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星降る夜のカミングアウト

◆◇◆


「う、う、わあああああああああああああん」

 七川はぺたんと座り込んだまま泣いていた。


「大丈夫か」


 あまりに泣き止まないので、日和又が彼女をなだめに入るが、

「お父様にもぶたれた事ないのに。わあああああああああん」

「おまえはガンダム世代か!」

「再再再放送世代なの!」

 だが、ようやく気を取り直したらしい。

 七川は指で涙を拭うと、濡れた瞳をメギストスの方へと向けた。

「……大精霊さん」

「なんじゃ」

「疑ってごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

「どこのヤンデレじゃ? 意外と素直なのは評価してやるが」

 さすがの七川もいまの一件で懲りたようだ。

 かと思えば、

「……さっきの……癖になりそうです」

「今度は被虐嗜好!?」

 メギストスは不可思議といった視線を向ける。

「違います。でも、本当に気持ちよくて」

 七川は頬を紅潮させている。

 この様子を横で見ていた日和又は、

「それを被虐嗜好っていうんだよ! まぁ……僕も人のことは言えないけどっ!」

「なるほど。仲間だね」

「仲間じゃねえっ!」

 青年は七川のカミングアウトに動揺しつつも、とりあえず本題に入る。

「それより、さっきの話……、本当なんですか! どういうことなのか、ちゃんと説明してください!」

 これに対して、メギストスは重苦しい雰囲気で口を開く。

「うむ。まぁ、先ほど放出された精霊力はその行き過ぎたエネルギーで境界線上を守っていた次元装置の特殊タービン切り裂いて、さらにはエントロピーの――――」

「すみません。頭の悪い僕にも理解できるように。もう少し分かりやすく!」


「あ、ごめんにゃさい。……簡単に言うと」


「はい」


「……わらわはこともあろうに、隣接するセカイ同士を隔てていた次元装置というものを破壊してしまったらしい」


「セカイを隔てていた装置を破壊!?」


「そう……なのじゃ。信じがたいだろうが、それぞれのセカイは元々は隣接していて、その境界は次元装置と呼ばれる特殊な機械によって隔てられていた。まぁ、簡単に言えば、この『人界』の平和が保たれているのはそれのおかげだったと思ってもらっていい」


「なるほど」


「だが、わらわが先ほど放出した精霊力はすさまじいエネルギーで暴走……。結果として、このセカイの境界線上にあった次元装置は破壊され、衝撃で町の一部に異世界に通じる穴が開いてしまったというわけじゃ」


「……!」

「加えて、次元装置がないということは侵略からの防衛機能が一切失われたということを意味する。例えるならば……、危険地帯のど真ん中で絶世の美少女が背後に迫る魔王の存在も知らずに水遊びしているような状況に近い。このままでは『この町を含む周辺地域』に大小さまざまな怪異、つまりは魔物が訪れ、闇に堕ちるのは時間の問題じゃろう」


「な、な、な、なんだって!」


「わらわとしたことが呪文の一番肝心な部分を読み間違えてしてしまったらしい……。だからこの町に関しては……その……ごめんにゃさい」


「ごめんにゃさい、って……! もう手遅れって事ですか!」


 日和又は嘆く。

「本来なら高位の呪文詠唱により装置を再生して穴を塞げないことはない。だが、さっきのでわらわの精霊力が著しく減っているから、いまの状態では無理じゃ。下手すると死んじゃうからな」

「ちょっ、そんな無責任なっ!」

「過去最大級のドジっ子属性が発動してしまった……」

「メギストスさまのドジっ子属性なんかのために『天魔町』は滅亡の危機にさらされなきゃいけないんですか!」


「まことにごめんにゃさい」

 メギストスは申し訳なさそうに銀髪頭を下げる。


「とりあえず、具体的に説明してくださいよ。どんな災いが、どんな規模、どんな速度で発生するんですか!」

「うむ。……説明しよう。まず怪異と呼ばれる小悪魔的な連中が異世界からやってくるだろう。そして大小さまざまな被害をこの地域にもたらす。規模は天魔町からスタートするとして、食い止めない限りは周辺地域を飲み込んでいくだろう。で、速度についてはまぁ不幸中の幸いか。意外とスローペースだ。のんびりと侵略されていくと予想する……。被害の大小については、連中はきまぐれな奴らだから、まず予想不可能だ。こんな説明でいいか? まぁ、ともかく、先にもう一度謝っておくのじゃ。まことにごめんにゃさいっ」

「くっ、侵略者たちの行動がスローペースかつマイペースっていうのが、せめてもの救いか……」

 思わず、日和又は眉を寄せる。

 しかし、彼女の言うとおりならば、もはや取り返しのつかない事態になっているはず。

 重苦しい空気がその場を支配する。

 そんな中。

「ふむ。大精霊さんにだって無理なことはあるんだね」

「七川……」

「にしても夢のある話じゃないかっ。怪異。なんてロマンチックな響きなんだろう。少なくともわたしにとっては」

 幼馴染だけはマイペースを貫いて、その目を輝かせていた。

「どこがロマンチックなんだよっ! これから町に怪異が現れるなんて言われて、夢なんて感じられるかっ! ローマ炎上時に竪琴を弾いてた暴君ネロ(37~68)でもそんなことは言わないぞ! ……たぶんな!」

