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『狂気の幼馴染』七川若奈々

「メギストスさま。土下座はお見せします。でも、その前に招かれざる客を帰すのにどうかご協力を」

「協力って何を!?」

「妹のフリとか」

「い、妹ぉお!? ……このわらわがかっ!」

「さ、最悪の場合はっ!」

 そう言い残すと、青年は足早に玄関へと向かう。

 大精霊にコスプレすることを迫り、容認させたような召喚師は後にも先にも、日和又くらいのものだったが、さらには〝妹〟のフリ。

「全く……。とんでもない召喚師がいたものだ」

 これには大精霊も深く嘆息するしかなかった。


 ――――ガチャリ。


 日和又が玄関のドアを開けると、そこには軍用ヘルメットに、迷彩柄のジャケット、黒のショートパンツにブーツという出で立ちの少女が朗らかな微笑を浮かべて立っていた。

「昇、ちゃお。緊急事態だったから信号、全部無視してきたよ。原付も路上に停めたままだから、違反切符切られたらキミが払ってね」)

 まるでアニメ声優のように可愛らしい声で、いきなりとんでもないことを言ってきた彼女――――七川若奈々(ななかわわかなな)は日和又の通う高校の同級生であり幼馴染でもある。

 淡雪のような肌に、ヘルメットの下から伸びる肩までの黒髪。

 木苺のような唇に、薄紅色の頬、可憐ながらもどこか儚げな夜色の瞳。そして、猫のようにしなやかな印象を受ける細身の体躯。身長は百五十センチ台の後半といったところであろうか。一緒に歩いているだけで羨望の眼差しで見られる一見、自慢の幼馴染。……しかし、日和又は彼女の特異な性格を嫌というほど知っている。

「七川……。せっかく来てもらったのに悪いが、今日の僕はあまり体調が優れないんだ。大したもてなしもできそうにないから帰ってもらえるか」

 彼女を前にした日和又は素っ気ない口調でそう言って、素早くドアを閉めようとする。

 だが、一度開かれたそのドアが無事に閉まることはなかった。

 ドアの縁に掛けられた白い手が、すさまじい力でそれを遮ったのだ。

「大丈夫だよ、昇。キミのもてなしにわたしが期待したことなんていままで一度だってない。いつもどおり、わたしを部屋に案内してストロベリーシェイクを出してくれたら、それでいい。それだけでいいんだ」

 相変わらず微笑を浮かべたまま、彼女は臆面もなく言った。

「悪いが、ストロベリーシェイクなんてもんは家にはない。それに、そんなもの今までおまえに出したこともないだろ」

「そっか、残念……。じゃあ、おいしい水道水なら出せるかな、昇?」

 七川はそう言うと、何処からともなく重量感のある鉄の塊を取り出し、日和又の額へと突きつけた。

「な、なんだよこれ!?」

「……中折れ式の回転式拳銃リヴォルバーだよ。わたしの秘密兵器です」

「お、おい! どうしてそんなものを!」

「その理由としては寒いから、なけなしのお金で商人から買ったということが挙げられます。……早く中に入れて」

 この、あまりにダイレクトな脅迫に、日和又はドアノブを握ったまま硬直する。

「じぃーっ」

 彼が言葉を詰まらせる中、ヘルメットの下から送られるのは無邪気で、とても残酷な視線。

「ふ、ふざけるな!」

「ふざけてないですよーっ」

 まぁ、事実、銃口は彼の頭に向けられている訳で。

「じぃーっ」

 穴が開くほどに見つめてくる大きな両目。

 カチリ、という撃鉄の起こる音。

 一瞬にして、青年の命は幼馴染の人差し指一本に懸かることになった。

 ここで、部屋に入れることを拒めば、彼女は躊躇いなく引き金を引くだろう。

 さすがに弾はプラスチック製だろうが、あまりにも無慈悲な幼馴染である。

 しかし、七川はそんなことにすら、いまは関心が無いのかもしれない。

「チク、タク、チク、タク」

 むしろ嬉しそうな様子。

「…………くぅっ」

 この予想だにしない状況に日和又の心が折れかける。

「ドアを開けたのは失敗だった、とでもいうような表情だねー昇。……いいな、その表情。でも、そろそろ見飽きそうかも」

 このセリフにより、日和又は抵抗することを放棄した。

 観念して七川が入れるようにドアを開く。

「よし、いい子だな」

 同時に、日和又に向けられていた銃口が下された。

「お邪魔しまーす」

 彼女は無造作にブーツを脱ぎ捨てると、軍用ヘルメットに銃(?)を携えた格好のまま、部屋の中にあがりこむ。

 まるで何かの家宅捜索のようだ。

「く、入れちまった」

 日和又が肩を落としてつぶやいた。

 その時。

「……アニ様。こんな時間に誰か来たのか?」

 彼の背後、部屋の奥から聞こえてきた声。

 もちろん、自分のことをアニ様などと呼ぶ身内はいない。

 だが、声の正体はあの方以外にもいない。

「ま、まさか……」

 振り向いた先には、セーラー服姿の大精霊が目を擦りながら自然な演技で立っていた。 

(メギストスさまっ!)

