が拗れた可能性もありますから、あまり感謝されても困ります」
里長とイリトゥエルが深々と頭を下げるが、ラジクは本当にそれほど深く考えておらず、文句を言ってやろうという程度の気持ちだったらしい。
まぁ結果オーライなので良しとしよう。
「それと、将来についてこの機会に言っておく事があります」
そう続けるとラジクは急に真面目な表情をした。
僕たちも真面目なラジクは珍しいので、少し気を引き締めて耳を傾ける。
「まぁこれは…その…イリトゥエル殿の目の前で言うべきではないかもしれんが、ちょうどこの四人だけなので…。
もともとこの子は冒険者になって、自分の家族や大切な人達を守りたいと言っているから、指輪を持っているとは言えエルフの里長になって、ここに留まることは難しいと思う。
将来どうなるのかは俺にも分からんが、恐らくこの子の意志は変えられないと、俺は思っている」
え、今ここでそんな話をするの?!と僕は思ったが、今後ファルディエが前向きになるのなら、話す必要があるとラジクは判断したのかもしれない。
娘の気持ちを知る里長は心配そうに見ているが、当の本人はキョトンとしている。
「まあ、そんなことでしたか。ラジク様が真面目に言うものですから、一体どんな話をするのかと思ってましたが、少し安心しました」
「「「え?」」」
僕とラジクと里長の声が、それはもう見事に一致した。
「お前は何とも思わんのか?てっきり落胆するのではと思っていたのだが…」
そう言う里長は狼狽えている。この様子だと予めこういった話をすることを知っていたのかもしれない。嫁取決戦の前にも僕の考えは分かっているとか言ってたし、もしかすると師匠と何か話していたのだろうか?
「もともとジグとも話をしていましたし、私の気持ちばかりが先行しているのも知っています。
それにジグが鍛練している理由も、姉上から詳しく聞いていますから、私に反対する気はありません」
「え?あ、姉上?」
「あら、ジグはアマリア姉様のことを姉のように慕っていると、皆さんから聞きましたよ?」
「いやまぁそうですけど…何がどうなって…?」
わけが分からず里長や師匠を見るが、二人もよく分からないらしい。
イリトゥエルはニッコリと笑いながら続ける。
「父上とラジク様がコソコソと話をしているあいだの事ですから、二人が知るわけがありません。
嫁取決戦に対して、やけに乗り気な父上とラジク様を見て、私も少し動いてみました」
僕が寝ているあいだにも、あちこちで動きがあったらしい。想定外のことにラジクも里長も固まったままだった。
「姉上をはじめとしてアルテミア様やレストミリア様、そしてモルド様からも話を聞いて、私は考えたんです。
父上はまだ若いので、次の里長を急いで決める必要はないですし、ジグはきっと自分の目標を叶えるのために、エルフの里に留まることは無い…」
「う、うむ。だから何とかしてお前に納得して貰えないかと思って…」
「父上、それは指輪を渡したのはあくまで感謝の気持ちとしてであって、将来はやはりエルフの中から伴侶を選べということでしょう?」
「そうだ。お前の気持ちはよく分かっているつもりだが、エルフと人間では寿命が違うし今は認められていても、結局はどこかで綻びが出てくるのではないかと…」
「それは私もわかっています。ですから、私は里を出ます」
「「「…は?」」」
またも僕たち3人の声がピッタリと一致した。
「一番の難関だったファルディエの件が、今後好転するなら私はこの選択肢を選べるのです。
父上は里長の娘だった母上に婿入りして、里長になったでしょう?私も兄上のことが無ければ、里長になるという話は出てこなかったはずです。
そして先代の里長の娘は母上だけではなく、ファルディエの母もそうなのです。
なら里長の血を引いているファルディエが、今後皆の支持を受けられるなら、私が里に留まる必要も無いわけです。
ファルディエは実力も私とは段違いですし血筋も問題無く、兄の件で私が落ち込んでいた時も励ましてくれたり、亡くなった父の代わりを務めようと鍛練に励んだりしてることからも、本来は優しく努力が出来るので、これから周りの意見を聞くことを覚えれば、必ず期待に応えてくれるはずです。いえ、応えさせて見せます!」
「イ、イリトゥエル…まさかお前はそこまで考えて…。しかし例えファルディエが変わったとしても、そう上手くいくとは…」
「そこは私がどうにかします。それこそ自分次第ですから」
イリトゥエルはこちらを見ながらウインクする。
あの凍てついた部屋の中、二人で話した時にはそこまでの意味で言った言葉ではなかったはずだが、自分次第という言葉がこれほど怖いと思ったことはない。
もはや彼女は、万難を排して自分の定めた目標に突き進むつもりらしい。
僕は曖昧な笑顔を浮かべながら聞くしかなかった。
里長は娘の決意に溢れる眼差しを見て、何も言わないことにしたらしい。自分の子供達は里の外に出る運命なのかと呟いている背中が、かなり寂しそうだった。
ラジクはというと、最初は想定外の話の流れになって驚いていたが、今はもう楽しくて仕方がないといった表情をしている。
まぁそうでしょうね!師匠は自分の予想を上回る相手がいると、次は何をするのかとワクワクしちゃう性格ですもんね!
「そういうことですから、私は頑張りますよ!」
イリトゥエルがそう高らかに宣言して、話し合いは終わった。
少し半端ですが、長くなったのでここまでです。
ファルディエの事情や周囲の思惑、それにラジクの過去が少し判明し、イリトゥエルの壮大な計画が露わになりました。
里長も娘を心配して色々と考えていたようですが、その娘に全てひっくり返されたようで今は放心状態です。
イリトゥエルの計画が本当に上手くいくのかは、自分次第、努力次第というところですね。