「大丈夫だって。銃の腕も、シューティングゲームのスコアもあるし、この町の平和はわたしが守ってやる!」

 彼女は、えっへんとやや小ぶりな胸を張った。

 これにはさすがの日和又もうんざりとして、

「ゆとり脳か! シューティングゲームの上手い、下手とは無関係だよ、この話は! そもそもおまえに守られるようになった時点で色んな意味で町は終りだっ!」

 埒が明かないと頭を抱える。


 もはやこれまでか……。

 日和又がそう思いかけた時。


 メギストスはゆっくりと口を開く。

「だが、まぁ、完全に手段が無いというわけでもない……」


「……!」


 耳に入ってきたその情報に、日和又は驚いて顔を上げる。

 そんな彼を、蒼い瞳で一瞥すると、大精霊は続けた。


「要するに次元装置を修復できるくらいまで、わらわの精霊力を溜めればいいのじゃ」

「そんなことできるんですか!?」


「うむ」


 メギストスはこくり、と頷く。


「でも、精霊力の回復は不可能だって、メギストスさま、さっき言ってませんでした?」

 日和又は怪訝な表情で問いかける。


 すると彼女はその耳をぴくり、と動かし、

「おまえは人の話を聞いておらんな……。『現在のわらわ』では次元装置と穴を修復できないとは言ったが、精霊力の回復そのものが不可能だなんて言ってない……。精霊力さえ回復できれば、それらの修復も可能じゃ」

 真剣な口調で言い放つ。


「そうなんですか……」


「うむ。ただ、そのためにはできる限り多く、人間たちの願いも叶えていく必要がある。大精霊は、他者から感謝の気持ちを受けとることによって精霊力を回復するからな」


「本当ですか……。じゃあ、つまり、人々の願いを地道に叶えていけば……」

「にゃぃ……。わらわの精霊力は、じき元に戻る」


「な、なるほど」


「だが、同時に、侵攻してくるであろう怪異にもある程度は手を打っていかねばならんから頭が痛い……。だから日和又。そなた、日が昇る前に、何かいい方法考えろ」


「えええええ、結局そういうまとめ方するの!?」

「とにかく考えとけ。わらわ、そろそろ眠くなってきた……」

 静かにそう言うと、メギストスは残りのファンダオレンジをすすった。


「いにゃっ!」


 そしてミニスカートの上に零した。

 炭酸のシュワシュワが太ももに染みわたる。


「これも怪異の仕業か……」


「違いますから! っていうか、なんでこの重大な局面で寝ること優先してんですかっ!」


「睡眠欲……に負けた。ぐ、日和又。わらわとしても悔しいが、後は任せたぞ」

「いや、さり気なくバトンタッチされても困るから! 仮にここが極寒のエベレスト山頂だったら寝ないでしょ、あなた! ここまできて話を投げるなーっ!」

 だが、日和又の訴え虚しく、メギストスは空のコップを卓袱台に戻すと、そのまま丸くなって寝息をたて始めてしまった。


 すると、今度は七川が口を開く。


 その内容は、

「わたしもそろそろ眠くなってきたんで、後は任せた。……町を救って、後の皇帝になる男よ」


「いや、随分話が壮大になってるじゃねえか、ブルータス、じゃなくて七川、おまえも寝るのかああああああああっ! 少しはやる気出せよ! 元を辿れば、おまえが天魔町滅亡フラグの原因なんだぞ、コラ!」


 まぁ、想定はしていたのだが……。


「うん。お布団ってどこ? あの押入れかい?」


「しかも泊まる気かいっ!」


「そだよ。だって、約束のおいしい水道水まだ飲んでないだろ?」

「当初と目的が変わりすぎだぁーっ!」


「もう、いいのっ!」

 七川はきらきらと潤んだ瞳を日和又に向ける。

 端正なその顔に、くりりとした夜色の瞳が潤むとなんと愛らしいのだろうか。もはや、いまの幼馴染の表情は絵画の天使顔負けにすら見えた。


 ……が、騙されるわけにはいかない。しかも彼女の場合は恐ろしい凶器(国の規定で一応は合法)を所持しているのである。綺麗な花には必ず棘があるとはよく言ったものだ。


 正直、日和又はこれからどうすればいいのかと嘆きたくもなったが、キッチンから水道水をコップに汲んだものを持ってくると、七川に手渡すことにした。


「ほら、さっき言ってた水道水だ。これ飲んだら今日は帰ってくれ」

「ありがとう。でも、飲むのに二時間はかかるかなー」


「っ……、帰れ!」


 気合の一喝により、なんとか幼馴染を帰らせた後。

「……はぁ」

 星の光が微かに差し込む室内、青年は床の上で無防備に寝息を立てる銀髪少女の顔を見つめて深く嘆息するのだった。

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