勇者1
私は死んだ。死んだはずなのに、その後があるのは何でなのかしら?
胸をさすってみるけど、傷口はもうないし、痛みもない
辺りを見渡すと白くてなんだかホッとする部屋に立っていた
もしかして本当は死んでいなくて、今まで意識が無くてこの部屋で療養してただけなのかな?
でもそれにしては病院っぽくないし、何よりベッドどころか椅子すらない
私はその場にしゃがんで色々考えてみた
真っ先に思い出したのは、大好きだった璃玖という男の子の顔
将来は彼と結婚して、幸せな家庭を築くものだと思っていたけど…。もう、叶わないのかな?
そして次にストーカーの男を思い出した
あいつに、私は刺された
自分の物にならないなら殺してやるとか言われて、その後押し倒されて、胸に物凄い衝撃が来て、それで、なんだか鼓動がどんどん弱くなってくる感じがして、薄れていく意識の中で璃玖のことを思い出した
璃玖は、元気にしてるのかな? 璃玖さえ幸せでいてくれたらそれでいい
「あら、目が覚めたのね」
私の頭上で声がしたから見上げてみると、その空中に女の子が正に空気椅子で座っていた
「あれ? 意外と驚かないのね、もうちょっとリアクションしてほしかったなぁ」
「いえ十分驚いてるからこの反応なんですけど」
「そう? まあ驚かせるのが目的じゃなくてね。貴方にやってもらいたいことがあってここに呼んだの」
「呼んだ?」
「ええそうよ。あなたは元の世界で死んじゃってね。可哀そうだけど元の世界には戻れない。だからね、あなたの魂だけをここに導いたってわけ」
「魂…。やっぱり私って死んでるんですね。それで、これから私は死後の世界に行くんですよね? じ、地獄ってことはないですよ、ね?」
「地獄? ああ、あそこは汚れた魂を洗うところだからあなたは大丈夫よ。純粋だもの。でね、あなたがこれから行くのは別の世界、つまり転生してもらうってことになるんだけど。転生って、分かる?」
輪廻転生かな? 私の家は仏教だったから聞いたことくらいはある
確か魂が生まれ変わって、何だっけ、道みたいなのがあって…。うーん、やっぱりあんまりわかんないや
「わかんないかぁ、でも大丈夫! 記憶はそのままに別世界で、別の体で生活してもらうだけだから。ただね…」
そこから彼女はいろいろと説明してくれた
まず彼女は女神、じゃなくて、神々のサポートをしてる人で、彼女のお母さんは全ての世界の元になる世界を作り出した“原初”って呼ばれる人らしい
彼女の名前はメルカさんと言って、私を目的の世界に導くためにここに呼んだ
メルカさんの話によると、その世界は非常に人間たちがおごり高ぶっていて、歯止めが効かなくなってしまったんだって
今も魔族が虐げられてるみたいで、その他にも魔族のせいにして悪事を働き、徹底的に魔族を排除しようとしてるみたい
さらに魔王って人がいるらしいんだけど、その人は平和を愛するいわゆるいい人で、ずっと人間達と対話をしようとしてるけど、事態は芳しくないとのこと
つまり要約すると、人間達の暴走を止めて魔族との仲を取り持つこと。それが私に与えられた使命みたい
「それで、あなたには勇者という役職をあげる。それから圧倒的な力もね。力なき勇や善はないのと同じ。力が無ければ声もあげれない世界だから…。でも気を付けてね。この力は使い方次第で守ることも滅ぼすこともできる。あなたには、正しい使い方をしてほしいな」
「ま、待ってください! 私そんな大それたことできません!」
「出来るわよ。優しいあなたなら。死の淵でも他者を思いやれるあなたなら。それに、あの世界にはあなたに協力してくれる人がいる。まずは力をつけてからその子を見つけなさい」
メルカさんはまっすぐ私を見て大丈夫とうなづいた
それを見たらなんだかできそうな気がしてきたわ。私って単純?
でも、がぜんやる気の出た私はその世界に行くことを承諾した
勇者として生まれるらしいから、戦わなきゃいけないらしいんだけど、その協力者を見つけることができたらきっと力を貸してくれるってメルカさんは言った
「その協力者もあなたと同じく転生者でね。同じ地球出身よ」
それなら話は合うかも
私は少しワクワクとした気持ちで転生を待った
「いってらっしゃい。私はいつでも見守ってるから安心してね。あ、でも手は出せないからアドバイスを送るくらいしかできないけど…」
「それで充分です! 色々ありがとうございました!」
「うん、頑張ってね」
その言葉を最後に、私は光りに包まれた
目を開けると、まだぼんやりとしか見えなくて、かろうじて女の人がのぞき込んでいるのが見えた
「まぁ! あなた! アルタイルが目を開けたわ!」
「おお! 我が息子アルタイルよ。顔をしっかり見せておくれ」
女の人の横には大きな男の人がいて、その人が私を抱き上げる
どうやら私は男の子の赤ん坊になったみたいで、体がまだ全然自由に動かない
でも分かる。この人たちは私を愛で包み込んでくれてるってことが
「アルタイル、お前はいずれ偉大な男になるのだ。あの方のように!」
私はこのセレグレイト家という伯爵家の嫡男として、一人息子として、これからの生を歩むんだ
家族は優しいし、愛がいっぱいの家
ただ一つ驚いたことは、皆角が生えてたってことかな? 私を含めてね




