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メイド喫茶

《第二章》

 

 



 その日。

 縁なしの眼鏡をかけ、紺色の背広に身を包んだサラリーマン風の、その男は通りを歩いていた。

 ある喫茶店。

 その前で、男はぴたりと足を止める。

 そして、辺りを少しだけ警戒するように見回し、店の扉を開くと素早く中に入っていく。

 ドアに備え付けられた鈴の音が鳴り、

「おかえりなさいませ。ご主人さまっ」

「ただいま」

 マニュアルどおりに出迎えるメイドにその口元を少し緩めながら、男は店内の端にある一席に座った。

 やがて男の席には、ピンク色のメイド服を着た可愛らしい銀髪ネコミミ娘がやって来る。

「ご注文は」

「アイスコーヒーで頼む」

「かしこまりましたぞっ。ご主人さまっ」

 注文をとり終えたメイド(?)が奥へと戻っていくのを見届けて、

「やはり仕事の後はメイド喫茶に限るな……。少々、雰囲気が変わったみたいだが」

 男が一息をついた時。

「じゃあ。ご相談をお聞きします。お客さま」

 突然、見知らぬ青年がテーブルを挟んで向かいに座ってきた。

「誰だ!?」

 男としては、当然の反応だ。

 すると、青年はその黒目がちの瞳を輝かせながら、

「ああ、申し遅れました。僕は当、『怪異相談所』の相談員。日和又と言います。はい、よろしく」

 笑顔で、男に名刺を手渡す。

「ここはメイド喫茶だぞ!」

 名刺を受け取りつつも、大きな声を出す男に、まぁまぁ落ち着いて、と愛想笑いで流しながら青年は続ける。

「表の看板ちゃんとご覧になりませんでしたか?」

「看板だって……? だからここはメイド喫茶だろうが」

 レンズの奥で目を丸くする男。

 そんな彼に日和又は淡々とした口調で言い放った。

「確かにメイド喫茶でしたよ。……ただし、それは以前の話。今日からある事情でここは『怪異相談所』になりました……。あなたが来たのも何かの縁だ。さぁ、ご相談をはりきって、どうぞ」

「ふ、ふざけるな!」

 男はすかさず立ち上がる。

 すると青年は、

「帰るんですか? できますかね」

「はぁ!?」

 これに、怪訝な顔で何かを言おうとする男。

 しかし、それは無駄な抵抗であった。

 いつの間にか、男の傍には、軍用ヘルメットに、黒のメイド服、白ニーソックスにブーツという出で立ちの少女が回転式拳銃を手にして立っていたからだ。

 少女の手にした拳銃の銃口は彼の頭に向いている。

「な、なんのつもりだ」

「『怪異相談所』は怪異の相談なしには帰れないシステムなのです、ご主人様っ。それから、この銃は……」

 彼女は、男の頭から無造作に銃口をずらして引き金を引く。


 ズバアアアアアアアアアアアアアン!


 鋭い銃声と共に、後ろの壁に空いた直径5ミリの穴。

「……は!」

 驚愕のあまり固まる客。

 そんな彼のもとに、先ほどのネコミミ娘がアイスコーヒーとミルク、シロップが乗ったお盆を手にして戻ってきた。

「アイスコーヒーおまたせしました。それじゃあ、ご相談のほうはお決まりでしょうか、ご主人さま」

 爛々と光る蒼い瞳を細くしながらメギストスは言った。



 ◆◇◆


 

 あの夜。

 なんとか事態を収拾させた後。

 結局、日和又は悩みに悩んだ末に、〝怪異専門相談所の設立〟を決めたのだった。

 それは〝人々の怪異に関する悩みを無料で解決すること〟が他人から感謝を得るために最も手っ取り早い方法であり、なおかつ怪異事件の解決もできて一石二鳥だと考えたからだ。