 部屋主は心の中で彼女の名前を叫ぶ。

「む。キミは……?」

 途端に、七川の鋭い視線がそちらに注がれる。

「日和又昇の妹です。にゃぃ」

 狂った幼なじみとコスプレ大精霊。

 未知と未知の遭遇である。

「……」

 大きな瞳がそれぞれをじっと見つめ合う、まさに戦慄の光景。

 一見すると分からないが、両者の瞳の奥には明らかな殺気が宿っているようだった。

 日和又はこの場から逃げ出したいという気持ちでいっぱいだったが、いまここで逃げ出したとしてすぐに捕まるのがオチだろう。そこはなんとか気持ちを抑える。

「へぇ。昇にこんな可愛い妹さんいたんだっけ?」

 やがて、七川は日和又の方を振り向くと感情の篭らない声で言った。

 これに日和又は、

「あ、ああ。妹とは初対面だよな」

 自然体を装ってメギストスに帳尻を合わせるも、なんだか目が泳いでいる。

「うん。初めて。妹さんの名前なんていうの?」

「む……」

 幼馴染の言ったセリフに、ぴくり、とその身を反応させるメギストス。

「わらわの名が知りたいのか?」

「うん。教えて」

 七川は軍用ヘルメットを被ったまま、こくりと頷く。

「わらわの名は」

「うん」



「…………考え中」



 その言葉を聞いて、大精霊を除く二人の目が大きく見開かれる。

「おいいいいっ!」

 一瞬にして、手間をかけた偽装工作が水の泡と消えたのだった。

 かといってフォローもできない。

 日和又の背筋に冷たいものが走る。

 再び訪れる重い沈黙。

 冷たい視線。

 重い沈黙。

 冷たい視線。

 重い沈黙。

 冷たい視線。

 まずい…………。

 ………………。

 ………………。

「……そ、そうだ! 七川、おまえ喉渇いてるだろ! いまから飲み物でも」

 日和又はなんとか話題を別に逸らすことを試みるが……。

 さすがに無理だったようで。

「ロックオン」

 気がついた時には、すでに回転式拳銃は日和又の方へと向けられていた。

「昇……。わたしというものがありながら。うううっ」

「いや、ちょっと待て。おまえはただの幼馴染だろっ! それに、この子は〝妹〟だ!」

「許さん! わたしという最高の幼馴染がいながら、キミはこんな幼女に手を出すのか! おまけに卑猥なセーラー服まで着せて、〝妹〟のフリをさせるなんてどういうつもりだ。それともなんだ? そういうプレイか!?」

「待て。冷静になれ。早合点はやめろ!」

「うるさい! 一目見た瞬間から怪しいと睨んでいたが、やっぱり〝彼女〟だなっ! 昇、貴様に〝彼女〟なんて百年早いんだ! わたしに彼氏が出来るまでは、キミは一生、童貞を守れ、このファッキン野郎!」

「おまえの恋愛事情なんか知るか! っていうかその異常なまでの僕への執着はなんなんだよっ! それに、この子は彼女じゃないって。本当に単なる妹だ!」

「ほぅ、銀髪で猫耳の妹ねぇ。……都市伝説でも信じがたいよ。そんなもん」

「う……。いや、これは……、昔、子猫をいじめたせいで猫の国の王様に恨まれてこうなったんだよ。銀髪になったのはそのストレスだ。昔はかぐや姫のごとく美しい黒髪だったぞマイシスターは」

(我ながら最低すぎる言い訳……)

 これを聞いた七川は物憂げにため息をつく。

 そして、

「ふむ、なるほど。……言い訳のクオリティも随分と下がったな、昇。昔のキミならもう少しまともな嘘もつけていたはずだよ」

 そう言うと、カチリ、と再び秘密兵器の撃鉄を起こした。

 一方で、メギストスはというと、

「あ、ごめんにゃさい。やっぱり、わらわの名は、這い寄るメギ子さんでお願いします」

 七川の背後で未だに偽装工作を続けようとしていた。

 だが、いまさらにも程がある。そして時間をかけた割りには、偽名のネーミングセンスが全くゼロなのは何故だろう……。

「うう、メギストスさまは全然、演技に向いてないですね……。もうダメだ、僕」

 日和又はもはや諦めかけた表情で投げやりに言った。

 七川はその様子を見るや、

「表情から察するに、昇の方はもう覚悟ができたみたいだね」

 苦笑するかのように唇を緩める。

 だが、青年もここで弱みばかり見せてはいられないと、

「ど、どうせ、そんな銃は偽物なんだろ? おまえが僕を殺せるはずはないっ!」

「じゃあ、試してみようか?」

 虚勢を張ってはみたものの……、いざ試してみようか、などと満面の笑みで言われてしまうと非常に頭が痛い。いや、それどころではない、仮に本物の銃で撃たれたならば痛いどころか遺体になってしまう。やはりこんな状況で強がるべきではなかった、もっと慎重な発言を心がけるべきだった。ああ、郷里の父さん、母さん、僕ってバカな息子でしたね……と、彼が心中でぼやいた頃にはもう遅くて。

「よかった。これで気兼ねなくキミの脳漿を部屋中に飛び散らせることができるよっ」

 本当に気兼ねなくりそうな幼馴染である。

 格好をつけたはいいが、死んでしまってはまるで意味がない。当然、死にたくない日和又は一世一代の賭けとして、真相を全て七川に話すことにした。

「七川。こうなったら本当のことを話そう」

「……本当のこと?」

 夜色の瞳の持ち主は怪訝な表情で静かに聞き返す。

「ああ。そうだ」

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