 ちなみに、この喫茶店、元々は資産家である七川の両親が経営していたものだったが、可愛い一人娘である若奈々が頼むのならと、期間限定でご夫婦から借してもらえることになったのである。

 そんな手前、日和又と七川は高校の休暇を利用して、メギストスのサポートに徹している。

「――――身の回りの怪異なんて言われても……」

「あるんでしょ」

「いや、特には……」

「あるよね」

「うっ……」

「あるんだからっ!」

「……な!」

 サラリーマン風の男は詰め寄る七川に圧倒され、眉を八の字にして困惑している。

 その様子を見ていた日和又は、

「いや、さすがにそれは強制的すぎるから……」

 そう言ってなだめようとしたが、七川はどんよりと澱んだ瞳で。

「昇は黙ってて」

「はい……」

 こうして見ていると客商売というよりも、ある種の尋問に通じる部分がある、そんなことを思いつつ彼は引き下がる。

 しかし、本当に大丈夫なのだろうか、メギストスいわく『客に怪異が絡んでいれば必ず分かる』とはいうが……。

 日和又がやれやれと肩をすくめていると、

「大丈夫じゃ。こいつには怪異の気配がある」

 傍らにいるメギストスは自身あり気な表情だ。

「ほ、本当ですか……。でも、どうしてそんなことが」

「長くなるので割愛する」

「いや、そこは割愛しちゃダメですっ!」

「まともに解説してたら見開きで何ページかかると思っておる?」

「……!」

 相手が大精霊でなければ、距離をとってドロップキックのひとつでも見舞ってやりたい。日和又は時折そんなことも考える。

「まぁ、怪異に対しては、わらわの敏感な鼻と、この地獄ネコミミが効くということだけ言っておこう。どちらにしろ、本人に自覚のない怪異を解決してやるには多少の強引さは致し方あるまい」

「……ふむ」

「まぁ、見てろ」

 そう言って、メギストスは眼鏡の男を見据える。

 日和又も再びそちらに目をやった。

 と、七川に気圧されたのか、やがて男は何かを語り始めていた。

「……しいてあげるとして、この間、質屋で金運アップの奇妙な置物を買った話くらいしか」

「置物?」

 一斉に話に食いつく三人。

「ああ。大きな犬の置物だ。ドーベルマンっていうやつかな」

「ほう、それがどうかしたの?」

 目を輝かせながら七川が尋ねる。

 先ほどとは打って変わって、夢見る少女の顔である。

「気のせいかもしれんが、そいつを買って部屋に置いてから……」

 男は困惑した表情のまま語る。

「うん」

 期待を込めて頷く一同。

「金運アップの……はずが、逆に貯金が減ってる気がしてな。いや、私が使ったとかじゃなく」

「ふむ」

 日和又は胸ポケットからペンを抜くとすかさずメモを取る。

「……タンス貯金や部屋に置きっぱなしにしてたサイフからだ」

「ふむ」

「……でも、本当に単なる気のせいかもしれんし、あんたらの言う妖怪かもしれないな。いや、まぁ、それはないか」

「なるほど。先生……、見解は?」

 ペンを胸ポケットにしまって日和又はメギストスに尋ねた。

 すると、大精霊は少しの沈黙を挟んだ末……。

「……うむ。怪異じゃな、それ」

 あっさりと言い切った。

「怪異……。やはり」

 一気にしん、と静まり返る喫茶店内。

 メギストスは続ける。

「怪異ガーゴイルじゃ。異世界からの侵略の魔の手は、貯金ドロという形ですでに忍び寄っていたか」

「ガ、ガーゴイルだってっ!?」

 店には男の大きな声が響いた。しかし、すぐに七川が笑顔で締める。

「……だそうです。所長の見解に狂いはありません。はい。即刻それをぶっ壊しにいきましょーっ!」

「ふざけるなぁっ!」

 

 ズバアアアアアアアアアアアアアン!


 鋭い銃声と共に、壁には二つ目の直径五ミリ穴が空く……。

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